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告白4

「お兄様?それに師団長様まで……」

「えっ!?」


襟の後ろを掴まれたまま、リオンがくるりと顔を後方に向ける。

けれどお兄様はリオンと目を合わせることなく、こちらを見ながら口を開いた。


「やあ、ティナ。気分はどうだい?とても心配したんだよ。それであまりにも心配だから、団長に『被害者の魔力をみる』と言ってこれ(・・)を連れて来てみたんだけど、間一髪だったね」


お兄様がにこやかな笑みを浮かべ、師団長を親指で示しながら言う。


「いつの間にいらしてたの?」

「今し方だよ。イルマに頼んで(・・・)入れてもらったら丁度副団長殿の求婚が始まったから、おとなしくしてたんだ。野暮なまねはしたくなかったからね」

「ルートヴィヒ殿……」


お兄様を見るリオンの横顔は、見る限り恨めしそうだ。

まあ、その気持ちもわからないではない。皆に見られていただなんて私としても恥ずかしいもの。

でも、そう思ったところでお兄様には通じないが。


案の定お兄様はリオンの恨み節には一切触れず、掴んでいた彼の襟をぱっと放すと彼の方に顔を向けた。


「副団長殿、妹がお世話になったようですね。しかも単独で妹の救出に当たっていただいたのだとか。公爵家の者として、ティナの兄として礼を述べさせていただきたい。ありがとう。

 しかし、だ。妹に手を出す許可は出していないはずですが?」

「い!?……あ、そ……」


リオンがお兄様の方に体を向けながら、慌てたような声を出す。

だが、彼がそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。お兄様がリオンの顔のあたりに手のひらを向けて、彼の話を無理矢理遮ったからだ。

そうして彼が口を噤むや、お兄様が話し始める。その口調は少しわざとらしい。


「きちんとした手順を踏めば許可が出るかもしれないのに、それを怠るのは感心しないな。だがなぁ……父上はティナの婚約話を片っ端から断っているから正攻法でいってもなぁ……。ああ、そうだティナ」

「……なんでしょうか、お兄様」

「今日は少々仕事が忙しいんだ。一筆(したた)めるからそれを父上に直接渡して(・・・・・・・・)もらいたいのだけれど……あ、でもいいや。ティナはまだ本調子ではないからね。今日一日ここで療養して、明日帰りなさい(・・・・・・・)

