公爵令嬢任務を遂行する
流血シーンが入ります。苦手な方はご自衛のほどよろしくお願いいたします。
王都を発って四日。
私たちはありえないくらいの早さでスヴェンデラ領に入った。
偏にティーナたちが頑張ってくれたおかげだ。
現在はヴェルフを連れて大きな街道を進んでいる。
向かうはスヴェン山よりも北にある、小さな山の近く。リディたちがいるところとは別の、主要な街道がある方だ。そこで役目を果たそうと思っている。
ちなみにイルマは宿屋に残してきた。体裁を繕うのはさることながら、お世話係として彼女を連れてきている。戦地に連れていって危険に曝すわけにはいかない。
もっとも、戦地に赴くのがルディだったら、イルマの同行は不要だっただろう。
自由に動けるルディが少しだけ羨ましい。派手に暴れても何も言われないだろうしね。
「ヴェルフ。これから少々事が起こるかもしれないけれど、何が起きてもあなたは後ろで控えていて」
「かしこまりました」
「理由は訊かないのね」
「私はお嬢様の魔術師ですから。お嬢様のなさりたいことに対して、円滑に進められるよう手を尽くすだけです」
ヴェルフが左手で手綱を持ち、空いた右手を左の胸に添える。
出会った頃に比べて随分と綺麗な所作だ。まるで執事みたい。けれど、少し惜しい。
「素晴らしい忠誠心だわ。でもその割に軽口が減らないのは何故かしら?」
「ルートヴィヒ様と師団長の間に挟まれていたらすぐにわかりますよ。お嬢様も体験されてみてはいかがです?」
どこか遠くを見つめながらヴェルフが答える。
達観したようなヴェルフの姿を目にして、これ以上突っ込んではいけないと悟った。
気を取り直してティーナの歩みを進める。暫くして目的の場所に着いた。
街道から離れた、開けた場所だ。
前方は後方と違って起伏に富んでいないため、遠くの方まで見渡せる。
近くに集落も民家もない。これなら魔法を使用しても問題はないだろう。
ティーナを止め、彼女から降りる。
ヴェルフは私の言いつけ通り後ろに控えたようだ。ただし、執事のように無言で佇むつもりはないらしい。
「こんな何もないところで、本当に事が起こるのですか?」
「ええ、もちろん。公爵邸を発つ前に連絡をいただいたもの」
「ああ、出発前に城から使者が来ていましたね。それで、どなたからの連絡だったんですか?」
「秘密よ。……ああ、ほら。来たようよ」
遠くの方で土煙のようなものがうっすらと見える。土煙の具合から、そう待たずに相見えるだろう。
多少早いが、自分たちに風の魔法をかける。魔法攻撃はもとより、物理的な攻撃も弾いてくれるはずだ。
一人満足して内心で頷いていると、後ろから声をかけられた。
「……お嬢様。一つ言ってもいいですか?」
「何かしら?」
「事が『起こる』のではなく、『起こす』の間違いでは?」
「そうとも言うかしら。ま、細かいことは気にしない。要はここで私があの一団に会えればいいのだから」
「本当に会うだけですか? なんか嫌な予感がするんですけど……」
ヴェルフの声は訝しげだ。
そんな彼を安心させるために後ろに振り返り、にこっと笑いかける。
するとヴェルフが、一目でわかるくらいとても不安そうな顔をした。……なんて失礼な。
「安心なさいな。死者を出さないために必要なことよ」
「わかっています。ですが、お嬢様がやりすぎないか本当に心配で……」
「あなたさっきから失礼ね。もちろん力は抑えるわよ。全力でやったら逆に死者が出るじゃない」
「そうですよね。今の言葉で漸く安心できました」
「……」
最早返事をする気すら失せて、無言で向き直る。
目を凝らせば、先程まで土煙だったものの全貌がはっきりと窺えた。人の集団だ。馬を駆り、こちらに向かってきている。
状況を確認すると即座に魔力を操り、火球を作り出す。そして、はるか斜め前に向かって放った。
――ドォォンッ!!
