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公爵令嬢と王城パーティー3

「エミィ!?」


そこにいたのはエミーリエ。彼女は美しい笑みを湛えながら、お兄様の腕に手を添えて佇んでいた。


「ティナ、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう。お兄様のパートナーはあなただったのね?」


エミーリエのところに行き話をする。その会話にお兄様が交ざってきた。


「ローエンシュタイン家とは懇意にしているからね。……というのは建前で、彼女のパートナーを務めさせてほしいって私の方から頼み込んだんだ」

「あら、そうでしたのね? お父様からは『付き合いがある家のご令嬢だから下手に断れなかった』と聞いておりました」

「彼女はお前のためにいろいろと手を尽くしてくれたから、どうしても直接お礼を言いたくて、エスコート役を申し出たんだ。これなら周りからあれこれ言われることもないだろう?」

「ですが、このような素敵なドレスまでいただいてしまって……」


そう言ってエミーリエが困ったような表情を浮かべる。

言われて見れば、確かに彼女のドレスはいつもと趣向が違う。

全体的にすっきりとした意匠だし、色も普段は選ばないような緑色だ。

しかもただの緑ではなく、スカートが裾の方に向かって緩やかに広がっていくのとともに、深い緑から淡い灰緑へと濃淡を変えている。

それだけでも十分素敵だが、華やかさと統一性を持たせるために上から下まで銀の刺繍がふんだんに施されてある。


「エミィ、綺麗よ。素晴しく調和しているわ。こちらはお兄様がお選びに? でしたら最高の仕事をなさいましてよ。ですが、お兄様には独占欲がありますの? 婚約もしていないのに……」


お兄様がエミーリエを女性として見ているとは聞いたことがない。

それなのに、彼女の纏うドレスはお兄様の瞳の色だ。逆に周りからあれこれ言われるのではないだろうか?


