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夏島  作者: 夜野友気
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夏島001

結びむすびじま


この島がそう呼ばれ始めていったい何年が経つんだろうか。


そもそもどうしてそんな名前が付けられたのか。


ある一説ではこの島の中心にある大樹の下で二人の男女が約束を交わし。なんと十数年という時を経て守られ、めでたく二人が結ばれたからそう呼ばれるようになったんだとか。


そんな迷信を信じているやつがいるのかどうなのか。


他にはこの島の形が三角形でおむすびに似ているから、というロマンチック差の欠片もないもの。


または、この島の人たちが他の島の人たちよりも抜群に蝶々結びが上手だったから、なんていうわけの分からない説まで、さまざまだ。


ようするに何が言いたいのかといえば、由来なんてものはあってないようなものだということである。




現在の季節は夏。

昨日の最高気温は確か三十二度だったか。


真夏日である。

暑いにも程がある。


キンキンに冷えたスイカを縁側で食べたい、などと考えて早数日が過ぎた。


キンキンに冷えたスイカもなければ買いに行く気力も予定もないので今のところは実現性はゼロに近いだろう。


朝に惰眠を貪ることが多くなっていた俺は、今日も今日とてベッドに寝転がっていた。


そう、夏。

長い長い、夏休みの季節だ。


島の外の学校に進学した俺でも、夏休みだけは毎年のようにこの結び島に帰ってくる。


それが一年の日課のようなものだった、


誰かに帰ってくることを強制させられているわけではない。

第一強制してくるような相手もいないんだ。

それに戻ってきたからといって、これといって何かすることがあるわけでもない。


いや、ないことはないが、強いて言うならばお墓参りくらいだろうか。

それも数日前に済ませてしまっているわけだけど。


あとはそう、悪友や幼なじみの顔でも見てやろうかということくらいだろう。

けれどそれも目的としては取ってつけたようなものだ。


考えれば考えるほど、理由なんてあってないようなものだと気付く。

そうだ。理由なんてない筈だった。

それでも俺はこの島に帰ってくる。


故郷だからだろうか。いや違う。


頭に思い浮かんだことは即座に否定出来た。


そんな理由じゃない筈だ。

そんな理由だと何か納得できない。


或いは納得したくないだけか。

それすらも分からない。


また、考えれば考えるほどドツボに嵌っていく。

だからそういう時は考えることを止める。


何も解決はしないけど、分からないことに無駄な思考力を働かせるよりはよっぽどマシだ。


それに今日だって暑い。

目が覚めても起き上がるのでさえ億劫だ。


だから今日もまた惰眠を貪ることにしよう。

人類に与えられている時間が平等だとは思わないけど、限りある時間をどう使うかは個人の問題だ。


それならば俺は寝る。

夏のこの暑さでも寝てしまえば分からないだろう。

暑くて目が覚めてしまっても、その時はその時だ。

目が覚めた時にまた考えればいい。


今は、今この時間のことだけを考えていればいいんだ。

何も悪いことはない。

速やかに……任務を……遂行……する…………。






「真くーん、朝だよー」


まどろみ始めたころに声が聞こえた。


「あれ? まだ寝てるのかな? 真くーん、勝手に入っちゃうよー」


よく知る声のよく知る人物は俺のよく知っている通り遠慮なく部屋に入ってくる。


「あー…まだ寝ちゃってるよー。もう、暑いからってだらしないなぁ」


呆れたような声が振ってきた後、気配がグッと近くなったのを感じた。


「そんな真くんには、とっておきの、プレゼントを差し上げ、んー…っんぶっ……」


目を開くと同時に眼前に迫る顔を右手で鷲掴みにする。


「……おい」

「おはよっ、真くん。今日も爽やかな朝だよっ」


顔面を掴まれたまま満面の笑みを浮かべる悠。

こういうところがコイツの良いところであり、同時に悪いところでもあるんだろう。


顔を掴んだまま押し戻す形で起き上がった。

その間にまったく笑顔を崩さないのは、形は違えど毎度のこと、とはいえ凄いと思ってしまう。

手を放してグッと伸びをした。


「ああ、そうだな。今日も最悪の目覚めだよ」


もはや定型文となったような返事をして再度目を向ける。

俺に向けて、満面の笑みを浮かべているコイツの名前はくれないゆう

幼なじみであり、あることに関して頼りになる相談相手だ。


ただ、性質の悪い奴…いや、性質の悪い変態であるという認識を忘れてはならない。

きっと俺は未来永劫コイツの存在は忘れることが出来ないだろう。

俺にとって、ある意味トラウマみたいな奴だ。

存在が更新されていく分、トラウマより性質が悪いかもしれない。


「そもそも何爽やかにおはよっ、なんて挨拶してくれてんだよ……お前、何をしようとしてた」

「ん? もう、やだなー。そんなのお目覚めのチッスに決まってるよー、言わせないでよ恥ずかしー、きゃっ」

「恥ずかしい奴はチッスとか言わないから」


悠は両手で顔を覆って恥ずかしそうに頬を染める。

100人が見たら100人が可愛いと判断してしまうような仕草。

不覚にも、過去に俺も思ってしまったことだ。


幼なじみである俺が思うくらいだから、きっと考え過ぎなんてことはない筈。

寧ろ意見を正当化するのに、これ以上のものはないだろう。


ただ、長年の付き合いから知っている。

コイツは頬を自らの意思で染めることが出来るほどの高等技術を持っていることを。


