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侯爵令息と助言者たち

『リオンの怒り』のあとのエリオット(リオン)視点です。

これ以上彼女を傷つけたくない。逃げるように客室を出て廊下を歩く。

脳裏に浮かぶのは涙を流す彼女の姿。

護りたいと思ったのに、大切にしたいと思ったのに……。

混乱していたなんて言い訳にすぎない。彼女に酷い言葉を放ったのは事実。


……くそっ! 何やってんだ俺は!


自身を心底許せず、内心で悪態を吐く。それに伴い歩調も速さを増す。


「……あの、イストゥール様?」


ふと名前を呼ばれ、弾かれるように声のした方に顔を向ける。


「……ローエンシュタイン嬢?」


そこにいたのは困惑の色を満面に湛えたローエンシュタイン嬢と、彼女の侍女と思しき一人の女性。

どうやら俺は随分と思い耽っていたらしい。彼女たちにも気付かずに歩いていたようで、すぐ真横に二人がいる。


「も、申し訳ありません。お取込み中でしたか? その、とても真剣なお顔をしていらしたものですから……」

「え? いえ、そんなことは……。内務をしようと部屋に戻るところでしたので問題ありません。……あの、私はそんなに人を寄せ付けない顔をしていたでしょうか?」


思ってもいなかった言葉に驚きつつ無難な受け答えをする。

だが、ローエンシュタイン嬢の言葉がなんとなく気になり付け加えるように尋ねてみれば、彼女は少しだけ考えるような素振りをした。


「……そうですね。怒っていらっしゃるのかと思いましたわ。……あ、いやだわ。挨拶もせず。イストゥール様、昨夜は大変失礼いたしました。それと、ご連絡くださいましてありがとうございます」

「いえ、お約束したのですから当然です。どうか頭を上げてください」


丁寧に頭を下げて礼を述べてきたローエンシュタイン嬢に頭を上げるよう促す。

彼女は素直に応じてくれた。


「それで、イストゥール様は何故あのようなお顔をなさっていたのですか? ティナがいる部屋はあちらですよね? 彼女に対して怒っていらしたのですか?」

「それは……」


一瞬ごまかそうかと考える。

しかし、ローエンシュタイン嬢がルティナと親しそうに話していたのを思い出し、考え直した。今訊かなければ次いつ訊けるか、またの機会があるかもわからない。


「……あなたは知っていらしたのですか? 彼女がその……男装を……」

「ティナの姿にお気付きになったのですね? わたくしは妹からそれとなく告げられておりましたから」

「ああ、そうでしたね」


ローエンシュタイン嬢は、アマーリエ第三部隊部隊長の双子の姉だ。

アマーリエとルティナは幼馴染だと言っていたので、恐らくローエンシュタイン嬢もそうだろう。いろいろと事情を知っているとみていいかもしれない。


「イストゥール様は真実を知ってどう思われましたか?」

「正直混乱しています。何故何も話してくれなかったのかとか、私は裏切られたのかとか、いろいろな思いが駆け巡って……」

「そうでしょうね。誰でもそう思うことでしょう。ですが、ティナの方はどうでしょうか?」

「え?」

「本気で彼女がイストゥール様を騙そうと、裏切ろうとしていたとお思いですか?」


言われて思い返す。


……ああ、そうか。彼女はいつだって……。


今までくすぶっていた思いが少しだけ緩和されたような気持ちになった。

それと同時にわずかに心が軽くなり、その気持ちのままローエンシュタイン嬢を見る。


「いいえ、思いません。彼女は真っ直ぐでしたから……多分、言いたくても言えなかったのだと思います」


俺の答えが満足のいくものだったのか、ローエンシュタイン嬢がにこりと微笑んだ。


「ええ。それが真実だと思います。あの子の背景は少し複雑ですから。あの子自身、話したくても話せずに苦しんでいたと思います。詳しいことはあの子からお聞きくださいませ」


その言葉に気持ちが沈む。聞くと言っても、さっき傷つけてきたばかりだ。どうやって……どんな顔をして会いに行けばいいだろうか。

一人思案するもいい案が浮かばない。ほとほと困り果てて、気付けばローエンシュタイン嬢に先程の情けない話をしていた。


「……ですが、私は先程彼女に酷いことを言ってしまいました。つい頭に血が上ってしまって……それで彼女を……なので今更どのような顔をして彼女の許に行けばいいのか……」

