公爵令嬢帰宅する
リオンにすべてを打ち明けたその翌朝も早く。彼が私のいる客間を訪ねてきた。
朝早くとはいえ連絡があったし、既に私の方も支度が整っていたから、なんの問題もなく彼の来訪を受け入れることができた。
そうしてリオンを部屋に迎え入れてすぐ。彼がこちらに顔を向けて、軽く目を見開いた。
「ル、ティナ? 髪……また染めたんだな。そうしているとルディっぽい……」
彼の開口一番はそれだった。
現在私の髪は琥珀色だ。
とある理由で染めたのだが、どうやら彼はますますルディらしくなった私に混乱しているらしい。簡素とはいえドレスを纏っているのも混乱の一端かもしれない。
思わず苦笑する。
「そりゃあ、同一人物ですもの。当たり前よ。それで? こんな時間にどうしたの?」
とりあえず彼にソファを勧め、彼が座ると自分も座り、尋ねる。
理由もなしに訪ねてきてくれるのは嬉しいけれど、こんな時間だ。何かしら理由はあるのだろう。
案の定、向かいの席に座るリオンが私の言葉に肯定し、一つ頷いた。
「ああ。昨日言っていた婚約打診の手紙を持ってきた。あのあと、将軍の執務室に行って急いで認めてもらったんだ」
リオンがさっと懐から封筒を取り出すと、テーブルの上に置く。その上に片手を添えて、つつっとこちらに滑らせてきた。
それを受け取り、裏を見る。封蝋にはイストゥール侯爵家の紋章がしっかりと印されてあった。
「将軍の執務室によく侯爵家の印があったわね? 侯爵閣下は何かおしゃっていた?」
「……」
私が何気なく口にした言葉に何か思うところがあったのか、リオンが急に黙り込んだ。
不思議に思いリオンの方に顔を向けると、彼が言うか言うまいかと思案しているようで、視線をさまよわせている。
一体どうしたというのだろう。……もしかして反対された? でもこうして侯爵家の紋章がある手紙を持ってきたのだから、大丈夫だと思うけれど……。
「……リディ?」
だんだん不安になってきた私は、恐る恐る彼の愛称を呼んだ。
すると、何かを決意したような顔つきのリオンから、予想だにしない言葉を告げられた。
「いや、その……こっちがドン引きするくらい喜ばれた」
「…………は?」
ドン引き? 何故に?
リオンの言葉が理解できずに目をぱちくりと瞬かせる。
そんな私に、遠い目をしたリオンが話してくれた。
「『クルネールの戦乙女の娘を掴まえるとはよくやった!』と言われた」
「あー……そういうこと……」
なるほど、理解した。
侯爵はイストゥール侯爵家の当主であるのと同時に、この国の将軍職に就いている。
その地位に就くには、幼少の頃よりそれ相応の鍛錬と、幾多もの手合わせを行なってきたはずだ。
一方、私のお母様は前クルネール辺境伯の第一子だ。
父である前辺境伯の期待を一身に受け、それに付随する訓練を行なってきたことだろう。それこそ、『クルネールの戦乙女』と呼ばれるくらいには剣を振るってきている。それゆえに婚期が遅れたくらいだ。
それらを踏まえると、二人が今までの間に一度も剣を交えていないなど到底ありえない。
きっとなんらかの邂逅があり、侯爵がお母様を認めているからこその、先の発言なのだろう。さすがリオンの父親だ。立派に脳筋している。
でもよかった。反対されたら最悪の場合駆け落ちするしか道はなかったもの。
いや、公爵家の権力を振りかざせばその必要もないのかしら? でも、私はそこまでおちぶれるつもりはない。
「ルティナ?」
「ああ、ごめんなさい。この手紙は間違いなくお父様に手渡して、必ずうんと頷かせてみせるわね!」
「そう一人で気負うな。このあと侯爵とともにレーネ公爵邸に行く。既に連絡して約束も取り付けてある。そっちに行ったら俺も加わるから、二人でレーネ公爵からお許しをもらおう」
「! ええ、そうね! 頑張るわ!」
「……あまり頑張らなくていい」
気合いを入れて拳を上げたら、リオンがぼそっとつぶやいた。
よく見れば、近くに控えているイルマもうんうんと頷いている。酷い。
「あ、そうだった。これは団長から……」
ふと何かを思い出したらしいリオンが、手紙を出す際に脇に置いていた紙袋をこちらに差し出してきた。それを受け取って中を見る。
「あ。頼んでいた物ね? よかったわ、これから使うのよ」
「普通に帰らないのか?」
「ええ。殿下の影が邸の周りで見張っているでしょうから、それを躱しておきたくて」
「……そうか。あれこれ考えているんだな」
リオンがなんとも言えない表情で言う。どうしたのだろう?
