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夏島  作者: 夜野友気
6/11

夏島006

「やっぱり、愛は大事だと思うのです!」


開口一番、悠は自信満々にそう告げてきた。

俺の心は不安満々といった感じだ。


自分から頼んでおきながら言えることじゃないかもしれないが、果てしなく不安だ。

もうこの不安も何度目か分からないくらいの不安。

不安が不満に進化する日もそう遠くない気がした。


ただ、他に頼める奴いないしなぁ……。

いや、本当はもう一人いるのだがソイツもはっきり言って頼りにならないと断言しよう。


その他にはもう頼める奴がいない。


俺は友達が少ない、のか?

いや、この島では、だと信じたい。


「……で、そこから導き出される答えはなんなんだ?」


一応聞かないわけにはいかないので話を促す。

もしかしたら、あっと驚くような案が飛び出してくるかもしれない。


「みんながパートナーを見つけてフォークダンスをすればいいんじゃないかな?」

「…………………」

「ん? どうしたの?」

「いや、意外にまともで驚いてる」


本当に真面目に考えてきたのかと驚く。

今までも何度か提案はあったのだがとてもじゃないが採用出来るような内容ではなかった。


「失敬な。誰がいつまともじゃない意見なんて出したのさ」


頬を膨らませて怒る悠。


「お前だ、お前。お前が昨日出したんだよ。AVのタイトルに使われてそうな名前の企画書持ってきただろうが」

「真くんAVとか見るんだ、へー」


余計なことを言ったかっ……。


にやにやと笑っている悠。


「それにあの企画を考えたのは隼人はやとくんだって。……あー、なるほど、男の子だねー」


くっ……口を滑らせるとは不覚っ……。

俺だってAVくらい見る、男の子だもん!


いや、だもんは気持ち悪いな……。


これ以上話を引っ張られるのも面倒だ。

話を戻すために少し大きい声を出す。


「とにかく! えっと、フォークダンスだっけ?」

「そうそうオクラホマミキサーとも言うね。みんなでフォークダンスを踊ってて、気付いたら回りは男だらけ」

「は…………?」

「あれ? 他の女の子は? なんて考えるのも束の間。回りを囲まれ逃げ場はない。ダンスと称して体を触ってくる男の群れに女は成す統べもなくっ」


ダンスをするように部屋の中をくるくると回り始めた。


「服も脱がされ身を守るものは何もなくなり体を覆うのは多数の手。ああ、嫌なのに、嫌なのにかんじちゃうぅーっ」


言葉に合わせて肩が見える程度に服をわざとはだけさせる。


「なーんてAVとかあるのかな? どうなのかな? ねぇ真くん?」


そして急に素に戻り楽しそうに俺に話を振ってきた。


「お前な……」

「あれ? 真くん、なんでちょっと前屈みになってるの?」

「なってねぇよ! お前適当なこと記述させるな!」

「記述って、何に?」

「こっちの話だ、気にするな」


余計なことは言わないに限る。

また一つ賢くなった。


「……フォークダンスって案だけど、悪くはない」


今度は前置きもなしに話を戻した。

これ以上付き合ってたら本当に夜中になってしまう。

それに案自体は悪くないんだ。


「悪くはない、ってことは良くもないってことだね、どうして?」


話が早いな。

察しがよくて助かる。


「まず、参加者だな。ノリのいい人は参加してくるだろうけど、恥ずかしがり屋はしないだろうな。それから、パートナーの問題だ。参加したくてもパートナーが見つからない人だっているだろ。そういう人が参加出来ないってのはまずい」


