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護られた背中と魔力暴走1

流血表現がありますのでご注意ください。

「リディ!!」


慌てて手を差し伸べ、リディが倒れないよう気を付けながら地面に座り込む。

その際に、小型のナイフが数本とリディの剣が転がっているのが見えた。それはつまり……。


「私を、護ってくれたの?」


先程の音からして、小型のナイフは投げられたものだ。

ナイフだけならばなんとか()ねのけられたのかもしれない。だが、敵隊長の剣もあった。私が向きを変えて対処していたのでは絶対に間に合わなかった。何せ、先に気付いたリディでさえ間に合わなかったのだ。だからこそリディは身を挺して私を庇った。でも。


「どう、して……だって私……」


私には風の魔法がかかっていた。投げナイフも、繰り出された剣も、纏った風で弾くことができた。


けれどリディは、風の魔法の恩恵を受けていない。


「リディ……ああリディ、リディ」


リディの頬に片手を添えて、何度も彼の名を呼ぶ。だというのに、リディの目は一向に開かない。いよいよ冷静ではいられなくなる。


「……嘘よ。冗談よね? お願い、目を開けて? ねぇ……」


リディからの反応は何もない。代わりとばかりに私の服が鮮やかな赤に染まっていく。それは温かくて、リディに抱きしめられているみたいで。

でも違う。私が彼を抱きしめている。

そうわかっていても、全身に広がる温もりが微塵も消えてはくれない。

怖くて、怖くて……。ますます鼓動が速くなる。

呼吸もうまくできなくて、でたらめに空気を吸い込む。

多少の効果はあったようで、わずかに頭が鮮明になり、状況が見えてきた。


……だめ。このままじゃリディが!


私には、回復魔法の素質がいささかもない。回復魔法が得意な者でなければ、リディの傷を癒すことはできないのだ。

けれど、回復担当の魔術師たちの到着は望めない。彼らは風の魔法を駆使した強行軍に耐えられず、通常の道程でこちらに向かってきているからだ。


今、この場にいるのは陛下たちと聖騎士。あとは私たちだけ。この面子でなんとかしなくては。

とはいえ、私たちに何ができる? どうすればリディを救えるというの?

思考力が落ちた頭で必死に考える。そうして思案すること(しば)し。


「……そうよ。ヴェルフ! お願い、回復魔法を!」


ようやく答えを見つけて、近くにいるヴェルフに指示を出す。だが。


「お嬢様、ダメです! 私の回復魔法はかすり傷を治すのが精一杯です」

「そん、な……」


リディを刺した男を魔法で押さえつけながら、ヴェルフがふるふると首を振る。


時間は十分にあるからと、邸に戻ったあともヴェルフが使える魔法の確認をしてこなかった。

ただなんとなく、彼は補助魔法が得意だから、高度な回復魔法も使えると思っていた。でもヴェルフは無理だと言う。それって……。


……リディを癒せる魔術師がこの場にいない? いえ、まだよ。考えなさい。ああ、でも頭が回らない……!


焦って涙が出そうになるし、同じ事柄がぐるぐると頭の中を駆け回る。けれど、少しずつ次へと思考を巡らせる。そして。


「……陛下!!」


ふと陛下の存在を思い出し、音がしそうなくらい勢いよく顔を向けて陛下を呼ぶ。

この際、不敬など無視だ。お咎めならあとで受ける。それよりも今はリディの方が大事。


縋るような思いで陛下を見る。

だが陛下はゆるりと頭を振って、私の希望を打ち砕いた。


「残念だが、私の回復魔法に損傷した臓器を癒す程の力はない」

「っ!」


静かに告げられた言葉に息を呑む。絶望の中に叩き落とされた気分だ。

それでも諦めきれずに食い下がる。


「回復魔法をかけ続けたらなんとかなるかもしれません!」

「無駄だ。魔法をかけ続けても出血は止まらない。余計に苦しむだけだ。下手な治療はせずに命が尽きるのを待つ方が楽に逝けるだろう」

「それでもっ……」

「……マルティナ嬢。この子を武人として、戦場で逝かせてあげてほしい」

「閣下!? なんてことを!」


実の子だというのに、何故諦めの言葉を言えるの?

あまりの言葉に怒りを覚えて、陛下との会話に割り込んできた将軍をギッ! と睨みつける。しかし、次の瞬間気付いた。


「閣下……」


将軍は、血がしたたり落ちるのではないかと思うくらい、強く手を握りしめていた。我が子の死を嘆かないわけではなく、どうしようもない状況に覚悟を決めていたようだ。

苦渋に満ちた将軍の姿を見たら、急に怒りが萎えた。代わりに、叫び出したくなる程の激しい焦燥に駆られた。


ああ、どうしてこんなことに……。

私がここに来てしまったからリディを危険に曝してしまったの? 私の所為?

ううん。だとしても、私が回復魔法を使えていたらリディが苦しみ続けることはなかったはずだ。命の心配だっていらなかったに違いない。


けれど、どんなに想像したって現実の私は回復魔法が使えない。

やるせなさから自分を責める。


……どうして? どうして私は回復魔法が使えないの?


どんなに魔力が高くったって、難しい魔法が使えたって、大切な人を救えなかったら意味がない。ただの役立たずだ。

私は何もできない。彼の死が刻一刻と近づいてきているのに、ただ手をこまねいて彼の死を待つだけ。癒すこともできない。それなら――


……いらない。肝心な時に役に立たない魔力なら、いっそ、なくなればいい!


