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異常事態

リディたちの姿が見えなくなってすぐ。

団長が手配してくれた騎士に連れられて、情報公開の場となっている部屋に向かう。


私を先導するのは、第三師団の騎士だ。顔も名前も知っているけれど、直接話をしたことはない。

ましてやルディの姿でもないため、会話をすることなく彼のあとをついていく。


騎士は軍本部に入るとそのまま中央階段を一階分程上り、西――聖騎士団の区画へと入る。

それから軍本部と王城を繋ぐ廊下を通って、とある部屋の前で足を止めた。

王城にいくつもある小さな会議室の一つだ。すぐ側には大会議室がある。


王族が軍の会議に参加する際は、軍本部ではなく王城にある大会議室を使う。

大会議室は普段陛下たちが使う会議室と、軍本部の会議室の中間にある。

軍事面だけでなく、いろいろな情報を即座に入手して精査できるようにするためこの場所にしたそうだ。


現在そこで陛下たちは今後の対応を検討している。

恐らく寝ずに議論しているだろう。頭が下がるばかりだ。


「こちらです」と扉を開けてくれた騎士にお礼を言って、小さな会議室の中に入る。

中は各貴族家の当主や使用人でいっぱいだった。

王城パーティーが終わるときには四公爵たちにしか話がされていないと聞いていたが、これはどういうことだろう? 夜中に各家に知らせがいったのだろうか?


不思議に思いつつも空いている席を探す。

設けられた椅子はほとんどが埋まっており、真ん中の方にしか空いている席がない。人知れず嘆息を漏らす。

いくら昨夜のようなドレスではないとはいえ、私は屋外用のドレスを纏っている。さすがに真ん中の席は無理だ。


人を割って行くわけにもいかず途方に暮れていると、不意に扉が開いた。


「レーネ公爵令嬢マルティナ様ですね? 王妃陛下が、是非いらしてほしいと仰せです」


若い侍女が顔を出してきょろきょろ辺りを見回しているなと思ったら、私の方を向くなり頭を下げてきた。

どうやら、私が王城に上がったことを誰かが王妃様に告げたようだ。

けれどそれで困ることは何もない。

どうせ座るところもないし、断る理由もないため、侍女の言葉に一つ頷いた。


「わかりました。案内願います」

「ご承諾いただきありがとうございます。どうぞこちらへ」


そうして再び王城の廊下を歩く。

行先は王妃様の私室だろうか。

そう思った矢先、侍女が不意に歩みを止め、豪華な扉に体を向けた。続けて扉の脇にいた騎士に話しかける。

直後騎士が取り次ぎを行ない、中に招き入れられた。


「王妃様にご挨拶申し上げます。本日はお招きいただきありがとう存じます」


中に入り王妃様の姿を認めると、急いで、されど丁寧に淑女の礼をする。

相手は王妃様だ。下手な礼はできない。


「まあ。そうかしこまらないで。向こうは殿方ばかりで居づらいと思って、こちらを女性用に開放することにしたの。さあ、座って」


促されるまま王妃様の向かいの席に座る。すると、すっと目の前にお茶が置かれた。


「まずは一息吐いてちょうだいな。詳しい話はそれからよ。といっても、公開されている話しかできないけれど」

「十分すぎる程でございます。その情報すらも持ち合わせておりませんので」

「主な情報は各家の当主にしか知らせていないものね。きっとあなたのことだから、情報もそこそこに婚約者の見送りに来たのでしょう?」


お茶をいただき、カップをゆっくりとソーサーに戻してから頷く。


「はい。先程見送ってまいりました。このあと第二師団も戦地に向かわれるようですね。第二師団の騎士たちが次々と軍本部前に集まっていました」

「ええ。相手の……ネイフォートの軍勢は一個師団程だそうよ。何故かスヴェンデラの南東から現れたと言うわ」

「スヴェンデラの南東、ですか? スヴェンデラの北東の街道ではなく、わざわざ険しい山脈を越えてきたのですね。侯爵閣下はさぞ虚を衝かれたことでしょう」


即座にスヴェンデラ領の地図を思い描く。

スヴェンデラ領はこの国の南東寄りに位置する。

隣国ネイフォートと接しており、領の収益のほとんどは交易で得たものだ。その大半を国境強化に回している。いくらネイフォートが攻撃してこないといっても、その先の国が同じとは限らない。だから、交通の要となっているスヴェンデラ北東の街道を重点的に強化しているというわけだ。


