公爵令嬢と王城パーティー1
しずしずと公爵邸の廊下を歩く。
本当はいつものように歩きたいけれど、スカートの裾が床に着くくらい長いのでそれも難しい。足を一歩一歩慎重に前に出して、裾を踏まないように気を付ける。
階段まで来るや、ゆっくり、かつ優雅に階段を下りていく。
下りるごとに、サイドの髪が片側だけ揺れる。地毛で作ったかつらだ。
ほかの部分はかつらがずれないように複雑に結い上げ、中央よりも右側に寄せて纏めた。これでそう簡単にずれたりしないはず。
わずかに髪に気を取られながら階段を下りて真っ直ぐ進む。
階段の先には玄関ホール。そこには既に本日のエスコート役のリディが待ち構えていた。
彼はいつもとは違い、向かって右側にある前髪を後ろに流し固めている。
そこから視線を下にずらすと、ウィングカラーシャツにクラバットを巻き、その上に明るい灰色のベストを着ている。ベストは光沢がある生地で、上質なものだ。
その上に体のラインに沿ったテールコートを着用している。色はほぼ黒に近い濃紺……いや、黒紫と言った方が正しいか。勿論上質なもので、襟の形が特徴的だ。全くもってかっこいい。惚れ惚れする。
なお、クラバットを留めるピンとカフリンクスは紫水晶でできていて、私の瞳と同じ色。なんだか嬉しくて口角が上がってしまいそうになるけれど、はしたないので淑女の仮面を満面に張り付けて必死にやりすごす。
「お待たせいたしました。ご機嫌よう、エリオット様」
ゆっくりと淑女の礼をとる。側にはお父様とお母様がいるため、粗略な挨拶はできない。
だがそれはリディとて同じ。彼もまた、丁寧な礼をしてきた。
「こんばんは、マルティナ嬢。少し早い時間ですがお迎えにあがりました。本日はあなたをエスコートする役目を私に与えてくださり、ありがとうございます」
「とんでもございません。こちらこそエスコートをしてくださり、ありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
そう言って軽く頭を下げる。
ここまでが、パートナーが迎えに来た時の口上だ。
それが終わり頭を上げるとリディに笑いかける。彼からも同じような笑みが返ってきた。
「ごほん! エリオット君、くれぐれも娘をよろしく頼むよ?」
やけに『くれぐれも』を強調しながら、お父様がリディに言う。
王城は目と鼻の先だし、彼がいれば何も危険なことはないと思うのだけれど、何がそんなに心配なのかしら?
頭の中に疑問符を浮かべながらお父様を見ていると、お母様が「そろそろ時間ですよ?」と横から声をかけてきた。
見れば確かに日が傾いている。とは言え、まだ切羽詰まるような時間ではない。
お父様がこれ以上リディに絡まないよう話題を変えてくれた、と考えるのが妥当だろう。ありがたくそれに乗っかる。
「お父様、お母様。一足先に王城に向かいますね」
私の言葉に、両親が揃って首を縦に振る。
「あとで合流しよう。気を付けて行きなさい。……遅くなったが本当に綺麗だよ、ティナ」
「ありがとうございます、お父様」
「はめを外してはいけませんよ?」
「お母様ったら。きちんと弁えております。それでは会場で」
言い終えるとリディの方を向く。直後彼がすっと私の前に手を差し出してきた。
「お手をどうぞ、マルティナ嬢」
「ありがとうございます。エリオット様」
差し出された手に迷わず手を乗せる。
リディが両親に「ご令嬢をお預かりいたします」と言ってくるりと向きを変えると、私が隣に並んだのを見て歩き出した。
そのまま玄関先に着けられている馬車に向かう。
私の足取りはいつもよりも数段遅いけれど、リディはさりげなく歩調を合わせてくれた。
すぐに馬車のもとに着き、彼の手に導かれて馬車に乗り込む。
やはり侯爵家の馬車だけあって中は広い。豪華さも我が家のものと負けず劣らずだ。
そんなことを考えながら席に着くとリディが馬車に乗り込み、向かいの席に座った。
私たちが落ち着いたのを見計らったかのように馬車が動き始める。
目的地はすぐそこなので、話をしていればあっという間に着くだろう。
お父様たちもすぐに発つと言っていたので、早々に合流できそうだ。
因みにお兄様はパートナーのご令嬢をエスコートするため、リディが来るよりも早く邸を出ている。
何事もなければ会場で会えるだろうが、見つけるのは大変そうだ。だいぶ暗くなっているし。
