表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/128

公爵令嬢と非公式の謁見2

一つ、私の婚約は、私が心から愛する者以外には認められない。但し、殿下を除く。

また、誓約書の締結から二年のうちに私が婚約できなかった場合、陛下は強制しなければ私に殿下を薦めてもよいものとする。


一つ、私が殿下と再び婚約をする場合、私と殿下は互いに納得したうえで婚約を結ぶものとし、ほかの者は婚約に関して一切強制してはならない。


一つ、陛下とお父様は、誰にも誓約書の存在を知られてはならない。但し、私と殿下が婚約を結ぶ、またはどちらかが婚約した場合は告げてもよい。


一つ、私と殿下の婚約、またはどちらかが婚約した場合、誓約書の効力は失われる。

但し、それ以降であっても権力をもって婚約を破棄させたり、無理矢理結ばせたりしてはならず、その部分に関しての効力は未来永劫続くものとする。


まあ、ほかにもいろいろと書かれてあるけれど、ざっくり言えばこのような内容だ。

内容的には王家に分がある内容だが、お父様は先程陛下に『確とした勝算がなければ取り決めなどしない』と言っていた。

何故そんなことが言えるのだろうか。


……いや、それよりも『勝算』て何? 私の将来がこのようなものに委ねられていたというの?

恨めしい思いでお父様を見る。


「……酷いですわ、お父様」


『魔法の誓約書』を交わすにあたり、お父様が命を賭しているのはわかる。しかし、何事にも限度はある。


「すまない、ティナ。だが、お前が昔からイストゥールのせがれを気にかけていることは知っていたからね。こうなることは薄々わかっていたんだよ。……わかりたくなかったが」

「!?」


どうしてお父様がそんなことを知ってるの!? 私だって彼への想いに気付いたのは最近だっていうのに……。

というか、こんなところで言わないでほしい。恥ずかしすぎる。

たちまち顔が火照りだし、持っていた扇子で慌てて顔半分を隠す。


「なんてこと……。マルティナさんがもう婚約をしているなんて……。しかもこのような契約まで。もうマルティナさんを王家に望めないではないですか」


王妃様が震える声で言う。顔色は真っ青だ。隣に座る陛下の顔色も幾分悪い。


「相手はホルガーの息子……聖騎士団の副団長だったか」

「さようでございます」

「……『魔法の誓約書』を交わした際に、怒りの形相だったお前の目に焦りの色を認めたゆえ、こちらに分があると思っていたというに……。どうやら私は高を括っていたようだな。よもやその表情すらも演技だったとは」

