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告白1

香水の香りがふわりと漂い、鼻腔をくすぐる。柑橘系で爽やかな、男ものとしては一般的な香りだ。

その嗅ぎ慣れた匂いは、彼――リオンと行動をともにしてから一番至近距離で嗅いでいる気がする。あまりに慣れすぎて当たり前となっていたためか、彼の匂いにここまで意識を向けたのは実は初めてかもしれない。


そうひとごとのように思っていると、急にリオンの腕の力が増してはっと我に返った。

そして、現在の状況に気付く。


(なっ……なななな、何が起こっているのっ!?何故私はリオンにだっ……抱きしめられているの?)


突然の出来事に頭が追いつかない。混乱と羞恥といろいろな思いが綯い交ぜになって目が忙しなく動く。

リオンの力はかなり強く、少し息苦しい。けれど、不思議と嫌ではないから余計に困る。


「あああああ、あのっ!リ……」

「……ルティナ」

「ひゃっ!」


耳元で名を囁かれ、思わず身を捩る。彼が話をすると息が私の耳にかかってくすぐったい。

それだけならまだしも、ふわりとした浮遊感が体を襲い、瞬く間に脳天を突いて体がぞくぞくと粟立ち、きゅうっと胸が締めつけられる。

鼓動も尋常じゃない程速く、気を抜いたらそのままへたり込んでしまいそうだ。

それを、お腹にぐっと力を入れることで何とか耐える。


(は、話をするどころではないわ……!)


この状況を何とかしなくては話すらままならない。

とりあえずそれを打開するために、彼に呼びかける。


「リ、ディ……」


ああ、声が上擦った……恥ずかしい。でも、リオンは指摘することもなく私の耳元で再び声を発する。


「行くなルティナ、いなくならないでくれ」

「え?」


苦しそうな声音で紡がれたその言葉に目を瞠る。


……まさかそれって……。


「私たちの会話……聞こえていたの?」


恐る恐るリオンに尋ねれば、リオンの頭がそうだと肯定するように動いた。その動きが彼と接している部分から直に伝わる。うう、こそばゆい。


「……扉をノックしようか迷っていたら声が聞こえてきた。君がここを引き払うと言っているのを聞いたら頭が真っ白になって……俺があんなこと言ったからなのかと……」

「……っ!」


リオンの腕の力が更に強まり、その力強さに抱き締められているのが現実なのだと実感する。

そして、気恥ずかしさなのか何なのか、唐突に意識が薄れてきた。


……。


…………。


………………あ、違うわこれ。締め上げられているからだ。


目の前が暗くなって漸くそれに気付いた。

だが、リオンは気付かない。言葉を発するのはおろか、手に力も入らない。無理、苦しい。助けて……。


「ふぐぅ……」

「はい!そこまで!!イストゥール様、お嬢様をお放しください。このままではお嬢様がはかなくなってしまいます」

「!?」


突如として割って入ってきたイルマの声。直後、私を抱き締める力が弱まった。


「ルティナ!すまない、悪気はなかったんだ」

「だ、だい……じょ、ぶ……」

「……じゃないな。ほんと、申し訳ない」


そうして謝っている最中もリオンは私を抱きしめたまま離れない。

そこは離れるところではないだろうかとは思ったけれど、恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な思いが私の中でせめぎ合っていて、結局されるがままだった。




「すーはー……うん、もう大丈夫!」

「……はぁ」

「リディ?」


無事復活を果たしにこっと微笑みかけると、リオンが大きなため息を吐いて私の肩に額を乗せてきた。


「あー情けねぇ……。余裕なさすぎだろ、俺……」


ぼそりと呟く声。少し掠れていて色っぽいそれをすぐ側で耳にし、瞬時に顔が火照った。

同時に鼓動が速くなる。まるで鐘をめちゃくちゃにかき鳴らしているかのようだ。

それがあまりにも激しいものだから、リオンに悟られはしないかと動揺し、慌てて声を発した。


「そっ、そんなことないわ。あなたはその……素敵よ?」


誤魔化すように告げた言葉は、されど最後の方がしりすぼみになった所為で聞こえていないらしく、リオンは何の反応も示さなかった。

その代わり、ではないが私の肩に頭を預けたままリオンがぼそぼそと話しだす。


「……ノアに言われた。『ローエンシュタイン嬢と一緒にいるところをティナ嬢が見ていた、きっと誤解しているからすぐに解かないと取り返しがつかなくなる』って……。それを聞いたら居ても立っても居られなくなった。正直、君がルディと同一人物だと思うと未だにどう接したらいいのかわからなくなるし、気持ちの整理が完全じゃないとか、とにかくいろいろと思うところはある。だが、それ以上に君がいなくなるのは、その……凄く嫌だ」


