決別2
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
でも、話はここで終わりではない。遮られる前に言葉を紡ぐ。
「……ですが、全ての民を見捨てるわけではありません。
先程アデリンデ様はわたくしに『あなたは国母に相応しい』とおっしゃってくださいました。しかし、わたくしはそう思えないのです。確かにわたくしはたくさんの教育を受けてまいりました。わたくし以上に学術を詰め込まれた方はそういらっしゃらないでしょう。けれど、それだけなのです。わたくしは、国母の道を歩む覚悟が足りませんでした。まして、苦難に立ち向かわなくてはならない場面で一人逃げ出したのです。そんなわたくしが民を守れるとアデリンデ様は本当に思われますか?」
「それは……」
私から目を逸らし、言い淀むアデリンデ嬢。
彼女も私が指摘した点には気付いていたのだろう。
完璧だとか国母に相応しいとかいろいろ言われてきたけれど、あの一件で私の欠点が浮き彫りになった。自分でも自覚している。
「わたくしには国母となるのに一番必要なものが足りておりません。多々無理をし、方々に多大なご迷惑をおかけしました。それはわたくしの至らぬところです。非難をされても仕方がありません。
しかし、わたくしはこれで終わるのをよしとするつもりはございません。国民全員は守れなくても、今度こそ逃げることなく、自分の力量に見合うだけの民を守っていきたいと、切に思うのです」
「それがイストゥールの領民たちだと?」
アデリンデが緩慢な動きでこちらに目線を合わせたかと思うと、やや声を落としてそう言った。
その目をしっかりと捉え、小さく頷く。
「彼と結婚すればそうなるでしょう。レーネの民たちにも同等の思いはございますが、無理はいたしません。自分の限界は自分がよくわかっておりますから」
きっぱりと言い切ると、そのまま部屋がしんと静まり返る。
それからしばらくその状態が続いたあと、アデリンデが静寂を破った。
「マルティナ様のお気持ちはよくわかりました。先程の無責任よりあとのくだりは取り消し、謝罪いたします」
「ありがとうございます」
「マルティナ様はもう国母の道を歩まれませんのね?」
「はい。ほかの方に託したいと思います」
アデリンデが念を押すかのように尋ねてきた。
それにしっかりと頷いて、自分の意見を表に出す。
すると、彼女が意外なことを口にした。
「でしたらわたくしがその道を歩きます」
「……は?」
話の流れが理解できなかったのか、不意に殿下が間の抜けた声を発した。
だが私は驚かない。なんとなく気付いていたから。
だって、そうでなければ私を再び国母の座に据えようとするなど、労力のかかることはしないだろう。
彼女は、自身に関係のない話をするためにわざわざ場を設けた。
彼女に婚約の打診があったのならそれもわからなくはない。しかし、謁見時に陛下が『暫く様子見』と言っていたのでそれはない。
だとしたら、彼女がここまでする理由はなんなのか。
アルニム公爵家にきな臭い話は一切なく、公爵も王家に忠誠を誓っている。
また、上昇志向が強いわけでもないため、私の婚約時には真っ先にアルニム公爵から祝辞をいただいたと聞く。
そこから踏まえるに、今回のことはアデリンデの個人的な事情からの行動だと推測される。
ならば私にこの話題を振った意味も、手間をかけてこの場を設けた理由もたった一つしかない。
全ては……まあ、そういうことだ。
アデリンデがはきはきとした声で自身の意思を告げる。
「わたくし、幼少のみぎりより殿下をお慕いしておりました。ですが、婚約者にはマルティナ様が選ばれました。悲しくもありましたが、マルティナ様は全てにおかれ完璧で、わたくしは到底敵わないとしっかり認めたうえで諦めた次第でございます。それでも、わたくしの殿下への想いは消えませんでした。マルティナ様のなさることはわたくしもできるようになりたい。少しでも近づけたら……。その一心から必死に勉学に勤しんでまいったのです。残念ながら領地経営や帝王学のような勉強はさせてもらえませんでしたけれど」
そこまで言うとアデリンデは顔だけでなく殿下の方にしっかりと体を向けた。
「殿下。わたくしは殿下のお許を離れたりはしません。陰日向と殿下をお支えしたいと存じます」
なんて熱烈な告白だろうか。私やリディがいるのに、構うことなく自分の意思を伝えている。
彼女は控え目でおとなしい方だ。少なくとも今までの彼女の印象はそうだった。
それが、まるでさなぎが蝶になったかのように変貌を遂げるなんて……。
……いえ、違うわね。今の彼女こそが本来の姿。恐らく彼女は私を立ててくれていたのだろう。下手に派閥ができないように。
彼女なら殿下を心から支え、時に叱咤してくれるだろう。全てを託するに足る人物だ。
そう確信し、ちらっと殿下に目を向ける。
殿下はアデリンデの方に顔を向け、目を見開いたまま動かない。わずかに口も開いている。
……あ、これ思考停止してるわ。どうしよう。
一向に動く気配のない殿下に声をかけようか迷っていると、突如殿下が軽い咳払いとともに動き出した。
「……アルニム嬢。申し訳ないが、私は現在あなたに恋情を抱いていない」
……は!?
