公爵令嬢と王城パーティー2
……久しぶりの感覚だわ。
パーティー会場に足を踏み入れて、真っ先に思ったのはそれだった。
色鮮やかなドレスに身を包み、きらびやかな装飾を身に付ける女性たち。
対する男性たちは、彼女らを引き立たせるかのように落ち着いた色合いのテールコートを纏っている。
その頭上にあるのは、天井から吊り下げられた芸術品のような意匠の照明魔道具。
相応に値が張るそれを惜しげもなくつぎ込んで、辺りをより明るく照らしている。
それは一見、税金の無駄遣いに見えるかもしれない。けれどこのくらいやらないと他国に侮られてしまう。王家の威厳を保つのもなかなか大変だ。
ともあれ。入り口に突っ立っているわけにもいかないので、空いている場所に向かう。
大体の人たちが入場し終えていたようで、場内には既に大勢の人がいた。
その人たちが私たちに気付いたらしく、こちらに目を向けてくる。かと思えば途端に場内が静まり返った。
しかしそれは一瞬のこと。すぐに静寂は破られ、再び賑やかになる。好奇の目はこちらに向けられたままで。
まあ、無理もない。私たちは異色の組み合わせ。
片やパーティーにあまり顔を出さない聖騎士団の副団長。片や数か月前に姿を晦ました殿下の元婚約者。
話題を掻っ攫うには誂え向きの二人だ。
でもそれも覚悟の上。
難があるとすればリディに迷惑をかけることだけれど、私が事前に申し訳ないと告げたら、彼は『どうってことないさ』と言って笑い飛ばしてくれた。
その時のことを思い出し、彼の腕に添えた手に少しだけ力を込める。
現在私は彼の腕に手を添え直していた。単なるパートナーではない、と意味を込めて。これで更に噂が広まるだろう。
但し、噂が好意的なものだけとは限らない。
皆どのような話をするのか気になって、がやがやとする周囲に耳を欹てる。
「あれは誰だ? 見たこともない令嬢だぞ」
「よく見たらあの髪、プラチナブロンドじゃないかしら? だとしたらあの方は……」
「それはないだろう。だってあの姿は『月の妖精』とは似ても似つかない。あれはどう見たって……」
話題を掻っ攫う以前の問題だった。
この髪色を見たら皆すぐに私の正体に気付くと思ったのに、誰も私をレーネ公爵令嬢とは思っていないみたい。『月の妖精』と結びつかないのかしら?
「まあ、普通はその反応だよな」
「リディ?」
反射的にリディの顔を仰ぎ見る。
彼は既にこちらを向いていて、何故か困ったような表情をしていた。
「『月の妖精』を見たのはあの時だけだが、いまだに信じられないぞ? あらかじめわかっていてもそうなんだ。周りは更に信じられないだろうな」
「この髪色だけでわかると思ったんだけど……」
「無理だな。『月の妖精』と今のお前じゃ隔たりがありすぎる。その目を見て漸くレーネ夫妻の娘だと納得してもらえる程度じゃないか?」
「『月の妖精』の姉妹説……。予想の斜め上だわ。面倒事は避けたいのに……」
そう言って一つため息を吐くと、リディが空いている方の手で、彼の腕に添えた私の手を軽く叩いてきた。
「だが、その姿で生きていくなら避けては通れない。腹をくくるしかないだろうな」
「そうね。あなたと結婚するために私、頑張るわ」
「おま……ここでそれはダメだろう……。始まってもいないのに勘弁してくれ……」
「?」
リディが片手で顔半分を覆い俯く。
一体どうしたというのだろう? 不思議に思い首を傾げる。すると――
「あの、副団長……」
突如脇の方から声をかけられた。
リディと二人、声のした方に顔を向ける。
そこにいたのはリディと同い年くらいの青年。正装の所為か雰囲気が違うけれど間違いない。彼は聖騎士団第一師団の騎士だ。
「お、もう来ていたのか。みんなも一緒か?」
「はい。みんなあっちにいますよ」
青年の示した方に目を遣れば、なるほど確かに第一師団の騎士たちがいた。