リオンは少し拗ねているような、弱っているような、そんな何とも言えない声音で言う。それを聞いて思った。


……なんだこれ?リオンがめちゃくちゃ可愛いぞ? と。


ただ、そうは思っても決して口には出さない。更に拗ねられても困るから。

だから私はただただ黙ってリオンに身を任せた。


それにしても、一体いつまでリオンに抱きしめられていればいいのだろう?恥ずかしいからそろそろ放してもらいたいな。これ以上は身が持たないもの……。


そんなふうに考えが及び始めた頃、私の思いに気付いてくれたのか、リオンが私を解放してくれた。そのためリオンから少し離れる。

そして改めて彼を見てみれば、彼が何かを決意したかのような、真剣みを帯びた眼差しでこちらを見ていた。


「リディ?」

「ルティナ、君の話を……君の全てを聞かせてほしい」

「! ええ、ええそうね。全てを話します。元よりそのつもりだったし。でもその前に、少し時間をいただけないかしら?」

「え?ああ、それは構わないが……」



もう誤魔化すことはしない。彼に包み隠さず話すと先程決意したばかりだ。

きっと彼は私の話をきちんと受け入れてくれる。根拠はないけれどそう思った。


なれば、偽りのない姿で彼と誠実に向き合おう。その方がより説得力が増すだろうし。

それにはまず準備が必要だ。というか今更だけれど身だしなみを整えたい。


「ありがとう、リディ。そこのソファにかけて待っていて。イルマ、イストゥール様にお茶をお出しして。それが終わったら隣の部屋で手伝いを」

「かしこまりました」

「それじゃ、リディ。少し失礼するわね」

「ああ……」


リオンの返事を受けて一人隣にある寝室に行くと寝室の更に奥、バスルームに行き魔法でバスタブにお湯を張る。

お湯を張り終えたところでイルマが来たので彼女に着替えの用意をするように指示をし、それから入浴をする。

入浴をしたのは髪色を元に戻すため。体も汚れていたので丁度いい。


髪色が元に戻ったところでバスタブから上がり、魔法で髪を乾かす。

それが終わると今度はイルマが用意してくれた洋服に着替える。


イルマが用意してくれた服はあまり目立たないような色合いの、簡素なロング丈ワンピースドレスだ。

元の姿に戻るだけだから胸に布を巻かずに下着の上にそのまま着る。

靴はかかと部分が少し高くなっているものを履いた。


着替えが終了したので、次は髪を整える作業に入る。今回は鬘をつけない。

私の髪は切った時よりだいぶ伸びていて、肩くらいにまでなっていた。数か月も伸ばせば当然か。


でもまだ短い。短い髪の(かた)なんてわからないから全部イルマにお任せすることにした。丸投げとも言う。

しかしイルマは器用なことに私の髪を複雑に編んでいき、ハーフアップにしてくれた。仕上げに深い赤のリボンを結ぶ。可愛すぎず、華美すぎずいい感じだ。


最後に化粧を施す。

あまり鮮やかな色を置かず、自然な色合いにしてもらう。手数もかけていないので素の顔がやや引き立つ程度だ。


そうして、三十分足らずで全てが完成した。

もう既にやり切った感が無きにしも非ずだけれど、これからが本番。


……ああ、物凄く緊張するわ。隣の部屋に行くだけなのに。


「ティナ様、緊張なさっておいでですか?大丈夫ですよ。いつものように振舞えばどうとでもなります」

「そう……よね?ありがとう、イルマ」


何かが引っかかったが、とりあえずイルマのおかげで少し落ち着いた。

うん、女は度胸!後は野となれ山となれ。よし、行くぞ!


己を鼓舞し、部屋の扉を軽く叩いて声をかけたあと、取っ手に手をかける。

それから、思いきって扉を開けた。

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