けたたましい音とともに爆風が届く。加減をしたので威力は弱めだが、地面に穴が空くのなら威力の強弱など些細な事だ。
同じようにして、もう斜め前方にも火球を放つ。
直後、ヴェルフの慌てたような声がした。
「ほ、本当に死者を出すつもりはないんですよねっ!?」
「そう言っているじゃないの。見なさい。両脇に穴を空けたから真ん中を通るしかなくなったわ」
私の放った火球は通る道の選択肢を狭めた。
今いるのは道でもなんでもない場所だ。私たちに気付いたら何かあると踏んで避けるに違いない。だからあらかじめ逃げ道をなくした。彼らは突っ込んでくるしかないだろう。
仮に突っ込んでこずに後退したとしても無駄だ。後方に魔法を放つまで。
「それよりヴェルフ。言いつけ通りそこで控えていてね」
「承知しております。ですが、何かあったら即手を出しますから」
「まあ、嬉しい。私を護ってくれるのね。ありがとう」
前方の集団を見据えたまま、ヴェルフとの会話を終える。
集団は後退する様子もなく、まっすぐこちらに来るようだ。
向きを変えても無駄だと悟ったのか、はたまた愚かなだけか。いずれにせよ好都合だ。
「さあ、気を引き締めて臨むわよ」
気合いを入れながら集団が止まるのを待つ。
もし停止せずにこちらを撥ねようとするのなら迎え撃つのみ。
だが、心配は杞憂に終わった。
予定通り、集団が私たちの前で馬の歩みを止めたからだ。
歩みを止められた馬は前脚を上げて嘶く。
その様子を目にしながら、怯むことなく一歩前に出て、集団の先頭にいる男を見据えた。
黒い馬に乗った、上背のある男だ。がっしりとした体格で精悍な顔立ちをしている。
「何用だ! 邪魔をするならたとえ女といえども切り捨てる!!」
険しい顔で男が言う。制止させられて苛立っているのか、とても荒々しい声だ。
一方、彼の後方に控える者たちは突き刺すような視線をこちらに向けている。ただし、会話は男に一任するようで無言のままだ。
彼らの動向を窺いながら、心持ち声を上げる。
「部隊の長と見受けます。私はこの国の魔術師です。命が惜しくば、ただちに投降なさい」
「馬鹿を言え! 誰が非力な魔術師なんぞに従うものか!」
「ならば、私が勝ったら投降することを条件に、あなたに剣の一騎打ちを申し入れます」
狙い通り彼らがここに来たまではよかった。だが、やはりこちらの要求を素直に呑んではくれないようだ。
とはいえ、要求を突っぱねられるのは想定の範囲内。敵の将と一騎打ちをするのは端から織り込み済みだ。
陛下に提案した方法ではなくなるが、要は陛下の命に沿えればいい。躊躇うことなく腰に佩いた剣を取り、鞘からすっと引き抜く。
「いいだろう。二度と生意気なことを言えないようにしてやる」
男は馬から降りると、腰に帯びた剣を手に取り、鞘から引き抜いて構えた。
男の一挙手一投足に気を配りながら、追加で手と足に風を纏う。
ここは手合いの場ではない。なんでもありの戦場だ。魔法の使用許可などとってはいられないので、無言で剣を構える。
その瞬間、男が動き出した。
――ガヂィィッ!!
剣と剣が重なって音を立てる。鈍く、重たい音だ。
音の重さを裏付けるかのように剣から振動が伝わり、手が痺れる。
力では到底敵わない。けれど、力技を回避する術はいくらでもある。
ダンッ! と利き足で地面を踏みしめ、土くれや砂埃を巻き上げる。
体を纏う風が土埃などを吹き飛ばしてくれるので、こちらに影響はない。だが、相手は視界を奪われて攻撃ができなくなる。さすが風の魔法。
男は、私の行動で視界を遮られるとは思っていなかったのだろう。一瞬動きが止まった。
その隙を衝いてすかさず剣を振るう。
意外にも男は私の攻撃を紙一重で躱して、すかさず後退した。
男の鮮やかな身のこなしに思わず目を見張る。
視界が利かない中、わずかな情報のみで風の乗った攻撃を躱すとは、いやはや驚きだ。部隊の長としては申し分のない技量と言える。
しかし、私の敵ではない。
軽やかに地を蹴って、空いていた間合いを一気に詰める。
常人よりも素早い私の攻撃についてこられるのは、リディやお母様たち強者だけだ。一部隊の長にすぎない男が、そう何度もついてこられる速さではない。
結果は明白だった。
ズシュッ、と鈍めの手応えを感じて、少しばかり顔を顰める。
同時に、男の剣がごとりと地面に落ちた音がした。
見れば、男の腕から血が流れている。
……我ながら甘いわね。
ここぞという場面で手心を加えてしまう自分の甘さにうんざりしながら、剣を鞘に収める。
これがもしお母様なら、迷わず剣を振り下ろしただろう。
非情にはなりきれない自分が情けなくて仕方がない。
込み上げてくる思いを無理矢理押し殺して、口を開く。
「致命傷ではないはずよ。立ちなさい。先程の約束は守ってもらうわ」
「……」
「後ろの者たちも同様よ。これより移動します。私が先導し、最後尾にもう一人の魔術師がつきます。長生きしたければ下手な真似はしないように」
「……くそっ!」
私の話が終わるや否や、余程従いたくないのか、後方にいた男が馬を操って向きを変えた。
いくら非情にはなりきれない私とはいえ、逃走を見逃す程甘くはない。即座に錐状の氷を何個か生み出すと、逃げた男目がけて放った。
氷は狙い通り飛んでいき、男の頬や腕などを掠めるよりも少し深めに貫いていく。
直後逃げた男が、ドサッと音を立てながら落馬した。
「ぐ……」
「下手な真似はしないようにと言ったばかりでしょう? 次はないわよ」
逃げた男だけでなく、この場にいるネイフォート兵たちの顔も見ながら釘を刺す。
途端に場が静かになった。
「それじゃ、行くわよ。遅れることなくついてきなさい」
私の言葉に反応して、ヴェルフが集団の最後尾に回る。
それを見届けたあとくるりと後ろを向いた。そして少し離れた場所にある、なだらかな起伏がある辺りに爆撃魔法を放つ。
そこは民家も道もない場所で、地面が抉れても問題はない。
威力があればどんな魔法でもよかったけれど、侮られたくはなかったので爆撃魔法にした。
その甲斐あってか、火球の比ではないくらい激しい爆発が起こり、周囲が騒めく。
これで敵兵たちの反発心もだいぶ削がれただろう。
ほかにも目的はあったが、今の一撃でそれも果たせたようだ。
唯一気がかりである殿下には、多少遠回りでも街道を通るように伝えてある。加えて、馬に風の魔法をかけることも伝えた。手抜かりはない。
無事役目を果たせたことに大いに満足し、心の中で何度も頷く。
それからネイフォートの兵を引き連れて、リディたちがいる前線へと向かった。