騙されてはならない。

言動すべてを疑って掛かってもいいような存在だと認識してもいい奴だ。


「わー…なんだか、凄く細い目で真くんが見てくるよー」

「そんな目で見られるようなことを繰り返しているのは誰だよ」

「でも……そんな視線にぞくぞくしちゃう……」


お分かりいただけただろうか。


いや、今のは恐らく序の口だ。

今ので分かられても逆に困ってしまう。


俺にとっては今さら絶句をするような出来事でもないんだけど、それでも退くくらいのことはしても罰は当たらない筈だ。


いや、でもコイツ神の加護とか受けてそうだしなぁ……。


「どうしたの? 百面相してるよ」

「誰のせいだと思ってるんだよ」

「………………………………えっ?」

「そうだよ!」


たっぷりと間を取り長く考えて自分の顔を指差す悠に叫ぶ。


古風なボケかましやがって……。


「そんなぁ、これも愛の成せる業だよー」

「そんなものが愛なら人類はストレスでみんな禿げだ」

「大丈夫。真くんが禿げても愛してるから!」

「あぁ、そうかい」


芯からの愛を感じた。

変態に愛されてもまったく嬉しくないが。


「うー、いつになったらこの愛は成就するのかな?」

「未来永劫成就しないから」

「こんなにも思ってるのにまったく相手にされないなんて……」

「聞けよ人の話を」

「これが、放置プレイ!? やだぁ、感じちゃうよぉっ」

「新たな感覚に目覚めまくってんじゃねえよ!」


身悶えを始める悠の頭を枕元にあったピコハンで叩く。

悠撃退用の専用装備だ、置いておいてよかった。

ピコッという小気味のいい音と、にゃぶっという情けない悲鳴が重なる。


「あー……今何時だ?」


これ以上の暴走を止めるために無理矢理に話を変える。

このままここで漫才もどきを繰り返していては埒が明かない。

こういう時は早めに話を変えるに限る。


「現在9時半過ぎだね――って、あれ? あの時計止まってる?」

「ああ、最近な。電池が切れたんだろうな」


俺の言葉に悠は少しだけ目を細めて、またすぐにいつもの表情に戻ると、そっかー、と笑って言った。


何か思うところでもあるんだろう。


だけど俺はそれに関しては何一つ聞くつもりはない。

自分から厄介ごとを抱えるのは愚か者のすることだ。


俺はそこまで好奇心旺盛でもない。

世の中平穏無事が一番だ。


短冊の願い事に身の回りの平穏と書いたのは記憶に新しい。


ただ、ここ数日でその願いは成就されていないこともまた記憶に新しい。


現実とはかくも厳しいものだった。


「で、なんで9時半って分かったんだ?」

「それは愛のちから――」

「それはもういい」


話を打ち切ると悠は不満気に唇を尖らせた。


「もー、真くんの意地悪ー。もういいよっ。えーと、何で分かったのかって言うと、んー…なんとなく? あー、うん、なんとなくでいいやもう」

「急激に投げ槍になるなよ」

「じゃあ神のご加護を受けてるからだよっ」

「じゃあってなんだじゃあって。神のご加護を受けていると時間が分かるのか?」

「当然だよ!」

「言い切った!?」


なんで変なところで自信満々なんだよ。


「ちなみにその自信はいったいどこからくるものなんだ?」

「神様の愛を一心にこの身に受けているからね。そういった自信もついてしまうのです」

「そしてなにより私の愛は神の愛。つまり真くんはこの愛を受け取るべきなのです」

「なのですじゃない勝手に自己解決するな。そもそも神様の愛ってんなら人類に平等に分け与えるものなんじゃないか?」

「神様にだってきっと好き嫌いはあるよ」

「……嫌な神だな」


神様にとっても人類皆平等じゃないのか……。

知りたくなかったそんな事実。


「神々だって遊ぶみたいだし」

「暇を持て余してるのかよ」


神々の遊びはさて置き。


「まぁ、変態でも神職につける時代だもんな。神様が依怙贔屓してても不思議じゃない気がしてきた」

「神様は心が広いんだよ、きっと」


分からん。

神の許容範囲が分からん。


また途方もないやり取りになりそうだったので話を無理やりに変えることにした。


「それで、お前は結局何をしに来たんだ?」

「真くんを起こしに来たんだよ」

「なるほど、いつも通りだな」

「そうそう、いつもの如く」


まったくもっていつも通りの光景だった。

昨日と変わりのない朝の風景。

悠に起こされて、何の意味もないやり取りをする。


「つまり俺が目が覚めたらこの場にもう用はないわけだな」

「んー……いや。まだ真くんの着替えをじっくりと観察するっていう使命が――」

「ねぇよ、そんなもん」


誰が下したそんな使命。

立ち上がってそのまま悠の肩に手を置いた。


「へ? や、そんな……いきなりはダメだよぉ…んー……」


唇を突き出してくる悠を半回転させて扉に向かって歩かせる。


手を伸ばしドアを開けようとしたが、そのままの勢いで悠を扉にぶつけてしまった。


「あ、すまん」

「んべっ……い、意外に固い唇……」

「何バカなこと言ってんだよ。着替えるからさっさと出てくれ」


悠は扉にくっついたまま離れようとしない。

今までもこんなことは何度かあったが扉にぶつけたのは初めてだ。

流石に痛かったのかもしれない。


「おい、悠」


未だに身動きしない悠に声を掛ける。

反応はないが近づくと小さな声が聞こえてきた。


「んー……でも真くんの匂いがする。ぺろぺろ」

「さっさと出ろバカ野郎!」

「んぶぐぅっ!」


後頭部にピコハンで叩く。

もう一度、顔面をぶつけたようだ。

ピコッと小気味のいい音がした。

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