美しい人
とある人物視点です。
「あの方をお助けしなければ!」
狭い部屋の中を行ったり来たり、忙しなく歩く。
心持ち早足だがそれも仕方ない。なんせ心中は大荒れだ。動揺、不安、焦り……。とにかく負の感情が絶え間なく私に襲いかかってくる。
「なりません殿下。もしあなたに何かあれば、やつらの思うつぼです。今はどうか耐えてください」
声をかけてきたのは私の専属侍従。彼は私の通行の邪魔にならないよう、一歩下がった位置にいる。
「セシリオ、いくらお前の言葉でも聞き入れられない。私は引き下がるつもりはない」
私の思いはただ一つ。あの方を救い出すことだけ。あの方が助かるのならば、私の命などいくらでもくれてやる。
決意を秘めた目で私を諫める侍従をじっと見つめれば、侍従の眉尻がますます下がる。
「ですが、我々にはなんの手立てもないのです」
「問題ない。私に考えがある」
簡単な話だ。さる人物を連れていけばいい。
従わないのなら多少強引な手を使っても連れていく。私には手段を吟味している暇はないのだから。
でもまずは、自身の侍従に策を語る。
乳兄弟でもある彼に隠し事は無用だ。今考えていることをすべて曝け出す。
「本気ですか? 従う可能性はほぼないと思います。それよりも素直に協力を仰いだ方が」
あまりにも私の策が無謀だからだろう。侍従は私の話を否定してきた。しかも、無難な策まで出してくる。だが。
「それができれば苦労はしない。私はすぐにでもあの方をお助けしなければならないのだ。でないとあの方が……」
「それは重々承知しております。本気なのですね、殿下」
「冗談を言ってなんになる」
このやり取りだって、できれば省きたいくらいだ。
けれどだいたいの方向性を確認し合っておかなければ、成功する作戦も成功しない。
綿密にしなくてもいい。意識を同じ方向にするだけで成功する確率は一段と上がる。
「かしこまりました。準備のため、暫くお側を離れます」
「許可する。頼んだぞ、セシリオ」
私の言葉に侍従が無言で頷く。そのまま彼は部屋を出ていった。
***
大地を照らしていた太陽が地平線に沈みだいぶ経つ。
空に浮かぶのは白く輝く月だ。満月というには足りない、微妙に欠けた形をしている。
雲は一つもなく、星の輝きは月の影響でどこか弱々しい。それだけ月が明るいということだ。
私としては新月の方が動きやすかったが、この際文句は言っていられない。
隠れていた茂みからそっと出ると、邸の前に立つ。
見る限り、どの部屋も明かりがついていない。皆、眠っているのだろう。人が寝静まる時間をあえて選んだのだから当然と言えば当然か。
「……あの部屋か」
邸の一角を仰ぎ見て、ぽつりとつぶやく。
お目当ての人物は割り当てられた部屋にいると考えるのが普通だ。だが、なんとなくこれから行く部屋にいる気がした。私はその確率の方が高いとみている。
「準備はいいか?」
「はい。いつでもご命令ください」
「まるで自分だけで行なうような話しぶりだな。私が行かなくては始まらないだろう?」
後方にいる侍従に振り返りながら言う。
すると感情の伴わない笑みで、「さようでございますね」と返ってきた。
きっと彼の中ではいまだに反対したい気持ちがあるのだろう。
ばれたら話がややこしくなるとか、私の身を案じるだとか、余計なことを考えているに違いない。私の身がどうなろうと一向に構わないのに。
「まあ、いい。行くぞ」
侍従のささやかな抵抗は無視して、建物に近づく。
改めて邸を仰ぎ、目的の部屋を確認する。先程よりも首を反らさないと部屋を見られないのがつらい。
わずかに首が痛くなり、痛みを和らげるために横を見る。
視界に映る景色が、邸から一本の木に切り替わった。
「殿下……」
「静かに。この木から様子を窺う。セシリオは下で待機しているといい」
「どうかご無理をなさらず」
侍従の心配そうな声を背にしながら、側にあった木に登る。適当な枝に足をかけ、体勢を整えてから部屋の中を窺った。
月の光が射し込んでいるものの、中の様子はわからない。
仕方なく視線を手前に移す。
目的の部屋にバルコニーはない。窓サッシの底辺部分にわずかに幅があるだけだ。あの幅では、まず足を置くのは無理だろう。
手っ取り早いのは直接部屋に飛び込むこと。だがそうすると、どうしても大きな音が立ってしまう。
私の魔法で音を消すことも可能だが、この位置からの魔法の操作は少々厳しい。
かといって、消音をしなければ瞬時に気付かれる。となると、ぎりぎりまで移動して魔法をかける必要があるだろう。やはりあの窓サッシを利用するしかない。
……足は無理でも掴むことならできそうだ。飛び移るか。
そうと決まれば早速飛び移る準備をする。
魔法で水を生成し、自分の周りに纏わせる。飛び移る際の衝撃を和らげ、音を消すためだ。
ほかにもやりようはあるだろうが、私が扱えるのは水の魔法と数種類の補助系魔法のみ。それでも、魔法が使えるのは十分にありがたい。
とにもかくにも、準備が整った。意を決して飛ぶ。
……よしっ!
