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リオンの怒り

真っ暗闇で周りが見えない。

無論足元も真っ暗闇で、ちゃんと足が地面についているのかもわからない。ふわふわとしていて浮いているようにも思える。


ここは一体どこだろう?何でこんなところにいるんだっけ?


そんなことを考えながら辺りをきょろきょろ見回していると、突如目の前に真珠大くらいの淡い光が出現した。

それはみるみるうちに広がって人の姿を(かたど)っていく。

そして、あっという間に見知った人になった。私の好きな……いや、とても大好きな人の姿だ。


「リ……」


私は嬉しさのあまりその人物――リオンに声をかけようとした。けれど。


(今の私ってどっちの姿なの?)


この真っ暗闇の中、リオンの顔は見えるのに何故か私の姿は一切見えない。

試しに手を顔の前に近づけても、この目には何も映らなかった。あるのはただ恋しい人の姿のみ。

だから私は、リオンに声をかけようにも『リオン』と呼んだらいいのか『リディ』と呼んだらいいのかがわからず、それ以上彼の名を紡ぐことができなかった。



そうこうしているうちに気付けばリオンの隣には、彼の腕をとる女性の姿があった。

その女性もまた見知った人物で、彼女だけであればこんなに苦しくはなかったのかもしれない。


「……どう、して?」

「君が望んだことだろう?」


二人が触れ合う姿を見つめながらぽつりと呟く私に、リオンは凍るような冷たい目を向けてそう返してきた。


「私が望んで……?そんなことは……」

「男として俺の側にいることを望んだ。真実を話す機会はいくらでもあったのに」

「ち、違うわっ!男装したのは事情があってよ!決して男の姿であなたの側にいたかったわけじゃない!!」


男装して彼の側にいたのは成り行きで、それも事情があったからだ。

確かに彼の側は離れ難かったし、全てを話したら築き上げてきた関係が崩れそうで怖くて話せなかった。


でもそれは、私が彼を、本当に好きだからだ。

全てを話して彼が私の前からいなくなったりしたら絶対に耐えられそうになかったから。まして別の女性と一緒になるだなんて到底耐えられない。

だから……だからお願い、それ以上仲睦まじい姿を見せないで!そんな冷たい目で見ないで!


私は見えない手をリオンに向かって伸ばす。

けれど、実体のない手では彼に触れることさえ適わない。ただただ、宙をかくのみ。尤もそれも、この手では確認のしようがない。


「……今更女性だと言われても困る。もう君を女性として見ることなんてできない。それに俺は既に……」


そこで言葉を切ったリオンがすっとエミーリエの方を見たかと思うと、柔らかい笑みを湛えてエミーリエの肩を抱いた。リオンの腕をとっていたエミーリエの手は、今や彼の胸元にある。


(いや!見たくない、見せつけないで!)


いたたまれずに手を引っ込め顔を背ける私を無視して、リオンが話を続ける。


「……こういうわけだから君とは一緒にいられない。悪いがパーティーはほかの人をあたってくれ」

「いやよ……嘘でしょう……?お願い、あなたがいいの……」


顔を正面に戻し、泣きたくなる気持ちを抑えてリオンに懇願する。

だが彼からの返事はなく、代わりにエミーリエが口を開いた。


「ごめんね、ティナ。こればかりは譲れないの。お願いだから私たちを祝福して?彼は私を選んだの。あなたに望みはないわ。悪いことは言わないからあなたを大切にしてくれる人をほかに探してちょうだい」


ああ、何て残酷な言葉だろう。

しかし、彼がエミーリエを好きだと言うのなら、その言葉は正しい。私に入り込む余地はない。


でもだからと言って、素直に祝福なんてできない。だって、私はリオンの……リディのことが好きだから。諦めたくなんかない。


本当は、彼の幸せを願うのなら身を引くのが一番だってわかっている。

けれど、私はそんな殊勝な心がけができる程器用な女じゃない。

リディの隣は譲りたくないし、彼の背中を護るのは私だ。その座は誰にも渡したくないし、渡さない。


我儘だってわかっている。

私が決意したって何も変わらない。

でもお願い。私を置いて行かないで、突き放さないで、リディ!