それだけでもかなりの参加者を失いかねない。

どうせなら全員の心に残るような何かがいいだろう。


「そっかー……」

「悪いな、せっかく案を出してくれたのに。その点踏まえて採用できるように考えてみるよ」

「うん、ありがと。なかなか難しいね、考えるのって」

「まぁ、結局誰もが納得する企画なんてのは絶対に無理だろうし。あんまり深く考えるのは良くないのかもしれないな」


そもそも、そんな企画があるならそれはきっと誰もが思いつく企画だ。

無難を狙うならそれでもいいだろう。

けど、どうせ任されたなら誰も思い付かないようなものを考えてみたい。


なんて……何を躍起になってるんだろうな、俺は。


天井を見上げて思わず溜め息をついた。

最初はやる気すらなかったのに。


「疲れちゃった? ちょっと待ってて、お茶いれてくるから」

「ん……あぁ、悪い」


疲れていたわけじゃないが、わざわざ否定することもないだろう。

お茶がくるのを待つ間にもう一度天井を見上げた。


そう、そもそもどうしてこんなことになったのか。

そのことを話すためにはまず、俺がこの島に帰ってきて数日たったあの日まで遡らなければならない。






「はぁ!? 祭の企画ですかっ?」


その話を聞いた俺は他言無用であることを忘れ思わず大声を出していた。

幸い店の中には誰も居なくて、外を誰かが通った様子もない。


「しーっ! 他言無用だって言ってるじゃないかい!」


おじさんはズレた丸い黒淵眼鏡を直しながら慌てたように声をあげた。

相変わらずどこにでもいそうな会長って感じのおじさんだ。


あまり高くない背丈で体つきも細く、少し薄くなった頭に迫力のない垂れ目の顔、そこに黒淵の丸い眼鏡をかけているこの人は親父の知り合いの松治まつじさんだ。


俺も小さい頃に何度か会ったことがある。

今はこの島の会長をやっているらしかった。

決して悪い人じゃないんだが、人に流されやすく、あまり頼りにならない人である。


「あぁ、すみません……。で、なんでしたっけ?」

「だから、祭の企画だよっ。真一くんに決めてほしいんだよっ」


どうやら聞き間違いでも何でもないらしい。

もう一度聞いてもきっと同じ言葉が返ってくるだろう。

何度聞いても同じか。

流石に何度も聞いたら怒られるだろうけど。


「なんで俺が……松治さんが頼まれたんでしょ」

「そうなんだよーっ、おじさん頼まれちゃったんだよーっ。そりゃおじさんだって会長って立場じゃなきゃ断りたかったさっ。でも、会長お願いします、何てみんなに頼りにされたら断れないでしょっ」

「いや、出来ないなら断って下さいよ」


それはただ押しに弱いだけじゃないのか?

あとおっさんが指先つんつんするな、張り倒すぞ。


「ねっ、ねっ! 企画にかかるお金とか準備費とか考えなくていいからお願い! 真一くん学校行っててそういうの詳しいでしょっ」


まぁ、文化祭とかはあるが、それは祭とは全然違う気が。


しかし、困ってるみたいだしなぁ。


会長の仕事もなかなか忙しいんだろう。

しかし、なんでこの人会長やってんだ?

恐らく流れに身を任せていたらなっちゃったって感じだろうけど。


「ちなみに、企画って過去のものを参照しても?」

「いやいや、それならおじさんがやっちゃうよ。何年かに一度は被ってるみたいだけど意図的に被せたんじゃないみたいでねー」

「でしょうね」


確かにそれならわざわざ俺に頼みに来る必要はないだろう。

自分で調べて適当に見繕ってはいおしまいだ。


島民は毎年新しい企画が発表されるのを楽しみにしている傾向がある。

それを潰してしまうのは憚られた。

つまり、発表時期になるまでは極秘でなければならない。


「分かりました、受けますよ。もう一つ確認したいのは町の人に協力を頼むのは――……」

「ダメダメ! そんなことしたら、一瞬だよ! 一瞬!」

「ですよね」


松治さんの言っている一瞬というのは情報伝達速度のことだ。


この島の情報伝達の速度は配達される郵便物よりはるかに速い。

ついさっき南の端で出た噂が一時間後には北の端にまで到達するほどの速さだ。


狭い町なんてのはどこもそんなもんなんだろうか?

ここは島であるから尚更なのか?

