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告白3

――コホン。


「「!?」」



物凄い速さで互いに離れ合う。


そう、ここにいたのは私たちだけではなかった。

先程から会話が聞こえるか否かの距離に、壁に同化するかの如く場に溶け込む、私の侍女のイルマがいたのだ。


若い男女が二人だけで密室にいるのは醜聞となり得る。ゆえに、その回避も含めて側に控えてもらっていた。

それにもかかわらず彼女の存在を忘れ、二人だけの世界を築き上げていただなんて恥ずかしすぎる。


「~~っ!」


あまりの恥ずかしさに、さっと両手で顔を覆う。

だが、指と指の隙間からイルマの様子を窺うことは忘れない。


そうして窺うに、イルマは何やら言いたいことがあるらしく、毅然とした様子でリオンに顔を向けている。

そして沈黙を破り、彼女が声を発した。


「ご無礼を承知のうえ口を差し挟むこと、あらかじめお詫びいたします、イストゥール様。

 しかしながらイストゥール様は現在、お嬢様と婚約の契りを交わされていらっしゃいません。これ以上はお控えいただきますようお願い申し上げます。もしそれ以上をお望みでございましたら、公爵家と侯爵家で正式に婚約を交わされたうえでなさってくださいませ」

「ああ、君の言うことはもっともだ。……ルティナ、悪い。これ以上ここにいたらあれこれ堪えきれなくなる。今日はもう帰る」

「……あれこれ?」


リオンの言葉にひっかかりを覚えた私は、顔を覆っていた手をのけると首をくいっと真横に傾けながら聞き返した。

すると、極まりの悪そうな表情を浮かべてリオンが口を開く。


「……それは流してくれ」

「? 流せばいいの?わかったわ」


何を堪えるのかさっぱりわからなかったけれど、リオンが『流せ』と言うのでとりあえず頷いておいた。何のことだったのだろう?


「あ、団長と第一師団のやつらには『ルディは暫く来られない』と伝えておく。それと、また明日ここに来てもいいか?」

「ええ。あなたが来てくれたらとても嬉しいわ。くれぐれも団長やみんなによろしくね」

「ああ。それじゃお大事にな、ルティナ」


そう言ってくるりと向きを変えると、リオンが入り口の方に歩いていく。

その姿を見ていた私は、ふとあることを思い出して目を見開いた。


「あーっ!!だめよ!いけないわっ!!」

「っ!?」


突如声を上げた私に驚いたのか、リオンがびくりと両肩を上げたあと、こちらに向き直った。

でも私は彼と目を合わせたくなくて、彼の視線から逃れるようにさっと(うつむ)く。


話を訊きたいが、彼の口から告げられるのは怖い。

とは言え、逃げていても何も始まらない。勇気を持って向き合わなくては。


「どうした、ルティナ?」


私の内心を知ってか知らでか、彼が話しかけてきた。その声色はとても優しい。

だからだろうか。背中を押してもらえた気がして、その勢いのままばっと顔を上げた。そして、(せき)を切ったように躊躇っていた言葉を口にする。


「リディ、エミィは?エミィはどうするの!?私、あなたの隣の座を譲るつもりはないけれど、不道徳なことはしたくない。そんなだったらいっそのこと、ほ……あっ!?」


私の言葉は最後まで語られることはなかった。

リオンがずかずかと速足で私の許に戻ってくるなり、慌てる私の手を掴んで引き寄せ、己の腕の中に閉じ込めたからだ。


「……落ち着け、ルティナ。大丈夫だから……だから、ほかの男の許に行くとか言うな」

「……っ!」


どうしよう。こんな時だというのに胸が高まる。

ただあまりにもドキドキするものだから、私の鼓動がリオンにばれはしないか、と変な心配をしてしまった。




「少しは落ち着いたか?」

「……ええ」


リオンにぎゅっと抱きしめられて暫く経った頃。彼の胸に顔を埋めながらその声を聞いた。

彼の声はその体に響き渡り、私にまで伝わってくる。それが少しこそばゆい。


少し前にハルト兄様にこうしてぎゅっとしてもらったけれど、その時はそんなふうに思わなかった。

兄様とリオンの抱擁とでは抱く感情が違うからだろうか?

というのも、兄様のはただただ心が落ち着くのに対して、リオンのは安心するのに少し心が煩いのだ。でも、その矛盾が何故か愛おしい。


「ならルティナ、一つ訊きたい。おおよその見当はつくがまず、『エミィ』とは誰だ?」

「え?」


思ってもいなかったことを尋ねられ、驚きから弾かれたように顔を上げる。

それとともに、リオンから体を少し離して彼の顔を見た。

しかし、彼の顔からは表情を窺うことができない。


……嘘でしょう?冗談よね?


困惑しながらも、とりあえず当たり障りのない返答をする。


「……エミィはエミィよ?エミーリエ・パウラ・ローエンシュタイン」

「ああ、やはりローエンシュタイン侯爵令嬢のことか」

「そうよ。リディはエミィと婚約するのでしょう?イストゥール侯爵が推しているって……」


そこまで言うと、何故かリオンが目を見開き、口をぽかんと開けた。

だがすぐにその表情から一変、脱力したようなものになり、がくりと項垂れる。それから彼は「はぁ……」と一つ大きなため息を吐いた。

あら?私、何かいけないことを言ったかしら?


