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家族との再会

――ダダダ……。


公爵邸にしては似つかわしくない足音が廊下にこだまする。

その音は徐々に大きくなっていき、私がいる部屋の前でぴたりとやんだ。

かと思うと、ノックもなしに勢いよく扉が開かれる。


「ティナ!! おかえ……」

「? ……お父様?」


不自然に途切れたお父様の声。不思議に思い呼びかけると、何故かお父様の体が傾いた。そして――


――ドサッ!!


「キャーッ!! お父様っ!」


何事かと見ている前で、お父様が派手な音を立てて真後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。


慌ててソファから立ち上がり、お父様のもとに駆け寄る。

お父様が床に接する直前、咄嗟に風の魔法を放ったけれど、間に合っていたかは正直怪しい。物凄い音を立てていたし……。


「旦那様! ああ……。あれ程冷静にと申し上げましたのに、言わんこっちゃない。いや、とりあえずそちらのソファに……」


執事のハンネスが渋面を浮かべながらお父様を抱き起そうとするも、さすがに気を失っている大人の男性を起こすのは無理だったようだ。


「ハンネス、ちょっと待って。今お父様を軽くするわ」


ハンネスを止めると即座に風の魔法でお父様を軽くする。

魔法をかけ終えて許可を出すと、ハンネスはお父様を軽々と抱き上げてソファに横たわらせた。

すぐさまハンネスと交代するようにお父様の側に寄る。


「ああ、やっぱり父上は卒倒しちゃったね」


不意に聞こえてきた声に反応し目を遣れば、扉が開け放たれたままの入り口にお兄様が立っていた。

お兄様は中に入ってくるや、卒倒しているだろうお父様の許まで来て、お父様の様子を見始める。


「お兄様……」

「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。ただの失神さ。ほら、こぶもない。ティナが守ってくれたんだろう?」

「ええ……」

「ならこのまま寝かせていればいずれ目が覚めるよ。でも話が進まないのも面倒だから、魔法で回復させるね」


そう言うとお兄様がお父様に手をかざして回復の魔法をさっとかけた。

直後、お父様の目がゆっくりと開かれる。


「お父様……お加減はいかがですか?」

「ああ、大丈夫だ。少し驚いてしまったようだ」


苦笑いを浮かべながらお父様がすっと体を起こす。どこにも異常はなさそうだ。

漸くほっとして息を吐く。すると――


「あら? ティナ。その格好、素敵ね」


いまだに扉が開いたままだったようで、のほほんとした様子のお母様が扉を閉めながら部屋に入ってきた。

すぐさまその場に立ち、帰宅の挨拶とともに深々と頭を下げる。


「お父様、お母様。お兄様も。ただいま戻りました。長い間ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした」

「……その話は座ってからにしよう。とりあえず皆席に着きなさい」


お父様の言葉に従い、移動する。

大人四人がゆうに座れる程大きいソファがテーブルを挟んで二台。更にテーブルの短い辺に、一人がけ用のソファが一脚ずつ置かれてある。

大きいソファの片方には既にお父様が座っており、その隣にお母様が、テーブルを挟んでもう片方の大きいソファに、私とお兄様が腰かけた。


「さて、まずはおかえり、ティナ」

「ただいま戻りました」

「ずいぶんと羽を伸ばせたようだね」


お父様の口角がわずかに上がる。本人も意識していないくらいの微かな動きだ。

それを見て、お父様の言葉が嫌みではなく、私の気持ちに寄り添ったものだとわかった。


「はい、お父様の許可をいただいてからは更にゆっくりできました」

「だが、私はその際に怪我と無理だけはしないように言わなかったか?」


お父様の顔つきが一瞬にして険しいものになる。これはお説教に突入だろうか?

少し逃げたい気もするけれど、もう既にあれこれとやってしまっているので逃げられない。おとなしく腹をくくる。

ただ、一つだけ。これだけは言わせてもらいたい。


「はい。しっかりと聞きました。ですがお父様、私は魔術師です。多少の無理をしてでもスタンピードを制圧するのが私の務めだと思っております」

「ああ、そうだ。お前は魔術師だ。

 だが、だからといってお前が倒れるまで魔法を放つ必要はどこにもなかった。任に当たっていたのは聖騎士団の中でも選りすぐりの師団だったというではないか。ならばもう少し彼らに任せてもよかったのではないか? そうすればお前が倒れることもなかったはずだ。今回お前が無理をした所為でたくさんの人に迷惑をかけたのだぞ?」

「はい。わかっております。そこは今後の反省すべき点だと重々承知しております」

「本当にわかっているのか? 魔物を見たら我を忘れて戦いに興じるのではないのか?」


さすがお父様だ。私のことをよくわかっている。


「それは否めません。私はお母様の娘ですもの。また同じようなことが起これば、迷わず全力で事に当たるでしょう。ただその際には、以前よりも自分の限界に留意するつもりですし、努力もいたします」

