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イェル村

木々が両脇に規則正しく並んでいる一本道を過ぎ、やがて見えてきた村の入り口を、立ち止まることなくそのまま通り過ぎる。

そして、小さくも活気ある広場を抜け、更に先に行く。


ギルドを出てから南に進むこと数刻。そこに辿り着いたのは正午も過ぎて少し経った頃のことだった。


今まで通り過ぎて来た家々とは比べ物にならない、一棟の瀟洒な建物が私たちを出迎える。私たちが目指していた場所だ。

その建物――邸の門兵に取次ぎを願い、その後無事この邸の主との対面と相成った。


執事と名乗る男性に応接室へと通され、そこにあった華やかなソファに座るように勧められて腰を掛ける。我が家のソファと比べると硬めだがそれなりに良いソファのようで、座り心地も思っていたよりは良かった。

部屋の中の物に目を遣ると、絵画や名のありそうな工芸品が飾られており、それは成金趣味のような派手さはなく、とても上品に纏められていて、この邸の主のセンスが容易に窺える。


ここに来るまでの間にほかに大きな屋敷も見当たらなかったことから、ここが村を治める長の家とみなしてもよいだろう。依頼書にはそういった情報が一切書かれていなかったので、名前と地図だけを頼りにここまで来たのだ。


先程メイドが用意してくれたお茶とお菓子を堪能しながら、先日の出来事を思い起こす。




事の発端は私が家出をした三日前のあの日、ギルドでとある依頼書を見たことだ。


その時は気になる依頼ではあったけれど、面倒事に首を突っ込む程お人好しでも物好きでもなかった私は、依頼を受けるつもりなど微塵もなかった。

だが翌日になっても状況は変わらず、他に受けられそうな依頼も、聖騎士団が動いたという情報も入ってこない。

手持無沙汰の我々はすることもなかったので職人街に買い物に出掛け、外食をしてみたり武器の手入れをしたりして時間を潰した。普段行けないような街の隅々まで歩いてみたり、何を買うでもなく店を覗いたり、ふと目に留まった喫茶店に入ってお茶を楽しんだり。

こんなことがなければ一生できなかったであろう事柄ばかりだ。とても楽しくてまたやりたいと思ったのは嘘ではない。


けれどその日は楽しく過ごすことができたが、次の日になって遂に事件が起きた。

ギルドから出られなくなったのだ。

いや、遠回しな言い方は良くないのでこの際だから正直に言い直す。実は前日一度に全部を堪能してしまい、何もすることがなくなってしまったのだ。

前日にまたやりたいとは思ったけれど、次の日も続けてとは、さすがの私も思わなかったのである。

愕然とした。普段は予定がびっしりで、暇を見つけてはギルドで魔物退治をしていたが、それもダメとなるともうお手上げ状態だ。


イルマが目くじらを立てて『お行儀が悪い!』と苦言を呈している姿が浮かんだものの一蹴し、ギルドに設けてあるテーブルに突っ伏して、時間を潰せそうなことはないかとあれこれ思案してみた。けれど、結局何一つこれという案が浮かばず、昼になる前にあえなく降参した。

そして「暇!ヒマ!ひま!ひ……」とリオンに言い続けた結果、リオンが「なら例の依頼受けるか?」と何気なく口にした言葉に喜々として飛び付いたのである。

だがすぐに出発とはいかず、それぞれ支度を整えて、翌日の朝早くにギルドを出てイェル村へと向かった。



あの時、私はすぐに出発したかったのだが、リオンに「他の冒険者に連絡するから少し待て」と言われてしまい、待たざるを得なかった。連絡も冒険者には大事な仕事だ。それが解っているのでおとなしく待つことにしたのである。


本当は、行動をともにする相手がリオンにいたのならば、そちらを優先してもらっても私としては構わなかったし、一人で事に当たっても良かった。だが、彼がいる時はいつも一緒に行動していたために言いそびれてしまい、気が付いたら今回も一緒に行動していたのだ。

そうして今に至る。



「お待たせいたしました。私がこの村の長を務めております、エグモント・ベルタと申します。今回は依頼をお引き受けいただきまして誠にありがとうございます」


ノックの後にかけられた声にはっと我に返り、思考が現実に戻されたところでティーカップをソーサーに戻した。そして、ソファから立ち上がって声の主の方へ体を向ける。

声の主は入り口に立ち、にこやかに此方を見ていた。

四十歳くらいだろうか。痩身で身長は少し低めの優しそうな容貌の男性だ。とは言え、村の長を務めているくらいなのだから優しいだけではないのだろう。

エグモントと名乗った男性は私たちの前まで来ると改めて一礼をした。慌ててこちらも頭を下げて挨拶をする。


「初めまして、冒険者ギルドより依頼を受けて参りましたリオンと申します。こちらは相棒のルディです」

「初めまして」

「……そちらの方は随分とお若いですね。申し訳ないですがこちらも人手不足で、何かありましてもお助けできるかどうかわかりませんよ?」


あー……うん、言いたいことはわかる。だって今の私はどこからどう見ても少年の姿だ。下手したら自分が思っているより子供に捉えられていてもおかしくはない。よって、少々きつい口調になっても仕方がないだろう。

