夏島005
「うぅぅぅぅ………あたまいたい………真くんひどいよぉ…」
「知るか」
移動中ずっと頭痛を訴える悠と今度は商店街の方に来ていた。
ちなみに今日は商店街で最後にするらしい。
悠曰く、一日で多くの場所を探すより一所を見落としなく探した方が良いんだそうな。
確かに急いで探してたくさん回っても肝心の霊を見つけられなければ意味がないだろう。
「ねーねー、コブとか出来てない? さっきみたいに撫でてー」
ずいずいと寄せてくる頭をガッチリと腕と体で抱え込むようにホールドする。
「やんっ、大胆っ」
「はいはいー、良い子だから真面目に仕事しようねー」
そのまま右拳をグーにしてグリグリと押しつけた。
「あぎゃあああぁぁ」
奇声を発して完全に沈黙する悠。
暫く続けた結果。
現状、手も足もだらしなく伸びており、このまま放すと顔面から地面に倒れてしまいそうだ。
「うう……酷い……。助けてあげたのにこの仕打ち……」
「うっ……」
痛い所を突かれて固まる。
その反動で思わず腕の拘束を緩めてしまった。
「あべしっ!」
雑魚敵が散った時のような声を上げ顔面から地面に倒れた。
「ひどひ……ひどひ……しくしく」
分かりやすい嘘泣きが聞こえる。
しかし、それは嘘でも助けられたのは本当だ。
それが事実である以上俺に反論の余地はない。
なんていうか今日はこんなのばっかりだな。
「うぅぅぅうう、ちらっ、ううぅぅ、ううぅ……ちらっ」
唸りながらもちらちらと視線を向けてくる。
そしてちらちら言うな、嘘臭さ増すから。
何かをかなり期待しているようだ。
俺は溜め息をつきそうになりながら悠に手を伸ばした。
「あぁ、分かったよ。悪かった」
悠を引っ張り起こして頭を撫でてやる。
「まだ、お礼も言ったなかったな。ありがとう」
「……それだけ?」
見上げてくるのは強請るような瞳。
「……はぁ……何が望みだ?」
「じゃあ手を繋いで歩こ――」
「それは断る」
「なんで!?」
「当たり前だ!」
コイツは商店街に来るたびに手を繋ぎたがってくる。
というかいつもは気付いたら握ってやがるのだ。
そのうえ振り解こうにも、まるでタコみたいにうねうねと衝撃をいなして離れない。
「助けてあげたのにぃ……」
「ぐっ……」
「心が痛い……」
「ぐ、うぅ……」
「顔も痛い……」
「ぐ、ぎぎ……あぁー! もう分かったよ!」
引っ手繰るように悠の手を掴む。
「ほら行くぞ! 探すんだろ!」
そのまま引っ張るように前を歩きだす。
少し、早足になりながらもちゃんと辺りを探すことは忘れないようにしないと。
それを怠ると元も子もない。
「うんっ」
後ろから嬉しそうな返事が聞こえる。
それを最後に、俺は一切の思考を放棄して、ただ探すことに専念するのだった。
悠と向かった先は西通りの商店街だった。
俺はあまりこっちには来たことがないので顔なじみも少ない。
俺がよく足を運ぶのは東と南の通りだ。
東通りで遊び場は事足りるし、南通りで食材は揃う。
そんなわけでわざわざこっちまで来ることが少なかった。
おそらく子供のころに親に連れられて何度か来た程度じゃないだろうか。
勿論、そんな昔のことなど覚えているはずもない。
まるで初めての道を通るような感覚だった。
ちなみにこの商店街は町の中心に位置し、構造は道が碁盤目状になっていて、中央の大通りで十字に四分割されている。
その道を隔てた右上が北、左下が南、右下が東、左上が西の通りとされていた。
通りに名前などはついていないけれど、簡単に西区の通りだから西通りなどと呼ばれている。
「おやっ、悠ちゃん今日はデートかい? 手なんか繋いじゃって憎いねーっ」
そして、何度目かも分からない店員さんからの呼び止め。
今度は八百屋か。
顎鬚を少しはやし、白いシャツに短パン、タオルの鉢巻きを巻いたおじさんに呼び止められる。
俺としては早いうちに抜けてしまいたいんだが、悠が声を掛けられる度に足を止めるためそうもいかない。まぁ、悠にしてみても無視をするわけにはいかないだろう。
仕事柄、町の人たちとの交流は大切な筈だ。
「そうなんですよー、啓次さんも奥さんと仲良くしないとだめですよー。この前喧嘩したんでしょ?」
何、さらっと頷いてやがりますかコイツは……。
……と、これも何度目か分からないので今更撤回する気にもなれなかった。
「ありゃ、なんでそれを悠ちゃんがっ……そうなんだよー……それで小遣い減らされちまってよー……」
しまったーという表情を見せる八百屋。
肩を落として項垂れる。
元の額は分からないが小遣いを減らされてしまったのはかなり辛いことなんだろう。
しかし確かに、どうして悠が喧嘩したことを知ってるんだ?
