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断罪1

エミーリエ視点です。

ざわざわざわ…。周囲が騒がしい。



それもそうだろう、本来ならパートナーと共に登場するはずの我が国の王太子殿下が、本来のパートナーとは違う令嬢と一緒に会場に現れたのだから。

殿下の腕に必要以上にくっついて己の(かいな)を絡みつかせているのは、ふわっふわのハニーブロンドに桃色がかった茶色い瞳の、とても可愛らしいご令嬢だ。だがその体勢はとても可愛らしいとは言えず、寧ろはしたないと眉間に皺を寄せられても仕方がないものである。


確か彼女はハインミュラー子爵家のご令嬢だったか。

よく見れば彼女が着ているドレスは、子爵家がどう逆立ちしても手にすることができない、品の良い高級なドレス。あちらこちらに質の良い宝石が鏤められて、光を受けてキラキラと輝いている。

おおかた殿下がプレゼントしたのだろう。

マルティナは今日のために、様々な宝石が鏤められたネックレスを殿下からいただいた、と言っていた。じっくり見たわけではないが、それはそれなりの値段に見えたけれど宝石が少し小粒で、恐らくはドレスを作った際に一緒に誂えたものだと思う。ドレスの値段と比較して、第三者が見てもこの差はさすがに酷いものがある。辛うじて体裁を取り繕ってはいるが、二人を見比べればわかってしまう事柄に殿下は気付いていないようだ。殿下にしては珍しい。



会場に現れた子爵令嬢を見るや否や、スッとその後ろに陣取る二人の美形。

一人は切れ長の目が冷たい印象を与えるが、そこがクールに見えるらしい(ご令嬢方談)宰相閣下のご子息アンゼルム様。

もう一人は、天使のように可愛らしく麗しい笑みのブルノー公爵家カミル様。その笑みで周りのご令嬢はバタバタ倒れるとのこと(こちらもご令嬢方談)

しかしそんな二人の、無駄な動きがなく彼女の脇に陣取る様は、訓練されすぎていて笑ってしまいそうだ。

それを当然の如く受け入れ微笑みかけるハインミュラー子爵令嬢に、周りにいる他のご令嬢方は冷ややかな視線を送っているが、本人は全く気付いていないのが滑稽すぎて逆に白けてくる。


まあ、それもこれもこのイベントの醍醐味になることだろう。


「…ふふ、本当に面白いわ」

「何か言ったかい?」

「いいえ、なにも」


私は、エミーリエ ・パウラ・ローエンシュタイン。侯爵令嬢だ。レーネ公爵令嬢であるマルティナの幼馴染であり、彼女とはいたずらも舌戦も、とにかくいろんな経験を一緒に積み重ねてきた戦友…もとい、気心の知れた、寧ろ知りすぎたと言っても過言ではない仲である。

そして隣で不思議そうな顔をしているのは本日のパートナーで、従弟のオトマール伯爵令息ベルント様。私に婚約者はいないが、ベルント様には婚約者がいる。だがまだ学院に入学していないので、今回彼にパートナーをお願いした次第だ。

彼はパートナーではあるが、私たちがやろうとしていることは知らない。でもここは一つ巻き込まれてもらうことにした。その方が面白いですもの。




ちらりと視線を遣り彼女らの様子を窺う。すると殿下が辺りに目を彷徨わせ何かを探しているようだった。


―――いるはずもないのに。


本当に可笑しいわ。

やがて殿下は自力では見つけることができなかったのか、あたりに呼び掛けた。


「この中に私のパートナー、マルティナ嬢はいるだろうか?マルティナ、いたら出てきてほしい。あなたに伺いたいこともある」


遠くにまで届くような大きさで、凛とした声音が周囲に響き渡る。

先程から様子をちらちら窺っていた、高みの見物中の令息や令嬢の頭が左右に動いて、殿下の言う人物を探そうとしていた。その行為は単に彼女を見つけてその後の展開を見たい、好奇心や面白半分と言った感情が主なのだろう。


