公爵令嬢と励ます者2
「そんな顔をして大丈夫なわけがないだろう?君の表情は完璧だけれど、だからこそ見ていられない。……何があったのかはわからないけど、副団長は話せばわかる人だ。さっきのあれだって絶対ティナちゃんの誤解だよ。副団長の人となりを見ればすぐにわかる。そうだろう?」
彼は何でこんなに優しい言葉をかけてくれるのだろう。軽薄な人だと思っていたのだが、案外違うのかもしれない。
彼の言葉に、全てではないものの、苦しい気持ちが落ち着くのを感じた。
「……フィンさんは素敵な方ね。女性が一番望む言葉を最も欲しい時にくれるのだもの。あなたに愛された人はきっと幸せだわ」
「相手が俺のことを何とも思っていなかったら、ただのうざいやつですよ」
そう言ってフィンが僅かに口を尖らせる。その様子から、彼の好意がうまく相手に伝わっていないのだとわかった。
とは言え、フィンは自己分析がきちんとできている。この分なら彼に関してはそう拗れるようなこともないだろう。……但し、相手次第だが。
「ふふふ。やっぱりわかっていらっしゃる。……ありがとう。少し部屋で気持ちを落ち着かせたら彼ときちんと話をしてみます」
「そうだね。その間にいろいろとしておいた方がいいよ」
私の頭から足元までくまなく視線を滑らせるやフィンが言う。
その不躾な視線に、私はぷくりと頬を膨らませた。
「折角持ち上げましたのに、台無しです」
「えー?」
フィンが不満そうな顔をする。
その態度はルディの時とさして変わらない。相変わらずぶれない人だ。
そう思ったら急におかしくなって、くすりと笑ってしまった。
「……やっと心の底から笑ったね?そうして笑っている方が可愛いよ。あと、本気でそう言ったわけじゃないからね?」
「わざとだってちゃんとわかっていますわ。ありがとうございます、フィンさん。私、頑張りますね!あなたの方もうまくいきますように。それでは失礼いたします」
お礼を述べると、くるりと向きを変えて歩き出す。
すると、後ろからフィンの慌てた声が聞こえてきた。
「えっ!?ちょっと待って!何を知っているの!?」
「大丈夫ですよ、本人には言いませんから」
歩みを止め、フィンの方に顔だけ向けてにこりと微笑む。
言外に『私は知っているぞ』とにおわせ、これをもって先程の失礼な言動のお返しとする。勿論、他言はしない。
「わーっ!!」
廊下中にフィンの絶叫がこだましたけれど、それに反応することはせず部屋へと戻った。
***
「ティーナーさーまー!」
「ひぃっ!?」
部屋の扉を開けるなり、待ち構えていたイルマの物凄い形相に恐れをなす。見なかったことにして扉を閉めたい気分だ。
……尤も、実際に扉を閉めようとしたら、がっと扉を掴まれてしまったけれども。
「そのような格好で外に出られるとはどういうことですか!」
「ごっ、ごめんなさい……どうしてもすぐにリディに会わなくてはいけないと思って……でも……」
先程の光景を思い出してしまい、思わず目を伏せる。
それだけで何かを察したらしい。イルマの口調が軟化した。
「とりあえず中にお入りくださいませ。今お茶をお持ちいたしますので、そちらのソファに座って待っていてください」
「ええ。ありがとう、イルマ」
イルマに促されて中に入ると、そのまま部屋の中央にあるテーブルセットまで行き、ソファに腰かける。
フィンにはああ言ったが、実のところまだ完全に立ち直れているわけではない。そのため、小さなため息がつい零れてしまう。
イルマが「どうぞ」と言ってテーブルの上にお茶を置いた。それを口に含んで、再び息を吐く。
それにより少し頭がすっきりしたようで、私の置かれている状況が嫌でも見えてきた。
もう潮時なのかもしれない。
イルマがここにいるということは、公爵家に話がいってしまったということだ。
そろそろ帰ってこいと言われていたし、前日のような事件も起こってしまった。公爵邸に戻るしかないだろう。というか、強制的に戻らせられるだろう。
勿論、その前にきちんとリオンと話をしたい。真実はもとより私の気持ちを伝えたい。
そうして彼に全てを話し、楽しかったこの生活にきちんと幕引きをして、元の生活に戻るのだ。でも――
潮時だとわかっているのに、聖騎士団から……リオンから離れ難くて決心が鈍りそうになる。
けれど、もうこれ以上は無理だ。逃げられない。一人覚悟を決める。
いつの間にか俯いていた顔を戻して、側に控えているイルマの顔を見る。
彼女は元々伸びていた姿勢を私が見てもわかるくらいに更に正して、私の話しを聞く姿勢をとった。
「イルマ、もう自由な時間は終わりです。明日、聖騎士団の部屋を引き払い、邸に戻ります。すぐに準備を」
「……はい、かしこまりました。ですが、よろしいのですか?」
「ええ、もう充分です。邸に戻ることは端から決まっていたことですもの。それが明日になっただけのこ……」
――コンコンコンコン……。
イルマと話をしている最中に部屋の扉を叩く音がした。
それに反応してイルマが扉の前に行き、扉を開ける。
誰だろう?