「ルティナ、何を考えている?」
「ああ、お兄様のことよ。お父様たちよりも合流するのが難しそうだなって」
リディににこっと微笑みながら言うと、彼が軽く首を傾げた。
「そういえばルートヴィヒ殿はあの場にいなかったな」
「ええ。とあるご令嬢のパートナーになったんですって。だからあなたが来るよりも前に邸を出ているわ」
「へぇ。それは噂になるだろうな。どこの家のご令嬢だ?」
彼の言葉にふるふると首を左右に振る。
「それは私も知らないの。お兄様は会ってからのお楽しみだって言っていたけど……」
「ふぅん。まあ、ルートヴィヒ殿に会えばわかることだからな。それよりもルティナ。今日はいつにもまして綺麗だ。よく似合う」
「ふふ、ありがとう。赤いドレスは初めてだったからちょっとだけ不安だったんだけど、そう言ってもらえて凄く嬉しいわ」
現在私はリディの髪色と同じ、燃え盛る炎のような赤いドレスを身に纏っている。
肩紐がなく、首から胸元にかけて肌をあらわにした上半身の意匠は、金の刺繍と黄色い小さな宝石が鏤められてあるだけで、ごてごてとした装飾が一切ない。華やかながらも実にシンプルだ。
そのすっきりとした意匠は腰の方まで伸び、腰の少し下あたりからスカートが広がっている。
スカートはオーバースカートとなっていて、上の生地は光を反射して輝き、すぐ下の生地は光が通り抜ける程に薄くなっている。半透明くらいだろうか。
左足側には花を模ったリボンが付けられてあって、そのリボンを境目にスリットが入っている。
それにより左右に分かたれた半透明の生地は、いく層にも生地を重ね、美しいドレープを描く。
一方、スリットの下にも半透明の生地が重ねられており、その生地に見事な刺繍が施されてある。
その下に、ようやく本来のしっかりとした生地が顔を覗かせる。ここまでくるとかなり重い。
なお、スカートの方にも宝石が鏤められてある。赤いドレスに黄色い宝石。どこからどう見てもリディの色だ。
更に胸元や耳の装飾、髪飾りなどもイエローダイアモンドをあしらっている。
ただ、プラチナブロンドとイエローダイアモンドは同系色なので、どうしても装飾がぼやけてしまう。そのため、赤のスピネルも取り合わせた。
そうして出来上がった姿を鏡に映した時、今までと全く違う装いに驚いた。いつもは青いドレスと宝石が多かったからね。
その話も付け加えてすると、リディが小さく頷いた。
「以前着ていた青いドレスも似合っていたが、それは以前の姿だったらの話だな。今は断然赤が似合う。俺の色だし」
「まあ」
さらりと告げられたリディの言葉に目を丸くする。だがすぐに持っていた扇子をさっと開き、顔を隠して思いきり口角を上げた。
恥ずかしいけれど、凄く嬉しい!
でもすぐそこは王城。学院とは違い、本格的な社交の場が待っている。早く表情を戻さねば。そう思うのに、にやにやする顔を止められない。
それでもなんとか口元が緩むのを堪えて、気を引き締める。
そのまま奮闘すること暫し。
漸くまともな顔になり、扇子を閉じてリディを見る。
すると私の表情に気付いたのか、彼の表情が一瞬にしてきりっと引き締まった。
同時に馬車が停まる。
少しして馭者の呼びかけがあり、その後馬車の扉が開いた。
「ルティナ、手を」
「ええ、ありがとう」
先にリディが馬車から降り、向きを変えるとこちらに手を差し伸べてきた。
その手に掴まり、馬車からゆっくりと降りる。誰の目から見ても完璧な所作を心がけて。
それから彼のエスコートで王城入り口のアプローチの階段を上る。
そんなに長い階段ではないものの、辺りはすっかり夜の帳が下りていて足元が見えづらい。ドレスの裾も邪魔をしてくる。
さりとて下を向いて歩くなんて淑女失格な真似はできない。顔を上げ、背筋を伸ばして歩く。エスコートをしてくれるリディだけが頼りだ。
彼もそれを理解しているのだろう。こちらに意識を向けているのが注がれる視線からもわかる。
なれば殊更安心だ。彼の身体能力の高さもさることながら、何より彼を信頼している。私はただすました顔をして足を動かせばいい。
そう判断した私は彼に身を委ねて階段を上り、息吐く暇もなく先に進んだ。
『自棄を起こした公爵令嬢は姿を晦まし自由を楽しむ』の2巻が本日9日に発売となりました。
2巻の内容につきましては活動報告に載せてあります。
活動報告へは下記の『作者マイページ』よりどうぞ。