「リディ? 何かした?」
「いや、なんでもない。それじゃ、そろそろ行くわ。見送り行けなくて悪いな」
「ああ、気にしないで。こっそりと帰りたいから。それより、仕事を手伝えなくてごめんなさい」
「大丈夫だ。そこらへんの騎士をつかまえて手伝ってもらうさ。……それじゃ、あとでな」
そこまで言うとリオンはすくっと立ち上がり、そのまま帰っていった。
彼の足音がだいぶ遠ざかってから、イルマの方に顔を向ける。
「イルマ。早速リディが持ってきてくれた服に着替えるわよ」
「かしこまりました」
イルマの返事とともに席を立つと寝室に行き、リオンが持ってきてくれた服に着替える。
白地に青い刺繍が施された上着、同じ布地で仕立てられたスラックスに、茶色のブーツ。聖騎士団の制服だ。
胸を平らにした体にそれらを纏い、肩程まで伸びた髪を軽く三つ編みにする。
「……まさか聖騎士団を辞めてから制服に身を包むことになるとは思わなかったわ。それに、採寸していないのに、意外と違和感がないわね……」
私のために誂えたと言っても過言ではないくらい体に馴染む制服を、軽く指で摘まむ。
「もしや、ティナ様を本気で聖騎士にしようとしていたのでは?」
「そんな、まさか…………え? 冗談よね?」
ちらっとイルマに視線を向ける。あっ、逸らされた!
「じゅ、準備が整ったのなら行きましょう。聖騎士の私が荷物を持つわね」
「くっ……仕方がない状況とはいえ、ティナ様に荷物を持っていただくことになるとは……」
「はいはい、割りきって行きましょ~!」
更にとやかく言われる前に、入り口の辺りに置いてあった荷物をさっと持ち、扉を開ける。
いまだにぶつくさ言っているイルマを無理やり廊下に出し、続いて私も廊下に出た。
イルマに付き添うような形で一階に行くと、聖騎士団の訓練場の脇を通り過ぎ、受付の前を通って軍本部をあとにする。
外に出るとそこには、素性のわからない傭兵らしき者たちが数名と、紋章のない質素な馬車が一台停められてあった。といっても、馭者は公爵家の者だし、傭兵と思しき者たちも格好が違うだけでちゃんと公爵家の兵士だ。
それに加えて、乗り手のいない馬が一頭。
騎乗して帰るからと昨日お兄様に頼んでおいたものだ。
「さ、イルマどうぞ」
「うぅ……慣れません」
困り顔のイルマをエスコートして馬車に乗せると、荷物を入れる。
馬車の扉を閉め、自身は馬に跨ると馬車に続いて馬を歩かせた。
内城門を過ぎ、外城門へと馬の歩みを進める。
城からどんどん遠ざかるにつれて、もうこれで聖騎士団とは関係がなくなったのだ、という思いが強まっていく。
まるで心にぽっかりと穴が空いてしまったかのような、或いは読み耽っていた本の読後に内に湧いた虚しさのような感情、とでも言えばいいのか……。
とにかく、心許ない。
それでも止まることなく馬を歩かせ、外城門を抜ける。
するとすぐにレーネ公爵邸が見えてきた。
用事やら何やらで城の外に行くことがあってよく目にはしていたけれど、じっくりと見るのは本当に久しぶりだ。懐かしささえ覚える。
……あの日からいろいろなことがあったな……。
家出してからの出来事が走馬灯のように頭の中を流れていく。
だが、いつまでも楽しかった思い出に浸っているわけにもいかない。
軽く頭を振って無理矢理頭の中から追い出した。
*
公爵邸の門を過ぎ、邸の正面玄関の前で馬車が止まる。
その馬車の脇に馬を停め、馬から降りると馬車の扉を開けて中のイルマに手を差しだす。
イルマがそれに応じて手を乗せてきたため、そのままエスコートして邸の中へと入った。
途中、殿下の影であろう視線を塀の方から感じたが、こちらが目を向けた途端に視線の主はいなくなった。
まったく。油断も隙もない。
「おかえりなさいませ」
扉が閉まるのと同時に、執事のハンネスが一礼をしてきた。
彼のほかには誰もいない。どうやら私の帰宅を知る使用人は彼と隣のイルマだけのようだ。
「ただいま、ハンネス。迷惑をかけたわね」
「もったいないお言葉でございます。お嬢様、どうぞ居室へ。私は旦那様にご報告してまいります」
それを聞いて首を傾げる。
「お父様の執務室ではなくて居室なの?」
「はい。奥様とルートヴィヒ様もご一緒にお話をするようでございます」
「そう、わかったわ。イルマ、あなたは部屋で休んでいて」
隣にいるイルマに告げると、彼女が綺麗な所作でお辞儀をした。
「かしこまりました。ではお荷物を」
「ええ、よろしくね」
手にしていた荷物をイルマに手渡し、聖騎士姿のまま一人居室へと向かった。
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