「あの子は上手に泣けましたか?」

「……は?」


不意に突拍子もないことを尋ねられ、目を見張った。上手に泣くってなんだ? わけがわからない。

どう返したらよいのかわからず、とりあえず先程彼女にしてしまったことを正直に告げる。


「……上手かはわかりませんが泣かせてしまいました」

「あの子はイストゥール様の前で泣けたのですね? よかったですわ」


パン! と顎のあたりで両手を合わせ、嬉しそうに微笑むローエンシュタイン嬢。いよいよもってわけがわからない。


「よかったとはどういう意味ですか?」

「あの子は小さい頃から少し前まで人前で泣くことを禁じられていました。常に見えない仮面を顔に張り付け、真の姿を隠して……。それが昨日、イストゥール様の前でころころと表情を変えたものですから、かなり驚きました」

「? ですが、姿を変えていた彼女はとても表情豊かで……」


ルティナ……いや、ルディはあまりにも感情豊かで十五にしては幼いと感じる程だった。普段は仮面を張り付けたような顔だと言われても俄かには信じられない。


「仮の姿だったからでしょう。誰も彼女の存在を知らないため、素の自分を曝けだせたのだと思います。ただ、最近はまた別の理由で表情豊かなのでしょうね。きっと縛られることなく数か月過ごして、少しずつ自分らしさを取り戻したのではないでしょうか。あの子の人生の中で、これ程自由な時間は初めてでしたもの」

「それはどういう……」


話の流れのままに尋ねると、ローエンシュタイン嬢が小さく頭を振った。


「あとは本人に聞いてくださいまし。わたくしからは申し上げられませんわ。……あ、ですが、これだけはお伺いしたいですわね」

「……私が話せることでしたら」

「ふふ、そう難しい質問ではございません。イストゥール様はティナをどう思っていらして?」

「っ!?」


思わずむせるかと思った。

彼女は突然何を尋ねてくるんだ!? 訊かなくてもわかっているくせに。

そう思っていると、まるでこちらの気持ちを見透かしたかのようにローエンシュタイン嬢が口を開いた。


「イストゥール様のお口からお聞きしたいのですわ」

「は!?」


ああ、やはり彼女は苦手だ。俺では敵わない。というか、いいように遊ばれて終わる。今回も早々に観念した方がよさそうだ。

諦めの境地で一つ小さなため息を吐く。


「…………そうですね、説得力がないかもしれませんが、とても大切な女性です。彼女が苦労してきたというのであれば、これからは私が彼女を護っていきたいと、切に思います。ただ、彼女はそう簡単に護らせてはくれないでしょう。私の隣に立ち、私の背中を護ろうとする女性ですから。ですが、彼女がそれを望むのであればそれでも構いません。これから先、どのような形であれ彼女の心が穏やかであればいい、ただそれだけです」


自然に心が温かくなり、ふっと笑みがこぼれる。


「……イストゥール様。現在、ご自身が微笑んでいらっしゃることにお気付きですか? どのような思いが込み上げたとしても、結局はその笑みに込められた思いこそが全てではないでしょうか?」

「!」


意外な言葉にはっとする。どのように接したらいいのかわからないとか、裏切られたとか、いろいろな思いが生じたのは確かだ。だがどんなに負の感情を抱いたとしても、その思いの一番奥深くには常にルティナへの想いがあったのだ。


「うふふ、ティナを愛しておられるのですね。安心しましたわ」

「あっ、愛!?」


ルティナへの想いは認めるが、だからといって他人から『愛だ』とさらりと言われると面映ゆくて仕方がない。思いきり慌てふためく。

そんな俺の思いなどお見通しなのだろう。ローエンシュタイン嬢が、俺の答えを聞こうとぐいぐい迫ってくる。


「あの子は魅力的な子でしょう?」


人に言われるのはなんだが、その通りだ。

無論だと告げようとして、ルティナの顔をふと思い出す。途端に愛しい想いが湧き上がった。自分でも顔が綻んでいるのがよくわかる。


「ええ、とても……」

「でしょう? 今あの子には相手がおりませんの。ぼさっとしていたらほかの方にとられてしまいましてよ? こんなところにいらしてよろしいのですか? すぐにあの子のところに戻られた方がよろしいのでは?」

