表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/128

スヴェンデラ領へ

翌朝早く。お兄様と執事のハンネスに見送られて、邸を出る。

ともに行くのはヴェルフとイルマだ。


当初はヴェルフと二人でいく予定だった。

だがイルマが、『いくら出征でも男女の二人旅はいただけない。自分も連れていってほしい』と主張。条件付きで彼女を連れていくことにした。


とはいえど、彼女は馬に乗れない。

私も二人乗りはできないため、必然的に彼女はヴェルフの馬に乗ることになった。

馬の速度が落ちるかと幾分心配したが、彼の馬は二人が乗っても動じず、安定した走りを見せている。この調子なら問題はないだろう。


一方の私の愛馬はティーナだ。ティーナは速いから彼女に乗っていけ、と団長が許可してくれた。

団長の計らいは正直ありがたい。数か月間一緒に過ごしたこともあり、意思の疎通はそれなりにとれている。


現在、ティーナたちには風の魔法を念入りにかけている。常歩(なみあし)――歩くだけでも駈歩(かけあし)に近い速さだ。

適時休む必要はあるけれど、馬を替える必要がないので早く現地に着けそうだ。


そんなことを考えながら、王都を抜ける。馬の速度はそのままだ。

急いではいるが、馬を疲弊させたいわけではない。ティーナたちの様子を見ながら、速度の加減や休憩をしようと思っている。

幸い天気がいい。ところどころ雲が浮かんでいるものの、雨が降るような雲ではない。行程に影響はなさそうだ。



王都を抜けた先に広がる平原を目にしながら、南に延びる街道を突き進む。

口を開いたら舌を噛んでしまいそうな気がして、邸を出てからずっと無言だ。

その分、あれやこれやと考えてしまう。今は専らお父様たちのことだ。


昨日陛下と話をしたあと、お母様による傭兵師団の編制作業が行なわれたと聞く。それから数時間も経たずにお父様たちは王都を()ったそうだ。

見送ったお兄様の話によれば、傭兵たちは皆お母様の麾下(きか)に置かれたとかなんとか。容易に想像できるのが怖いわ……。


……って、そこではない。

私が気になっているのは、お父様にお教えした魔法がきちんとかけられているかどうかだ。

お父様の魔力なら、難なく全馬に風の魔法をかけられているはず。ただ、初めて使う魔法だからね。少し心配している。

だがまあ、お父様のことだ。いとも簡単に魔法を使いこなして、今頃王都の隣にある領の都に着いているかもしれない。


そう思ったらおかしくて、思わず「ふふ」と声が出た。

すると私の声に気付いたらしいヴェルフがこちらを向く。


「楽しそうですね」

「ええ、ちょっとお父様たちのことを……あ、意外と噛まずに喋れるわ。……で、大丈夫かなって心配してたんだけど『抑々(そもそも)杞憂だったな』と思ったらおかしくて」


少し大きな声で言うヴェルフに、私も大きめの声で返す。

イルマはヴェルフのお腹にがっちりと手を回して顔だけをこちらに向けている。話す余裕はなさそうだ。


「ああ、わかります。昨日、奥様の剣技を見たばかりですので」

「お母様の剣技は凄かったでしょう? お父様は私よりもはるかに魔力があるし、二人がいれば帝国兵が相手でも大丈夫でしょうね」


油断は禁物だとわかってはいるが、クルネールにはハルト兄様やヨハン叔父様もいる。

それを考えると、戦力過多な気がしないでもない。


「それより、グランデダンジョン近くの森の前を過ぎたら一旦休憩するわよ。その後は馬の速度を上げてイェル村の前まで行くわ」


私の言葉にヴェルフが頷く。

それからは無言で馬を走らせ、暫くして休憩地点に着いた。


ティーナを近くの木に繋ぎ、イルマたちの許に行く。

よく見れば、イルマがふらふらとしながら布を敷くところだった。その姿に苦笑する。


「イルマ、休んでいていいわよ。ドレスじゃないから汚れても構わないもの」


現在私は、乗馬服を少しアレンジした服を着ている。

首元にある赤いリボン以外、豊かな色彩も飾りけもない、体の線に沿った服だ。

髪も、地毛を下に一つに纏めており、髪飾りはつけていない。

万一事が起こっても、即座に動けるようにするためだ。現状で例えるなら、近くにあるダンジョンの異変とかね。


そういえば、あれからグランデダンジョンはどうなったのだろうか。

側にある木の下に腰を下ろすと、事情を知るヴェルフに問う。


「ねぇ、ヴェルフ。ダンジョンは探索作業が行なわれているのだったかしら?」

「ええ、魔法師団師団長の指揮のもと行なわれているそうですよ」

「昨日の爆発はお兄様の魔法よね? あれしか爆発音が聞こえてこなかったけど」

「魔法が放たれたのはその一回だけでしたから。なんでも、魔物の数が前回よりも格段に少なかったそうです。その所為ですかね、ルートヴィヒ様の爆撃魔法一発でほぼ全滅しました。あっという間でしたよ」