感じることだけは可能な頬にいつしか涙が伝い、次から次へと流れ落ちていく。それを拭うことなく私は再び彼へと手を伸ばし、そして――


思わず目を瞑ってしまう程のまばゆい光に包まれた。











***


……?


誰かに呼ばれているのだろうか。肩のあたりに重みを感じでゆっくりと瞼を上げる。

そこにはここ最近で見慣れた天井があった。


どうやら私は眠っていたらしい。その間に夢を見ていたようだ。つらい夢だったのでそれが夢だったことに少しだけほっとする。

そうして安堵のため息を吐こうとしたところで人の気配を感じ、出かかった息を無理矢理呑み込んだ。


「よぉ、ルディ、気分はどうだ?」


不意に声をかけられ反射的に声の主を見る。たった今まで夢で見ていた人物だった所為か、ありえないくらい驚いた。


「あ……リオン。うん、大丈夫!絶好調だよ!」


夢の中で彼の名を何と呼ぼうか迷っていたのを思い出し、一瞬彼の名を呼ぶのに躊躇したけれど、彼は今私のことを『ルディ』と呼んでいた。ならば私は今、ルディなのだろう。

そのため、ルディの時にするような笑みを満面に浮かべて、ルディの声音と口調で彼の名を呼んだ。だが――


「……」

「……リオン?」


急にリオンから表情が消え、そのまま無言になった。不思議に思い彼の名を呼ぶ。

直後、リオンの後方に顔を強張らせてこちらを見ているイルマの姿が見え、驚愕のあまりがばりと飛び起きた。


「なっ!?」


飛び起きるのと同時に私の顔に緩く波打つ榛色の髪がかかる。息が止まりそうになった。これって……まさか……。


(い……いやだ、いやだ。誰か嘘だと言って!!)


