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焦燥と疑問3

エリオット視点です

翌朝。目が覚めると、いつもとは違う天井が目に飛び込んできて目を瞬かせた。

寝起きで頭が働いていない所為か一瞬混乱しかけたものの、然程経たずに自分の状況を思い出す。

ああ、そうだった。あのあと事後処理に追われて副団長室にある仮眠室で寝たのだったか。


すっかり思い出した俺は、仕事に戻るかと体を起こす。


昨夜ルティナをヴェローニカに託したあと、俺の怪我に気付いた魔騎士の一人に治療を施してもらったため、今はどこも痛くない。

すんなり起き上がるとすぐ側の椅子にかかっているはずの服に手を伸ばし……途中でぴたっと手を止めた。


そう言えば、ルディが俺の補佐に就いてから彼に『仮眠室で寝るのはいいが、シャツはちゃんと着ておけ』と口を酸っぱくする程言われてやめたんだった。


その時のことを思い返しよく見てみれば、椅子の背もたれにかかっていたのは制服の上着のみ。

意識はしていなかったが、ちゃんとシャツを着たまま寝ていたらしい。

知らないうちにこんなにもルディの影響を受けていたとは。

ルディがもしも……もしもルティナだったとしたら、毎回困惑させていたのかもしれない。……申し訳ないことをしたな。


上着を手に取ってベッドから立ち上がるや、苦笑いを浮かべつつそれを羽織る。

仮眠室を出て身だしなみを整えると、その足で団長室に向かった。



団長室には団長のほかに数名の騎士たちがおり、団長がその者たちに事細かに指示を出していた。

俺はそれが終わるのを待ち、騎士たちが全員いなくなってから団長に話しかける。


「団長、寝てないのか?」

「まさか。何かあったら即叩き起こせと皆に命じて先程まで休ませてもらったさ。で、何かあったかエリオット?」

「逆だ。何か進展があったのか聞きにきたんだ」

「成程。結論から言うとさして進展はない。捕まえたやつらはどうでもいいことばかりで重要な話は一切吐かないしな」


団長はお手上げだとでも言わんばかりに両手のひらを天に向け、肩を竦める。

まあ、予想はしていたのでそれに関してやきもきするようなことは何もない。それに、ルティナのおかげで彼らが何者なのかは既に割れている。


ただ、この調子だと取り調べにもう暫くかかるだろう。

となると当然俺も待機となる。だが、寧ろ好都合だ。


「そうか、なら少し時間があるな。これからルティナ……客間にいる被害者のところに行きたいんだが」

「ああ、お前と良い仲のご令嬢だったか。しかし、時間的にまだ早いのではないか?女性は身だしなみを気にするだろう?連絡もなく行って身支度がまだだったら、さぞ恨まれるぞ。彼女が目を覚ましたら連絡させるからおとなしく部屋にいた方がいいんじゃないのか?」

「……それだとわからない」

「ん?何か言ったか?」


団長の言葉にぼそっと呟くと、それが聞こえなかったのか団長が聞き返してきた。そのため、今度は団長の目を見てはっきりと告げる。


「いや、いい。彼女の都合が悪かったら引き返せばいいだけだ。一度行ってくる」


連絡を入れてしまったら彼女に身構えられてしまう。少々気は引けるが、不意打ちで尋ねようと思う。


「そう言えば、今回の件をルディに伝えようと思ったんだが、ルディが捕まらなくて困っているんだ。ご令嬢はルディの紹介だから、話は聞いていると思うのだが……。もしかしたら単独で動いているのかもしれない。お前がご令嬢のところに行くんだったら、ついでにルディの部屋に行ってみてはくれないか?もし彼がいるようだったら声をかけておいてほしい」