ヴェルフは、私が聖騎士団を辞めて邸に戻ったあともお兄様の許にいた。その方が彼も暇にならずに済むだろうと考えたからだ。

でも今回はお兄様一人で事足りてしまい、結局手持無沙汰になったみたい。さすがお兄(まお)……いや、やめておこう。


「そう、何事もなくてよかったわ。ほかのダンジョンはどうだったのかしら……」


出征の準備であれこれと忙しかったので、城から帰宅して以降はおおまかな話しか知らない。

とはいえ、その間も情報を得られるように、ヴェルフに情報の収集をさせていた。だからこうしてヴェルフに尋ねている。


(イストゥール)西(ヴェステ)(ズューデ)(ノァルテン)南西(エーデア)、全て昨日のうちに鎮圧したそうです」


ヴェルフの話に目を丸くする。


「昨日のうちに? もっと時間がかかるかと思っていたわ」


実のところ、方々で事が起こっていて騎士を回せない状態だ。

ゆえにその土地の兵士と常駐している騎士たち、配属された数名の魔術師たちだけで乗りきるしかない。

国の記録によれば、一週間かけて鎮圧したという話もある。だというのに、もう鎮圧したの?


「イストゥールやグランデの話があったので一応備えはしていたみたいですよ。まあ、南にあるズューデダンジョンは二十年前にスタンピードが起こったばかりだったので、話を聞いても疑っていたようですけど。ただそれは、ほかのところも同じだったみたいです」

「だとしても、心構えがあるだけで結果は大きく変わるわ」

「死者は出てしまいましたけれどね……」

「……」


場の空気が一気に重くなる。

死者が出た話は聞いている。聞いた時も衝撃的だったけれど、それは今も変わらない。

これが戦うということ。何度経験しても慣れることはない。


重くなった空気を割って、ヴェルフがぽつりと呟いた。


「女神の結界がダンジョンそのものを覆っていればよかったのに……」


この国には、もしもの時のために女神の結界が張られてある。

結界は魔物を弾くと言われているが、国境に沿って張られてあるため、実際に魔物を弾く様子を目にした者はいない。というのも、大なり小なり被害が出ることが前提となるからだ。そのような光景を、誰が黙って見ていようか。

そんなわけで、実際に女神の結界が張られているかは確認のしようがなく、またこれからもされることはないだろう。それに――


「そうね。でも結界の力を過信してはいけないわ。いざという時に『発動しませんでした』では困るもの」


仮に女神の結界が生きていたとして、必ずしもそれが完璧とは限らない。

語り継がれる程昔の話だ。結界に綻びがあってもなんらおかしくない。

しかし、それでは困る。正常に発動しなければ意味がないのだ。

だから私たちは女神の結界に頼ることなく、これからも自分たちの手で鎮圧していくしかない。


「ああ、そうですね。そのために魔術師(我々)がいるのかもしれません」

「けれど魔術師(私たち)にもできることとできないことがあるわ。それでも、一つずつやれることをやっていきましょう。さあ、休憩は終わりよ。イェル村まで速度を上げていくわ」

「かしこまりました」


私の言葉にヴェルフと、やや回復したらしいイルマが頷く。

それからは順調に日程をこなしていった。






***

できる限り平坦な道を選びながら、いくつかの領を経る。

そうして出発から二日。私たちは団長の実家があるデュナー伯爵領をひた走っていた。


イルマは相も変わらずヴェルフのお腹にがっちりと手を回している。だが、だいぶ馬に慣れたようで速度が増しても顔色は変わっていない。

この調子であれば、明日予定通りにスヴェンデラ領に着くだろう。うまくいけば、早々にリディたちと合流できそうだ。


でもその前に、二人に告げておくべきことがある。

休憩を利用して話を切り出す。まずは当たり障りのない話から。


「明日にはスヴェンデラ領に入るわね」

「もうそこまで来たんですね」


ヴェルフがわずかに驚いた顔をする。

普通はスヴェンデラまで一週間以上はかかる。その道程をだいぶ短縮したので驚いているのだろう。


もっとも、スヴェンデラは国の最南東ではなく、比較的王都に近い位置にある。

普通の強行軍であれば、一週間もかからずに向かうことが可能だ。

もしこれが最南西だったら、強行軍でもゆうに数週間はかかったはず。

そう考えると、すぐに向かえるスヴェンデラで良かったのかもしれない。


つらつら考えながら話を続ける。


「ええ。それで、スヴェンデラに行く前に二人に話しておきたいことがあるの。重要なことだから常に頭に入れておいてね。実はスヴェンデラは、女神ヴェルテディアを崇めているわけではないの。だから、食事の際とかに迂闊(うかつ)に女神の名を出さないでね?」