だが今回、先の国どころか我が国の庇護下にあるはずのネイフォートがこの国に侵攻してきた。しかも死角である、高い山がいくつも(そび)え立つ連峰を越えて。

恐らくネイフォート軍が越えてきた山道は、馬が通るには狭く、また険しい道が続いているような道だったのではないだろうか。

だからこそスヴェンデラ侯爵は領兵を南東に配置しておらず、一報が入った時には既にこの国にネイフォート軍が侵入していた。それで侯爵は、慌てて陛下に連絡をしたのではないか、と私は見ている。

現にネイフォート軍は山越えでだいぶ疲弊しているらしく、それ以上の侵攻はまだないようだ。


「そうね。でなければスヴェンデラ卿が不意を衝かれるとは思えません。あの方は近衛副長にまで上り詰めた方。軍事の知識は人一倍あるでしょうし」


王妃様も私と同じ意見のようだ。

ただ、これ以上の詮索や戦況語りはしない。

ネイフォートの思わくはわからないけれど、それは陛下たちが話し合えばいい。間違いなく私たちよりも戦況を読んでいるはずだから。


「ところで王妃様。情報はどこまで公開されているのですか?」

「ネイフォートがスヴェンデラに侵攻したこと、現在は小康状態であること。とりあえずその二点を昨夜遅くに貴族家の当主たちに話しているわ。それから新たに発表したのは第一師団が出征するということだけよ。かなりの強行軍で五日かけて現地に赴くようです。第二師団の発表もすぐにされるでしょう」

「そうでしたか……」


情報が少ない……。上層部はあまり公にするつもりはないのだろうか。

いえ、それよりもリディは大丈夫かしら。『強行軍』ではなく『かなりの強行軍』と王妃様は言った。

馬を替えながら行くのは当然だろうけれど、どのくらい厳しい日程になるのか……。ほぼ寝ずに行くのは間違いないだろう。

無理はしてほしくないものの、そうも言っていられない。ただただ心配だ。


「失礼いたします!」


あれこれと考えを巡らせている最中に扉が叩かれ、扉の外に立っていた騎士の一人が顔を出した。

すぐに王妃様の侍女が対応をし、そのまま王妃様に耳打ちがなされる。


「……マルティナさん。どうやら女神ヴェルテディアはこの国を試しているようです」


騎士を下げ、侍女が脇に控えたところで王妃様がこちらを向き、突拍子もない言葉を発した。


「女神に試されている、とは一体どのようなことでしょう」


王妃様の言葉の意味がわからず困惑しながら尋ねると、王妃様はとても真剣な眼差しで答えてくれた。


「魔法師団の師団長が、グランデダンジョンの異変を察知したようです」

「!? ですが、グランデダンジョンは数か月前にわたくしが……」

「ええ。マルティナさんが魔物のスタンピードを制圧してくれたと聞いています。ただ、つい先日も異常が起こっているわ。もう以前のような定期的なものではなくなっているのかもしれないわね」

「そんな……」


――コンコン……。


先程のノックから然程経たずに再び部屋の扉が叩かれる。今度はなんだろうか。

顔を出した騎士に王妃様が声をかける。


「いいわ、そのまま話しなさい」

「はっ! 城の連絡用魔道具が次々に作動。どれもダンジョンに配置している連絡用魔道具で、内容を精査いたしましたところ、六ダンジョン全てで異常を訴えております」

「「なっ!?」」


今までなら絶対にありえなかっただろう事態に、私と王妃様の驚きの声が重なる。


「間違い、ではないの?」

「はい。ダンジョンの様子を克明(こくめい)に記した知らせが次々と送られてきております」

「わかったわ。下がりなさい」


騎士がいなくなり、部屋の中がしんと静まり返る。

私も王妃様も無言だ。何かを言える状況でもない。

廊下の方からは情報が錯綜しているのか、それとも新たな情報が入ってきているのか。ともかく人が部屋に出入りする慌ただしい音と、ばたばたとした足音が聞こえている。

その音を聞きながら手にした情報について必死に考える。


何故全てのダンジョンで異常が起こっているのか。女神がこの国を築き上げてから一度もそのような事態は起こっていないのに。

とはいえ、起こってしまったものは仕方がない。今はこの苦境をどう乗り越えるかが問題だ。

今度は先程よりも広い国全体の地図を頭に描き、想像する。


もし全ダンジョンで魔物が一斉に事を起こしたら、援軍はまず望めない。各ダンジョンに配属されている、聖騎士団第四から第八師団までの騎士たちだけで頑張ってもらうよりほかない。

