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夏島  作者: 夜野友気
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夏島007

「真くーんっ、あっさでっすよー、って、ありゃりゃー、まだ寝ちゃってるねー。しょうがないなぁ、私が起こして、あ・げ・るぅ、んぅぅー」


目を開いて眼前に迫る顔を鷲掴みにする。


「お前な……いい加減諦めろこの野郎……」

「ふっふっふ、甘いねぇ真くん。たった数日で諦めるとでも思ったの?」


ニヤリと無駄にいい顔で笑いやがる。

文句の一つでも言おうとしたがそれ以上に眠気が襲ってきた。

悠の顔を押し返して、また寝転がる。


「だめ……無理……」


そのまま目を閉じると心地よいまどろみに包まれる。

またすぐにでも眠りにつくことが出来そうだ。

布団に体が沈みこんでいくような感覚。

久しぶりに暑さも気にならない朝だ。


「もう真くん、二度寝はダメだよ。んぅー」

「お前こそ、二度ネタをやめろ……」


顔面を掴む。

この調子では寝るに寝られなさそうだった。


「おお! お互いに二度ねたは禁止ってことだね」


何を一人で納得してるんだコイツは。


あぁ、二度寝た、と二度ネタってことか。

そんなことはどうでもいい。

なんでこんなどうでもいいことを考えさせられてるんだ俺は。


「俺は、眠いんだ。割と本気で……だからもう少し寝かしてくれぇ……」


なんで俺は日曜日の父親みたいな文句を溢してるんだ。

でも眠いものは眠い。

人は三大欲求にはどうあがいても勝てないのだ。


「もう、しょうがないなー……じゃああと10分だけだからね」

「……なんでお前がベッドに入ってくるんだよ」

「いやー、素敵な抱き枕にでもなってあげようかなぁと」

「暑苦しい……出てくれ……」

「おや? 元気がないね。これは本当に眠そうだ」


ようやくそのことに気付いてくれたか。

もぞもぞとベッドから出ていく気配。


「それじゃあ、頃合いを見てまた起こしに来るねー」


部屋を出ていく悠の気配に、ただ片手を軽く上げて答えた。






「…………ん」


目を開いて少し重い頭と体を起こす。


「………悠?」


部屋を見回してみるが悠の姿はない。


おかしいな……起こしに来るって言ってたような気がしたんだけど。

何か急用でも入ったんだろうか?


起こしに来ると言って起こしに来なかったことは今まで一度もなかった。


そのまま暫くボーっと待ってみるがやはり悠は来なかった。


本当に何かあったのか?


不思議に思いながら着替えを済ませる。


「悠?」


リビングを除いてみると悠はそこに佇んでいた。

少し視線を落として目を鋭く細め一点を見据えている。

声をかけるのも躊躇われるほどの集中力を感じた。


一体何をやっているんだろう。


その視線の先には高速で回転しているダーツの的のようなものがあった。

家にあんなものを付けた覚えはないのであれは悠の私物だろう。

けれど、あれで何をやってるんだ?