そんなことは今は正直どうでもいい。


そしてそういった所の性質上、噂を留めておく我慢の出来ない人間だらけなのだ。

それが例え企画者本人だったとしても、つい口を滑らせかねない。

そうなってしまっては終わりだ。

だからもし協力者を得るのであれば慎重に決めなければならない。


それは勿論企画段階において最も重要なこと。

もし誰かに企画の話を聞かれでもしたら全てが水の泡だ。

流石にまとめの段階までいって一から企画を練り直すのは勘弁願いたい。


「はぁ……分かりました。なんとかしますよ」


頼むからおっさんが目をきらきら光らせて懇願しないでくれ。


「おおー! 受けてくれるのかいっ! ありがとう! ありがとう!」


俺の手を取ってぶんぶんと上下に降る。

未だに目がきらきらしているのがちょっとウザかった。

知り合いじゃなきゃ殴ってるレベルだ。


「それじゃ、あとはよろしく頼むよ! これ、企画書の書類一式だから!」


話が決まるや否や、おじさんは鞄から茶封筒を取り出して机に置いた。


「じゃあ、また来るから!」

「あっ! ちょっと松治さん!!」

「大丈夫! 説明は書類に全部書いてあるからー!」


そして、そそくさと店を去っていく。

もうこれ以上の交渉は必要ないと言いたげだ。


「いや、そういうことじゃなくてーって、速ぇなあのおっさん……」


俺はテーブルの上に残っている飲みかけのコーヒーに視線を落とす。


「コーヒーの金……貰ってないんだけど」


そう誰にでもなく呟いて溜め息を溢す。

そしてポケットから財布を取り出し100円をレジに持って行った。


「まいどありー」


そしてまた誰にでもなく呟くとレジに落とす。

なんとも空しい気持ちになった。

後で倍にして請求してやろうと心に決める。


「おーい、真ちゃん。何やってんだー?」


控え室の方で隼人の声が聞こえた。


「あー、いやー、なんでもねーよー」


それに軽く答えて俺はカウンターに戻る。

それと同時に店のドアベルが鳴った。






「真くん。真くんっ?」

「……ん? あぁ、悪い。何――……本当になんだよ」


我に帰ると悠が俺の太ももの上に向かい合って座っていた。


「いや、呼んでも反応なかったからつい……」

「つい、じゃねーだろ、つい、じゃ」


つい、でなんで人の太ももの上に座ってんだよ。


「何考えてたの?」

「ちょっと頼まれた時のこと思い出してた」

「あー、あの時の真くん全然やる気なかったよねー」


その時のことを思い出しているのか苦笑する悠。


確かに当時の俺は超が付くほどやる気がなかった。

貰った書類にも全く目を通して無かった程だ。

それが今は日にちを決めてこうして企画会議をするほどになっている。


「なんで急にそんなにやる気出したの?」

「さぁな、自分でもわからん」


いや、本当のところは分かっている。

毎日を怠惰に過ごすくらいなら何か変わったことが欲しかっただけだ。

劇的なのは勘弁願いたいが、少しくらい変わったことがあってもいいと思っている。


「で、今度はこっちから質問したいんだが……」

「ん? なにかな?」

「この状況はなんだ、っていうかなんでお前は段々近づいてくるんだよ!」


足の上に座っている悠がだんだんと体を近づけてくる。


「いや、べつにー」

「べつにー、じゃねぇ! さっさとはーなーれーろーっ!」


顔面を押しのけて無理やり放させる。


「まーまー落ち着いて。冗談はさておき。眼の様子をちょっと見てただけ」

「は? あっ。あー……」


言われて自分の目を押さえるように手を当てる。

何か異変でもあったんだろうか?