「成程、そういうことだったのか……。どうりで……」


リオンがゆるゆると顔を上げ、更に私との距離を空ける。

その様子を首を傾げながら見ていると、彼は唐突に表情を変え、私の両肩をがしっと掴んでしっかりと目を合わせてきた。何とも力強い目だ。


「リディ?」

「……ルティナ。一言言わせてくれ。人の話は最後まで聞け」

「えっ、えっ!?」


わけがわからず戸惑っていると、今度は困った子を見るような目でリオンが私を見てきた。


「お前がローエンシュタイン嬢のことを訊いてきた時、俺はもしかしたらお前が(りん)……少しでも思うところがあったのかもしれないと思って、包み隠さず話そうとしたんだ。だがお前は、その話を途中で遮って逃げるように去っただろう?」

「そう……だったかしら?実はあの時の行動がよく思い出せなくて……」

「そうなんだよ。で、俺はその時続けてなんて言おうとしていたと思う?」


そう尋ねてくるリオンの顔は今や凄い迫力だ。何か執念のようなものすら感じる。

ゆえに一瞬気おされかけたが、すぐに気を取り直して言葉を返す。


「……何? 何を言うつもりだったの?」

「『婚約の話はすぐに断った』って言おうとしたんだよ。お前がや……あー、もういいや。やきもちをやいてくれているとなんとなく気付いたから誤解がないようにと思ってな。それなのにお前ときたら……あ、いや、俺も言い方がまずかったんだと思う」

「でっ、でも侯爵は?何も言わないって言っておきながら思い切りあなたの婚約話に干渉していたじゃない。もしかして許可が必要なんじゃ……」

「諦めたよ」

「…………諦めた?」


目をぱちりと瞬かせたあと、一呼吸置いてリオンの言葉を復唱する。

するとリオンが、首をこくりと縦に振った。


「ああ。お前がルディの姿で婚約の話を振ってきた時、俺は言っただろ?『親が何も言わないから自分で見つけるつもりだった』と。あれは『親がもう諦めて何も言わないから今後は自分で見つけるつもりだった』っていう意味だったんだよ」

「……」


リオンの言葉に目を瞠る。完全に私の早とちりだ。

それゆえ次の句が継げなくて言葉を失するも、すぐにあることを思い出した。


「いいえ、騙されないわよ。だってさっきエミィととても楽しそうに……私が見たこともないくらい楽しそうに……愛おしそうに……話をしていたもの」


だんだんと悲しくなってきて、最後は尻すぼみになった。自然と視線が下に向かう。


「ノアの言うとおりだな。やっぱりあれを見ていたか。なら誤解は解きやすそうだ」

「……え?」


視線を戻してリオンを見れば、私の肩から手を離した彼が真面目な顔をしてこちらを見ていた。

不思議に思いながらも見つめ返せば、それを合図とばかりにリオンが口を開く。


「お前の話だよ。全部な。それで俺が笑っていたとするなら、きっとお前のことを考えていたんだろうよ」

「…………え?」


私の中の時間がぴたりと停止した。果ては、呼吸さえも忘れた。

――が、限度というものがある。


「はっ!?」


体が酸素を求めて動き出すのとともに、我に返った。

途端に体が火照りだす。


だって私、さっきなんて言った?『楽しそうに……愛おしそうに……話をしていたもの』て言わなかった?

それでリオンは『きっとお前のことを考えていたんだろうよ』と返してきた。

それって……それって……。


思わず叫びそうになったが、すんでで堪える。顎が僅かに上下しただけで声が出なかったことが幸い(?)した。


一方リオンは内心で混乱している私をよそに、目を細めてふわりと笑う。

それを見て私の胸がどきりと跳ねた。


「なあ、ルティナ。あの話はまだ有効か?」

「……あ、あの話?えっと、何かしら?」


突然話が変わり、しかも何のことかさっぱりわからずにきょとんとすると、リオンが苦笑しながら私の疑問に答えてくれた。


「パートナーだけでなく婚約も、って話だ」

「え……あ」


思いもよらぬ言葉に二三目を瞬かせるも、すぐに言葉の意味に気付き、顔を綻ばせる。


「ええ!有効も有効、あなたなら大歓迎よ!」

「うっ!ルティナ、おま……それずるいだろ……」


リオンはそう言うと片手で口を覆い、体を小刻みに震わせながら俯いた。

……どうしたのかしら?


「あの、リディ?」


心配半分、怪訝半分の色を乗せて彼の名を呼ぶ。

すると、リオンが口元の手を離して再び私の目をしっかりと見つめてきた。


「好きだ、ルティナ。だから俺と、いや……」


私に「好きだ」と言ったリオンがすぐにそれを否定してきたので、軽く小首を傾げて彼を見る。


リオンは私から一歩後ろに下がり、凄く真剣な表情を浮かべて私の前に(ひざまず)いた。

その様子を静かに見守っていると、彼は流れるような動きでさっと私の右手を掬い取り、その甲に口づけを落としてこちらを見た。


「マルティナ・レラ・レーネ嬢。私、エリオット・ディーター・イストゥールはあなたを心から愛しております。どうか私と結婚してください」

「!!」


……ああ、ああ!


歓喜に体が打ち震える。

明日世界が終わってもいいと思えるくらい嬉しい。


一時はもう一生恋なんてできないのではないかと思った。

しかしそれが一転、念願が叶ったのだ。幸せなんてものではない。

だから私は勿論リオンの告白に――


「はい。私もエリオット様をお慕いしております」


――と、ぽろぽろと嬉し涙を零しながらにっこりと微笑み、答えた。

その直後、リオンが片手で顔を覆い、俯く。


「や……やばい、可愛すぎかよ……。ああ、もう……ルティナっ!!」


「はい、そこまでー。くっつかなーい」


リオンがばっと立ち上がった途端、リオンでもイルマでもない別の声が入り、それとともに彼の動きがぴたりと止まった。


(……?)


突然の出来事に驚いて、思わず声のした方に目を向ける。

そこにはリオンの後ろ襟を引っ張るにこにこ顔のお兄様の姿があった。

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