応対しているイルマのその奥にいるだろう人物に目を向ける。だが、その姿は見えない。
そうこうしているうちに扉が閉まり、イルマが戻ってきた。
「何だったの?」
「それが、イストゥール様がお嬢様にお会いしたいと」
「え?彼が戻ってきたの?」
先程、気持ちの整理がしたいと言って部屋をあとにしたリオンがまたここに戻ってきた?どうして?
そう言えばフィンはリオンの方にノアが行ったと言っていたが……。
……いや、そんなことより彼が来てくれたのなら全てを告げる絶好の機会では?
「イルマ、すぐにお通しして」
「かしこまりました」
再びイルマが扉のところまで行き、リオンを招き入れる。
すると中に入ってきたリオンが、私の姿を捉えたのかこちらに向かってつかつかと歩いてきた。
私は立ち上がって彼が来るのを待つ。
彼が近づくにつれ、表情がはっきりと見えてきた。何故だか苦しげな表情だ。
「……リディ?」
不思議に思い彼の名を呼ぶと、彼は私の前で足をぴたっと止め、そして唐突に頭を下げてきた。
「……さっきは感情的になって済まなかった。謝って済むような話じゃないのはわかっている。逃げるように出ていったことに関しても、申し訳なかった」
「……リディ、頭を上げて?確かに、なんて酷いことを言うんだろうって思ったし、もっと言い方ってものがあるでしょう、と腹も立ったけれど、あなたが言いたいことを全て呑み込んで、何も言わずに立ち去るよりも遥かにマシだったわ。あなたが何に怒り、失望したのか、触れることができたから」
それに『苦しかっただろう、つらかっただろう』と彼から優しい言葉をかけられるのは、何だか違う気がした。
それを想像したら薄気味悪いとすら思った。
だって、線引きされているような、他人行儀のような、そんな光景が容易に想像できたから。
「しっ、失望はしていない!ただ……少し、信用されていなかったのかと思って、悲しかった。だが、それも俺の勝手な思いなんだよな……」
一瞬だけ頭を上げて弁明するも、またすぐに下げるリオン。
彼は勝手な思いと言うが、信用されていないと思うのは意外でも何でもなく、反応としてはあり得るものではないだろうか?
そうは思ったものの、あえて口にはしなかった。
だって、それを差っ引いても酷い言葉だったのだもの。今後のためにも、少しは反省した方がいいと思う。
まあ、私が彼の立場で何を思うかと考えたら、照れくさくてそれ以上言えなかったのも事実だけれども。
――だってねえリディ、どうでもいい人に真実を告げられたとしても普通は激昂しないものよ?
「ねえ、リディ。そろそろ頭を上げてくれないかしら?その……悪いのはあなただけじゃないのよ?私だってあなたに黙っていたわ。……ごめんなさい」
私も彼に倣って頭を下げる。すると、リオンが動いた気配がした。
「とんでもない!君の方こそ頭を上げてくれ。俺の方が相当酷かったのだし……」
「……互いに自分が悪いと言い合っていたら終わる話も終わらないわね。もうこの話は終わりにしましょう」
「……ああ」
話を強引に打ち切って頭を上げる。けれど、改めて目にしたリオンの姿勢は然程変わっていなかった。
「……リディ?もうその姿勢はいいのよ?」
「……」
私の声に反応してゆっくりとリオンの頭が上がる。その顔は、何故かいまだに苦しげなものだった。
それに違和感を覚える。
……何かがおかしい。
「……リディ、どうし……ひゃあっ!?」
再び彼の名を呼びかけた次の瞬間、私は彼の腕の中に閉じ込められた。
この話をもって本年の更新を終了いたします。ご覧いただきありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
12/30少し文章を変えました。ですが、まだ悩んでいるところがございまして、もしかしたら今後大幅に変わるかもしれません。




