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焦燥と疑問2

エリオット視点です

「ティ……」

「待て!ここで彼女の名を出すのはまずい。『ご令嬢』とか『お嬢様』とか何でもいいから、とにかく彼女の名だけは出すな」


アマーリエの開口一番はルティナの名だと確信していたため、すぐに彼女の言葉を遮った。

万一にもルティナの身元に繋がるようなことがあってはならない。ともすれば彼女は疵物(きずもの)とされてしまうからだ。

アマーリエも俺の言葉の意味を理解したようで、真剣な面持ちでこくりと頷く。


「そうですね。わかりました。それにしてもなんてひどい……。どこの誰が彼女をこんな目に遭わせたのですか?」


顔を歪めながらアマーリエが低い声で問う。相当腹に据えかねているようだ。

これは少々まずいな……。俺の返答次第ではアマーリエが暴れ出してしまう恐れがある。

そのため、彼女がこれ以上怒りを爆発させないように、できるだけ慎重に言葉を選んだ。


「許せないのは俺も同じだが、彼女が自分自身の手で制裁を加えていたから、あとは国の専門機関に委ねろ」

「うー……。いろいろ思うところはありますけど、彼女が既にやり返したのなら仕方ないですね……」


俺の言葉にアマーリエは渋々ながらも怒りを静めたようだ。まずは一安心である。

しかし、油断はできない。『ティナ様が心配ですから』とアマーリエにつき纏われたら厄介だ。

よってそれを阻止するために、俺は彼女に任を与えることにした。


「そんなことより任務だ、アマーリエ・ローエンシュタイン第三部隊部隊長。すぐに部隊を引き連れて、残党捜索の手伝いに回ってほしい。フィン・ディートマー第三部隊副部隊長は、第二部隊に捕らえた者たちの護送をするよう伝えてくれ。それから、俺の補佐として一人こちらに回してほしい。第二、第三どちらの部隊からでも構わない。アマーリエ隊長、そんな心配そうな顔をするな。彼女なら大丈夫だ。俺が責任をもって信の置ける者に託す」

「……承知いたしました。フィン第三部隊副部隊長、聞いていましたね?行きますよ!」

「はっ!では副団長、俺たちはこれで」

「ああ、頼む」


二人はびしっと敬礼をしたあと、くるりと向きを変えてすたすたとこの場から歩き去っていった。


(……ふぅ。なんとかうまくいったか……)


アマーリエとフィンの小さくなった後ろ姿を見ながら安堵のため息を一つ吐くと、すぐさま癒しを求めるようにルティナの顔を見た。

魔力が底をついているにもかかわらず、彼女に苦悶の表情は見られない。ヴェルフの言うように、嵌めている腕輪のおかげなのだろう。

いよいよほっとして、俺の中に周囲を窺う余裕が生まれた。


そうして顔を上げて周りを見れば、この場にいるのは俺とルティナの二人だけだった。

ヴェルフは先程アマーリエが駆けてきた際に恐れをなして、おざなりに挨拶するやそそくさとこの場から離れているし、騎士たちは皆それぞれ忙しく動き回っている。


(さて、アマーリエ隊長にはああ言ったが、誰に託そうか……)


今この場に、彼女を安心して託せる者などほぼいない。かと言って、俺が持ち場を離れるわけにもいかない。

何せ俺は、団長から第二、第三部隊の指揮権を一任されているのだ。

となれば、何としてでも適任者を見つけ出し、その者に彼女を託さなければならない。


男は論外、少なくとも女性。更に、信の置ける者は……。


(……ん?)


つらつらと思案していた俺が何気なく目を落とした瞬間、つと目に入ってきたルティナの顔に既視感を覚えた。

そう言えば、このような状況を俺は一度体験していた気がする。どこだったか……。


思い出せないのは何だかもやもやするので、懸命に記憶を辿る。

すると一瞬、記憶が蘇った気がした。だが、すぐに脳裏から消えそうになる。

そこを無理矢理引っ張り出すような感じで強引に記憶を辿っていく。そして――




「……は? え?…………ル、ディ……?」




あり得ない人物とルティナが重なり、気が付けばぼそりとその名を呟いていた。


……いや……まさか…………嘘だろう?


確かに、ルティナとルディは瞳の色が同じだし、雰囲気もよく似ている。とは言え、ルティナがルディの姉とか従姉と考えれば何もおかしいことではない。

……が、本当に似ているだけか?この寝顔はあの時のあいつと全く同じではないのか?


……いや、ルティナは女性でルディは男性だ。抑々(そもそも)の性別が違う。

それに、ルディが貴族女性なら、まず髪を切ったりはしないだろう。


貴族女性が髪を短くするのは罪人に落ちた時だけだ。

数か月程前にルディはバッサリと髪を切っている。あれからは切っていないようなので肩に届くくらいには伸びているが、それでもほかの令嬢よりはるかに短い。

仮にも俺に釣り合う身分だという彼女が、そんな大胆なことをするだろうか?そう考えると首を傾げざるを得ない。


しかし、ルティナがわざと髪を切って変装していたとしたら?

