格子越しの再会1
『ガルイア帝国がグレンディアに向かって進軍している』
新たに告げられた情報に驚き、言葉を失する。
これ以上酷いことにはならないと思っていたのに、よりにもよってガルイア帝国が攻めてくるなんて。
もしかしてネイフォートがこちらに攻め入ったのは、ガルイアの後ろ盾があったから?
だとしてもなんて愚かな。
この国は侵略行為こそしないが、軍事力はある。
スタンピードがいつ起こってもいいように、騎士たちが日々過酷な訓練を行なっているからだ。
軍事国家と謳われるガルイア帝国の侵攻を今まで防いでこられた理由もそこにある。
それに加えて、この国には他国にほぼいない魔術師がそれなりにいる。といっても少数だが、それはともかく。
魔術師の力は強大だ。惜しげもなく魔術師を投入すれば一日で帝国を制圧することも難しくはない。
もっとも、この国に戦争を仕掛ける気は微塵もないけれど。
というのも、この国は女神の命により戦争を仕掛けることができない。
あくまでも女神から授かった力はダンジョンの魔物に向けろということだ。
ただ、いくらこの国が戦争を仕掛けられないといっても、他国に同じ道理は通じない。そのため、戦争を仕掛けられた場合には迎え撃ってもいいとされている。
そうやってこの国は成り立ってきた。
まあ、現在かなり危うい状況に陥っているけれども……。
「……さん……マルティナさん?」
「はい、王妃様。申し訳ございません。少し考え事をしておりました」
王妃様に呼びかけられ、何事もなかったかのように澄まし顔で返事をする。
見れば騎士たちが皆下がっていた。
「そう、何か気付いたことはあって?」
「いいえ、王妃様。二国が手を組んだかとも思ったのですが……」
こうも立て続けに事が起こるなど普通はありえない。
ネイフォートとガルイアが手を組んだと考えるのが妥当だ。
だがダンジョンの異常も、となると首を傾げざるを得ない。
魔物のスタンピードは自然災害と言ってもいい。人工的に起こすなんて無理な話だ。
よって、現段階で二国が手を組んでいるとみなすのは早計だろう。
「そうね。わたくしも同じことを考えたわ。けれど、少し難しいような気がするの」
「はい。ネイフォートにとってあまり魅力的な話に思えません」
この国を攻め落としたところでネイフォートに利はない。
軍事力はガルイアよりもこの国の方が上だし、食料だってどこにも頼らず自国で賄える。
第一、あのガルイアが約束を守るとは思えない。グレンディア陥落後にネイフォートが存続しているか、正直怪しいところだ。
ネイフォート国王は愚王でも傀儡でもない。きちんと自国の利を考えられる人だ。付くとしても、ガルイアではなく別の国にするだろう。
抑々、ガルイアとネイフォートの間には大きな川が流れていて、この国の北東には高い山が聳え立っている。
北と東がやり取りをするには東に大きく迂回しなくてはならない。そんな面倒な行き来をしてまでこの国を落とす意味がネイフォートに……。
……ん? 今、何か引っかかったような……。なんだろう。山? 違うわね。迂回? いいえ、もっと別な……ネイフォート、行き来……北、東……。
ふと何かが頭を掠め、それが何故だか無性に気になった。
その気になった何かを手繰り寄せようと、必死に思考を巡らせる。直後――
「! 王妃様。お願いの儀がございます」
無意識に下げていた頭を更に下げて、王妃様に願った。
***
部屋を辞して、騎士の案内で城の外を歩く。
王妃様は私の願いを快く受け入れてくれたばかりか、あれこれと手配してくれた。
目の前の騎士もそうだ。ただでさえ人手不足なのにこちらに割いてもらい申し訳なく思う。
けれど、間違いなく重要なことだ。後悔はない。
「ごめんなさいね。忙しいのに案内なんてさせてしまって」
「いえ。それが自分の仕事ですので」
「真面目ですのね」
そんなたわいない話をしながら歩を進める。
程なくして目指していた建物に着いた。
建物は石を積み重ねた無骨な造りをしており、扉の両脇には見張りの騎士が一人ずつ立っている。
その騎士の一人に王妃様直筆の許可書を見せると、騎士はすぐに解錠して扉を開けてくれた。
自身の護衛に外で待ってもらうよう告げ、案内してくれた騎士とともに中に入る。
本来なら面会の申請をして、許可が下りるのを待たなくてはならない。が、今は時間が惜しい。
それゆえ、王妃様から直接許可をいただいた。そうでなければ今もまだあの部屋でもたもたしていただろう。
つらつらと考えながら、されどスカートの裾を踏まないように石の階段を一段一段慎重に下りていく。
建物の造りとしては女性用のものと大差ないようだ。
ただし、あの時と違って少々騒がしい。
でもまあ、それも無理からぬこと。
だって、こちらは一人ではなくたくさん人がいるのだから。
「レーネ公爵令嬢、どの囚人と面会なされるのですか?」
「頭目です。彼らは確かリーダーと言っていたわ」