奥さんに直接聞いたんだろうか。
「そこで朗報です。実は奥さん……ごにょごにょ……」
悠が八百屋さんに耳打ちするとその表情がみるみるうちに晴れていく。
悠の言葉に真剣に耳を傾け、頻りに頷いていた。
「そりゃ本当かい、悠ちゃん!」
そして話し終えた途端に驚きで目を見開いた。
一体何を言ったんだろうか?
「はい、一度やってみる価値ありですよ。それでも不安な場合は仲直りの祈願に、是非ともうちの神社に来てくださいねー」
「ありがとうよっ、悠ちゃん。近いうちに是非とも参らせてもらうよっ」
「是非ぜひっ、お待ちしてます」
「仕事の方も頑張りなよっ」
「っはい、勿論っ」
……ん?
……なんだ、今の……気のせいか?
「悠ちゃーんっ、良い男連れてるじゃないかい。デートかい? いいねぇ若いっていうのはっ」
今度話しかけてきたのは肉屋のおばちゃんだった。
少し恰幅の良い体に優しそうな顔付き。
エプロンに書かれている肉一文字が丸で囲まれた模様がやたら似合っている。
……いや、さすがにこれは失礼過ぎだな。
「加寿子さん、こんにちはーっ」
「まぁまぁ、アンタカッコイイじゃないかい。悠ちゃんを嫁にするんならそれなりの覚悟がいるよ?」
「も、もおっ、加寿子さんっ。お嫁さんだなんて何言ってるんですかぁっ」
頬を染めて反論する悠。
相変わらずの芸当だ。
コイツがこんなことで照れるわけがない。
「なんてったって、この島の神社の子なんだからねぇっ、凄いんだからっ」
「は、はぁ……」
「おやおやなんだいその返事は、疑ってるのかい? 本当なんだよ? 本当に凄いんだからっ」
おばちゃんは凄い凄いと言いながら笑っている。
恐らくこの人は何が凄いのかを分かっていないんだろう。
そしてまただ…。
おそらく気のせいじゃない。
「そーいえばデート中だったわね。ごめんね呼び止めちゃったりして」
「いえいえ、気にしないでください」
「アンタッ、元気な子を作るんだよ!」
加寿子さんは最後にそう言い残して俺の背中を叩き笑いながら店の中に戻って行った。
「加寿子さんっ! もう……」
困ったような表情を見せる悠。
そして、ふぅと息を吐いた。
「真くん、いた?」
「ん、いや……」
「……真くん? どしたの? そんなに見つめられるとベロチューしちゃうよ?」
「あぁ、いやなんでも……ってベロチューってお前な」
ボーっとしてていきなりそんなことされたらはっ倒しかねない。
不注意でもこれからはコイツを見つめないように気をつけておこう。
いや、違う、そんなことじゃない。
「なぁ、悠」
「なに? もしかしてベロチューする気になったの?」
「なるか! ……あのな、商店街での幽霊探し、今日はもういいんじゃないか?」
「え? いいって、どうして? まだ半分も来てないのに……もしかして疲れちゃった?」
「いや、俺は疲れてないよ。でも、お前はどうなんだ?」
俺の疑問に悠はパチパチと瞬きをした。
「やだなぁ、全然疲れてないよっ。それとも私がそんなに疲れてるように見える?」
「見えないな」
「そうだよねー、だから続き行くよーっ」
「肉体的にはな」
踵を返して歩きだそうとした悠の動きがピタリと止まった。
まるで一時停止のようだ。
「なんならここは俺一人で回ってもいい」
「あー、ははは……。何のことやらー」
この期に及んでまだ誤魔化そうとするか。
その反応だけでバレバレだってのに。
「大丈夫。全然問題ないんだから」
まるで自分に言い聞かせるような言い方だった。
それだけに、はいそうですか、と簡単に頷くことは出来なかった。
「悠」
「大丈夫!!」
俺の言葉を遮るように大きな声を出す。
それから先を聞きたくないと、耳を塞ぐかのように。
「本当に大丈夫だから……。だから探そう? 一緒に探して。お願いだよ」
続いた口調は弱々しかった。
繋いだ手をギュッと握りしめてくる。
いったい何があったのかは分からないけど、今日の悠は変だ。
今日というよりはここに来てから様子がおかしい。
「……分かったよ。ただし、今日はダメだ。それが最低条件だ」
「うぅー……分かった。あーあ、真くんには敵わないなぁ」
溜め息をついて悠は手を放すとグッと伸びをした。
「それじゃあ、今度は手伝ってあげなきゃいけないよね?」
振り返った悠はにっこりと笑顔をみせてくる。
「あー……そうだったな」
少し考えて、その意味を理解した瞬間に気が重くなった。
「とりあえず真くんの家に戻ろっか」
「そうだな、さすがに外はまずい」
誰かに見られたり聞かれたりしたら大変だ。
極力人の多い場所は避けた方がいいだろう。
「もう、なんで今からそんなに疲れた顔してるの? 真くんのためにいっぱい勉強してきたんだから、しゃっきりしてよ」
「それはありがとうよ」
今夜は眠ることが出来るかどうか怪しそうだった。