結果は成功。音を立てることなく窓のサッシに飛び移ることができた。鍛えておいてよかった。
とはいえ、いつまでも指の力だけでぶら下がってはいられない。さっさと中に入ろう。
自分にかけていた魔法を解くと、すぐさま窓の内側に水を纏わせる。
その際、ガラスに密着させずに少しだけ離して纏わせた。窓ガラスを割る時に衝撃を吸収されては困るからだ。
窓の外側は、私の行動の邪魔にならない場所に纏わせた。内側よりも遠い場所だ。消音対策はこれでいいだろう。
水の膜が張られたのを確認し、思いきり足元の壁を蹴る。
そのまま倒立の要領で体を回転させ、片足で窓ガラスを蹴破る。
直後、割れたガラスが水の膜に受け止められて、音もなく静かに落ちていった。
うまくいった、と喜ぶ暇もあらばこそ。回転の勢いを削ぐことなくそのまま部屋の中に飛び込む。
なるべく静かに着地をして、息を殺しながら辺りを軽く見回す。
目的の人物はすぐに見つかった。やはりこの部屋だったか。
ふと後ろを振り返ると、既に侍従が控えていた。
何も語らず、互いに顔を見合わせてゆっくりと頷き合う。
それから慎重に目的の人物の側に行った。
彼女は腕を枕にし、ベッドに突っ伏していた。私が侵入したことによる反応は見られない。
おそらく、看病に疲れて眠ってしまったのだろう。
貴族令嬢としては致命的な状況だ。にもかかわらず、自身の侍女に咎められた様子はない。
それらを踏まえるに、ベッドの主はまだ目を覚ましていないのだろう。好都合だ。
彼女の前まで行き、そっと様子を窺う。
月光に照らされて、彼女の寝顔がはっきりと見える。なんて美しい人だろう。
これ程の器量などそう見かけるものではない。やはり彼女はあの方の隣に立つべき人だ。完璧な知識も、豊富な魔力も、身分も、何もかもあの方に相応しい。
最初こそ婚約者を恋い慕うだろうが、あの方の素晴らしさに気付けばすぐに彼を忘れられるはずだ。
とはいえど、私はあの方にあてがうためだけに彼女を連れていくのではない。
それも多少はあるが、真の目的はあの方を守るため。私では守りきれないから。
彼女の同意などいらない。早くあの方の許に連れていかねば。
「何も怖いことはない。私とともに来てくれ」
念には念を入れ、二人に眠りの魔法をかける。
これで彼女たちはそう簡単に目を覚ましたりはしないだろう。
魔法のかかり具合に満足し、ゆっくりと彼女に手を延ばす。
そうして彼女の腕を掴んだ。次の瞬間――
「……なりません、殿下。あなたの一等大切な方を悲しませてしまいます。どうかお手をお離しくださいませ」
すぐ側で女性の声がした。
次回、この人物たちの正体がわかります。