「承知いたしました。でしたらこちらです」
騎士がある牢の脇で足を止め、手を向けて示す。
その前を通り過ぎ、牢の真ん中まで行くと中を覗く。
牢の中には以前会った時よりも少し痩せている、疲れた表情の男がいた。一瞬別人かとも思ったが、私が面会したい相手で間違いない。
「ありがとうございます。下がっていてください」
「しかし……」
「大丈夫です。ここは魔法が効かないし、私は危害を加えるようなものを持っていません。向こうからも手出しはできない距離です」
「……では、少しだけ下がらせていただきます」
そこが彼にとっての妥協点だろう。そう踏んで頷く。
すると騎士はほっとしたような表情を浮かべ、私の後方にずれた。
その姿を見届けたあと正面に向き直り、牢の中の男に話しかける。
「こんにちは、リーダーさん。あなたとお話がしたいのですけれど、今よろしいかしら?」
「よろしくなくてもするんだろう。まあ、わざわざこんなところまで来てくれたんだ。歓迎はするぜ、綺麗なお嬢さん」
品のない笑みを浮かべ、男がへらへらと言葉を返してきた。
直後、近くの牢にいる男たちが楽しそうに笑う。その数、十数人。捕らえられて以降、誰一人として欠けていないようだ。
そう、彼らはイェル村で村長の娘をかどわかそうとしていた者たち。
私とリディで捕らえ、その後こちらに送って現在に至る。
「歓迎してくれるなんて嬉しいわ。なら早速聞きたいのだけれど、あなたたちは騎士のような戦い方をしていたわよね?」
彼らの言動に動じることなく、にこりとした笑みを浮かべて切り返せば、頭目の男が豪快に笑った。
かと思えば、すぐさま嘲りを帯びた目をこちらに向ける。
「はっ! こんな俺らが騎士に見えるのか? だとしたらとんだ節穴だな」
「おい、言葉遣いに気を付けろ。この方は公爵家のご令嬢だ。お前らの首など容易く飛ぶぞ」
男の言葉に返事をしたのは私の後ろに控える騎士。
先程も思ったが、本当に真面目な人だ。そこが彼の長所であり、短所だろう。何せ、今が駆け引きの最中だとは気付いていないのだから。
「おお、怖い怖い。公爵家のご令嬢様がいらっしゃるとは思わなかったんでなぁ。で、なんだってそんな天上のお人がこんなところにいるんだ? 単なる物好きか?」
「貴様!」
男は騎士で遊ぶ気満々のようで、わざと煽っている。これでは埒が明かない。
騎士の前にさっと手を延ばし、今にも飛び出しそうな彼を制する。視線はなおも男に向けたままだ。
「話を逸らさないでもらえるかしら? 私は別に騎士かどうかなんて聞いていないの。騎士のような戦い方をしていると尋ねただけ。それから、元の口調でよろしくてよ?」
「……ちっ! あんた、何を知っている?」
男はあからさまな舌打ちをしたあと、訝るような目を私に向けてきた。
その視線を無視して微笑みを浮かべたまま口を開く。
「何も。だからこうしてここに来たの。確証を得るために」
推測はしている。恐らくそうなのだろうと。だが、その域を超えられない。だから王妃様に頼んで、私の推測が正しいかどうか確認しに来たのだ。
「俺たちがそんな重要なことを知っているとあんたは本当に思っているのか?」
「ええ、思っているわ」
間髪を容れずに肯定すると、男が一瞬怯む様子を見せた。
それを見て、すっと目を細める。
「まあ。動揺していらっしゃるの? あの時みたいね。そうだわ。せっかくだからあなたの話を聞く前に、思い出話に花を咲かせてみましょうか?」
「な、にを言っているんだ?」
困惑の色を滲ませた顔で男が言う。ただしそれ以上言葉が続かなかったようで、男はわずかに目をそらした。
よい傾向だ。このまま動揺させて多少の揺さぶりと甘美な言葉を囁けば、それなりに情報が引き出せるはず。
「思い出話といってもたった数か月前のことよ。覚えているでしょう。あなたたちが捕まった時のことを」
「……それがどうした」
「ふふ。あなた方が護送されている時に、グランデダンジョンで魔物のスタンピードがあったのを覚えているかしら? 激しい揺れだったから護送されていても気付いたと思うけれど」
「確かに轟音とともに揺れたな。火柱も見えた気がする。あれは魔法だったのか?」
口を割ってもいい話だと判断したようで、男がすんなりと答える。掴みはいい感じだ。
「そうよ。あれは魔法。放ったのは誰か知っていて?」
「いや……」
「一人の少年魔術師だそうよ。彼はほぼ一人で魔物のスタンピードを制したの。彼はスタンピードの直前までイェル村にいて、不法者を退治していたんですって」
ぴくり。男の眉が微かに動き、遅れて顔が歪む。人物の見当がついたのだろう。
さて、ここからが本番だ。一気に彼を動揺させ、平常心を奪う。
意識して声色を低くし、無邪気な少年の口調にする。笑みは深くした方が効果的だろう。
「ねえ、リーダーさん。前回僕、魔法を使っちゃったから今度は剣だけでやり合いたいな」
その瞬間、男が青ざめてさっと後ろに下がった。




