格子越しの再会2
「な……な……」
「どうした、リーダー?」
男の様子がおかしいことに気付いたのだろう。周囲から男を心配する声が上がった。
どうやらほかの者たちは私の正体に気付いていないようだ。
無理もない。ほかの者たちとはルディの口調で会話をしなかったし、今は『月の妖精』でもないしね。
とはいえ、男は気付いてくれた。それだけで十分だ。
パン、と胸の前で両手を合わせ、元の口調で話をする。
「まあ、嬉しい! 覚えていてくれたのね。それなら話が早いわ」
「な、何が目的だっ!」
キッとこちらを睨み付け、男が尋ねてきた。
その気概はあっぱれだ。いささか声が震えているものの、己を鼓舞して口を開いたのだとわかる姿勢も士として望ましい。
「言ったでしょう、確証を得に来たって。あなたは何が起こっているのか知っているはずだわ。私は戦争を止めたいの。両国にとって良いことではないもの。あなたも戦争をするのは本意ではない。そうでしょう? ネイフォートの騎士様」
「……いつから気付いていた?」
「あなたがネイフォートの騎士だと気付いたのはついさっきよ。でも、騎士かそれに準ずる役職だと思ったのはわりと初めの方ね。剣を交えて気付いたから」
あの日イェル村の旧聖堂で私は彼らと剣を交えた。その最中、ずっと彼らの戦い方が気になって仕方がなかった。彼らが上品に剣を扱っていたからだ。
リディもそれに気付いていたけれど、彼らはその後の取り調べでも口を割らなかったと言う。
「そうか。だが、俺たちはここ数か月ずっとこの中にいる。余程の馬鹿じゃない限り、情報を絶たれて知りようがないと気付くと思うが?」
「彼らはそうかもしれないけれど、あなたは詳しい情報を得ていると踏んでいるわ。以前からそれとなく伝えられていたのではなくて?」
「何故、そう思う?」
男は真剣な眼差しをこちらに向け、静かな口調で問う。
そのため私もしっかりと彼を見据えた。
「ここ最近、とある条件下でやたら『東』という単語を耳にするの。でも、おかしいと思わない? ネイフォートはこの国の庇護下にあるのよ? そんな頻繁に、しかも事件の度に出てきていい単語ではないわ」
ネイフォートとガルイアの繋がりを考えていた時、ふと頭を過った単語があった。
その単語を思い出した時、何故それが無性に気になるのかと疑問に思った。気になる要素なんて微塵もなかったからだ。
けれど、すぐに気付いた。イェル村で男たちがしていた会話の中にも、私が誘拐された時にグラティア卿が口にした脅し文句の中にも『東』という単語があったことに。
そうして考えると、イェル村の前に起こった事件についても自然と目がいった。私と殿下の婚約が白紙に戻された件だ。
一見すると私たちの件に『東』という単語は出てこない。
だが、視野を広げてみているうちにユリアーナの母親が東――ネイフォートの伯爵家の出であることを思い出した。
ここまで事件とともに『東』が登場していたら疑いようもない。ネイフォートの関与は明らかだ。
「だが最近だろう? 俺が詳しい情報を持っていると考えるのはおかしくないか?」
「いいえ、全く。事を起こすには準備が必要よ? あなたたちが活動するよりも前から策が練られていたはずだわ。その実行部隊としてあなたたちがこの国にやってきた。違って?」
口角をわずかに上げながら、首を傾げて男に訊く。
きっと男には私が自信満々に言い切ったように見えるだろう。
「ははっ! 違いねぇ。あんた、いい女だな。洗いざらい話したくなる。だが残念だったな。俺らはトカゲの尻尾だ。端から国に切られている。元々そのために編制された分隊だしな。おちこぼれの寄せ集め、力はあるが問題児ばかりが揃っている。それが俺らさ。だがな、国への忠誠心は人一倍ある。情報を知っていても知らなくても関係ない。たとえ死んでも話しはしない」
男は一頻り笑ったあと、私の目を見てきっぱりと言い放った。
彼の意志は強そうだ。この様子ではこちらの望む答えは引き出せないだろう。
だが、今の会話で欲しい情報が引き出せるとは思っていない。ただちに次の手に移る。
「戦争になったらどうなるかわかるでしょう? あなたはそれでいいの?」
「あんた、ここへは確証を得に来たんだろう? ってことは、そのくらいこの国は切羽詰まっているってことじゃないのか? ならそう簡単にこっちがやられることはないだろう。それに、あいつらも国に剣を捧げているんだ。戦争で死ぬなら本望だろうよ」
なかなかの狂気だ。命に執着がない。
そういえば以前団長がぼやいていたっけ。『あいつらはいつ死んでもいいと思っていて、そういったやつらから話を聞き出すのは至難の業だ』と。
更に団長は、『やつらは結束力が強いうえに同じ志を持っている。誰かが命の危機に瀕しても決して口を割らない』とも言っていた。
その言葉を証明するかのように彼らは今もここにいる。身元も余罪も調べられず、処分にも困っているからだ。
さりとて拷問にかけて彼らを殺す程、この国の騎士たちはおちぶれていない。彼らはそこを逆手に取っている。
なるほど。それなりに頭がいいようだ。
目の付けどころだって悪くない。私がここに来た理由は彼の言う通りだもの。