もっとも、各ダンジョンには魔法師団の魔術師たちが数人ずつ配属されている。領の兵士も投入されるはず。

苦戦はもちろんするだろうけれど、今までと同じ規模ならば分が悪すぎるという事態にはならないだろう。


「申し上げます! 聖騎士団第二師団がスヴェンデラに向けて出発いたしました。それから王都に残る聖騎士団第三師団の一部と、魔法師団の魔術師がグランデダンジョンの魔物討伐に向かうことになりました。指揮を執るのは王太子殿下で、現在軍本部前で準備中とのことです」

「!」


だいぶ思い耽っていたようで、騎士の意外な言葉ではっと我に返った。だって。


……今、王太子殿下が指揮を執るって言わなかった? 何故殿下が赴く必要があるの?


今回は前回の時とは違い、騎士の数が単純に足りない。それはわかるけれど、抑々(そもそも)の魔物の数だって少ないはず。それはつい先日この目で確認しているので間違いない。だから戦力としては十分に事足りるはずなのだ。

それに事が起こる前に魔術師が配置についていれば、そう滅多なことにはならないはず。だというのに、殿下が指揮を執るのはどうして? 魔法師団の師団長が執ってもいいのでは?


疑問に思っていると、王妃様が表情を変えることなくその答えを口にした。


「そう……。同時に率いるのなら魔法と武術の双方を知る者が適任ですものね」


なるほど、そういうことか。であれば、殿下を守るために人員を増やすことになるだろう。

聖騎第三の方は一部と言っているので、魔術師を増やす方向かな。

即戦力が欲しいだろうから、攻撃特化の魔法騎士――魔騎士と回復魔法を使える者が選ばれるはず。


「あ」


そこまで考えてふと気付く。攻撃魔法と回復魔法を容易に扱え、無尽蔵に放てる者の存在を。


「マルティナさん。何か聞きたいことがあるのではなくて? 躊躇うことはないわ」

「ありがとう存じます。では遠慮なく。魔術師は誰が派遣されるのですか?」


王妃様に頭を下げてから報告してきた騎士に尋ねる。答えを知りたい気持ちと知りたくない気持ちが半々だ。


「現在選出中のようですが、お嬢様の兄君、レーネ公爵家のご嫡男が向かわれるのは決定事項のようです」

「やはりそうなのですね。王妃様。兄がいれば、死者が出ることはないでしょう。殿下の初陣としてはこれ以上ない人材だと存じます」


思っていた通りお兄様が戦力として数えられていた。

お兄様は魔法師団の第五師団、通称魔術機関に所属している。

魔術機関の研究員は非戦闘員ではあるけれど、魔術師であることに変わりはない。


そして魔術師の本当の役目は、魔物の脅威から民を守ること。そこに戦闘の得意、不得意は関係ない。

必要ならば公爵家の跡取りだって魔物討伐に向かう。当然だ。非力な民を守るために、女神が愛し子に魔物と戦う術(魔力)を与えたのだから。


むろん心配はしている。でも、お兄様が魔物にやられるとは微塵も思っていない。

きっと、いつものように『ティナ、魔物を一掃してきたよ』と、しれっと言ってのけるに決まっている。お兄様はそんな人だもの。

ただ、できるなら……。


「騎士様。わたくしを戦力として数えていただくよう、上の方に伝えてもらえますか?」

「なりません。あなたはここに残りなさい」


私もみんなの力になりたい。そう思って報告に来た騎士にお願いするも、王妃様に却下されてしまった。

何故? 焦燥にも似た気持ちで王妃様の顔を見る。

王妃様は私と目を合わせ、静かに首を横に振った。


「まだその時ではないわ」

「?」


どういうこと? まだ何かあるというの?

もちろん極秘の情報があって然るべきだけれど、もう十分だわ。お腹いっぱい。


だというのに、騎士が下がる前にまた別の騎士が来たと、扉を守る騎士から告げられた。

直後部屋に顔を出した騎士は、連絡係の騎士がいることに驚いた顔をしていたが、すぐに表情を引き締めた。そして。


「申し上げます。ガルイア帝国が進軍しているとクルネールより一報がありました。ガルイア軍はまだ国境に到達しておらず、現在国境付近の警備を強化しているとのこと。更に詳しい情報は現在確認中です」

「!!!」


騎士の言葉に驚きすぎて、王妃様と二人言葉を失った。

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