「陛下以上に私は必死でしたからね。なり振り構っていられませんでしたよ」


そう言ってお父様が苦笑する。

恐らく私のためにあれこれと頑張ってくれたのだろう。それは素直に嬉しい。が、やはりいい気はしない。

だって、私がリディを好きだと認識しなかったら婚約を許してもらえなかったかもしれないのだ。その間に殿下に会っていたらと思うとぞっとする。

婚約できてよかったわ……。


「もうこうなっては覆しようがないな……。認めよう、マティアス。私の負けだ。妃よ、すまぬ。マルティナ嬢のことは諦めてくれ」

「……陛下の仰せのままに」


顔色が優れずとも王妃様はやはり王妃様だ。表情を崩すことなく、すました顔で陛下の言葉を受け入れていた。

私も殿下の妃となったら、王妃様みたいにどんな時も気丈に振舞わなくてはならなかっただろう。

だが、私はもう殿下と同じ道は歩かない。リディと歩く。


「はぁ、暫く王太子妃は様子見だな……。時にマティアスよ。そろそろ城に戻ってきてはくれぬか? 文官たちが困っている」


婚約話はそこで終わり、陛下が苦々しげな表情でお父様に苦言を呈した。しかし、当のお父様はどこ吹く風といった顔で陛下の言葉を受け流す。


「何をおっしゃいますやら。今までだってなんとかなっていたではありませんか。城に戻らず邸で仕事を続けても何も変わりません」

「そんなわけあるか! 何かあるごとに公爵邸に走る文官が不憫でならんわ。何より効率が悪い。いい加減戻れ」

「誰の所為だと……」

「ほぅ?」


これはまずい……。陛下の声が低くなった。周囲の温度も低くなったような気がする。

扇子をパチンと閉じ、急いで会話に割って入る。


「お父様。私からもお願いいたします。戻ってくださいまし。私はもう大丈夫ですから」

「えぇ……ティナ、お父様の味方じゃないのかい?」

「残念ながら」

「マルティナ嬢もそう言っていることだ。これから行くぞ!」

「えっ!? 今からですか?」


陛下の突拍子もない言葉に、お父様が目を丸くする。


「何を驚く必要がある。本来なら仕事の時間だろうが。ほれ、行くぞ。マルティナ嬢、公爵を借りるぞ」

「はい、陛下。どうぞよしなにお使いください」

「ティ、ティナ……」

「お父様、早く終わらせて帰ってきてくださいましね? 夕餉は一緒に摂りましょう」


これがお父様だけのことならば、私も陛下の味方に付くことはなかった。

しかし、他人に迷惑をかけているのなら話は別だ。お父様には申し訳ないが、一つ頑張ってもらいたい。

そんな思いで軽く手を振ると、お父様は観念したのかおとなしくなった。


「ああ、マルティナ嬢。このあと息子に会ってもらえぬだろうか?」

「……殿下に、でございますか?」


来ると思っていた殿下が来ず、若干拍子抜けしていたところに陛下の言葉だ。驚きから不躾にも質問で返してしまい、内心で焦る。

だが陛下は気にした様子もなく、そのまま話し始めた。


「そなたが会いたくない気持ちはよくわかる。だが、一度二人で話し合う必要もあるだろう。あらかじめ私の方からあやつに話を通しておくゆえ、そなたからも引導を渡してもらいたいのだ。あれは国を重視しすぎておる。反対に他者の思いには鈍感だ。それに気付いてもらいたいが、国の未来を考慮し誓約書の話をもちかけた私が言っても説得力がなくてな。もし不安なら婚約者を連れていくといい。城の者に呼びに行かせる」


お父様が顔を顰めて、頭を左右に小刻みに振っている。断れと言いたいのだろう。

けれど、陛下の願いを断ることなどできるはずもない。ゆっくりと首を縦に振る。


「……かしこまりました」

「すまない。この礼はいつかしよう。ではマティアス、行くぞ」


陛下はすくっと立ち上がると、何か言いたげなお父様を問答無用で引っ張っていった。

王妃様に挨拶をする暇もないまま連れ去られたけれど、大丈夫かしら? まあ、陛下に連れていかれたから問題はないと思うけれど……。


「マルティナさん。少しだけいいかしら?」


お父様の心配をしていたら、王妃様に呼びかけられた。

即座に顔を向ければ、真剣な表情の王妃様と目が合う。


「はい、王妃様。いかがなさいましたか?」

「そうかしこまらないで? わたくしは、あなたに謝らなくてはならないことがあるのです」


なんだろう? 王妃様に謝られるようなことなんてあっただろうか? わずかに首を傾げる。


「申し訳ございません。身に覚えがございません」

「ええ、そうでしょう。何せあなたには内緒で行なってきたのですもの。実はその、わたくしの指示であなたには長年、お妃教育以上の……クリスに近い教育を受けさせてきたのです。

 クリスに言わせれば、わたくしはなんでも卒なくこなしてしまうのだとか。当時はそれに気付かず、『わたくしができるのならあなたにもできる』と思い込み、あなたに発破をかける言葉しか紡いできませんでした。ですが、その所為であなたの心を苦しめてきたのだと、少し前に公爵に言われて漸く自分の過ちに気付けました。あなたにはなんと詫びればよいか……本当に申し訳ありません」

「いいえ、王妃様。わたくしの精進が足りなかった(・・・・・・・・・)のです」


自分の言葉に思わず苦笑する。

『もう終わったことですから』と笑い飛ばせばよかったのに、口を衝いて出てきたのはあの頃と同じ言葉。私の中ではいまだに終わっていないようだ。

でも、それがわかったのなら重畳。今ここで終止符を打ってしまえばいい。


軽く深呼吸をすると真っ直ぐ王妃様を見る。


「確かに上へ上へと望まれるだけの日々は、終わりが見えずとても苦しゅうございました。ですが、恨みはございません。習ったことは全てわたくしの糧となり、今後を彩ってくれましょう。ですので、わたくしは王妃様に謝罪いただくわけにはまいりません。わたくしの頑張ってきたことが無駄になってしまいますもの」


そこまで言うと、わざと茶目っけたっぷりに笑って見せる。

そんな私を見て多少ほっとしたのだろう。王妃様が穏やかな表情になった。


「……あなたが最後の王妃教育を受ける前でよかった」

「? あれで最後だったのではないのですか?」

「ええ。あなたが王家に嫁いだあとに受ける教育があったのです。それを受けてしまったら、最期まで離縁することは許されなかったでしょう」


これ以上訊いてはならないと本能が告げる。短く相槌を打って、そこで話を打ち切った。


直後部屋の扉が叩かれ、王妃様の返事を受けて扉が開く。そこには、一人の侍女の姿があった。


「お嬢様、お部屋をご用意いたしました。ご移動を願います。ご婚約者様も現在そちらに向かっておられるそうです」

「わかりました。王妃様……」


侍女から王妃様に視線を戻すと、王妃様が一つ頷いた。


「……マルティナさん。今までありがとう。あなたを実の娘のように思っておりました。家族となる道は潰えましたが、わたくしがあなたを大切に思う気持ちは変わりません。何かあればわたくしを頼りなさい」

「ありがとう存じます。それでは御前、失礼いたします」


席を立つと、王妃様に及第点をいただいた淑女の礼を殊更丁寧にし、直る。

王妃様は先程よりもゆっくり、かつ深く首を縦に振り、にこやかに微笑んでくれた。どうやら合格のようだ。


それを受けて私もにこりと微笑むと、そのまま部屋をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