けれど、私の思い空しくリオンが追い打ちをかける。


「……ルディは君だったんだな、ルティナ」

「あ……」


全身の血がさあっと引いていく。

ああ、知られてしまった……。

確かに私は、彼に本名を告げるつもりだった。でも、ルディと名乗るかは決めかねていたから、その方面での心の準備は全くもってできていなかった。


どうしよう。先程の夢が嫌でも思い起こされる。

夢の中の彼は見たこともないくらい冷たい目をしていた。私を拒絶するような冷たい目……。


「……っ!」


そんな目で見られるのかと思ったら急に胸が苦しくなり、咄嗟に左胸のあたりの服を片手でぎゅっと掴んだ。

更にもう片方の手を重ね、そのまま身を丸くして縮こまる。


きっと今の私は、身を護る術を知らない幼子が、それでも懸命に自身を護ろうと限りなく身を小さくしているように見えるだろう。

事実だ。私は怯えている。彼の反応が怖くて怖くて堪らない。


「ルティナ!」

「お嬢様!」


リオンとイルマの声がし、直後イルマのいた辺りからとたとたと人が走り寄ってくる音がした。そうかと思えば、次の瞬間ふわりと抱きしめられる。


「イ……ルマ……」

「はい、お嬢様。イルマはここにおります」


イルマの優しい声音が頭上から降ってくる。それを耳にして、私は縋るように彼女の背に腕を回した。

そうして彼女に包まれながら少しだけ顔を上げる。

視線の先ではリオンが手を差し伸べようか否かと躊躇しているようで、その手が中途半端なあたりでさまよっていた。


やはりこうなってしまったか……。

私はきつく目を瞑って込み上げてくる悲しみを必死で押し殺した。




「ルティナ……」

「……もう、大丈夫よ」


漸く気持ちが落ち着いた頃。

リオンに声をかけられ、私はイルマから離れて彼と向かい合った。

イルマは一線を画するように私たちから距離をとって壁際に立ち、それを皮切りにリオンが恐る恐るといった感じで私に尋ねてきた。


「話をしてもいいだろうか?」

「……取り乱さないように努めるわ」


今まではそつなく対処していた動揺も、リオンが絡むと何故かうまくいかない。

それでも、できる限り冷静にいようと心を決めてそう答えた。


その決意が伝わったのか、リオンが少しだけ微笑む。だが、彼はまたすぐに表情を引き締めた。


「ありがとう。……ルティナ、ルディはやはり……」


リオンの言葉にこくりと頷く。もう誤魔化しようもない。


「……そうか」


リオンは力なくそう言ってそれきり黙ってしまった。

そんな彼になんて声をかければよいのかわからず、口を開いては閉じるのを何度も繰り返す。


けれど、今を置いてほかに話す機会は得られないのではないか、話をするのなら今ではないのか?という思いが頭をもたげ、その思いにあと押しされるように私はリオンの顔をしっかりと見据え、口を開いた。


「あの、リ……」

「……どうして話してくれなかった?」

「え?」


私とほぼ同時に声を発したリオンは、眉間に皺を寄せ何かを堪えるかのように目を閉じた。

一方私は、言葉が被ったのもあってうまく聞き取れずにリオンに尋ね返したのだが、彼はそれに答えることなくそのまま話を続けた。


「俺はそんなに頼りないか?……信頼ならないか?」

「そっ、そんなことないわ!私、あなたを信頼している。ちゃんと頼りにしている。本当よ?」


きっと私が彼でも同じことを思ったに違いない。だから私は、彼に精一杯本心を告げた。

だが、その思いは彼に届かなかった。


「……俺たちを(だま)していたのか?」

「へ!? ち、ちがっ……あ……」


ゆっくりと目を開けたリオンはとても険しい表情で私を見てきた。その目は、夢で見たような拒絶の色ではないものの、かなりの鋭さを帯びている。相当怒っているのだろう。


「俺や聖騎士団のみんなに自分は男だと(かた)って、そうとも知らずに接している俺たちを見て、何を思った?面白かったか?」

「な、んで、そんなふうにっ……」

「俺たちを(だま)して楽しかったか?」

「! 馬鹿なこと言わないでっ!そんなつもり微塵もなかったわ!!私はどうしてもっ……」


――ぽろっ。


話の途中で私の目から何かがすっと落ちた。それが私の手の甲に当たって、付近の熱を急速に奪っていく。

そのスースーとした感覚に驚いて手の甲を見ると、それが落ちたあたりだけ濡れていた。


……涙?


そう認識した瞬間、リオンからひゅっと息を吸い込む音がした。


その音に反応してゆっくりと顔を上げる。

見ればリオンが何とも言えない、しいて言えば後悔と驚愕を綯い交ぜにしたような表情を浮かべてこちらを見ていた。

無理もない。私だって驚いている。


だって私は泣くつもりなんてなかった。

でも、自分で思っていたよりも私はまいっていたらしい。一度涙が零れてしまったらとめどなく溢れてきてしまい、止まらなくなってしまった。


そんな姿をリオンに見られたくなくて、口を引き結んで顔を逸らす。

すると、リオンが決まりの悪そうな、躊躇うような声音で話しかけてきた。


「……悪い、言いすぎた。泣かせるつもりなんてなかった……。それに騙したのは君じゃなく俺の方だったな。済まない……。

 ……君に俺たちを騙すつもりがなかったのはわかっている。何か事情があるんだろうとも思っている。だが、わかってはいても頭に血が上ってしまって、冷静ではいられなくなるんだ……。だから少し一人で考えたい。しばらくここには来ない」


……え?


その言葉に驚いて勢いよくリオンの方に顔を向けた。


「ま、待ってリディ!!待って!」


そう懇願しながら夢の時と同じようにリオンに手を伸ばす。

けれどリオンは、一瞬動かした手を元の位置に戻しぎゅっと握りしめるや、ふいと私から顔を逸らして無言のまま扉の方へと歩き出してしまった。


「リディ!リディッ!」

「……」


必死にリオンを呼び止めようとするも、彼は足早に扉に向かって歩いていく。

そして、一切振り返ることもなくそのまま部屋を去っていった。

いつもご覧いただきありがとうございます。


今回長くなりそうでしたので活動報告にて裏話的なものをアップいたしました。

ご覧になりたい方は下記の作者マイページよりどうぞ。

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