「はい、お兄様」


なんとわかりやすいことか。けれど、嬉しい。

リオンもお兄様の意図に気付いたようで――というか気付かなかったら問題大ありだが――、こちらにさっと向き直った。


「ルティナ、今から急いで父にかけ合ってくる。明日の朝、手紙を持ってここにくるから、それをレーネ公爵に手渡してもらえないか?」

「ええ。わかったわ」

「ありがとう。それじゃ俺はもう行くな。ルートヴィヒ殿もありがとうございます」


リオンは私からお兄様の方に向きを変えると、ぺこりとお辞儀をして礼を述べた。

すると、お兄様がにこにことした笑みを浮かべつつ首を傾げる。これではどちらが年上かわからない。


「なんのことでしょう?さっぱりわかりませんね。私はただ独り言を言ったにすぎないのですが」

「……ええ、そのようですね。どうやら私の気の所為だったみたいです。ルティナ――」

「……っ!?」


リオンはお兄様の言葉にさらりと便乗したあと、私の耳元に顔を近づけてある言葉を囁いた。その言葉を理解するや否や、瞬時に私の顔が火照りだす。


「フッ。それでは私はここで失礼いたします」


私の反応に満足したのかリオンはとてもよい笑顔で頷くと、お兄様たちに軽く会釈をして部屋を出ていった。




リオンが去ったあと、お兄様が私の方を向いて口を開く。


「……ティナ、顔が真っ赤だよ。とても嬉しい言葉を言ってもらったんだね?」

「――!」


お兄様の言葉に反応して、自分でもわかるくらいに動揺する。

は、恥ずかしい……。でも……嬉しい!!お兄様たちがいるのに、つい顔がにんまりとしちゃう……。


「……で?なんて言ってもらったんだい?」


リオンの言葉は、恥ずかしくもとても嬉しいものだった。だが、それを他人に話すつもりはない。胸にしっかり刻んで私だけが知っていればいい。

だから私は、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、心の底から微笑んで「秘密です」と答えた。

すると、今まで無言だった師団長が急に声を発した。


「はぁ……マルティナ嬢は婚約者がいないから迫るなら今だと思ったのに、ほかの男に掠め取られてしまいました。しかもこのような愛らしい顔をなさるとは……非常に残念です」


見れば師団長がいつになくしょんぼりとしていた。

ここ最近、笑っていない師団長をよく目にしている気がする。


「大丈夫ですよ、端からあなたに勝ち目などありませんでしたから」

「ルーが冷たい……」

「元からですよ」

「……そうでした。それにしても意外ですね。マルティナ嬢に付く害虫を率先して駆除していそうなあなたが、彼を拒まなかったとは。一体どういった心境の変化ですか?」

「……別に。あなたよりも彼の方がマシだったので必要な時以外邪魔しなかっただけです」


そう言ってお兄様がほんの少し表情を硬くする。

お兄様がこの顔をする時は、何か裏がある時だ。若しくは意図、かしら。


「それでお兄様、本当はどうなんですか?」

「え?……あー、ティナには敵わないなぁ。……実は父上の命令なんだよね。『ティナの恋路を邪魔をするな』って」

「は?」


それこそ意外だわ。お父様こそ率先して私の相手の男性を物理的に潰して亡き者にしそうなのに。

……お父様は何を企んでいるのかしら?


「それはそうと、ティナ、もう動いて大丈夫なのかい?」

「あ、はい、もうすっかり良くなりました。それより、どういった経緯で私はここにいるのですか?聖騎士団の客間ですよね?」

「そこからかぁ……」


お兄様は私の質問に、天井を見上げてぽつりと零した。


……え?何かまずいこと言ったかしら?


焦る私に、お兄様が詳しく説明してくれた。




「本当ですか、お兄様?」

「私が嘘を吐いてどうするんだい?」

「それもそうですよね……でもまさか、魔力を抜かれていたとは思いませんでした。てっきり魔法を封じられていたのだとばかり……ああ、だから簡単な魔法は放てたのね……」


お兄様の話を聞いて一人納得する。


昨日誘拐された私は、魔法を放たれたら厄介だと考えた誘拐犯たちによって魔力を抜かれていたらしい。

だが、魔力を抜けども私の魔力が底をつく気配は一向にない。それで彼らは更に威力を上げてガンガン魔力を抜こうとしたのだとか。

ところがそれでも私の魔力は底をつかず、そればかりか私が風の魔法で手足の縄を切ったものだから、彼らは物凄く驚愕した、ということらしい。

だから彼らは私を『化け物』と呼んで恐れたのね。


「まあ普通の人は、あなたがぼう大な魔力をその身に秘めているとは思いませんからね。さぞ驚いたでしょう」


接客用のソファに腰をかけ、イルマが用意してくれたお茶を優雅に飲みながら師団長が言う。


「それで、あなたの見立てですと妹はどうなのですか?」


私の隣に座るお兄様が、テーブルを挟んで向かい側にいる師団長に尋ねる。

師団長はティーカップを静かに置くと口を開いた。


「全く問題ありませんね。もうかなり回復なさっています。抑々(そもそも)彼女はあなたの腕輪をしていたではないですか。あなたの腕輪は完璧ですよ、ルー?」

「それはわかっていますが、万が一と言うこともありますからね。……ティナ、腕輪を」


目の前にすっと手を差し出され、左手にあった腕輪を外して「どうぞ」とお兄様に渡す。

お兄様はその腕輪を両手で持ち直して目を閉じた。その直後、腕輪が淡い光を発し始める。


「腕輪が……」

「彼の魔力を腕輪に込めているんですよ」


何が起こっているのかわからずぽつりと呟いた私に、師団長が説明してくれた。

成程、お兄様はああやって魔力を込めていたのね。でも、そんなことをしてお兄様に負担はないのかしら?