「あー……そうか、単独という可能性もあるのか……あ、いや、わかった。ルディの部屋に寄ってくる。元々行く予定だったしな」


ルティナはルディの二つ隣の部屋で休んでいるとメイドから聞いている。ゆえに、端からルディの部屋に寄るつもりでいた。

もう少しで始業時間のため時間的にも丁度いい。きっと真実がわかるはずだ。


とは言え、本音を言えば団長の『単独行動』という言葉に縋りたい。

だが、縋ったところで俺の望み通りの結果になるわけでもないし、始業時間になれば自ずと判明する。


どうせ足掻いても避けられないのであれば、いっそ誰よりも先にこの目で確かめよう。

そう考え、早々に団長室をあとにしてルディの部屋へと向かった。



ルティナたちのいる客間は、俺たちの執務室がある階の一つ下の階だ。

目を覚ましたとの報告は受けていないので彼女の許を訪ねるのは些か憚られるものの、今を逃せば機会はほぼないとみていい。この際形振りなど構っていられなかった。


ルディの部屋の前まで来るとぴたりと足を止め、扉をじっと凝視する。

真実を知りたいが、もしルディがルティナだったら今までの関係が崩れてしまうような気がして非常に恐ろしい。


加えて、何とも形容し難い漠然とした『何か』が俺の胸に渦巻いているのが感じられた。

それが不安なのか、焦りなのか、はたまた戸惑いなのか……よくわからないけれど、とりあえずその感情を押し止めようと一旦目を閉じる。

そしてそのまま大きく深呼吸をし、気持ちが少し落ち着いたところで目を開け、扉を数回程ノックした。


「ルディ、起きているか?」


呼びかけてみるも、ルディの部屋からは何の反応もない。

試しに扉に耳を近づけて部屋の中の音を聞いてみるが、生活音どころかルディの気配すら感じられなかった。


それでも諦めきれずに扉の取っ手に手をかけて回してみる。だが、取っ手は回らない。



……ああ、やはりか……。



取っ手を握りしめたまま俯き目を閉じる。俺の意思とは関係なくその手が震えた。


信じたくなかった。別人だと思いたかった。

だが、現実は無情だ。俺に容赦なく真実を突きつけてくる。


いや、知ろうと行動を起こしたのはほかの誰でもない、俺自身だ。

団長の話にだって『彼が捕まらない』とあったではないか。だから俺は――


(ちゃんと覚悟していたつもりだったんだがなぁ……)


小さなため息を一つ吐くと、声を出さずに力なく笑った。



それから間もなく。

顔を上げた俺は、二つ隣の部屋に足を向けた。


俺の疑念はもうほぼ確信に変わっている。

抗いようのない事実がこの先にあり、その事実から目を逸らしたとしても、何れ必ず知ることになる。たとえ嫌でも進むしかない。


俺は意を決してルティナの部屋の扉を叩いた。


「はい」


中から聞こえてきた声は、ルティナの声とは違う女性のものだった。

ルティナの家の侍女が来ていると聞いている。間違いなくその者の声なのだろう。

それはそうなのだがこの声、どこかで聞いたような……。

不思議に思いながら扉が開くのを待つ。

すると、中から出てきたのは意外な人物であった。


「あんた……いや、君は……」

「普通にお話しくださって構いません。私は一介の侍女でございますゆえ」


姿を現したのは、イェル村の事件の際、ルディが女装をするために『その道のプロだ』と言って呼び寄せた女性だった。

彼女を見て苦笑いを浮かべる。というか、もう笑うしかない。


「イルマといったか、久しぶりだな。昨晩はヴェルフにも会ったぞ。君も彼も元気そうでなによりだ」

「お心遣い痛み入ります、イス……リオン様」


目の前の女性は、ヴェルフよりも更に美しい所作でお辞儀をする。

それを見て、ルティナの家がそれなりに位の高い家柄だとわかった。


「俺のことは好きに呼んでくれ。ところで、ルティナの様子はどうだ?まだ眠っているのか?」

「はい、申し訳ございません。お嬢様はまだお休み中でございます。どうかおひき……」

「なら、君に話がある。ここで立ち話をするには少々込み入りすぎた話だ。君もルティナの側から離れるのは嫌だろうから中で話をしたい。入れてもらえないだろうか?」


ルティナのいる客室はルディの部屋とは違い二部屋ある。寝室は奥にあるため、俺が中に入ったとしても女性の寝室に入ったことにはならない。

但し、目の前の侍女と二人きりになるのもあまりよくないため、扉を少し開けて密室を避ける必要はある。だが、それでも俺は彼女と話がしたかった。


「私、でございますか?……確かにお嬢様のお側を離れるわけにはまいりませんが……。かしこまりました、とりあえず中にお入りください。私がお話しできることでしたらいたしましょう」

