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断罪2

引き続きエミーリエ視点です。


「さて、全てが解明された今、あなたの言葉とティナの言葉、どちらがここにいらっしゃる皆様の心に響くと思います?」


「くっ……」


しんと静まり返った会場にこぼれ落ちた声。本人が意図せずつい漏れ出てしまった、とでも言うような声音だ。その声の主はユリアーナ嬢ではなく、彼女を庇うように前へと出ていた殿下のものだった。

しかし意外なことに、殿下から発せられた声は悔しさの滲むようなそれではない。なぜなら、その声のあとに殿下が一頻り笑った後、凛として己の護衛に命じたからである。


「くくっ……ふははは。滑稽だな、まさか私が色恋に夢中になって姦計に嵌るとは。ユリアーナ、残念だ。お前たち、この者を捕らえよ!」

「クリス様!私っ……」

「お前とは違い、ローエンシュタイン侯爵令嬢には証拠があるのだ。なんならお前が私に寄越した手紙とそちらの手紙、双方の筆跡鑑定をしてもよいが?」

「っ!!」

「決まりだな、連れて行け」


『お待ちください、殿下。騎士を連れてまいりましたので、護衛はそのままで。……連れて行きなさい』


突然会場の入り口あたりから発せられた第三者の声に皆が注目する。


「あ、あなたはレーネ公爵。何故あなたがここにいるのですか?」

「今朝、エミーリエ嬢から全て伺ったからですよ、殿下」

「今朝?」


学生と教師たちしかないこの会場に、一人の壮年の男が入って来るなり連れてきた騎士たちに指示を出し、ユリアーナ嬢を連れて行かせる。殿下はもう既に感情を切って実を取ろうとしているが、取り巻き二人はまだ状況に思考が追い付かないようで、ユリアーナ嬢が連行される様子を青い顔をして無言で眺めている。

始終隙あらば逃げようとする彼女を数人の騎士が取り押さえ会場から去ると、殿下が疑問を口にした。

殿下は未だに不思議そうな顔をしている。おそらくこう思ったのだろう『何故朝に(エミーリエ)が公爵家へ事情を説明しに行かなければいけないのだろう、マルティナは家にいただろうに』と。

殿下の従者に告げたことは正しい、が、全てを告げていないこともまた事実だ。

公爵は殿下に話すことはないとばかりに無表情になったので、代わりに私が事実を述べることにする。



「殿下、そちらの侍従の方が、ティナを迎えに行った時に言われた言葉を、もう一度仰っていただけませんか?今度は正しく」

「……『マルティナ様は邸をお出になられました』」

「ええ、そうです。一言一句間違いございません。『そのように申し上げてください』と私が執事の方にお願いしたのですもの。

さて、殿下にお尋ね申し上げます、ティナは本日この学院にいましたか?」

「!」


殿下の綺麗な碧眼が、こぼれ落ちるのではないかと言うくらい大きく見開かれた。どうやら言葉の本当の意味に気が付いたようだ。

周りに目を遣ると気付いている者、全く意味が分かっていない者、様々な反応が窺えて実に面白い。殿下に届くくらいの声量で話しているので単に聞こえていないだけの者もいるかもしれないが。


そう、本来なら別室で殿下と公爵、そして私を含め三人で話をした方が良いだろう。

しかし、公爵は私の……私たちの話を聞いて「尻ぬぐいは我々がするので好きにやればいい」と言ってくれたのだ。

ならばせめて、公爵家にとってよくない部分は声量を抑えて話をしようではないか。


「今、この場に隠れてはいないのか?」

「残念ですけれどそれはないですわね。昨日、ティナは帰宅してから夕食までの間に忽然と姿を消したそうですわ。その手口も、今ティナがどこにいるのかも、誰もわからないのです。ティナに事の全てを打ち明けられたわたくしでさえも。一つ言えることは、ティナがわたくしに話してくれた時に、『隠れる』と言ったことだけですの」


殿下は「そうか」と弱く呟き、眉間に皺を寄せて目を閉じた。これだけ見ればマルティナがいなくなり相当堪えているようにも見える。だが如何せん殿下のことだ。大方そう言った演出で周りの同情を誘う目的なのかもしれない。でも周りの同情は得られても私の同情は誘えないわよ、面白くもない。

この場にいないマルティナに少しでも悪感情が向くことがないよう、私は私にしかできないことをする。


殿下?不敬?そんなの知ったことではないわ。ここでのことは子供――と言ってももう成人済みだけど、学生の内は子供として扱われる――のやりとりとして処理されるようにするつもりだし。

