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公爵令嬢と公爵令嬢

「あの、マルティナ様、ですか?」


ダンスを切り上げ、リディのエスコートで休憩所に向かう。

途中、後ろから声をかけられ反射的に振り返った。


そこにいたのは、穏やかな雰囲気の少女。

腰まである黒鳶(くろとび)色の真っ直ぐな髪を上半分だけ纏めた彼女は、浅葱(あさぎ)色の瞳をこちらに向けている。可愛いらしい顔とは違い、意思を持った力強い目だ。


彼女は、肩に布地のない濃紺のドレスを身に纏っていた。

スカートはパニエで膨みをだしているようで、アマーリエのドレスのように、スカートの切り替え部分からふわりと布地が広がっている。

但しアマーリエとは違い、リボンや花のモチーフといった飾りは一切ない。


その代わりではないけれど、濃紺よりも明るい青色の刺繍が見事に施されてある。特に上半身の刺繍は素晴らしい。

図柄は大きな花柄で、スカートの方にも同じ図柄が等間隔に施されてある。

また、スカートの裾は波型になっており、そこにも細かい刺繍が入っている。


仕上げは、ドレスの上から降り注ぐように全体に(ちりば)められた小さなダイアモンド。照明魔道具の光を受けてきらきらと輝いている。彼女にぴったりの清楚な装いだ。


「まあ。アルニム公爵家のアデリンデ様。ご無沙汰いたしております」


彼女は私と同じ、公爵家のご令嬢。私の一つ年下でおとなしげな印象だ。そこまで親しい間柄ではないけれど、会話は普通にするし敵対もしていない。

そんな彼女は、現在私の言葉にどこかほっとしたような表情を浮かべている。


「ああ、やはりマルティナ様でしたのね。最後にお会いした時とはまるで別人でしたので、間違っていたらどうしようかと……。本当にお久しゅうございます。さすがのマルティナ様もこのパーティーには参加なさいましたのね。それでもいらっしゃらなかったら、レーネ公爵邸にお手紙を差し上げるところでしたわ」


気のせいだろうか。言葉の端々に険を感じる。

だが彼女は今まで一度も私に嫌みを言ったことがない。殿下の婚約者候補として出会ってからずっと。だから多分私の勘違いだろう。

そう思い直して話を続ける。


「何かございましたか?」

「はい。ですがここでは少々……。お隣の方はマルティナ様のパートナーの方ですか? 何度も踊られていたようですけれど」

「ええ。彼はわたくしの婚約者ですの」


――ざわり。

私たちの会話に聞き耳を立てていたのか、周囲が一際騒めく。

『何度も踊った』と口にしたアデリンデでさえ驚いているようだ。口にするくらいだからわかっていただろうに。それとも、何か信じられないことでもあるのだろうか?


「婚約者、ですか?」

「はい。ご紹介が遅れてしまい、申し訳ございません。彼はイストゥール侯爵家のエリオット様。先日婚約いたしましたの」


片手をリディの前に向け、彼をアデリンデに紹介する。


「先日……」

「あの、何か?」

「いえ。なんでもございません……」

「?」


言い淀んだアデリンデを不思議に思ったものの、だからといって口を閉ざした彼女にこれ以上訊くこともできない。

気持ちを切り替え、リディに彼女を紹介する。


「リディ。こちらはアルニム公爵家のアデリンデ様。私の一つ年下で、語学が堪能な方よ。ほかにもいろいろと優秀で、学院では常に学年一位の成績でいらしたわ」

「初めまして、アルニム嬢。エリオット・ディーター・イストゥールと申します。どうぞお見知りおきください」

「初めまして、イストゥール様。アデリンデ・ヘルタ・アルニムと申します。お噂はかねがね耳にしております。聖騎士団の副団長を務めていらっしゃるとか。どうぞよろしくお願いいたします。

 ……あの、マルティナ様。談話室にいらしていただけませんか? 勿論イストゥール様もご一緒に。どうしてもお話ししたいことがございまして……」


挨拶もそこそこに、アデリンデがそう切り出してきた。

その表情はあまりに真剣そのもので、リディと二人顔を見合わせる。

だがすぐにどちらからともなく小さく頷き、向き直った。


「ええ、わかりました。談話室へまいりましょう」

「ありがとうございます。では、こちらへ」


近くにいた給仕の男性にお父様たちへの言付けを頼み、アデリンデのあとに続いて会場をあとにした。




廊下に出て然程歩かずに談話室に着く。

談話室の扉をリディが開け、まずはアデリンデが、次いで私が中に入った。


部屋に足を踏み入れて最初に目にしたのは、部屋の中央に置かれたテーブルセットだった。談話室に相応しく、ソファはかなり大きい。


「そちらにおかけください」


彼女に促され、数人掛けのソファに座る。続けてリディが拳二つ分くらいの間を空けて私の隣に腰を下ろした。


一方テーブルを挟んだ向かい側には、一人掛け用のソファが二脚並んで置かれてある。

そのうちの一脚にアデリンデが着いた。


そうして全員が席に着いたところで、アデリンデがぺこりと頭を下げる。


「マルティナ様。イストゥール様も。急なお願いにもかかわらず、ご快諾いただきましてありがとうございます。あともうお一方いらっしゃる予定ですが、先に私からお話しいたしますね」

「もうお一方? どなたがいらっしゃるのですか?」

「申し訳ありません。いらしてからのお楽しみ、ということでご容赦いただけませんか?」

「わかりました。そうさせていただきます」


これ以上尋ねたとしても、彼女はきっと答えてくれないだろう。彼女の目が告げている。ならば、話を進める方が先決だ。

背筋を伸ばし、しっかりとアデリンデを見る。


リディは冒険者の時の交渉とは違って、会話は私に一任するようだ。先程から一言も発していない。

まあ、今まで面識のなかったアデリンデの話だ。自分には関係のない話だと思っているのだろう。


それはあながち間違いではないと思う。

場を設けようとするくらいだから、彼女の話が重要な話だとは想像できる。

けれど、そもそも彼女は私に話しかけてきたのだ。今までの会話もほとんど私に向けられている。誰がどう見てもリディはついで(・・・)だ。


「ありがとうございます。ではお話をする前に、寿(ことほぎ)をさせてくださいまし。マルティナ様、イストゥール様、ご婚約おめでとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます」


謝辞を述べ、リディとともに深々と頭を下げる。

家族や親友以外の人から祝ってもらえるのも嬉しいものだ。

少し前に陛下たちからもお言葉をいただいたが、それは恐縮すぎて私の中で別格となっている。よって、彼女が初めての人と言えよう。


因みに、エミーリエとアマーリエには早々に伝えてある。

最初に手紙で告げ、のちにリディとともに双子に会って改めて告げた。

その際、エミーリエがリディをからかうなどいろいろと事件はあったが、総じて問題なく受け入れてもらえたと思う。


その時のことを思い出し、思わず笑みがこぼれそうになる。

だが、それを遮るかのようにアデリンデが口を開いた。


「お二人の幸せな話をお伺いしたいのはやまやまですが、そう時間は取れませんので早速本題に入らせていただきますね」


にこやかな表情から一転。すっと真顔になったアデリンデが真っ直ぐこちらを見据えてきた。

彼女の表情と視線は、私の気を引き締めるには十分なものだった。

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