まだ聖騎士団を辞めて一か月も経っていないが、彼を含め聖騎第一の騎士たちにはよくしてもらったので感慨深い。
とは言え、私はただの令嬢だ。ルディの時のように接することはできない。
残念に思いながら再び青年に視線を戻す。
「お前はどうしてこっちに来たんだ? あとで俺がそっちに行ったのに」
「それはわかっていたんですけど、その……」
そこまで言うと青年がちらりとこちらを見る。その言動だけでリディは、彼がここに来た理由がわかったようだ。
「お前……勝負に負けたな? あの中じゃ一番権力があるっていうのに」
「伯爵家の三男にそこまでの権力なんてありませんよ。それに、聖騎はそんな序列は関係ないって副団長が一番よくわかってるじゃないですか」
「まあな。どうせお前らが知りたいのは彼女のことだろう?」
「自分たちだけじゃないですよ? この会場にいる全員がそちらの美しい女性の名を知りたがっています。紹介していただけませんか?」
青年の言葉にぱちぱちと目を瞬かせる。
無言のままリディの方に顔を向ければ、彼もまたこちらを向いていて互いに目が合った。
そのまま目を離さずに小さく首を縦に振る。どうせいつかはばれるのだから、今言っても構いはしないだろう。
直後リディが青年の方に向き直った。
「紹介って言うがな、お前この顔に見覚えはないか?」
「え? ……ん? んん!? どうしてここに……ってか令嬢!?」
青年が目を見開いてこちらを見る。
その視線を受けてにこりと微笑んだ。
自分がルディだと告げるつもりは微塵もなかった。
ただ言わなくても青年は私の正体に気付いただろう。だから、ばらしたリディを責めるつもりはない。
それにもしもの時の対策は講じてある。抜かりはない。
「令嬢に決まってるだろ? いいか、あいつらには言うなよ? 話がややこしくなる。名前だけ教えてやれ」
「名前って本名の方ですか?」
「そうだ。彼女はレーネ公爵家のマルティナ嬢だ」
私に気を遣ってくれたのか、リディがやや声を落として言う。
その配慮はありがたいが、そう隠し通せるものでもない。
「……はあっ!? 嘘でしょう!?」
青年が声を上げるのとほぼ同時に周囲がどよめいた。やはり聞き耳を立てていたか。
うんざりしながら周りに視線を向ける。次の瞬間、会場内に楽器の音が鳴り響き、一瞬にして周囲の騒めきをかき消した。
すぐさま頭を下げてその時が来るのを待つ。私だけでもリディだけでもない。皆一斉に。
これから王家の方々が入場してくる。楽団員たちの演奏はそのためのものだ。
やがて会場の奥にある扉が開き、複数人の足音が聞こえてきた。
「よい。頭を上げよ」
足音が消え、その後聞こえてきたのは陛下の声。
威厳のあるその声に、下げていた頭を上げる。
見れば私たちがいるところよりも数段高い場所に立派な椅子が二脚設けられてあり、そこに陛下と王妃様が座っていた。陛下の斜め前方、一段程低くなっているところには殿下の席もある。殿下にパートナーはいないようだ。
目線だけを動かし状況を確認していると陛下が挨拶を述べ、すっと立ち上がった。
そのまま陛下は王妃様を伴って壇上から降り、会場の真ん中まで歩く。ダンスをするのだろう
陛下たちが歩みを止めて互いに向き合ったところで音楽が流れだす。
曲は典型的な円舞曲。ゆっくりとした曲調で簡単そうに見えるが、陛下たちは難しいとされているターンを多く取り入れているため、見よう見まねで踊れるような生易しいものではない。陛下たちだからできるのだ。なんて素敵な光景だろう。
二人のダンスを見ながら思いを馳せる。
そうして見惚れているうちにダンスが終了した。
これから先は自由な時間だ。
席に戻る陛下たちに拍手を送ると、陛下に挨拶をするため青年と別れてお父様たちを探す。
お父様たちは私たちのすぐ後ろにいたようで、存外早く見つかった。
よく見ればお兄様もいる。そのお兄様の隣には、見知った人物がいた。