一瞬。そう、ほんの一瞬だけ全てがどうでもよくなった。それだけで十分だった。

体内を流れる魔力が、意思とは無関係にどんどん一か所に集まっていく。


「魔力の流れが変わった? ……いかん! マルティナ嬢、やめよ!」

「……」


望みが絶たれ、前が見えない。音が酷く遠い……。


リディを失うかもしれない恐怖と焦り、無力な自分に対しての憤り。そんな負の感情すらも切り離されて、静寂だけが私に残る。

目の前は真っ暗で、見えているはずなのになんの景色も映さない。


そんな中、パシンッ! と、やけに乾いた音が耳につき、遅れて頬の痛みに気付いた。

そっと頬に手を当てて、ゆるゆると顔を向ける。目の前にいたのは険しい表情のアマーリエ。


「……アマリー?」

「やっと気付いたわね。しっかりなさい、ティナ。ここには誰がいると思っているの。陛下はもちろん、将軍や聖騎(ハイリヒ)のみんな、それにあなたの大切な人がいるでしょう? その全員を危険に曝すつもり?」

「…………あ」


働きが鈍った頭でアマーリエの言葉を咀嚼(そしゃく)する。

少しして、彼女の言葉を(ようや)く理解した私に、再び彼女が口を開いた。


「あなたの魔力が暴走したら、このスヴェンデラはおろか、近隣の国もろとも消し飛ぶことになるわ。あなたはそれでいいの?」


ざわり。アマーリエの言葉に、周囲が一斉にどよめきだす。聖騎士は元より、ネイフォートの兵たちもだ。

そのざわめく音で少しだけリディへの執着が薄れた。再び頭が回転し始める。

直後、はっとして王都の方角に顔を向けた。


「止めなきゃ……」


王都にはお兄様やエミーリエたち、クルネールには両親や叔父様たちがいる。もちろんここにも、大切な人たちがいる。

私の一時の感情で彼らの命を奪うわけにはいかない。たとえリディの状況が絶望的であったとしても。


腕の中にいるリディをそっと抱きしめると、今なお体の中で暴れている魔力の制御にとりかかる。だが。


「……? 止まらない? 何故!?」


制御しようとするも、魔力が言うことを聞いてくれない。そればかりか、どんどん胸のあたりに集結していく。

その焦りから、悲鳴じみた声が漏れた。


瞬く間に、私の周りから人が遠ざかる。留まったのはアマーリエだけだ。


「ティナ、大丈夫よ。落ち着いて?」

「…………だ、だめっ。無理なの!」


アマーリエは私を落ち着かせようと懸命に声をかけてくる。

でも皮肉なことに、彼女の言葉で制御が無理だと気付いた。

だって、私が制御できる魔力の上限をゆうに超えているのだもの。


私の身に流れるぼう大な魔力。私自身、その魔力を完全に制御することは難しい。

だからこそ、制御できる魔力の限界をきちんと把握していたし、決して加減を間違えないよう注意してきた。

スタンピードの時だってそう。適当な魔力を叩きつければ一瞬でかたがついただろう。けれど場に適った力を出したが最後、確実に私の魔力が暴走して、周囲に悪影響を及ぼす。それがわかっていたから、制御できる範囲のギリギリのところを攻めて、爆撃魔法を放っていたのだ。


現在、努めて冷静に見ても、私の魔力の具合は思わしくない。制御できる魔力の上限をゆうに超え、制御はほぼ不能となっている。

むろん、暴走を止めようと奮闘はしている。でも、思うようにいかない。いくはずもない。これ以上悪化させないようにするだけで精一杯だ。それもあまり効果を得られてはいないけれども。


「ローエンシュタイン嬢、離れよ!」

「ですが! ……承知いたしました」


一度は反論しようとしたアマーリエ。だが相手は陛下だ。いつまでも逆らえるわけがない。

陛下の指示に従い、アマーリエが私の側から離れる。


彼女が十分に離れた頃合いで、私とリディの周りに光が走った。言わずもがな、陛下の魔法だ。こんな時だというのに、とても眩しく、美しい。


……ああ。なんて綺麗な魔法。


白く輝く檻に囚われながら思う。

とりあえずこれで安心だ。檻は、私たちと周囲を隔ててくれる。魔法の制御がうまくいかずに暴発したとしても、この中にいれば私たち以外に傷付く者はいない。


漸くほっとして、ふぅ、と一つ息を吐く。

だがほっとしたのも束の間。白く輝く檻にぴしりと亀裂が走った。

亀裂はぴしぴしと音を立てながら全体に広がっていく。


「ぐ……私ではマルティナ嬢の魔力を押さえ込むことができん!!」

「僭越ながら助力させていただきます!」


後方からヴェルフの声が聞こえてきた。そうかと思えば、亀裂の入った檻に、水色に光る蔦らしきものが絡みだす。

蔦は緻密な模様を描きながら檻を覆い、強固にしていく。補助魔法が得意なヴェルフならではの魔法だ。


これならなんとかなる! そう思ったのは一瞬。

私の魔力は二人の技術をもってしても抑えきれなかった。亀裂がより深くなっていく。

やはり、死に物狂いで魔力の制御をするしかないようだ。

でも、どうやって? さっきからうまくいかずに焦っているのに。


再び焦燥に駆られ、リディをぎゅっと抱きしめる。すると、私の頬に何かが触れた。

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