普通はあり得ない話なのだが、そう仮定するといよいよ否定が難しくなった。


何故なら、ルディがルティナだとすれば、辻褄が合うことばかりなのだ。

ルディの仕種とルティナのそれがそっくりだったり、考え方が似ていたり、先程のルティナの剣技や動き方がルディと瓜二つだったり……。


ほかにも、イェル村でルディが女装した時はまるで女性そのものだったし、ルティナと手を繋げば密かに剣だこが気になった等々、違和感を挙げたらきりがない。


そうして考えれば考える程、いろいろなピースがかっちりと嵌まっていくのが嫌でもわかった。

別人だと、俺の思い過ごしだと思っていたのに……。


だが、一体どうしてルティナが男装なんて……いや、まだだ。まだそうだと判明したわけではない。

正直なところ、信じたくない気持ちの方が大きいし、状況もうまく把握できていない。


ただ、それも明日の朝……勤務時間がくれば俺の意思に関係なく判明するだろう。

仕事に忠実なルディが無断欠勤するとは考えにくい。

つまり、勤務時間にルディが城の大塔(軍本部)にいるかどうかで全てが決まるということ。

俺はその時がくるのをただただ待つしかない。それまではどうやったって俺の疑問はなくならないのだ。


とは言え、彼女への接し方について現時点でも相当困っている。できれば別人だと言ってほしい。

それと言うのも、彼女がルディかもしれないと思うと今までの接し方がわからなくなり、こうして抱き上げていていいのかすら戸惑われるのだ。いやはやまいった。

尤も、そうかと思えば今度は『ルティナを離したくない』との思いが湧き出てくるのだから実に笑える。


(……俺って意外と嫉妬深いうえに独占欲があったんだな……)


自分の知らない一面を知ってしまい、一人力なく苦笑した。その直後。


「誰かと思ったら副団長様(・・・・)じゃない」


突如後ろから声をかけられて振り返ると、魔法騎士隊の隊長であるヴェローニカがそこにいた。

彼女が来ていることに気付けなかったとは何たる不覚。


「……何の用だ、ヴェローニカ」

「そう邪険にしなくてもいいじゃないの……って、あら?その女性はどなた?見たところ大分魔力を失っているみたいだけど」

「……」


醜聞にもなり得るので、あまり多くの人の目に彼女の姿を触れさせたくない。

ルティナをぐっと抱え込んでヴェローニカの視線から守る。

すると何を思ったのか、ヴェローニカが意味ありげな嫌らしい笑みを浮かべて俺を見てきた。……なんか腹が立つ。


「まあ、そんなに大事に抱え込んじゃって。余程大切な人なのね?だったらなおのこと、早々にその方をゆっくりさせてあげた方がいいんじゃない?」

「……そうしたいのはやまやまだが、ほかの男どもに託したくない」


何故だか負けた気がして顔を逸らしながらそう言うと、ヴェローニカは驚きの声を発した。


「あらら、独占欲丸出しとは意外だわ。あ、そうだ。なら私がその女性を聖騎士団の客間に通しておきましょうか?どうせもう魔騎士の役目は終わったし」


その言葉に、顔を勢いよく戻して口を開く。


「は?魔騎士の役目が終わったって……建物内に魔法陣があるはずだぞ?」

「あ、それはもう第二師団の師団長が壊したそうよ?さっき術者も捕らえたって報告があったわ。あ、ほら。彼がこっちに来ている。あんたを捜しているみたいね」


そう言われて彼女の視線を辿ると、確かに第二師団長がこちらに向かって歩いてきていた。

ルティナを託せる者を探してふらふらしていたため、先程の場所から大分離れた場所まで移動していたようだ。


それは統率者としてあまり褒められた行動ではない。早く任務に戻らねばと省みる。

けれど、ルティナを抱き上げたまま任務に当たるわけにもいかず、ヴェローニカに託すか否かと思案に暮れた。


そんな俺をよそにヴェローニカが話を続ける。


「うちの部隊は優秀だからね、もう魔法陣の解析も終わっている頃よ。さ、どうするの?」


ヴェローニカに問われて視線を第二師団長から正面に戻すと、ほかに適任者もいないと判断し、非常に癪だが彼女にルティナを託すことにした。


「……この()をくれぐれも頼む」

「了解。任せてちょうだい」


俺は抱いていたルティナの顔を再び見てから、彼女をヴェローニカに託した。

魔術師とは言っても一応騎士でもあるため、ヴェローニカはそれなりに腕力がある。ゆえにいとも簡単にルティナを横抱きにすると、すたすたとこの場から去って行った。


本当なら俺が彼女を安全な場所に連れて行きたかった。だが、こればかりは仕方がない。

俺は彼女らが見えなくなるまで見送ったあと、気持ちを切り替えて任務に当たった。

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