公爵令嬢内報する1
牢屋をあとにすると、急いで来た道を戻る。
案内役の騎士は牢屋の入り口の前で別れた。今は護衛と二人だ。
「もっと急ぎます」
「はい、姫様!」
久しぶりに伴った私の専属護衛は、私の言葉に疑問を抱くことなく従ってくれた。
彼のその姿勢をありがたく思いながら、大会議室の扉の前まで行く。だが。
……どうやって陛下にお目通りしたらいいの!
扉の両脇には騎士が控えており、容易に通してもらえなそうだ。
どうしたものかと息を整えつつ思案する。次の瞬間。
――ドォォォンッ!!
「!?」
遠くから何かが爆発するような音とともに、わずかに揺れを感じた。これは……。
「魔法? ……お兄様ね」
視認することができないのでどこで爆発が起こったのかわからない。
けれど、状況からグランデダンジョンで起こったものだと踏んだ。
実は牢屋に向かう道すがら、殿下や魔術師たちが軍本部前に集っていたのを目にしている。
ただ彼らは出陣するところだったので、話しかけずに素通りした。
それから、なんだかんだと一時間近く牢屋で話し込んだ。ゆえに、彼らがダンジョンに到着していてもおかしくない時間は経っている。
そうなると、今度は誰が魔法を放ったのか、という疑問に突き当たる。
でもこれはすぐに予想がついた。
というのも、一定以上の魔力と技術がなければ、城に影響を及ぼす程の爆発は起こせないからだ。
そこから導くに、魔法を放ったのはお兄様だと判断した。
だが、その考えで留められたらどれ程よかっただろう。
お兄様の強力な魔法が放たれた。すなわち、スタンピードが起こってしまったことにほかならない。
……お兄様。
信頼はしていても心配はする。
前回のグランデダンジョンのスタンピードから、たった数か月しか経っていない。
それがまた奇怪すぎて、不安を掻き立てる要因となっている。
だからこそ、一秒でも早く陛下にお会いしたい。
その思いから、下手な手を打たずに正面を切っていく。
まずは目の前の騎士をキッ、と見据え、高らかに声を上げる。
「レーネ公爵の娘、マルティナです。至急陛下にお伝え申し上げたい義がございます」
「現在、連絡係以外の入室は固く禁じられております。どうかお引き取りを」
「事は一刻を争うのです」
すごすごと引き下がるわけにはいかない。
今し方、ネイフォートの騎士から機密情報を教えてもらったばかりだ。すぐに対応すれば、国難とも言えるこの現状を打破できるはず。
そう思った矢先――
「ティナ」
不意に名を呼ばれ、無意識に顔を向けた。
そこには、長い廊下をこちらに向かって歩いてくる人たちがいた。
一人は男性。歩く度にやや癖のあるプラチナブロンドが揺れる。
騎士のようにがっしりとした体格ではないけれど、姿を見るだけで安心感が増す。不思議なものだ。
そしてもう一人は女性。潤沢を帯びた黒い髪を下に一つに結わえ、新緑を思わせる瞳をこちらに向けている。
どちらも国軍とは違う軍服を纏い、凛とした姿でこちらにやってくる。
「お父様、お母様!」
二人の許に向かいたい気持ちを抑えて、おとなしく待つ。
するとお父様が、足を止めずに話しかけてきた。
「どうした? 彼を見送ったのだろう?」
「はい。見送りを終えたので私も少し情報を集めようと動いておりました。結果、予想以上の……核心に迫る情報を得てしまい……」
「それで陛下にお伝えしようと思っていたのか」
「はい、ですが……」
扉の前で騎士に拒まれたのを思い出し、しゅんとする。
だが、落ち込んだのも束の間。にわかに目の前の扉が開いた。
「……何事でしょう?」
声をかけてきたのは陛下の侍従。
彼は一瞬だけ目を細めると、たちまち無表情になった。
まるで『会議を中断させたのだから、くだらない用事だったら許さない』と言わんばかりだ。そのため、簡潔に告げる。
「相手の作戦がわかりました」
「……少々お待ちください」
侍従の言葉のあと、大会議室の重たい扉が閉じられる。
そこから一分も経たずに、再び扉が開いた。
「別室で話を聞こう。ついてくるといい」
扉の先にいたのは陛下。
陛下はそのまま私たちの脇を通り過ぎ、将軍と宰相、侍従などを連れて廊下を歩いていく。よって、あとを追う。
少し歩いて、王妃様がいる部屋の先隣の部屋に通された。
「挨拶はいい。そこのソファにかけよ」