「……はぁ。お前はそういう子だったね。……いや、そういうふうに教え込まれたのか。仕方がない、次からは気を付けなさい」

「はい、お父様」


お父様の言葉に力強く首を縦に振ると、お父様も小さく頷き返してきた。


「それはそうと……ティナ。私は男と出かけた話を聞いていないんだけど? なんでも二度程出かけたんだって?」

「まあ、お父様。お兄様からお聞きになったんですか? でしたらそのことについてお話がございます」

「うわっ!? ちょっとティナ、待っ……」


話の流れがいい具合にリオンのことになったので、婚約の話をしようと口を開く。するとお兄様が慌てて私を止めにきた。

だが時既に遅く、お兄様が待てと口を動かした時にはリオンより預かった婚約打診の手紙を懐から取り出して、テーブルの上、しかもお父様の目の前に置いていた。

今更その手紙を引っ込めるわけにもいかず、そのまま話を続ける。


「お父様、こちらをどうぞ。彼から預かってまいりましたの。どうかお許しくださいましね?」

「……ティナ? これはなんだい?」


恐々といったような動きで手紙を手にしたお父様に尋ねられ、笑顔で答える。


「婚約を打診する手紙ですわ。お父様、私からもお願いいたします」

「――っ!?」


私の言葉にお父様が目を剥く。同時に口があんぐりと開かれ、少ししてぱくぱくと開閉を始めた。


やがてそれも落ち着くと、お父様が私の目をじっと見据えてきた。


「ティ、ティナ。もう一度お父様に説明してくれないかな? その手紙がなんだって?」

「婚約打診……いえ、もう彼の求婚をお受けしましたので、お父様も承諾してくださいというお願いの手紙かしら?」

「ぎゃーーーーーっ!!!」


顎に人差し指を添えつつ具体的な回答をする。

するとお父様は絶叫したあと一瞬にして白目を剥き、体をぐらりと揺らした。


……ま、また倒れるの!?


慌ててお父様のところに駆け寄ろうと腰を浮かす。

だが、お父様の体はわずかに傾いたのみで、その状態のままぴたりと静止した。


「そう簡単に気を失われては進む話も進みませんわ。マティアス様、起きてくださいまし」

「お母様……」


よく見ればお母様が倒れそうになったお父様の腕をがっと掴み、お父様が倒れるのを阻止していた。

けれど、お父様は意識を失っているようで、白目を剥いたままだ。


「あーあ。だから待てって言ったのに……。もっと回りくどく言わなきゃ」


お兄様がお父様を見ながら額に片手を添えて言う。その表情は呆れに近い。


「それを早く言ってください!」

「だってお前、私の言葉を無視しただろう?」

「う……」


そうだった。もう手紙を出してしまったからと話をしたが、言い方はほかにあったかもしれない。直球ではなく婉曲に言えば少しは違っていたはず。


「もう! いい加減に起きてくださいませ、マティアス様!!」


お母様の声ではっと我に返る。

向かいの席に目を向けると、お母様がいまだ意識のないお父様に業を煮やしたらしく、お父様の頬をべちんべちんとかなり強めに叩いていた。


「……痛い」

「やっと目を覚まされたのね。このくらいのことで目を回していては何も話せませんわよ?」

「だってアルベルタ! 私たちの天使が! もうこうなったら一生うちに居てもいいんだよって、私が面倒をみるぞって言おうと思っていたのに!」


目を覚ましたお父様がお母様にしがみついて何やら言っている。

ちなみに『アルベルタ』はお母様の名だ。お父様とお母様は「アルベルタ」「マティアス様」と呼び合っている。本当に仲がいい。


「何馬鹿なことを言っているんですか? 婚期を逃して苦しむのはティナなんですよ? 私も相当苦労をしたのです。やっとマティアス様に出逢って幸せになれると思ったのに、お父様ったら『結婚は認めん!』の一点張り。あの時、お父様を説得するのに本当に手を焼いたのです。同じ轍をティナには踏ませたくありません」

「で、でもね、アルベルタ……」

「でもも瓜もありません!!!」

「はいっ!!」


お母様の一喝を受けた途端、お父様が上体を起こしてしゃきんと背筋を伸ばした。

世間で敏腕だ、冷徹だ、などと称されているお父様も、お母様の前では形なしだ。我が家の力関係を三角形の図に表したら、間違いなくお母様が頂点に立つだろう。


「許可がもらえてよかったですね、ティナ。ところで相手はどなたですか?」


……ええっ? 知ってて私の味方になったわけじゃないの?


相手を知らずに強引に押し切ったお母様につい苦笑する。


「イストゥール侯爵家のエリオット様ですわ」

「まあ、イストゥール侯爵家と言えばホルガー様の……」

「ごほんっ! ……アルベルタ?」

「やあね、深い意味はないわ。私にはマティアス様だけです」


また始まった。居たたまれなくなるからよそでやってほしい。

お兄様もそう思ったらしく自然と目が合い、どちらからともなく引き攣った笑みを浮かべた。


「んんっ! ……それはともかく。ティナ。このあと少ししたらそのイストゥール侯爵とご子息が我が家に来る予定だ。お前も顔を出しなさい。ああ、勿論着替えてな」


軽く咳払いをして脱線しかけた話を戻したお父様は、私に指示を出した。

それに「はい」としっかり頷く。


「その聖騎士の格好、素敵なのに着替えてしまうのね。でしたら、ティナ。それが終わったらお庭でお茶をしましょう? その制服でなくて構わないから男装でお願いね?」

「? わかりました、お母様」


お母様が突拍子もないことを言ってきたけれど、それはいつものことだ。よって素直に諾と返事した。




それからすぐ家族の団らんはお開きとなり、皆それぞれの場所へと戻っていった。

私も部屋に戻り、すぐにイルマを呼んで着替えをする。


このあとリオンが来るため、服は簡素なものではなくきちんとしたものだ。

当然ながら聖騎士の制服に着替えた時の何倍もの時間がかかる。言ってはなんだが、面倒だ。

まして、化粧を施したり髪を結ったりしなくてはならない。

今の髪の長さはいろいろと問題があるので、地毛で作ったかつらを被る必要がある。かつらを固定するのは少し時間がかかるため、更に面倒だ。


そんなわけで、着替えにあれこれと手間取った私は、リオンと会う前に精魂尽き果てたのだった。

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