「ですが……」


「私も戻られた方がよいと思います」

「え?」


別のところから声をかけられ、驚きつつ顔を向ければ、そこにいたのはノアだった。

だが不思議なことに、いつも一緒にいるフィンがいない。

珍しいこともあるものだ、と思っているとノアがローエンシュタイン嬢に丁寧にお辞儀をした。


「お話し中失礼いたします。……お初にお目にかかります、ご令嬢。私は聖騎士団第一師団第三部隊所属のノア・ミカエラと申します」

「まあ、妹の部隊の方ですのね? 初めまして。エミーリエ・パウラ・ローエンシュタインと申します。以後お見知りおきくださいませ」

「あなたのようなお美しい方をどうして忘れると言うのでしょうか? 生涯忘れることなどございません」


ちょっと待て、誰だお前は!? ノアがフィン化しているんだが!?

驚愕のあまりついノアを凝視する。


「ふふ、お上手ですわね。それより、先程の理由をお伺いしても?」

「はい、そのためにここにまいりましたので」


そこまで言うとノアはこちらに顔を向けた。


「副団長、お気付きでしたか? 廊下の先でティナ嬢があなたとローエンシュタイン嬢の談笑を見ていらしたのですよ?」

「そうなのか? 気付かなかった……。あ、待て。それって会話を……」

「いえ、それ程近い距離ではなかったので聞こえていなかったと思います。そこの階段のところにいた私たちですら聞こえなかったのですから」


それを聞いて少しだけ胸を撫で下ろす。彼女が聞いていたら恥ずかしくて顔も合わせられないところだった……。

だが、そう思っていたのは俺だけだったようだ。ローエンシュタイン嬢は違ったらしい。ノアの言葉に大いに眉を顰めた。


「それは困ったことになりましたわね……」

「ええ、非常に困ったことになりました。すぐに対処しなければ取り返しのつかないことになるかもしれません」

「?」


何を言っているのかわからず軽く首を傾げていると、ノアとローエンシュタイン嬢がこちらを見て、二人同時に大仰な程のため息を吐いた。


「副団長、しっかりしてください。話し声が聞こえていないとなると、副団長とローエンシュタイン嬢の動作や表情だけでティナ嬢が判断することになるのですよ?」

「? そうだな」

「……ミカエラ様。恐らくイストゥール様に遠回しな表現は通用しないかと」

「……そのようですね」


だからなんでそんなダメな子を見るような目で見るんだ?


「よーく聞いてくださいね、副団長。会話の内容を知らないティナ嬢は、すっごく幸せそうな笑顔でローエンシュタイン嬢と会話をする副団長の姿を目にしたはずです」

「うん?」


ルティナの話をしていたから顔が緩んでいたかもしれないが、そんな『すっごく幸せそうな』表情をしていただろうか?


「副団長はティナ嬢に気持ちを告げられましたか?」

「いや、告げてはいないがそれに近いことなら……」


ルティナとこれからをともにするような発言を幾度となくしたのは確かだ。直接的ではないが、俺の気持ちは伝わっていると思う。

しかし、その考えをノアがバッサリと切り捨てた。


「では、ティナ嬢ははっきりと副団長の気持ちを知っているわけではないのですね? なら、伝わっていないとみていいでしょう。となると、そのすっごく幸せそうな笑みをローエンシュタイン嬢に向けている、と勘違いされてしまう可能性が大いにあります」