ただ一つ訂正をするなら、私が言いたかったのはそこではない。
「わかっていないわね。私は魔術師としてこの国に忠誠を誓っているの。陛下の命があれば戦地に赴くことだってあるわ。まあ、さすがに陛下はそんな非人道的な命令はなさらないでしょうけれど、そちらの国が仕掛けたことですもの。場合によっては非情にもなるでしょうね。そうなればあなたたちの大事な人が危険に曝される可能性だってあるのよ。下手をしたら命を落とすかもしれない。それくらい想像に容易いでしょう? それを防ぐために私はここに来たの。向こうが本格的に行動する前に確証を得て、対策を練るためにね。理解してもらえたかしら?」
私の話に動揺したのか。強気だった男の態度が一変し、視線をわずかにさまよわせる。
そこをすかさず衝く。逃すつもりは毛頭ない。
「ああ、そうそう。言い忘れていたけれど、私、イェル村では微塵も本気を出していないの。もし私が本気になったら、一国が飛ぶかもしれないわね?」
「なっ!?」
途端に辺りが騒めき出す。
彼らは、大切な人がいたとしてもネイフォートにいれば大丈夫だ、と思っていたのかもしれない。だが、残念なことに私は規格外だった。
といっても、本当に一国が飛ぶかはわからない。何せ、彼らの恐怖心を煽るために誇張しただけだから。
「そんな世迷言を信じると思うのか?」
「でしたら試してみましょうか? わたくし、妃教育をほぼ終えておりますの。上に立つ者としての心構えも十分にありましてよ?」
「! 黙って聞いていれば!!」
「そうだふざけんな!!」
言外に『国を守るためなら悪にもなる』と匂わせたら、あちこちから非難の声が飛んできた。
その声を受けて『我ながらとんだ悪役を演じたものだ』と内心で苦笑しつつ、にこりと微笑む。そのまま、さも演説するかのように高らかに声を上げた。
「だからこそ私は戦争を止めたいと再三言っているの。あなたたちも戦争が嫌なら協力をなさい。大切な人たちと、延いては自国を守るために!」
――シン。
言い終えると、あれ程騒がしかった周囲が水を打ったように静かになった。
これで飴と鞭は終わりだ。さて、どう転ぶか……。
少しばかりの不安を抱きながら男たちの反応を待つ。そして。
「……いいでしょう。我々が知っていることを全てお話しいたします」
暫くの静寂を経て、目の前の男とはまた違う、別の男の声がした。
見れば今いる牢から二つ離れた牢に、こちらをじっと見据えている男がいる。
「……あなたは?」
「おい! 国を売る気かっ!?」
私の言葉を遮るようにして、今まで話をしていたリーダー格の男が、こちらを見据える男に声をかけた。
「あなたももう気付いているのでしょう? 陛下のやり方では民が路頭に迷うことくらい」
「それはっ!」
「我々は国に剣を捧げたのであって、陛下に捧げたのではありません。国主が道を誤ったのなら、それを正すのが我々騎士の役目です。違いますか?」
「……」
リーダー格の男は思いきり顔を歪ませて、必死に何かを堪えるような素振りを見せる。恐らく葛藤しているのだろう。
やがて彼は長い沈黙を破り、顔を歪ませたまま周りを見回した。
「…………クソッ! おい、お前ら聞いてたな! 異議はあるか?」
「ありません!! 我々の剣は国のために!!」
リーダー格の男の問いかけに、賊たちが声を揃えて答える。その姿は騎士だ。
あの時は随分と間が抜けた賊だと思ったが、なかなかどうして。私も一杯食わされたのね。
「これでいいんだろ、アーウィン!」
「さすがはリーダー。皆の意見が纏まったな。さて……」
アーウィンと呼ばれた男は、再びこちらに目を合わせてきた。
蝋燭の明かりに照らされて、彼の真剣な眼差しがはっきりと見える。
「まずは今までのご無礼をお許しください。レーネ公爵令嬢、マルティナ様」
アーウィンが最上級に近い礼を取り、私に謝罪してきた。
その態度と突然の名前呼びに驚くが、内に留めて口の両端をくいっと上げる。
「知っていたのね」
「先程、妃教育をほぼ終えられたとおっしゃっていたので」
「なるほど。あなたがこの分隊の頭脳役ね」
「頭脳という程ではありません。大まかな策はもう既に練られていて、我々はただ命じられただけですから」
そういうことか。
リーダー格の男はその豪胆さで周りの騎士たちを束ね、策などの頭を使うことはアーウィンと呼ばれた男が担っていた。
つまり、話をしたければリーダー格の男ではなく、最初からこの男に尋ねればよかったのだ。まったく……。
「私は試されていたのね」
「申し訳ございません」
「いいわ。謝罪を聞きに来たわけではないもの。それで、私はお眼鏡にかなったと思っていいのかしら?」
「もちろんです。何をお聞きになりたいですか?」
アーウィンは胸元に片手を添え、もう片方は後ろに回してお辞儀をする。その姿はまるで執事のようだ。
多分、私を認めたと態度で示してくれたのだろう。
ならばその敬意を最大限利用させてもらうまで。
コツコツと音を立てながらアーウィンがいる牢の前まで行く。
既に姿勢を戻していた彼の目をしっかりと見て、口を開いた。
「そうね。聞きたいことはいくつかあるけれど、まずはこのことかしら?」