だが、これだけ人がいてもその人物は見つかることはなかった。

当然だ、彼女はここにはいないのだから。そして、今現在この会場でそのことを知っている人物は私だけだ。

そろそろ頃合いか。


「恐れながら王太子殿下、わたくしに発言する許可を頂けないでしょうか」

「エ…エミーリエ嬢!?」

「…あなたは確かティナと仲の良い、ローエンシュタイン侯爵家のご令嬢であったな。ここは学院。上下関係なく接することができる場だ。いくら卒業とは言え本日が終わるまではこの学院の生徒だ、許可など要らない」

「では、お言葉に甘えまして発言させていただきます。殿下、何故マルティナ嬢が殿下のエスコートなく会場にいらっしゃると思ったのでございましょうか」


挙手をし、不意に声を上げた私を隣のベルント様はぎょっとした顔で見てくるが、それを無視して殿下の方を向く。

殿下は「何だそんなことか」と言わんばかりの表情で私を見た。


「ティナをエスコートするために彼女のもとへ向かった際に、公爵家の執事に『彼女は家を出た』と言われたのだ」

「だからそちらのご令嬢をエスコートしたと?」

「いや、そうではない」

「それはそうでございましょう。何せ殿下は初めからティナをエスコートする気はなく、そちらの奥に控えている侍従、彼を使いに寄越したのでございますものね。そして殿下ご自身はそちらの令嬢のもとへ向かわれた。ティナと登場しダンスさえすれば、あとはずっと彼女をエスコートしても問題はございませんもの」

「っ!!」


ざわざわ…。私の一言により、一層この場の騒めきが強くなる。

順番さえ守れば側妃を持つことは是とされることだが、婚姻前に正妃候補よりも側妃候補を優先したとなれば大事に発展してしまう。一国の、しかも大国の王太子としてそれは致命的なことだ。

けれど私は、大好きなマルティナを裏切った殿下に容赦するつもりは微塵もない。一瞬表情を崩しかけた殿下に、更に追い打ちをかけさせてもらうことにする。


「それは…っ!予めティナにも告げておいたこと。彼女も構わないと言ってくれたのだから問題はないはず」

「『約束してしまったのなら仕方がございませんわ。殿下が約束を簡単に反故にすることなどできませんもの。』それが彼女の正しい言葉、では?仮にもしティナが許したとしても、常識として到底許されるものではありませんわ。それに…」


ちらっとハインミュラー子爵令嬢の方へ視線を動かすと、彼女はびくっと肩を震わせ、怯えの表情を浮かべながら殿下の背中へと隠れてしまった。なんとまあ、計算された仕種だこと。まるでこちらが彼女を苛めたかのような気になるのだから笑ってしまう。

ころっと騙されたサイドの取り巻き二人が批難の目で見てくる。本当に何も見えていない人たちだ。


「そちらのご令嬢はとても素敵なドレスをお召しになっているのね。わたくしの家でもそう簡単には用意できないくらい高価なお品物ですわ。殿下のプレゼントかしら?確かティナは今回のパーティー用に殿下から、愛らしい宝石が所々に鏤められたネックレスが贈られていたわね。もしかしてそちらのドレスを誂えた時に慌てて作らせたものかしら?一瞬窺った程度ですが、宝石がよく似ているわ」

「何が言いたい?」

「いえ、この事も一端なのではとも思いましたのよ。でもそうですわね、ティナともあろう女性がそのような女々しい理由でこの場に現れないなんてことはありませんものね」


殿下の鋭い視線を流しつつ、私らしい艶然とした笑みを浮かべる。

私はよく他の人から『妖艶だ』とか『艶やかだ』とか年齢にそぐわない賛辞を受けているのだが、まあ、自覚もしているし折角なのでここではそれを大いに活用させていただくことにした。


「話が逸れてしまいましたが、元に戻させていただきますわね。結論から申し上げますと、ティナは今日ここには現れません」

「なっ…!未来の国母として恥じぬ行動をしてきたあのティナが、ここに現れないなどありえない!」

「ええ、本来ならありえませんわ。ですが、冤罪をかけられそうになっている、とすればいかがでしょう?」


ぴくっと殿下の眉が上がったのが見えた。予想どおりの反応だ。

あの冷静沈着な殿下とは思えないくらいにこちらのペースに飲まれている。


「冤罪?聞き捨てならないな。誰がティナに冤罪をかけると言うのだ?」

「それは殿下や、その後ろの皆様が一番良く分かっているのではありませんこと?」

「……」

「ティナは昨日の放課後、殿下とハインミュラー子爵令嬢の逢瀬に偶々出くわしたそうです。その際、そちらのご令嬢が、ティナに階段から突き落された、と殿下に告げていらっしゃったそうですわね?」

