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公爵令嬢と励ます者1

「あ……あ……」


リオンを呼び止めようと伸ばしていた手が震える。

だが、それもすぐに力なく落ちていった。


「ティナ様!」


終始ずっと無言だったイルマが走るように私の前にやって来て、ばっと勢いよく頭を下げる。


「申し訳ございませんでした。お二人の会話に入ることができず、ティナ様をお守りすることができませんでした」

「イルマ……。頭を上げてちょうだい。あなたが悪いわけではないわ……。あなたの立場上、私たちの会話に口を挟むことはそうそう許されないもの。きっとかなりの我慢をあなたに強いてしまったのでしょうね」


私がそう言うなりイルマががばりと頭を上げ、上げたばかりの頭をふるふると振る。その表情は『労しい』と言わんばかりだ。


「いいえ、私のことなどどうでもいいのです!それよりも、イストゥール様が行ってしまわれたことの方が大事です。ティナ様、このままでは……」

「ええ、ええ……そうね。このままではきっとだめだわ……」


そう言いつつがくりと項垂れる。

するとイルマが私の落ちた手に自分の手を重ね、もう片方の手を私の背中にそっと添えてきた。


きっと励ましてくれているのだろう。その気持ちがとても嬉しい。

そう思うのと同時に、自然と勇気が湧いてくるような気がした。


「ティナ様……」

「……わかっているわ。このままではだめよね。そうよ、今すぐ(・・・)何とかしなくては。こんなところで項垂れている場合ではないわ!」

「…………ティナ様?」


項垂れながら話していたが、その途中でがばっと頭を上げる。

最初は優しく私の名を呼んでいたイルマの声が、次に私の名を呼んだ時にはとても訝るようなものに変わっていた。

そんなイルマを無視してベッドから飛び降りると、ブーツに勢いよく足を突っ込んで軽く紐を結び、扉に向かって走りだす。


目を覚ました時、リオンに「ルディ」と呼ばれたから今の姿はルディだと思っていた。

けれど実際は、誘拐されたところをリオンに助けられてそのまま気を失ったから、今の私はブラウスとスカートを纏っている。

髪は下ろされているが、鬘なのでずれていなければそれでいい。

身だしなみなんかよりも、リオンの方が大事だ。

……本音を言えば女の子だから最高におしゃれをして彼に会いたいけれど、先程見られてしまったし、今更よね?


「ティ、ティナ様ーっ!!はしたないっ!身だしなみくらいは整えてくださーい!!!」


イルマの叫びを背に、私は部屋をあとにした。



部屋を出るなり廊下を全力で走る。この場に団長がいたらさぞや怒られただろうが、今は誰もいない。よって、見つかったら真摯に謝罪すると決めてひた走る。

恐らく彼は副団長室に戻るだろう。私もそこに向かえばいい。

そして彼に会ったらきちんと話し合うのだ。私の事情も名前も何もかも全て話して、黙っていたことをちゃんと詫びよう。それから……絶対に文句を言う!


そう決意して走っていたらすぐにリオンらしい人影を見つけて、ぴたりと足を止めた。数歩程歩いて彼を呼び止めようと口を開く。


「リ……」


けれど、私の口がそれ以上動くことはなかった。

湾曲した廊下の先にリオンだけでなく、もう一人いることに気が付いてしまったからだ。


(エミィ……!)


そう、リオンの側にいたのはエミーリエだった。


二人はすれ違うところだったのだろうか。

湾曲した廊下ということもあり、双方の横顔がはっきりと見える。

それにより、楽しそうに話をしているリオンの姿が嫌でも目に入った。


途端に意気込んでいた気持ちが萎えて、胸がずきりと痛みを訴える。

加えて、二人の間に割って入りたくなるような、そんなどろどろとした嫌な感情が湧き上がってくるのを感じた。


けれど、それをしてしまったらいけないような気もして、動くこともできない。

ならばこの場から去るべきだろうか。でも、何故だかそれも逃げるようでしたくない。


(どうしたらいいの……)