まあ、そんなことだからこう言った時の交渉などは全てリオンに一任している。私の力量を正確に把握してくれているので無理な取り決めはしないし、それに大事なことは必ず私の意見も取り入れてくれるので、私としては何も言うことはない。今回も私は口を挟まず、ただ黙って取り決めを見守ればいいのだ。


だが、彼のやり取りを見ていると偶に「私の侍従か!」と突っ込みを入れたくなる。ただ言ったら最後、彼の機嫌が急降下することは間違いないので、これから先も口が滑らない限り彼に言うことはない。


「ご安心下さい。こう見えても彼の冒険者ランクはCランクです。私はAランクですのでそちらのお手を煩わせることもないかと」

「……そうでしたか。今回の事で少々神経質になっておりまして、申し訳ありません」


冒険者ランクはFからAと、その上にSランクがある。Sランク所持者なんて見たことないけれど、お父様やお母様なら難なく取得することが出来るのではないだろうか。


「お気になさらず。ところで依頼の内容は『生贄の護衛』と言うことでしたが」

「ええ、実は……」


村長の話によれば、最初はたわいない出来事からだったのだと言う。

二週間程前の夜、移転してもう誰も寄り付かなくなった廃れた聖堂から突如轟音が聞こえてきたらしい。尤も、その時は聖堂が老朽化してどこか崩れ落ちたのだろう、と誰もが思ったそうだ。

そして翌日になり念のために村人数人でその聖堂に調査しに行ったところ、巨大な爪痕が建物の至る所に付けられていたらしい。

人の為せる痕とは思えず、魔物が現れたのだと慌てた村人は急いで戻ると、すぐに然るべきところに連絡を入れたのだと言う。

その後、報告を受けた村の自警団とこの領の私兵団が派遣されて、数日に亘り聖堂周辺を大調査したそうだが、その甲斐空しく何の手掛かりも得られず仕舞いだったそうな。

するとその数日後、村の広場に一枚の紙切れが落ちていたのだと言う。


「それがこちらです」と村長がリオンに紙を差し出し、それをリオンが断りを入れながら受け取り、読み終えるとそのままこちらに回してくれた。それを受け取ると紙に目を落とす。



『 次の新月の夜 二十二時 


  忘却の聖堂の祭壇に


  純真無垢の我が愛し子を贄として捧げよ


  さもなくば女神である我が不興を買うことになるだろう 』




その内容に眉間に皺を寄せつつも、紙を村長へ返す。すると隣のリオンから声がかけられた。


「どう思う?」

「……怪しいね。君も言っていたじゃないか、女神がそんなことをするはずがないって。だから女神が贄を望むはずもなければ、この文面自体も何か引っかかるんだよね」

「お前もそう思うか?」

「うん。どこがって聞かれるとなんとなくとしか言いようがないけれど……」

「私どもも最初はそう思ったのですが、そうとも言い切れないんです」

「何か問題が?」


当初私たちの会話を黙って聞いていた村長が、突如会話に割って入ってきた。その表情は何とも言えない、といったものである。

リオンがどうしたのかと尋ねれば「私は納得がいかないのですが」と前置きをしつつも話をしてくれた。


「ええ。実はこの紙を見つけた後すぐに聖堂まで行ったのですが、たった数日前に聖堂の至る所に見られた巨大な爪痕が、まるで最初からなかったかのように跡形もなく消えていたのです。

幻覚魔法かとも思われたのですが確証も得られず、村の一部の者は『女神の御業』と言い出す始末で、どうにも判断がつかずこうして護衛をお願いするという形で漸く皆が首を縦に振ってくれたんですよ」


村長の話に耳を傾ける。どんな些細なことでもいい。可能性は沢山あった方がいざという時に大いに役立つので大歓迎だ。


それにしても一体何が起きているというのだろうか。私の勘ではこれは人の仕業だと告げているのだが、実際その場にいたわけでもないのでそうだと断定することもできない。

それに少々気になることもある。まずはその一つを村長に聞いてみようと口を開きかけた時、私の考えをまるで読んでいたかのようにリオンが村長に尋ねた。


「話の流れはわかりました。しかしなぜ我々なのです?態々ギルドに依頼しなくてもこの村には自警団もありますし、抑々(そもそも)大本の領主に願い出れば良かったのではないですか?」