それに、ここであったことは口外禁止となるだろう。人の口に戸は立てられぬが、真っ向から王家と公爵家に盾突く馬鹿もそういないはず。


今度は皆に聞こえるくらいの声で大袈裟に演じる。


「昨日ティナは『信じていたのに殿下に裏切られた』と言ったのです。殿下との間に愛情はなく、お二人がそれを確認していたことも存じ上げておりますわ。でもティナはそれでもなお、この国を更に良くするために共に手を取り、信頼し、頑張ろう、とそう殿下と話し合い約束し合ったとも言っておりましたの。でも『今はもう信じることができない』と。


恋愛結婚が推奨されている今でも、互いの家と家とを繋ぐだけの愛がない結婚などそう珍しいものではありませんわ。貴族に生まれれば強いられることもありましょうから。ここにいる皆様もよくご存知でしょう?

愛がなくともティナは殿下を支えていくつもりでしたのよ?殿下が恋を、愛を知って離れていかれたとしても。自分は殿下以外許されないとわかっていても。家族のような情はあったようですから。


けれど殿下は、ティナが唯一手にすることのできた、殿下との信頼関係を軽んじ、無下になされたのです。殿下を信じ、これまで耐え忍んできたティナの心が折れてしまっても、それは仕方がないことなのだと思いますわ。元々王妃になりたかったわけではないですし」


「もういい」


深く息を吐き出すと殿下は私の話を少し強めの口調で終わらせた。

まだまだ言ってやろうと思ったのだが仕方がない。周囲もマルティナを悪く言う者はいなさそうなので我慢しますか。


「失礼いたしました。殿下、この先どうなるかはわかりませんが、少し互いに離れて考える時間も必要なのではないでしょうか」

「そうかもしれないな。ローエンシュタイン侯爵令嬢、あなたがどれ程ティナを大事にしているのかがよくわかった。これからもティナのよき友として支えてあげてくれないだろうか」

「もちろんですわ」


私が返答するや否や、殿下が私の目の前までやってきた。何事だろうと小首を傾げてその様子を窺う。

私の隣には誰もいない。ベルント様は先程遠慮して後方へ下がっていた。きっと今は、おろおろとしながらこちらを見ていることだろう。ベルント様とは生まれた時からの付き合いなのであらかたの事はやってしまっている。最近は感覚が麻痺してしまったようで、何をやっても反応悪いわね、とは思っていたが今日はとてもいい反応をしてくれるので面白い。

などと思考がズレたが、私がそんなことを考えているなんて知る由もない殿下がフッと微笑みかけてきた。

完璧なまでの美形が微笑むとその破壊力は半端ないわ。あ、後方の令嬢が崩れ落ちているみたい。音がしたもの。


「あなたの手腕はさすがとしか言いようがないな。昨日の放課後からこのパーティーまでの間に証拠や味方、段取り全てを整えてしまったのだからな。私の治世になったらあなたのような才ある人を側に置きたいと思っている。あなたさえ良ければ私のもとでその手腕を発揮してはくれないだろうか」

「お褒めに預かり光栄に存じます。ですが、お断りいたしますわ。わたくし、面白いことにしか食指が動かない主義ですの。必ずしも殿下の助けとなり得るとは限りませんわ。それにわたくしは、わたくしの大事にする者のために尽くしたいと思っておりますの。ティナが殿下のお側に戻るというのでしたら話は別ですけれど。


それともう一つ。今回の策はティナの案が原案でございましたのよ。殿下とご令嬢の話を受け、その場で案を練り即座に行動に移せたのは、偏にティナの手腕ですわ。わたくしはただそれを具体的に、形にしたまででございます」

「そうか、残念だ。まあ、そう言うとは思っていたが。しかし、とんだ茶番だったな。しかも私がその茶番の中心人物になるとは……。ティナにもあなたにもまだまだ及ばないな」

「ご謙遜を。殿下は素晴らしい頭脳をお持ちですわ。今回は偶々、わたくしたちの策がうまくいっただけのこと。次があったらきっとわたくしたちでは太刀打ちできないでしょう。それから……」


醜くならない程度に口角を上げてにっこりと微笑む。殿下はその笑みに何かを感じ取ったようだが、何も言わずに私の次の言葉を待ってくれたので、それに甘えて続きを言わせてもらう。