「あ、あれは本当の事です!嘘なんかついていません」

「そうだ!何を証拠に冤罪などと言う!」

「あなた様は黙っていて下さいませ。宰相閣下のご子息だと言うのに事実確認もなされていないのですか?」


あれが未来の宰相かと思うと気が重くなる。いや、家を継ぐのは彼の兄か。ならば少しは安心できるというものだ。面白いとは思うがこんなのとずっと話していたら頭が痛くなるので、今は黙っていてもらいたい。

幸い私の言葉が正論であったためか、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ口を噤んだようだ。


「あのティナが顔を真っ青にして走って来たのです。そして『私はやっていない、でも殿下が彼女の話を是とするような発言をなさった』と泣きそうな顔をしながら私に話してくれましたわ。

『宰相令息と公爵令息も彼女の味方、私がいくらやっていないと言っても信じてもらえず、押し通される可能性だってありますわ』とも。そうなればティナが今後どう言った処遇を受けるか、容易に想像できますでしょう?

だからティナはこの場に来なかったのですわ。そうすればこの場にいらっしゃる第三者のご令息やご令嬢の方々にも話が伝わり、殿下はこの話をきちんとお調べにならなくてはいけませんもの」

「だ…だって本当のことです!私、本当にマルティナ様に落とされそうになったんです、目撃した人だっているんです!」

「目撃した方ってこの方たちですの?」

「なっ…あなたたち!」


私の後方から二人の令嬢が現れる。何れもハインミュラー子爵令嬢の友人だったご令嬢方だ。

二人は青い顔をしてはいるが、その視線は気丈にもハインミュラー子爵令嬢へと向けられている。


マルティナの話を聞いてから今日の夕刻までの間に調べる時間はたっぷりあった。

その中でハインミュラー子爵令嬢…面倒ですわ―――ユリアーナ嬢と言ったか―――が嘘の目撃者として自分の友人たちを傍に置いていることがわかったので、早いうちに説得し、こちら側に回ってもらったのだ。

そして説得した際二人から手渡された手紙を取り出す。


「この方々からとても興味深いお話をお聞きしましたのよ?ええと、なんでしたっけ?ああ、そうですわ『マルティナ嬢が(ユリアーナ嬢)を階段から突き落とそうとしたのを見た』と証言してくれれば将来自分が殿下の許に行ったときに、二人の家に便宜を図るとかなんとか仰ったそうですわね。

実行される前だったから良かったものの、もし事後でしたら公爵家を陥れた罪でこのお二人のお家は断絶、当主処刑もおかしくありませんでしたわよ?

それにこうして約束の手紙まで残っているんですもの、言い逃れはできませんわね、ユリアーナ様?」

「ユリアーナ、君は…」

「う、嘘です!そんなの嘘です、信じてください殿下!」

「……」


「あ、そう言えばティナがこんな話も聞いたと言っていましたのよ?」


にっこり微笑みながら私はユリアーナ嬢にとどめを刺す。


「あなたは殿下に『私を正妃にしてください、マルティナ様のことが心配なら私に策があります』とそう仰ったそうですわね。『策』ってなんでございましょう?ティナを嵌める策ですの?」


私の言葉にはっと何かに気付いた表情を浮かべる殿下。気付くのが遅すぎです。

ユリアーナ嬢は下唇を噛み、こちらを睨め付ける。それは殿下の後ろに隠れ、私にだけ見えるように浮かべた表情であり、周りの者たちには見えていない。なかなかの女優である。だがそんな表情をしても溜飲が下がることはないし、許さない。それに許すのは私ではなくマルティナだ。

私は淡々と最後の言葉を放つ。


「さて、全てが解明された今、あなたの言葉とティナの言葉、どちらがここにいらっしゃる皆様の心に響くと思います?」


あれほど騒がしかった会場が一瞬にして静まり返った。

長かったので2つに分けました。

果たして断罪と呼べるものなのかとも思いましたがこのタイトルで行きたいと思います。


誤字脱字修正いたしました。サブタイトルにナンバリングしました。

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