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夏島  作者: 夜野友気
9/11

夏島009

店を出て少し早足に離れる。

隼人もそれほど長い間足止め出来ないだろう。

話せる時間も限られている。


「あの……ありがと――…」

「しっ……もう少し彼女の振りを続けてて。アイツらはきっと追いかけてくる」


あの様子で諦めるとも思えない。

それ以前に人を貸せとモノ扱いするような奴らだ。

翠ちゃんが連れて行かれたら何をされるか分かったもんじゃない。


「で、でもどうしたら……」

「大丈夫、心配ないよ」


安心させるように出来るだけ落ち着いた声を出す。


「それじゃあ悪いけど、もう少しだけ彼氏彼女のふりな」

「う、うん……」


悪い隼人、店は任せたぞ。

心の中で謝って俺たちは商店街に向かって走り出した。






商店街近くまで歩いてきて振り返る。

案の定三人は着いて来ていた。

だけどここは人通りが多い。

さすがにこれだけ人数がいては揉め事を起こしたくないんだろう。


「走れる?」


小声で聞くと頷いてくれる。


「じゃあ行くよ」


翠ちゃんに道順を教えて、手を取って走り出す。

距離を離せるとは思っていない。

だけど相手を少しでも慌てさせられればそれでいい。


曲がり角を使って視界から何度も消えればさすがに焦るだろう。

付け入る隙はそこにある。

何度もなんども曲がり角を曲がって何度目かの角を曲がりそこで止まった。


後ろを振り返るがまだ追いついてきてはいないみたいだ。

何度も曲がったことで人通りも結構少なくなっている。


「ここからは一人で行くんだ。後はさっき行った道順でお店に帰れるから」

「で、でも……あなたはっ……」

「大丈夫、また後で会おう。早く行け!」


小さく頷くと翠ちゃんはそのまま走り出してすぐの角を曲がった。


その道を通ればあとは先回りをされることもない。

追いつかれない限り捕まえることは不可能。

地元民でもここを通ったことのある人しか知らない道だ。


「……あ? いねーじゃねーかよ」

「しつこいな、お前らも」

「おい、どこにやったんだよ」

「お前ら人の彼女ばっかり追いかけてないで自分で努力したらどうだ?」

「うるせーよ! どこに行った!」


いや、お前がうるせーよ。


「諦めろ、それからあの子に関わるな」

「うるせーっつってんだろ!」

「……はぁ、言っても分かんねーか」


殴りかかってきた長身の青年の拳を受け流す。

そのまま足を引っ掛けて地面に倒れさせた。


「やめとけって、悪いこと言わないから」


大仰に肩を竦めて呆れてみせる。


「俺はお前らに手を出す気はない。何もしないならな。ただ、まだ同じことを繰り返すようなら次は容赦しない」

「…………はっ」


吐き捨てるような笑い。


「舐めた口聞くじゃねぇか。一度ボコボコにされないと分かんねぇようだな」

「お前らこそ、諦めろってのが――」


口にしかけた言葉が視界に映ったそれによって止まる。


青年たちの向こう側。

曲がり角のところそれはいた。


人間の霊じゃない。

動物の霊でもない。

妖怪の類じゃない。


クレヨンで乱暴に塗りつぶしたかのような人型のそれはすぐそこにいる。

頭部に大きな目が一つだけ付いていた。

バクリと急に顔が割れ、現れた口のようなモノが笑う。


ゾクリと全身の毛が逆立つ感覚。

全身が恐怖を感じている。


「なんだコイツ、今更怖くなったのか? いきなり固ま――」


喋っていた小太りな青年の体が黒いそれに横薙ぎに払われて壁に激突し動かなくなった。

突然の出来事に言葉を失う残りの二人。


「な、なんだよ今の……急に吹き飛んだ……?」


その言葉で、二人にはそれが見えていないことを悟る。

当然だ、こんな化け物見える筈が無い。

絶対に人間であるわけが無いのだから。

だとするとマズい。


「おい! 逃げろお前ら!!」

「は、はぁっ? 何言ってんのお前、逃げるって――」

「バカ野郎! あれが見えなかったのかよ!」


虚勢を張ろうとする長身の青年に小太りの男を指差して叫ぶ。

幸いにもぴくぴく震えているところを見ると死んではいないようだ。

こんな奴らでも目の前で死んで欲しくはない。


「な、何から逃げろってんだよ! 言ってみ――!」


いつの間にか長身の青年の後ろにいたソイツはまた打ち払うようにその体を跳ね飛ばした。

青年の体が宙を舞ってドタッと地面に落ちる。


「ヒッ、ヒイイィィィィッ!!!」


そこまでのことが起こってようやく現状を理解したのか細目の男は走って逃げ出した。

いや、理解したわけじゃないだろう。

恐怖で逃げ出したんだろうがそれで構わない。


俺はポケットを探って携帯を取り出した。


早く悠に連絡を取らないと。

そう思い電話帳を開いたところで。


「キィ…………」


金属を摺り合わせたような高い声が聞こえた。


「キィィィィアアアアアァァ!!!」

「っ!!?」


耳を劈くような高い奇声。

耳を塞ぐ手の間を突き抜けてくる高音。

その音に手に持つ携帯を落としてしまう。


視界がぼやけ、足がぐらついた。

おそらく三半規管がやられて平衡感覚が危うくなったんだろう。