「言いたいことはわかります。私もそのように行動しましたから。ですが、村の自警団は『女神の御業』説を信じる者も多く逡巡してしまい、ならばと領主様に奏上したのですが『寝言は寝て言え。調査に私兵団を派遣したのだから充分ではないか』と一蹴されてしまい、挙句の果てには『生贄の娘を差し出してやればいいだろう』と」

「え?領主がそんなこと言ったんですか?民を守るのが領主の務めじゃないですか。それを一蹴した上にそんなこと言うなんて……。確かここら辺一帯を治めているのはグラティア伯爵、でしたよね?」

「ええ、そうです」


「(あんの狸め……城じゃ好々爺ぶっていたくせに!)」

「……なんか言ったか?」

「いいや、全然?」

「そうか……?」


思っていた以上にひどい返答に眉を顰めて本音を漏らしてしまったが、呟くくらいの声だったためか隣にいたリオンの耳にも届かなかったようだ。

猫を被り直して誤魔化したらリオンは不思議な顔をしながらも気の所為かと一人納得したようだった。



ここら辺一帯は王都に近く、本来ならば公爵家や侯爵家が治めても良いくらいの土地だ。

だが、以前この地を治めていた公爵家が相続する者がおらずに廃絶すると、この地は王家の直轄地となった。その後、功を為した数代前のグラティア卿が当時の国王陛下から伯爵位とともにここら一帯を賜り、以来伯爵領として統治されてきたのである。

そんな経緯から当然王家からの信も厚く、クリストフォルフ殿下も好印象の御仁だと仰っていた。


(これは早々にお父様に懸案事項としてご報告しなければ)


と、そこまで考えてふと自分の状況を思い出す。そうだった。私は、今現在進行形で逃げているんだった、と。

エミーリエに言付けは頼んだが、自分の口からは何も言ってはいない。だから本当ならば、すぐに戻って謝罪や説明をしなくてはならないのだ。


だというのに、『逃げなくては』という気持ちに囚われて周りが見えていなかった。『どうにでもなれ』と言う気持ちがあったのもある。

今となってはそれらを思い出す度に、何故あんなことをしてしまったのだろうと頭を抱えそうになるが、過ぎたことは仕方がない。戻ったら平身低頭、ただ只管謝るのみだ。

さすがの私も、この事件に片足を突っ込んだまま放棄して帰るつもりは微塵もない。


「ところで、護衛の対象となる生贄の方はどなたなのですか?」

「この村で女神の愛し子、即ち魔力を有する者は我が家の者しかおりません。その中で純真無垢の言葉に当てはまるのは私の娘しかいないのです」


リオンの言葉に思考を戻され、いつの間にか俯いていた顔を上げる。私が思いに耽っている間に二人の話はそこそこ進んでいたようだ。

村長が後ろに控えていた執事に何やら告げると執事はそのまま部屋を出て、暫くして一人の少女を連れて戻ってきた。

その少女はまだあどけなさを残した可愛らしい顔立ちで、身長は恐らく私より頭一つ分ほど低い。多分私よりも三、四歳くらいは年下だろう。


「初めまして。カテリーネ・ベルタと申します。わたくしの護衛をしてくださる方たちだと伺いました。よろしくお願いしますね」

「リオンと申します。こちらが相棒の……」

「ルディです。お会いできて光栄です」


私の隣に立ちスカートの両端を軽くつまんで優雅にお辞儀をする少女に、リオンとともにその場に立って挨拶をする。

その際、私が片膝をつき少女の手を掬い上げ、その甲に触れるか否かの口づけを落とすと、少女は頬をほんのりと赤く染めて微笑んだ。

一方、リオンに顔を向けると彼は「呆れた、何やっているんだお前は」とでも言いたげな表情で肩を竦めていた。

彼女くらいの年齢は騎士というものに憧れるお年頃である。私は自分自身が強かったし、お妃教育のせいもあってかそういったものに憧れることは残念ながらなかったが。とは言え、一度こういうのをやってみたかったのである。


カテリーネと名乗った少女は村長の隣に腰を掛け、幾つか疑問や思ったことなど今回の件について話し合うと、満足したのかそのまま部屋を辞して行った。

そこで、ここに来てから大分時が過ぎていることに気付く。

もう十分説明は受けたし、多少気になることもある。何よりこの目で現場を見ておきたい。

リオンも同じことを思っていたのか顔を合わせると一つ頷いて、村長に改めて依頼を受諾する旨を告げた。

すると村長はそれはそれは喜んで、任務の間は部屋を用意するとまで言ってくれたので、我々はその言葉に甘えることにした。

中途半端ですが一旦ここまでを一話としました。


折角名乗ってくれましたが村長の名前は覚えなくても全然問題ないです。

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