お兄様の魔力は私よりも多いとわかっているけれど、すこしだけ不安になる。

そんな私の不安に気付いたのか、お兄様がふわりと微笑んだ。


「大丈夫だよ、ティナ。全魔力は注いでいないからね。それにもう終わりだよ。さ、手を出して」


お兄様に言われるがまま手を差し出す。すると、お兄様の手にさっと(すく)われて、すっと腕輪が嵌められた。

その戻ってきた腕輪を見てほっとする。よかった。少し心許なかったのよね。


「お兄様、ありがとうございます」

「もうそれが発動しないことを祈るよ。さすがに二回で十分だ」


そう言って、なんでもないかのようにからからと笑うお兄様。だが、私にはその言葉がなんだか不穏な響きに感じた。


「お兄様、その言葉は言ってはならない気がするのですが……」

「何しろマルティナ嬢は事件と仲がよろしいですからね」


師団長はお兄様と同じく冗談のつもりなのだろう。

ただ、もう少し言い方というものがあるのではないだろうか。

人を疫病神のように言うのはやめてほしい。ちょっと……いや、かなり失礼だ。


「……師団長様?お黙りになって?」

「っ!?」

「ティナ、顔、顔っ!」

「あら、それは失礼いたしました」


「「……」」


にっこりと微笑みながら心にもない謝罪をすると、途端に二人が口を噤んだ。

しかしそれから数秒程置いて、お兄様が場の雰囲気を変えるように口を開く。


「な、なんにせよ、いろいろと気を付けるに越したことはないよね。何かあったら私でもこれでもいいから相談してくれると嬉しいな、ティナ」

「ええ。その時が訪れましたらそうさせていただきますわね」

「うん、あ、そうだティナ」


お兄様が急に表情を引き締めて私の名を呼んできた。

そのため、真っ直ぐだった背をよりいっそう伸ばし、聞く体勢を取る。

それが整うと、待っていましたとばかりにお兄様が話を切り出した。


「もう自由な時間は終わりだよ。身辺の整理をして公爵邸に戻ってきなさい。体調が優れないのであれば明後日でも構わないけれど、できるだけ早く帰ってくるように。……じゃないと父上が煩い」

「…………はい」


最後の言葉は必要だったのかなぁ、と思いつつもとりあえず無難な返事をした。

元々戻るつもりでいたために異論はない。が、何となく心境は複雑だ。


そんなことを考えていると、お兄様が「さて」と話題を転ずる言葉を口にした。

よってすぐに思考を戻し、お兄様に意識を向ける。


「それじゃ、私たちはこれで帰るけど、今日はおとなしく休んでいなさいね」


言うや否やお兄様がすっと立ち上がる。師団長もそれに続いて立ち上がった。


「はい。……あ、お兄様!」


ふとあることを思い出し、立ち上がりながらお兄様に声をかける。するとお兄様がこちらを向いた。


「なんだい?」

「今日は来てくださってありがとうございました。お兄様に会えてほっといたしましたわ。それと――」

「わかった、手配しよう。それじゃね、ティナ」

「はい、お兄様。くれぐれもよろしくお願いいたします。師団長様もありがとうございました」


お兄様から師団長の方に顔を向け、ぺこりと頭を下げる。

師団長はそれに小さく頷きつつ、いつものように何を考えているのかわからない笑みを顔に浮かべた。


「ええ。それでは失礼いたします。ああ、マルティナ嬢。今度是非お茶を……」

「帰りますよ!!」


師団長が私の右手を取ろうとしたところでお兄様が彼の服を引っ張り、そのまま引き摺るようにして部屋を出ていった。

その間、行き場を失った師団長の両手がこちらに向かってわきわきと動いていたけれど、私はそれを無視して部屋の扉が閉まりきるまで曖昧に微笑み続けたのだった。

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