「は? 絶対にありえないのだが?」


ローエンシュタイン嬢と俺は互いに『ない』と思っている。

彼女はもうちょっと張り合いのある相手がいいのだそうだ。俺も、ハラハラドキドキせずに普通に気が休まる相手がいい。

そんな話を思い出していたら、ノアがとんでもない発言をしてきた。


「しかし、ティナ嬢はそう思っていないのでは? 実際、先程のお二人を見るティナ嬢の表情が消え失せていましたよ? 恐らく勘違いしたのだと思います」

「っ!!」


ノアの言っている意味を完全に理解し、言葉を失った。

まずい。本気でまずい。

このまま何もしなかったら、俺の許からルティナがいなくなってしまうかもしれない。

慌てて彼女の許に行こうと向きを変える。だが――


「待ってください、副団長!」


ノアに呼び止められ動きを止めた。何故止める? 恨めしい思いで彼を見る。


「今ティナ嬢のところにフィンが行っております」

「はあっ!? なんでよりにもよってフィンなんだよ!」


物理的に頭を抱える。女好きのフィンなんて危険以外の何物でもないだろう。


「大丈夫ですよ、いくらフィンでもそこらへんは弁えています。それに、フィンがティナ嬢のところに向かったのは、私ではティナ嬢の心を救えないからです。彼は私がフォローするよりもはるかにうまくやりますよ」

「あいつ、彼女はなかなかできないが、女性の扱いはうまいからな……」

「……そういうことです」


ノアが苦笑しながら同意した。


「で? 俺はどうしたらいい?」

「そんなこと自分で考えてください……と言いたいところですが、もう少し待ってからティナ嬢の許に行ってください。きっとフィンがうまくとりなしているはずですから、多少は話しやすいかと思います」

「はあ、わかった。すまない、ノア」

「構いませんよ。大惨事が起こってとばっちりを食うよりも死ぬ程マシですから」


……あれ? ノアってこんな性格だったか?

疑問に思ったが、普段はその毒舌をフィンに向けているのだと思い直した。


「ではティナの見舞いは今度するとして、わたくしはこのまま帰ります。(くだん)の報告でここに呼ばれていたとはいえ、抑々(そもそも)ティナを訪ねること自体あまり褒められた行為ではありませんでしたわね」


眉尻を下げて自省するローエンシュタイン嬢に、謝辞を述べる。


「ローエンシュタイン嬢、申し訳ありません」

「ふふ、構いませんわ。ティナのためですもの。ですから好ましい結果をお願いいたしますね」

「はい、必ずや」


力強く頷いて返事をすると、ローエンシュタイン嬢がにこりと微笑んだ。


「あ、まずは謝罪からですよ? なあなあに流したものでは誠実さに欠けるので、心からの謝罪をしてくださいましね?」

「はい……」


耳が痛い。されど彼女の言葉をしっかりと心に刻む。もう二度と間違いたくない。

すると、ノアが呆れたような顔をした。


「副団長、ほかにも何かやらかしたんですか? ならなおさら謝罪は丁寧にした方がいいですよ。最期の時まで根に持たれかねませんからね。うまく補助するこっちも大変なんですから、ティナ嬢の機嫌をこれ以上損なわせてはだめですよ?」

「ぜ、善処する……」


正論すぎて頷く以外の選択肢がない。

しかしその選択は正しかったようで、ノアがうんうんと頻りに頷いた。


「それではわたくしはここで失礼いたします」

「あ、お待ちください。私が下までお送りいたしましょう」

「まあ、ありがとうございます、ミカエラ様」


そのまま彼女たちはこの場から去っていった。

直後、フィンのものと思われる悲鳴が廊下にこだました。


……一体何をやらかしたんだ、ルティナ?




***

フィンの悲鳴から数分程が経ち、ルティナのいる客室に向かった。

扉の前でノックの構えを取り、そこでぴたりと動きを止める。


なんと声をかければいいだろう。第一声が決まらない。


そうこうしているうちに、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。

凛としたルティナの声で、その声量は耳を近づけなくても耳を澄ませば聞こえるくらいに大きい。


『……自由な時間は終わり……部屋を引き払い、邸に戻ります……』


……なっ!?


彼女の言葉に一瞬、頭が真っ白になった。

部屋を引き払い、邸に戻る?


……ルティナ、君まで(・・・)俺の許からいなくなるのか?


絶望が俺を襲う。頭から冷水を浴びせられた気分だ。


だが、すぐに意識を現実に引き戻し、扉を叩く。

心持ち素早いノックだったが、それも無理からぬことだった。

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