揺れる意識の中でなんとか冷静に思考を働かせた。

けれどこのままでは俺もあの二人みたいに。


「キヒィ」


その声がしたのはすぐそばだった。

聞こえた瞬間、腹部に衝撃が走る。


「ぐぅっ!」


腹部に入った衝撃に足が浮いた。

そのまま数メートル空中を後退して地面を転がる。


「ぐっ……ごほっ、がはっ……!」


腹を押さえて体を起こすと、そいつの腕らしき何かがズルズルと地面を張って縮んでいるところだった。

どうやら俺の腹を殴らったアレがそのまま伸びて空中を押されたんだろう。

通りで空中に浮いていた時間が長かったはずだ。

なんて冷静に分析してる場合じゃない。


「逃げ――」

「キィィィイイイイアアアアアアァァァァァ!!!」

「ぐぅぅっ!?」


また上がった奇声に耳を塞いでうずくまる。

聞いているだけで意識が飛びそうだった。


逃げ、ないと……っ

ぐらぐら揺れる体をなんとか起こそうと試みる。

しかし、体は思うように動いてくれない。


「うるさいぞ、何をしておる」


急に聞こえてきた声に奇声が鳴り止んだ。

しかしどこを見ても声の主の姿は見えない。

それに声自体も耳から聞こえたというよりまるで。


「頭の中に響くような声じゃろう?」


続く思考を読まれて驚く。

そしてどうやらこの声が聞こえているのは俺だけではないようだ。

目の前にいるそれが、完全に動きを止めている。

恐らくソイツも声の主を探しているんだろう。

頭上の目玉がギョロギョロと辺りを見回していた。


「キィィィィァァァアア――」

「黙れ」


その一言の後、それは突如視界から消えた。

ずっと見ていたはずなのに、瞬きの間に消え去っていた。

何が起こったのか、まるで理解が出来ない。


「まったく、これでゆっくり眠れるの」


その言葉を最後に、その場は完全に静寂に包まれる。


声の主がいったい何者だったのかは分からない。

だけど悠に連絡しておいた方がいいだろう。


落とした携帯を拾って履歴から発信する。

案の定ワンコールもしない内に通話が開始した。

これに関してはいつものことなので驚くことも無い。


「どうしたの真くん! バイト中に掛けてくるなんて、もしかして声が聞きたかったっ?」

「いや、違う」

「即答は悲しいよ……」


電話越しにでも沈んでいることが分かるほどの落ち込みようだ。

ズーン……という効果音が聞こえてきそうなほどである。


「実はさっき、変なのに襲われたんだ」

「詳しく話して」


悠の雰囲気が変わった。

真剣な時の悠には思わず背筋を伸ばしそうになる。


俺はさっきまでの出来事を悠に話して聞かせた。

悠は頷きもせずに俺の言葉を聞き続けている。

全てを話し終えると悠はふぅと一息ついた。


「うん、まだ全部は分かんないけどとりあえず真くんが無事でよかった。その二人には救急車呼んでおいてあげて。話は私がつけておくから」

「分かった。それと悠、一つ頼んでもいいか?」

「頼み? なーに? 真くんのお願いだったら24時間年中無休で受け付けるよーっ、コンビニるよーっ」

「コンビニを動詞で使う奴はきっとお前くらいだろうな。とにかくありがとうな」

「え? いやー、えへへへ、お礼言われちゃったよー」


悠が電話の向こうでだらしなく笑っているのが想像できる。

相変わらず一喜一憂が激しいな。


「それじゃあ――」


俺はもう一つ、翠ちゃんのナンパの件を悠に話した。

翠ちゃんにこれ以上被害が出ないように出来ないか悠に相談する。


「オッケー、そういうことなら任せといて。商店街の人たちにも協力要請しとく」


一つ返事で承諾してくれる。

本当に良い幼なじみを持ったな。


変態じゃなければ。


「それじゃあ、また電話してねー」

「用事があればな」

「そんなっ、なくてもいつでも電話してきていいんだよっ?」

「気が向いたらな」

「むぅー……あっ! 最後に一つ」

「なんだよ、改まって」

「愛してr」


俺は無言で通話を終了させた。

相変わらず真面目を5分と続けられない性格のようだ。

まぁ、誰でも一つくらい欠点を持って然るべきだよな。


さて、一応何事もないか翠ちゃんの通った道の方から行っとくか。

というのは無用の心配だったようで店に戻ってくるとお店の入り口の前に翠ちゃんは立っていた。


「翠ちゃん、無事に帰って来れてたんだね」


角を曲がってすぐのところに翠ちゃんの姿があった。


「それは私のセリフです! 無事で、よかったっ……本当に」


心底ホッとした表情で胸を撫で下ろしている。

本当に心配してくれていたんだろうことが伝わってきた。


「ありがとう。心配して待っててくれたんだね」

「当たり前です! 相手は三人もいたんですよ!」

「大丈夫、あんな奴らには負けないから」


本当はもっとヤバイ奴がいたんだが、そのことを話すわけにはいかない。


「とにかく俺は仕事に戻るよ。隼人一人に任せきりにしちゃってるから」

「あ、あの! な、名前を教えてください!」

「真一。羽柴真一だよ」


その後、店に着くと何事もないように一人でお客をさばいていた隼人を見直したのは秘密だ。

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