頭の中をいろいろな思いが巡り、考えがまとまらない。

あんなに楽しそうな二人の姿をいつまでも見ていたくないのに……。


思わず両手を握りしめる。

突き進むことも後退することも適わない。

結局、さまざまな感情が湧き上がってくるのを無理矢理押え込み、ただ黙ってその場に留まった。


しかし、それもそう続かなかった。

二人の声はここまで届かないから何を話しているのかはわからない。何かが引き金となったわけでもない。

だというのに、二人を見ていたら次第に苦しいやら、悲しいやら、とにかく負の感情が綯い交ぜになって私を襲い、泣きそうになった。


咄嗟に二人から顔を背けて俯く。

逃げるようで立ち去りたくないと思った気持ちよりも、今はもう堪えられないという気持ちの方が勝り、部屋に戻ろうと(きびす)を返す。


けれど、すぐ近くの部屋に戻るだけなのに足取りが重くて一向に辿り着かない。

当然だ。楽しそうな二人の姿を見せられたら私だって心が折れる。


ただ、廊下で泣く程私は子供ではない。ちゃんと公爵令嬢だという矜持も(怪しいが)残っている。

今の表情だってお妃教育の賜物か、ほぼほぼ崩れずに保てている……と思う。

姿勢もしゃんと伸びているし、こんな格好だけれど歩き方だって粗雑ではない。

それは幸か不幸か……。


「ティナちゃん!」


思考が違う方向に向かい始めたところで、突如後ろから声をかけられた。

こんな時に誰だろう。表情が崩れていないとは言え、完全ではない。できることなら今は誰にも会いたくないのだが……。


とは言え名を呼ばれた手前、振り向かないわけにもいかない。

仕方がないので力なくゆるゆると振り返った。


「あ……フィン、さん……」


そこにいたのはフィンだった。

急いでここに来たのか、息が切れているうえに額のあたりに汗が浮んでいるのが見てとれる。

よって、スカートのポケットからすっとハンカチを取り出し、それをフィンに差し出した。


「あの、これを」

「ああ、ありがとう」


フィンが私のハンカチを手に取ると、それを額に当てて汗を拭っていく。

やがて彼の汗が見えなくなり、息が整ったのを見て彼に尋ねた。


「一体どうなさったのですか?」

「大丈夫だよ」

「え?」


何が大丈夫なのだろう?あまりにも突飛すぎてわけがわからない。

頭に疑問符が浮かび、つい小首を傾げる。

すると、フィンが真剣な表情を浮かべ、首を力強く縦に振った。


「副団長とうちの隊長によく似た人は特別な関係には見えなかった。きっと何か事情があるはずだ」


その言葉に目を瞠った。

どうしてそんなことを言うの?まさか彼は……。


「……見ていた、のですか?」


そう言えば彼はどこから来た?走ってきたように思うけれど、リオンたちの前を通ったようには見えない。

もしや彼はリオンたちの奥、階段付近からあの光景を見て、わざわざ迂回してこっちに来たというの?何のために?

でも、そう考えればいろいろと説明がつく。


この塔には各団の区画と中央区画に階段が一つずつ設けられてある。

騎士や魔術師たちは普段、所属する団の区画にある階段を使っているので、中央階段を使うのは専ら内務担当の役人だけだ。

だがどの階段を使っても、中央区画を通れば必ず目的地に着けるようになっている。


そしてフィンは、ここ三階の階段付近で現場に遭遇、二人の奥にいる私を発見し、慌てて二階の中央階段に行って三階に駆け上がり、すぐそこ――二人よりも私側にある通路から出てきたのではないだろうか。

その動機は恐らく私を励まし、修羅場を極力回避するため。

でも、だとしたらノアは一体どこに?


「ごめんね、四階に行く途中で話し声が聞こえて……。あ、ノアはあの二人の方に行かせたからここには来ないよ。見るつもりはなかったんだけど、本当にごめん」


ぺこりと頭を下げて謝るフィンに驚き、慌てて両手を前に出してふるふると振る。


「い、いえ、構いません。見られたくなければどこかに隠れてしまえばよかったのですから……」


私がそう言うと、頭を上げたフィンが何故か痛々しそうな表情を浮かべた。


「ティナちゃん……」

「そう心配そうな顔をなさらないで?私は大丈夫です」


できるだけ気にする素振りを見せないようにしてにこりと微笑む。

だが、フィンには通用しなかった。


ブクマや評価、誤字脱字報告など、ありがとうございます。

以下、マルティナ視点ではわからない他者の感情の補足です。


作中イルマが淡々としていますが内心は大荒れです。

「どんな事情があるにせよ主を泣かせるなど言語道断、許すまじ」と思っています。

ただ、マルティナの想い人だと理解もしているので口に出すことはしません。

が、彼女はこれから先、事ある毎にエリオット(リオン)の邪魔をしてくることでしょう。

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