「大丈夫、何の異常もないから」


そんな俺の心配を読み取ったかのように悠は言った。


「んー、でも不思議だよねー。どうして真くんに視えるのか」

「まぁ、確かに……でも凄い今更な発言だな」

「そうなんだけどね」


苦笑して、もう一度ズイッと近づいてくる。

思わず身を退いてしまうが後ろはソファーの背もたれで逃げ場はない。


「動かないで」


それに真剣な眼差しで見つめてくる悠に気押されてしまう。


「ゆ、悠…………」


鼻と鼻が当たりそうな位置。

身を支えるために胸に与えられている悠の手。

そして、動揺しまくりの俺の鼓動。


全てが重なって、ここ以外の時が止まったかのような感覚。

聞こえるのは煩いくらいの鼓動と悠の息遣いだけ。


ジッと見つめてくるその瞳は澄んでいて濁りのない。

見つめられると吸い込まれてしまいそうな黒い色。


「真くん……」

「な、んだ……?」

「最近、何か見た?」

「最近、って……さ、さっきの女の子、くらいだけど……っ」

「……そう」


悠の体が離れて肺にたまった空気が一気に抜けていく。

凄く大きな溜め息が漏れた。

なんでコイツと見つめ合ってここまで緊張しなきゃならないんだ。


「……んで? 何か分かったのか?」

「うーん、そだねー。視えやすくなってきたんじゃない?」


少し考えるようにして悠は質問してきた。


「え? そうか? んー……変わらないと思うけど」


しかし以前と見比べることは出来ないから何とも言えない。

視やすくなったら何か変わるんだろうか?

今までは視えなかったけどもっとヤバイ奴とかがいて、それが視えるとかようになったとかなら最悪だ。


「そう? まぁ、真くんがそう感じるんだったらそうなんだろうね」

「意味深な発言だな」

「一応これでも本職だからねー。ただ自分の感じたままを言っただけ」

「本職に意味深なこと言われると不安になるぞ」


歯医者に治療中、あっ! と言われた気分に近い。

言われたことないけど。


「あははっ、ごめんごめん。でも本当に何かあるわけじゃないから安心していいよ」


そう言って、さて、と話を打ち切る悠。


「企画の方はまた明日にして、今日はもう休もうっ」


そう促され時計に目を向けると確かにいつもならやめている時間になっていた。


結構話しこんでたからな。

立ち上がって背伸びをするとポキポキと骨が音を鳴らす。

長時間座っていたからだろうか。

体も結構凝っているみたいだ。


「じゃあじゃあ、ご飯にするっ、お風呂にするっ、それともー……」

「風呂、飯、そして寝る」


エプロンを取って着けかけた悠がその場ですっ転んだ。

芸人顔負けの綺麗なずっこけだ。

賞賛の拍手でも送ってやりたい気分だ。


「まだ最後まで言ってないよ! なんで拍手してんの!」

「賞賛の拍手だ。気にするな」

「気になるよ! 真くんのいけず!」

「最後まで言わせるメリットどこにもないからな」

「ぐぅ……」


ぐぅの音は出るみたいだった。


「ちなみにお風呂はもう沸かしてあるのです」

「いつの間に……」

「夕食の準備も殆ど済んでいるのです」

「なん……だと……?」

「だから一緒に入ろーっ」

「だからの意味が分かんねぇんだけど!?」


迫って来る悠の顔面を押さえる。


入るなら自分の家で入ればいいだろうに、悠はたまに家で入って行くことがある。

勿論、一緒に入ったことなど一度もない。


「入るなら先に入ってくれ。俺は後で入る」

「んー……いや、真一くんが先に入っていいよっ」

「後から入ってきたら、分かってるだろうな」

「ワ、ワカッテルヨー、ソナコトシナイテー」


どうやら、する気満々だったようだ。

出る杭は打たれると言うけれど、コイツの場合最初から埋め込む勢いで打っとかないと手遅れになってしまう。


「うう……昔は仲良く一緒に入ったのに……」

「いつの話だ、いつの」


繰り返すが一緒に入った記憶はない。


「小学校の頃とかさ、いま思い出すと懐かしいよねー」


懐かしそうに、昔を思い出すかのように目を閉じる悠。

俺も真似をするように目を閉じた。

こうして目を閉じると色々な光景が……。


……あんまり思い出せないな。

懐かしさはあれど、そこまで思い出せることがない。


「あの頃から真くん、カッコよかったなぁ」

「そうかぁ? ただの悪ガキだったと思うけどな」

「私が暴漢に襲われていた時助けてくれたこともあったよね」

「悪い、全く記憶にないんだが……」

「将来の約束を交わしたのも確かその時だよねー」

「ちゃんと現実の記憶を思い出してくれるか? 頼むから」

「えー……ファーストキスも確かその時だったよー?」

「だから勝手にねつ造すんな!」

「はぁぁぁんっ、真くんの唇がぁぁぁっ」

「もう一人でやってろ……」


妄想に励む悠を置いて風呂場に向かうのだった。

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