「殿下、当事者にならないのでしたら、偶にはこう言った茶番も面白いものですわよ。わたくし、こういったことでしたら殿下のために沢山ご用意して差し上げましてよ?」

「ありがたい申し出だが遠慮しておこう」


冗談半分で言った言葉に、殿下は若干頬を引き攣らせつつも微笑み返してきた。そんなに嫌がらなくてもいいのに。

殿下が声量を抑えて話をしていたために、私とすぐ近くにいるレーネ公爵にしか会話が聞こえなかったようで、周りの見物人は不思議そうに私たちの様子を眺めている。


「あなたを敵に回すと恐ろしい。ティナには私の側にいてもらって、あなたには味方でいてもらうとしよう」

「残念ですがそれは無理でございます、殿下」

「レーネ公爵、どういうことだ?」


今まで我関せず、無表情で無言を貫いていたレーネ公爵が、私と殿下の会話を遮った。私たちが公爵の方を見ると公爵は尚も表情を変えず淡々と語りだす。だがそれは淡々と語るような内容ではなかった。

その衝撃の言葉に私たちは二の句が継げない。


「先程陛下のもとへ赴き話し合いを行い、結果、殿下と我が娘マルティナとの婚約は白紙に戻すことになりました。今後娘は公爵令嬢として王家に仕えることになるでしょう。ですが、殿下のお側に寄り添うことはありません」

「なっ!?」

「あら、まあ」


こうなると予想しなかったわけではない。

けれど、公爵の行動は驚くほど迅速でさすがの私も吃驚した。

マルティナに頼まれて、私が今朝早くに公爵邸を訪れ事実を語った後、公爵は「よくわかった、ありがとう」と穏やかに私を見送ってくれたのだ。

マルティナを溺愛している公爵にしては冷静な対応だな、と思っていたがそんなことはなかったらしい。


後でルートヴィヒ様から聞いた話だが、公爵は私が帰った後、物凄い形相で城へ殴り込みに行ったのだとか。

ルートヴィヒ様談、「20年生きてきたけど、今まであんな形相の父上を見たことがなかったよ。ただ見られただけなのに背筋が凍えて『ああ、陛下終わったな』て思ったね」とのこと。

どんな表情だったのだろう?


「殿下も娘ももっと大人を頼って下さって良かったのですよ。それをせず、怠った結果がこれです。

殿下、今回の騒動の決着は辛うじて及第点でございますが、娘への対応に関しましては落第点でございます。まあ落第点は娘も同じですが。あの子のことですから恐らく、一つの事に囚われすぎて周りが見えなくなる悪い癖が出たのでしょう。直すよう言っていたのですが……。


ああ、それとご存知かもしれませんが、私は殿下と娘との婚約に際し『娘が嫌がれば白紙に戻す』との条件を組み込んでもらっていたのです。娘が殿下を拒絶し逃げ出した、それを私は条件が調ったとみなしました。陛下にはかなりごねられましたがね」

「……もうそこまで手を打たれているのならば仕方がありません。受け入れるしかないようですね。ですが公爵。もし再びティナの信頼を勝ち得た場合は、もう一度ティナとの婚約を認めてはいただけないでしょうか。彼女を裏切っていた私が言うのもなんですが、私には彼女の力が必要なのです」

「娘次第です、と申し上げておきましょう。正直殿下との婚約はもう認めたくはありませんし、失礼ながら私も殿下に対して信頼を寄せてはおりません。が、私は娘が望むようにさせたいとも思っております。なのでもし娘が望むようならば許可をいたしましょう。ですが次はないですよ?」

「肝に銘じておきます」


殿下に釘を刺す公爵はとてもにこやかだったけれど、その目の奥が全く笑っていなかった。冷気すら漂う。後方のベルント様は竦み上がっているようで、声にならない悲鳴のようなものが私の耳にも届いた。

だがそこは殿下。公爵の言葉を受け、表情を引き締め力強く頷く。この先どうなるかはわからないが殿下が次を違えることは許されないだろう。




こうしてグレンディア国王太子、クリストフォルフ・ヴェンデル・グレンディア第一王子と、レーネ公爵家令嬢、マルティナ・レラ・レーネ嬢との婚約は白紙に戻り、その事は瞬く間に国中に広がった。


後日、ハインミュラー子爵令嬢を捕らえたことにより、ハインミュラー子爵の王家乗っ取りが白日の下に曝されることとなる。

ちょっとした王子の火遊びが思わぬ結末を迎えたが、双方にとって良い結果だったのかもしれない。



そして私は「もうエミーリエ嬢のパートナーはごめんだよ」とげっそりしながら項垂れるベルント様を後目に「とっても面白かったわ!」といつになく高揚とした気分で、ほくほくと侯爵邸へ戻ったのだった。

重要な部分でしたが本人不在だったためエミーリエ視点でお送りいたしました。

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