「たまたまその色になっただけだよ。深い意味はない。フラウテレーゼに相談して、緑色も合うんじゃないかって話になっただけ」

「それでもし勘違いする女性が出てきてエミィに何かあったらどうするのですか?」

「あら、ティナ。私が嫉妬女性の標的になると思っていて? そんなの、早々に察知して蹴散らしてよ」

「……」


彼女なら実際にやりかねない。

思わず口が引き攣りそうになるも、持っていた扇子を開き口元を隠すことで誤魔化した。


「ところで、エミィのお相手がお兄様ならアマリーのお相手は誰なの?」


半ば強引に話を逸らす。話を続けたら絶対にエミーリエが不穏な発言をしてくると思ったからだ。


「あの子はあっちよ」

「あれは……オトマール伯爵?」


エミーリエの示した方を見ると、少し離れたところに萌黄色のドレスを纏ったアマーリエがいた。

その隣には、彼女の父親と同年代くらいの男性がいる。彼女の叔父にあたるオトマール伯爵だ。


「ええ。従弟は婚約者に悪いからってエスコートを断ったみたいで、『なら叔父様を!』ってなったのよ」

「下手に相手を探すよりもいいのかもね。それよりも、あのドレス。あなたとおば様が決めたわね」


アマーリエが纏うドレスは一言で言えば可愛らしい。

上はワンショルダーになっていて、スカートが腰のくびれあたりから大きく広がっている。

髪型はドレスに合うように上半分だけ結い上げており、いつもの雰囲気とは真逆の姿だ。


しかし、あのような可愛らしい格好を彼女が好むとは到底思えない。どちらかと言えば私と同じで、動き易い服装を好むだろう。

なれば彼女は、自身の意に反してあの装いをさせられた可能性がある。

私のその読みは当たっていたらしく、エミーリエが肯定してきた。


「そうよ。私と違ってあの子は可愛い服装が似合うの。でもあの子的に好みじゃないでしょう? だから私とお母様であの子を言い包めて着せたのよ」

「そういうことね。確かに凄く可愛いわ。……フィンさんに見せてあげたかったな」

「え?」

「ううん、なんでもない」


最後の言葉は声を落としていたためか、エミーリエには聞こえていなかったようだ。不思議そうな顔で聞き返してきたため、軽く首を横に振って返す。

直後、お父様が割って入ってきた。


「さて、そろそろ挨拶に行くぞ。ティナ。エリオット君も一緒に来なさい」


お父様の言葉にリディと二人返事をすると、一旦エミーリエと別れて陛下の許へ行く。

エミーリエはお兄様と婚約をしているわけではないので、ご両親と一緒に挨拶を行なうそうだ。


「国王陛下、並びに王妃陛下。今宵はお招きいただきありがとうございます」

「うむ。レーネ公爵、よく来てくれた。夫人も久しいな」


陛下の前まで来るとまずはお父様が挨拶をし、陛下よりお言葉をいただく。

お母様もそれに続き、お兄様に話が回る。そのあとは私たちの番だ。

リディとともに一歩前に出る。


いつもより視線を感じるが、それも仕方ない。

皆私がマルティナだと気付いていないようだし、私と殿下、レーネ家と王家との関係など、気になることはいろいろとあるだろうから。


「陛下、久方ぶり(・・・・)でございます」

「レーネ嬢。久しく見ないうちにますます美しくなったな。公爵領はどうであった?」

「はい。陛下よりご厚情を賜り、あの日から先日まで公爵領にてつつがなく過ごすことができました。厚くお礼申し上げます」

「それはよかった。彼とも仲が良いようだな。こうしてともに顔を見せてくれたこと、嬉しく思うぞ」

「勿体ないお言葉でございます」


この挨拶は茶番だ。私……延いては公爵家と王家の醜聞を隠すための嘘。

あらかじめ陛下と話をして、私が姿を晦ませていた期間は陛下の計らいで領地に戻っていたことにした。

そしてリディが陛下に認められていると周囲に知らせることで、公爵家と王家が円満に婚約を解消(・・)したとこの場にいる者たちに間接的に伝えた。

そのほかにも意味はあるそうだが、それはさておくとして。


最初お父様たちは、私たちの婚約を白紙に戻した。

だが、もう私が殿下と婚約をする可能性はなくなったため円満に解消した。


……というのは表面上のこと。本当は公爵家側から王家に婚約破棄を申し出た形だ。

それを最初に提案したのはお父様ではなく陛下の方だ。と言うのも殿下の言動が発端だったからである。


ただ、私に非がないわけではない。全てを放り出し、逃げ出している。

だから慰謝料などはかなり少なくなるそうだ。でもお父様は気にすることはないと言ってくれた。それどころか手放しで喜んでいた。……お兄様と一緒に。


ともあれ、私は人が多く集まるこのパーティーで、無事社交界に戻ってきたと周囲に知らしめることができた。

リディが婚約者だということも、このあといろいろな人に挨拶をしていきながら伝えていけばいい。




無事に挨拶(茶番)を終えて陛下たちの許を離れると、お父様たちとも別れる。

直後、隣にいたリディが目の前に移動してきた。そうかと思えば、すっとこちらに手を差し出す。


「マルティナ嬢、私と一曲踊っていただけませんか?」

「ええ、喜んで! でも本当に一曲でいいの?」


即座に諾と返事をし、彼の手に自分の手を乗せる。

彼の言葉は女性をダンスに誘う際の決まり文句だ。しかし、一曲と言われるとそこはかとなく寂しい。それでつい訊いてみたくなったのだが……。


「君さえよければ何曲でも」


彼の答えは嬉しいものだった。

続けて二曲踊るのは婚約者以上の関係だと吹聴するようなもの。

彼が婚約者だと態度で示せるのが嬉しいやらこそばゆいやら。

それを誤魔化すように彼ににこっと笑いかけ、そのまま会場中央の開けた場所に足を向けた。


そこはダンスをする人たちのために開放された場所で、もう既に何組かの人たちが踊っていた。

その端の方に陣取って構えを取ると、曲に合わせて足を動かす。上級者向けの曲だ。

とは言え何も心配することはない。お妃教育で姿勢やリズムをみっちり叩き込まれたため、意識しなくても体が動きを覚えている。

寧ろリディが踊れるかが心配だ。練習してくればよかっただろうか。


心配するも、それは杞憂に終わった。リディの動きがよかったからだ。

さすが騎士。体を動かすのはお手のもの、といったところか。

ああでもそれ以上の動きかもしれない。だって――


「……違和感がないわ」


彼とは、初めて踊ったとは思えないくらいに息が合っていた。

それが不思議でならず、口からぽろっと疑問が漏れる。


「俺が踊れないと思ったか?」

「いいえ、そうじゃなくて。私たち、一度も合わせていないのに息がぴったりじゃない?」

「そりゃそうだ。俺とお前、さんざん手合わせしてきたんだぞ? それに共闘だってしただろうが。その時お前、俺の動きを読んでいただろ? 俺もそうだ。だから息が合わないなんてことはないんだよ」


リディが私に『何、当たり前のことを言ってんだ』と言わんばかりの目を向けて言う。


「え? そうなの? 知らなかった」

「おい、ルディが顔を出してきてるぞ」

「いいじゃない。どうせ周りには聞こえないわよ」


隣の方で踊っている人たちはいるけれど、互いにぶつからないよう距離を空けているし、そこまで大きな声も出していない。気にする必要はないだろう。


「そうかもしれないが……。曲が終わるな。続けて踊っていただけませんか?」

「喜んで。ねぇ、気付いてる? あなたもころころと変わっているわよ?」

「俺のは許容範囲内だろ」

「よく言うわ」


なんだかおかしくて、ぷっと吹き出す。

折しも音楽が切り替わり、新たな曲に合わせて再び踊り出す。

片手をリディの腕に軽く添え、もう片方の手は彼の手に。そのまま彼のリードに身を委ねる。


……ああ、楽しい。今がずっと続けばいいのに。


そんな思いを抱きながら踊り続け、気付けば彼と四曲踊っていた。

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