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護られた背中と魔力暴走2

「……え?」


思わず目を見開き、信じられない思いで下を向く。

見れば、リディがうっすらと目を開けてこちらを見ていた。


「リディ? あ……待って、今ヴェルフに回復魔法を……」

「だい、じょ……」

「だめ! 喋らないで。お願いだから」


これ以上動いてはならない。ただでさえ、相当な量の血が流れているのだ。もうわずかな出血さえ危うい。

だというのに、リディは私の頬に添えた手を下ろすことなくそのまま口を開いた。


「聞け、ル……そ、の魔……ふく、め……お前、自身……全…………迷……」


最後は声が出ておらず、口だけが動いていた。けれど、音にならずとも彼がなんて言っているのかはっきりとわかる。


『迷うな、自分を信じろ』


確かにリディの口はそう動いた。

彼の言葉に、涙が出そうになる。


「ああ、ああ……」


一体今まで何を見ていたのだろう。本当に、リディの言う通りだ。

いくら制御できる上限を超えているとはいえ、あぶれた魔力だって私のものに変わりない。

それなのに、私は違うものとして考えていた。あまつさえ、いらないとぞんざいに扱った。

今だけではない。私自身が気付いていなかっただけで、恐らく昔からずっと……。


これでは魔力の制御なんてできるわけがない。だって私は自分自身を見ておらず、自分を……この身に流れる魔力を皆まで信じていないのだもの。

でも、彼のおかげで何が大切か、やっとわかった。大丈夫。今度はきっとうまくいく。


「……ええ、見ててね、リディ」


震える声でリディに言うと、ゆっくりと目を閉じる。

意識を向ければ、胸のあたりに次々と魔力が集まってきているのがわかった。

ぼう大な魔力だ。けれど、もう怖くない。私がすべきことははっきりとしているもの。


大きく深呼吸をすると、早速魔力の制御に取りかかる。

まず、胸のあたりに集まった魔力を少しずつ切り離す。次に、切り離した魔力を慎重に体内に巡らせていく。

今までは魔力を一気に制御しようとして失敗していた。だが、少量なら問題なく扱える。たとえあぶれていても問題ない。私の魔力に変わりないのだとリディが教えてくれたから。


……ゆっくり、ゆっくりよ。焦ってはだめ。


自分を戒めて、されど必ずできると信じて、魔力の流れを変えていく。

魔力が勝手に集まる一方で、集まった魔力を切り離し、全身に行きわたらせる。

移動する魔力の量はほぼ同じだ。これでは何も変わらない。そう思えた。

しかし――


「おお……魔力の流れが正常に戻っていく……」


陛下の言葉で、胸元に集まる魔力が少なくなってきているのに気付いた。

完全にとは言い難いが、どうにか魔力の暴走を食い止められたようだ。


魔力の操作を始めてから時間はそれ程経っていない。

驚くくらいうまくいき、ほっとしてリディを見る。だが次の瞬間、さっと顔を強張らせた。


「……リディ?」


いつの間にか頬に添えられた手は下ろされており、うっすらと開いていた目は閉じられていた。

心なしか、出血する量が増えた気がする。嘘……どうして?


落ち着いた心が再びざわつき始める。

怖い。不安で胸が押しつぶされそう。

でももう既に万策尽きた。今はただ黙って彼が逝くのを見守ることしかできない。


それが嫌で嫌で、できるものなら今からでも彼を助けたいと思っている。

もし叶うのなら、私の魔力と引き換えにしてもいい。そう女神に願いたい。私はどんな手を使ってもリディを救いたいのだ。


けれど。私の中にある何かが、女神に願ってはいけないと歯止めをかける。

そうでなくても、今し方暴走を起こしたばかりだ。魔力を差し出してはならないことくらいよくわかっている。


むろん、リディを救う術がないことも、頭では理解しているつもりだ。

それでも、心が納得してくれない。これから先もリディと一緒にいたい。どうしても彼を諦めきれないのだ。


……なら、大勢に迷惑をかけなれば諦めなくてもいいのかしら?


誰かが聞いたら『何を馬鹿なことを』と眉を顰めるかもしれない。でも、私は割と本気だ。

ふふ、と笑いながら、今度は優しくリディを抱きしめる。


「ねえ、リディ。大好きよ。もし許されるのなら、私もあなたと一緒に……」




「それは困りますね。私は大切な友人を一人失ってしまう」


突如、誰もいないと思っていた方向から声が聞こえてきた。

驚いて顔を向けると、そこにいたのは軍服に身を包んだ青年だった。


青年は、淡い金色の髪を風になびかせ、こちらにやってくる。

光の檻は既に消えており、私たちを隔てるものは何もない。


「……殿下、いついらしたのですか?」

「たった今、着いたところです。それよりもマルティナ嬢。彼を診させてください」


青年は私の前まで来ると片膝をつき、私と目を合わせながら言う。

その真摯な眼差しに、リディはもう大丈夫だと感じた。


すぐに腕に込めていた力を抜き、密着していた状態から少し離れる。

リディは支えたままだが、私が離れたことで傷口が見えるようになった。


「殿下……」

「ごたごたしていて出発が遅れましたが、間に合ってよかったです」


言いながら、青年――殿下がリディの患部に手を(かざ)す。

すると殿下の手ひらから淡い光が発せられた。光はそのままリディの傷口へと注がれる。


「傷が……」


あれだけ『なんとかしないと』とやきもきしたリディの傷が、みるみるうちに塞がっていく。

程なくして、完全に傷口が見えなくなった。


「よし。終わった。大量に血を失ったから多少血を補ってはおいたけれど、全部は補えていないから、そこは念頭に置いておいて。とりあえず、目下の危険はなくなったよ。二、三日くらいで目覚めるんじゃないかな」