「すまない、感謝する」


そうして部屋の中に入る。

近くにあった応接セットのソファを勧められたがそれを固辞すると、扉から少し離れた辺りまで進み扉が少し開いているのを確認して、立ったまま話を切り出した。


「さて、君はルティナの侍女、だな?」

「……お嬢様の御父君であるとあるお方に雇われております。ここに通される際にそう説明していたはずですが」

「ああ、そう聞いている。だが、君の口から聞きたかった。ヴェルフも君の同僚だな?」

「誠に申し訳ございませんが、そういったお話は旦那様やお嬢様の許可がない限りお話しできません」


どうやらルティナの家は使用人に対してしっかりと教育をしているようだ。彼女の表情は硬く、何があっても彼女は口を割らないだろう。


「それもそうだな。なら話を変えよう。君はルディの知り合いだ。そして、ルティナの家で働いている。それに相違ないな?」

「……さようでございます」


俺が何を訊こうとしているのか何となく察したのかもしれない。彼女の眉がほんの一瞬だけ動いた。

だが、俺は遠慮なくその続きを口にする。


「これ以上遠回しに訊くのも面倒だ。はっきりと言おう。ルディの正体はルティナなんだろう? ここに来る前にルディの部屋に寄ってきたが誰もいなかった。それに、ルティナとルディの顔が同じだった。姉弟とかで片づけられないくらいにな。そこにきての君だ。言い逃れもできないはずだ」

「誠に申し訳ございませんが、そういったお話もすることができません。どうしても真実をお知りになりたいのでございましたら、お嬢様に直接お尋ねくださいませ」

「ふっ、やはり口が堅いな。何かの手掛かりが得られればとも思ったんだが……わかった、直接本人から話を聞……」


「……うぅ」


「……ルティナ?」


俺の話を遮るように隣の部屋からルティナの声が微かにした。だが、その声はどこか苦しそうだ。彼女の身に何か起こったとでもいうのか?

そう思った途端、俺は無意識裡に体の向きを変え、走り出していた。


「どうした!」

「あ、お待ちください、イストゥール様!!」


後ろから俺を呼び止めようとするイルマの声が聞こえてきたが、俺の頭の中はルティナのことで一杯で、何も考えられなかった。

マナーだとか常識だとかそういったものが抜け落ちていたと言ってもいい。


何せ、今の彼女は魔力が著しく少ない状態だ。

俺のような魔力が少ない者には縁遠いものだが、魔力が多い者にとって魔力の枯渇は命に係わる。


昨夜、あの場所で彼女は尽きかけていた魔力を使って手足の縄を解いた。そのうえで戦闘もこなしている。

それだけでも酷い状態だろうに、彼女は攫われてからずっとあの場所にいた。魔法陣が描かれてあったあの場所に。


いくら護りの腕輪とやらに護られているとは言え、魔力が枯渇しかかって彼女が気を失ったのは事実だ。加えて、魔力が少ない状態はなおも続いている。

ヴェルフは大丈夫だと言ったが、あれから彼に診てもらっておらず、時間はかなり経っている。

そこにきて彼女の先程の苦しげな声だ。

俺は彼女の容態が悪化したのではないかと考え、焦った。


「ルティナッ!」


寝室の扉を勢いよく開けてルティナが眠るベッドに駆け寄り、彼女を窺う。


「……よかった、無事……でもないな」


幸い彼女に命の危険はなさそうだったが、代わりに苦しそうな表情を浮かべて「いや」とか「行かないで」とか呟いていた。夢に魘されているのか?


「ルティナ……大丈夫だ」


一瞬逡巡したものの、彼女があまりにもつらそうな顔をしていたため、掛け布団の上から彼女の肩らへんにそっと手を置き、声をかけた。

直後、彼女の瞼がゆっくりと上がる。それを見て瞬時に悟った。


――今しかない。


きっとこの時をおいてほかに機会は得られないだろう。

騙し討ちのような形になるのは正直心苦しい。

けれど俺はその心に蓋をして、寝起きで頭がはっきりしていない彼女に話しかけた。


「よぉ、ルディ(・・・)、気分はどうだ?」

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