殿下の言葉に思わず目を見張る。だが――
「構いません。今の言葉だけで靡く殿下でしたら、抑々お慕いすることはなかったでしょう」
想いを否定されたのにもかかわらず、アデリンデはにこりと微笑んだ。なんて強い……。
「私はレーネ嬢との私的な会話を放棄し、彼女に目を向けてこなかった。彼女があの姿になった原因は私にある」
「では、これからたくさんお話をいたしましょう。わたくしも一緒にマルティナ様に謝罪いたします」
「……あなたを幸せにできるかわからない」
「一緒に幸せになればよいのです。殿下が幸せであればわたくしも幸せですから」
「あなたよりも民を優先してしまうかもしれない」
「それでこそ一国の主です。民を大事になさらないようでしたらわたくしが喝しますわ」
恋する女性とはこうも強いものだろうか。アデリンデが凛としていて美しい。
彼女は間違いなく王妃の器だ。殿下も気付いたに違いない。
であれば殿下が最後に言うべき言葉……すべきことは決まっている。そうでなくては次の王たり得ない。
リディと二人、黙って見守る。
「不甲斐ない私だが、それでも支えてくれるだろうか?」
「勿論です。わたくしの想いをみくびらないでくださいまし。長年秘めてまいりましたのよ? 覚悟なら疾うにできております」
「……ありがとう。あなたを王妃に……私の伴侶に望みたい」
「謹んでお受けいたします」
殿下が差し出した手に、アデリンデの手が重なった。二人はそのまま見つめ合う。
その一部始終を見届けた。
もうこの場に私たちは必要ない。殿下の侍従がいれば間違いはないだろう。……ちょっと彼、涙目になってるけど。
ともあれリディに目で合図し、静かに席を立つ。
些か失礼だとは思ったが、声を出さずにリディとともに礼をしてくるりと向きを変えた。その矢先。
「レーネ嬢」
「はい、殿下」
殿下に呼び止められ、再びそちらに向き直った。リディも同様だ。
殿下はアデリンデとともに立ち上がる。
「長い間ともに歩んでくれてありがとう。今まですまなかった。至らない私をここまで導いてくれたあなたに、心から感謝する」
「勿体ないお言葉でございます。わたくしも、殿下には大変お世話になりました。ともに歩めたこと、光栄に思います」
私の言葉に、殿下が小さく頷く。
「あなたが婚約者でよかった。これからは互いに別々の道を歩く。だがこれからもエリオットと二人、私の政に忌憚なき意見を述べていってはもらえまいか?」
わずかに不安げな顔で殿下が言う。ほかの二人には恐らくわからないくらい微々たる変化だ。
そんな彼に、力強く首を縦に振る。
「かしこまりました。わたくしたちでよろしければ謹んでお受けいたします。どうか殿下の歩まれる道に栄光あらんことを」
「ありがとう。エリオット!」
「はっ!」
私を見ていた殿下が突如リディの方に顔を向け、威厳のある声で彼の名を呼んだ。
直後、リディが一歩前へ出て騎士の礼をとる。
殿下はそれに触れるでもなく穏やかな表情を浮かべた。
「私が言えた義理でないのはわかっている。だが、どうか私の幼馴染を頼む。彼女は優秀で努力家だ。きっとお前の助けとなってくれるだろう。幸せにしてやってほしい」
「はい、必ずや」
「ああ、頼むよ」
殿下の言葉に今度は普通の礼をしたリディが、一歩下がって退出の挨拶をする。
「それでは我々はこのへんで……」
――ココココッ!
リディの話を遮るかのように、まるで礼儀のなっていないノック音が聞こえてきた。
皆が一斉に顔を向ける中、扉の側に控えていた殿下の侍従が取り次ぎを行なう。
扉の向こうは近衛騎士はもちろん、聖騎士もいた。
騎士の腕のあたりに、聖騎士団の色とされる青いラインが見えるので間違いない。
聖騎士が来るとは何事だろうか。
疑問に思いながら話が終わるのを待つ。
やがて話が終わったのか侍従が殿下の許に行き、殿下に耳打ちをした。
その瞬間、殿下の目が大きく見開かれた。
「……わかった。すぐに行く。皆……」
侍従が殿下から離れると、殿下が私たちに顔を向けた。
殿下は私たちに何かを言おうとして、しかしゆるゆると首を左右に振る。
「……どうせ日付が変わる頃には伝わる話か。ならば構わぬな。皆に伝える」
「殿下?」
殿下の言動に漠然とした不安を覚えつつ声をかけると、殿下が続けて口を開いた。
「パーティーは中止だ。これより軍事会議を行なう。東が……ネイフォートが攻めてきた」
その言葉に、扇子を開くのも忘れて驚いた。