「ありがとうございます、殿下」


感謝してもしきれない。十二分に思いを込めて礼を述べると、殿下がリディの傷口を診ながら口を開いた。


「いや、お礼などいらないよ。それよりマルティナ嬢。これが何かわかるかな? 魔法の効き具合が普段とは違うから、探ってみたのだけれど」


殿下が見せてくれたのは、血の付いた細長い棒だった。一部が粉々に砕け、全体にひびが入っている。中には液体が入っていたようで、血が付いていない部分は真っ黒だ。だがよく見れば、所々に星のようなものが描かれてある。これはもしかして……。


「万年筆……」


そうだ。間違いない。これは初めてリディとデートをした時に、彼が買ってくれた対の万年筆だ。

私が持っているのは、青空に太陽と雲が描かれているもの。

一方、リディが持っているのは、夜空に月と星が描かれてあるものだ。確かリディは城を()つ際に胸ポケットにしまっていたはず。


「多分剣がこれに当たって、わずかに急所を逸れたのだろうね。私が来るまで彼が持ったのは、この万年筆のおかげもあったと思う」


それって……。

殿下の言葉に、体が打ち震える。

間接的にリディを護れたような気がして、歓喜にも似た思いが湧き上がった。


けれど、この嬉しさを言葉にするつもりはない。声が震えてうまく出せない中、なんとか別の言葉を紡ぎ出す。


「あ、ありがとうございます。本当に……。もう、なんてお礼を申し上げてよいか……」

「私は礼を言われるような立場ではないよ。元はと言えば父が悪いのだから。まったく、こんな馬鹿なことをしなければ誰にも迷惑をかけることはなかったのに」


苦々しい表情を浮かべて殿下が言う。そうかと思えば、急に表情を引き締めて、すっと立ち上がった。それから殿下は陛下の前まで行き、最上級の礼をとる。お付きの者たちも一緒だ。


「ご無沙汰しております、グレンディア国王陛下。この度は父が……ネイフォート国王が、多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。只今使いの者を向かわせて、山にいる兵を引かせております。ここにいる者たちにつきましては陛下にお任せいたしますので、どうぞこの国の法でご裁定ください。陛下のご英断であれば間違いはないでしょう。そのほかのことにつきましては、のち程詳しくお話をさせていただきたいと存じます」

「承知した。……久しいな、ゼイヴィア王子。彼女の連絡が間に合ったようだな」


そう。殿下の言葉通り、彼――ゼイヴィア殿下はグレンディア(この)国の人間ではない。

隣国の、しかも現在この国を攻めてきているネイフォートの王子だ。

彼もまた王太子で、リディよりも年上である。


「はい。マルティナ嬢の手紙を読んだ時には大変驚きました。陛下のご助言をいただき、いろいろと備えておいてよかったです。こうして彼の危機に駆けつけることができましたから」


そう言って、殿下がちらりとこちらを見る。

その視線に応えるべく、軽く笑みを浮かべて会釈する。直後、私の動きに反応したのか、リディがわずかに身じろいだ。


「リ、リディ!?」


呼びかけるも反応がない。単に寝返りを打っただけのようだ。

それでも込み上げてくるものが十分にある。湧き上がる気持ちを表現するかのように、思いきりリディをかき抱いた。


「リディ。リディ……」

「……ぐっ」

「マルティナ嬢。それじゃ息ができないよ。せっかく助けたのに意味がなくなってしまう」

「? ……きゃぁっ!? リディ、しっかりして!! ごめんなさい!」


殿下の呆れを含んだ言葉を受けて視線を落とす。見れば、リディの鼻と口を自身の体に押し当てて完全に塞いでいた。

慌てて力を抜き、リディが呼吸できるように彼の顔をずらす。

先程よりも、リディがぐったりしているような気がしないでもない。やだ、どうしよう。

一人あたふたしていると、周りにいる騎士たちの声が聞こえてきた。


「いいなぁ……。俺もあんなふうにぎゅっとしてもらいたい」

「乙女かよ! でも――」

「わかる!!」


示し合わせたかのように騎士たちが一斉に声を上げる。何かが彼らの琴線に触れたらしい。


緊張感が欠けた会話はなおも続く。最後にアマーリエのうんざりしたような声が飛んできた。


「まったく……。あなたたちはもっとほかのことを考えられないの? 帰ったら訓練項目を増やして徹底的に鍛えますからね!」

「ぎゃー! いやだーーーー!!! 悪魔ぁー!」


間髪を容れず騎士たちが絶叫する。

彼らの叫びは天に届くのではないかと思うくらい、辺りに響き渡った。

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