気になるので暫く黙って観察することにする。


「すぅ…………ふぅ…………」


ゆっくりと深呼吸をする。

不動だった悠がゆっくりとした動作で右手を構えた。


あれはまさしくダーツの構え。

よく見るとその手にはダーツの矢が握られている。


「はっ!!」


気合いの声と共に放たれた矢は一直線に飛んでいき、見事に的を射ていた。

しばらくすると的の回転が段々と遅くなっていく。

悠はその様子を黙ってジッと見守っていた。

まるで、矢で的を射た後に心を鎮めているかのように。


そして完全に停止したその的を見て、ニヤリと怪しい笑みをこぼした。


「今日の…………」


「真くんの下着の色は黒!」

「そんな当て方があるか!!」


ガッツポーズを決めている悠の後頭部にハリセンを叩き込んだ。






「もぉー、容赦ないなぁ……」


後頭部を摩りながら悠は唇を尖らせ食パンにかじりついている。


「お前、いつも朝あんなことしてたのか?」

「ううん、今日のは単なる気まぐれだよ」


気まぐれで俺を起こしに来ることも忘れてあんなことしてたのか。

そもそも気まぐれで人の家にダーツ版持ち込まないで欲しい。


パンツの色の正誤については正直言いたくない。

ありのまま、今起こったことを話すのは躊躇われる。

コイツの恐ろしさの片鱗を味わった気がした。


「それで俺を起こしに来るのも忘れてたっか?」

「忘れてたって言うか準備に時間かかっちゃって。たはは」


俺の存在は下着占い以下なのか。

そう考えると何か複雑な心境になった。


いやいやいやいや。


なんで、俺はもやもやしてるんだよ。

考え直すように頭を振る。

ついでに頬を叩いて考えを改めた。


別に俺は悠に起こして欲しかったわけじゃない。


「あれあれー? もしかしてがっかりしちゃったりした?」

「しねぇよ。寧ろすっきりした」

「ふぅ~ん……」


こっちをジッと眺めてにやにやと笑う悠。

妙に鋭いところがあるので、俺の心理を悟ったのかもしれない。


「なんだよ、その妙に意味深なふーんってのは」

「いや別に、いやいや別に、いや別に」


なんで俳句調なんだよ

しかも同じ言葉を繰り返してるだけだし。


「真くんって結構分かりやすいよねー」

「何の話だよ」

「んー、色々な話かな」

「色々ってなんだよ」

「色々は色々だよ。髪の一本から呼吸するときの酸素量に至るまでずずいーっと」

「そんなことが分かってたまるか!」


そんなことまで把握されていたらストーカーを軽く超えるレベルで気持ちが悪い。


「まぁそれは冗談にしても考えてることは分かりやすいかなー」

「そうか」


興味を失った素振りをみせ、ぼーっとテレビを眺める。


そのまま頭では悠に言われたことを考えていた。


俺は表情に出にくい方だと思っている。

実際によく言われているのが、お前の考えてることは分からない、って言葉だ。

俺自身に考えを悟らせる気がないことも相まって、そう感じさせているんだろう。


だけど悠は分かりやすいと言った。

無論、さっきのことだけじゃなく総合的な話であることは分かっている。

だとしたら尚更分からない。

悠はなぜ、俺を分かりやすいと言ったのか。


「そんなに考え込まなくても」


その言葉に悠に視線を向ける。

苦笑してコーヒーをスプーンでくるくると掻き混ぜていた。

考えていたことさえ当てられてしまっている。


「大丈夫だよ。一般人から見たらちゃんと比較的分かりにくい部類に入ってるから」


よく分からないフォローを入れながら、悠は指を突き付けてきた。


「流れだよ」

「流れ…?」

「そ。気の流れ」

「気……?」

「こらこら、お前は何を言ってるんだ? っていう目で見ないでよ」


手を下ろしてキョロキョロと回りを見回す。


「何を探してるんだ?」

「んー、ちょっとー……」


歩きだしてまで何かを探し始める。


いったい何を探してるんだ?


「あっ、ちょっと真くんこっち来て」


部屋の一角にしゃがみ込んだ悠が手招きをする。


「そこに何かあるのか?」

「とりあえず視てもらえれば分かるかな」


促されて隣にしゃがみ込む。


「ここ、ここだよ」

「ん?」


悠の指差した先に視えたのは細い光の糸だった。


「なんだこれ?」

「やっぱり視えるんだ」

「え?」

「これはね霊気だよ」

「冷気……?」

「あー、えーっと、冷たい空気の方じゃなくて、幽霊の気。これはね幽霊の通った足跡みたいなもの」

「視た感じこれはかなり前のものだけどね」


説明をしながらその糸を手に取る。

するとそれは粉々に砕けて消えていった。

部屋の窓に続いていたそれは連鎖するように砕けてなくなっていく。


「これが視えるから分かるっていうわけじゃないんだけどね。人もこれに似たものに包まれてるんだよ」

「包まれてるって…蚕みたいにか?」

「そこまでじゃないけど……とにかく、それが感情や生命活動によって変化するってわけ」

「人によって視えやすさっていうのは変わって来るんだけどね。真くんはそれが視えやすいってわけ」

「へー……でも、俺には視えないんだな」


自分の体を見下ろしてみるがそれらしきものは視界に映らない。

腕や首を捻って確認してみてもやはり視えなかった。


「自分のは視えないと思うよ」


俺の行動を見ておかしそうに笑う。


「そうなのか」

「うん、まぁ今の真くんにはどの道まだ見えないと思うけどね」


急に思い出したかのように悠は、そうだっ、と手を叩いた。


「真くん今日も手伝ってほしいんだけど」

「あー、悪い。今日はバイトだ」

「そうなの? うー、残念」


がっくりと肩を落とす。


「何か急ぎの用事か?」

「ううん、今日は神社の片付け」


苦笑しながら悠はストンと椅子に座る。


「悪いな、バイトが終わったらで良いなら手伝うぞ?」

「ううん、いいよ。そこまで無理はさせられないよ」

「そっか」


俺も椅子に座って食事を再開した。

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