部屋に置かれた一人掛けのソファに陛下が座ると、テーブルを挟んだ向かいの席を示して言う。数人掛けのソファだ。
そこにお父様、お母様、私の順で席に着く。
「それで、敵の作戦がわかった、とはどういうことだ?」
用があるのはお父様だと思ったようで、陛下がお父様の方を向く。
お父様は陛下の言葉にゆっくりと首を振った。
「いいえ。私ではなく娘の方です」
「マルティナ嬢が? 何故、そのようなことを知っているのだ?」
陛下や宰相の厳しい視線が私に向けられる。
わずかに鼓動が跳ねたけれど、すぐに押し殺して陛下を見る。
「まずは、貴重な時間をわたくしにお与えいただき、ありがとう存じます。実は――」
挨拶もそこそこに牢屋で聞いてきた話をする。
牢屋の住人が実はネイフォートの騎士だったこと。彼らがこの国に入ってきた時には既に作戦が練られていたことなど、全てを話す。
正直、彼らの話が真実かどうか、疑わなかったわけではない。
しかし、外の情報を得られない彼らが、今この国で起こっていることをよどみなく語ったのは事実だ。
しかも、彼らの話は細部にわたるまで現状と一致している。真実と証明するには十分だろう。
「そうか。宰相、今の話をどう思う?」
私の話が終わってすぐ。陛下が斜め後ろに控える宰相の方に顔を向けて尋ねた。
尋ねられた宰相は、先程のお父様と同じように首を横に振る。
「疑いようもありませんな。まず間違いないでしょう」
「なるほど。……マルティナ嬢。そなたならこの局面をどう指揮する?」
宰相と話をしていた陛下が急にこちらを向き、返答に困るような質問をしてきた。ネイフォートが今後取るとされる作戦について、私ならどうするかというものだ。
これについては少し考えた。けれど、殿下の婚約者ではない私が、この質問に答えてもよいのだろうか?
考えあぐねてお父様を見る。するとお父様が小さく頷いた。それを受けて口を開く。
「はい。わたくしなら敵兵と同じだけの騎士、または傭兵を連れて、敵兵が現れる前に配置いたします。または罠を仕掛けるか……。ただ、騎士や傭兵を集めるのも、罠を仕掛けるのも、どちらも時間的に厳しいでしょう。それならばいっそのこと、少数精鋭で向かった方がよろしいかと存じます」
「ふむ……。しかし、もう差し向けるだけの騎士はおらぬ。近衛は前線に出られぬし、傭兵から腕の立つ者を選んでいては更に間に合わん。魔術師も魔騎士も皆グランデにいるしな。それに、もしグランデから魔術師を引き抜いたとしても、強行軍は無理だろう」
「陛下、わたくしに一つ案がございます」
可能性を潰して首を振る陛下に、進言をする。
恐らく私の案ならば間に合うはずだ。
「申してみよ」
「はい。風の魔法を馬全体、それから足に重ねてかけるのです。当然魔力は消費いたしますが、馬の体が軽くなり、足も速くなりましょう。この方法でしたら、馬を替える必要がありません」
「それは面白いな。私にも可能か?」
「はい、陛下のお力であれば可能です。魔術師の力量如何では、日数を短縮することも可能かと存じます」
私だけの魔法だと出し惜しみするつもりは毛頭ない。
国のためになるならば、喜んで技術を提供するつもりだ。
「そうか、よいことを聞いた。して話を戻すが、日数を縮めたところで魔術師に何をさせる? 移動で消耗し、使い物にならぬのではないか?」
「可能性は十分にございます。魔力が高い者でなければ話にならないでしょう」
「では、仮にそなたが出陣したとして、どのような行動をとる?」
……もし私だとしたら?
考えを巡らす。
「そう、ですね。魔法で敵の進行を妨害する。もしくは、直接敵に魔法を放つ、でしょうか。恐らくわたくしの魔法であれば一撃で事が済むかと」
「本当にそなたに魔法が放てるのか? 相手は人間なのだぞ?」
「それは……」
一瞬、躊躇う。魔物でさえ殺してしまったと動揺した私だ。人に危害を加えることができるだろうか?
実際、王妃教育で『上に立つ者の心構え』をみっちり叩き込まれたにもかかわらず、実戦ではなんの役にも立たなかった。頭で理解するのと実戦とではわけが違うのだ。
ああでも、敵の勢いを止めなければリディたちに危険が及ぶ。それに、私がやらなければ別の誰かがやることになる。その人たちが間に合うかどうかもわからない。
それでリディが危険に曝されたら私はそれを受け入れられる? 後悔しない?
目を閉じて考える。そして。