「もし女神の名を口にしたらどうなるんです?」

「何も。ただ、白い目で見られるかもしれないわ」


私たちがヴェーデ教の信者だとしても、恐らく大きくは変わらない。

けれど、少しだけやりとりが煩わしくなる可能性はある。

私たちは一刻も早くリディたちと合流する必要がある。下手な行動は控えたい。


「わかりました。それで、スヴェンデラの人たちはどの神を崇めているんです?」


首を傾げるヴェルフと、じっとこちらを見て話の先を待つイルマ。そんな二人にお妃教育で習った話をする。


「二神いるわ。東にある連峰のずっと南の方に、とりわけ高い山があるでしょう? あれは『スヴェン山』と呼ばれているの。あの山の東側はネイフォートの土地でね、向こうの人たちは『デラ山』と呼んでいるそうよ」

「なるほど。それでスヴェンデラという地名なんですね」

「そうよ。山の向こうには『デラスヴェン』という町があるの」

「へぇ、そうなんですね」


感心したようにヴェルフが首を何度も上下に振る。彼にとっては初めて聞く話のようだ。

無理もない。スヴェンデラの人たちは、国教たるヴェーデ教を崇めているわけではない。いくらこの国で他宗教が認められているといっても肩身は狭いはずだ。おいそれと他教徒だと公言はしないだろう。


「ええ。元は男神と女神の名よ。言い伝えによると、あの山一帯はそれ程高い山ではなかったの。だから恋人同士であるこちら側に住まう男神スヴェンと、向こう側に住まう女神デラはよく逢瀬を重ねていたんですって。ところが、二人の交際を許さなかった女神の父親神は、二人の仲を引き裂こうと天にまで届く程、山を高くしたそうよ。そして、現在に至るらしいわ」

「仲を裂かれた二人はどうなったんです?」

「怒り狂った女神が、父親神とやりあったそうよ」

「……は? そこは嘆き悲しむところじゃないんですか?」


彼が目を丸くする気持ちはよくわかる。私も少し信じられないもの。けれど、紛う方なくお妃教育で習った話だ。


「男神と女神は武の神なの。女神は、父親神から『ある場所でなら会ってもいい』と自力で許可をもぎ取ったそうよ。それが、スヴェン山よりも手前にある、あの小さな山ね。今やあそこが交通の要となっているわ」


そんな経緯……神話が皆の頭の片隅にあった。特に、上の人たちには当たり前の話となっている。

だから、万が一ネイフォートが攻めてきたとしても主要の道からだと、誰しもが無意識に考えてしまった。それを逆手に取られた形だ。


とはいえ、この国の庇護下にあるネイフォートが攻めてくるなんて誰が思っただろうか。

もし攻めてくるとしても帝国以外には考えられない。

南には高い山が連なっており越えるのは至難の業だし、西は内紛で侵略どころではないからだ。


「知らない話ばかりです」

「仕方ないわよ。秘密とまではいかないけれど、公表もしていないもの。私も、お妃教育で習わなかったら一生知らなかったでしょうね」

「はー……いまだに信じられませんが、お嬢様は本当に王太子殿下の婚約者だったんですね」

「ちょっとそれどういう意味!?」


心底意外そうな顔でこちらを見るヴェルフに、半眼で返す。

途端にヴェルフが両手を前に突き出し、小刻みに振り出した。


「じょ、冗談です! 本気にしないでください!」

「わかってるわよ。何もしないから安心なさいな」

「いいえ、私は許しません。ティナ様に向かってなんたる暴言! いくらティナ様が戦闘狂であったとしても、言っていいことと悪いことがあるでしょう!?」

「……イルマ?」


私を援護してくれるのかと思いきや、援護と見せかけて背後からぐさっと刺しにきたイルマ。そんな彼女に、ヴェルフに向けたものと同じ視線を向ける。

するとイルマはついっと視線を逸らした。

その姿に呆れて、小さくため息を吐く。だが次第におかしくなり、堪らず噴き出した。


このようなやりとりも今日までだ。

明日は嫌でも前線に着く。気を引き締めていかなくては。

遠くに見えるスヴェン山を見ながら、ひそかに意気込んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