焦燥と疑問1
エリオット(リオン)視点です。
ルティナの体が傾く。
俺は咄嗟に手を伸ばして、彼女を抱き留めた。
これで彼女が怪我をすることはないだろう。
だが、安心したのも束の間。いくら呼びかけても腕の中にいる彼女は、俺の胸元に添えた手指をぴくりと動かすだけで、目を開ける様子は一向にない。
それだけならまだしも、どうしたものかと途方に暮れる俺をよそに、彼女は意識を失ったようだった。
途端に彼女を抱き留める腕に重みが増す。
慌てて彼女を抱き直すと、彼女に異変がないのを確認して辺りを見回した。
建物の中はしん、と静まり返っており、ならず者たちと主犯の男らが倒れているだけで周りには何もない。危険はなさそうだ。
ここにいても状況は変わらないだろうし、ルティナをこのままにしておけない。
一旦外に出た方がよいとみて、ルティナを横抱きにした。直後――
「ご無事ですか、副団長!」
突如声をかけられて反射的に声のした方を見れば、入り口の辺りに聖騎士団第二師団の師団長がいた。
「第二師団長、来てくれたのか。団長に話がいったようだな」
そう言って彼の許に行こうと足を一歩踏み出す。だが、すぐにルティナの置かれている状況を思い出し、二歩目の足を一歩目の横で止めた。
そんな俺の行動を気にするでもなく、第二師団長が話を続ける。
「はい。それでかねてよりこの件の担当だったうちの師団が派遣されました。あ、それと……」
「副団長、俺もいまーす!」
「……なっ!?」
第二師団長が真面目な口調で話をしている最中に、場違いにも似た緊張感のない声がしたかと思えば、第二師団長の後ろからひょこっと見覚えのある……寧ろ見覚えがありまくる人物が姿を現した。
「第三部隊は団長のところじゃないのか、フィン?」
「やだなぁ、副団長。想像してみてくれよ、うちの隊長だぜ?崇拝している人物が攫われたと聞いておとなしくしていると思うか?」
「……」
察した。嫌というくらいに察した。
あのアマーリエのことだ。ルティナが攫われたと聞くや、全てを破壊し尽くすが如くにさんざっぱら暴れ、根負けした団長から許可をもぎ取ってすっ飛んできたに違いない。
目を閉じなくともその光景がありありと脳裏に浮かぶ。……頭痛がしてきた。
「……その隊長は今どこに?」
「さすがにあの調子のまま突入させるわけにはいかなかったから、外でノアとともに待機してもらっている。今もノアが頑張ってるはずだ。……んで?彼女は大丈夫なのか?」
フィンは俺の顔に向けていた視線を下にずらすと、そう尋ねてきた。その表情はルティナを心配してか少しばかり曇り気味だ。
でも、だからと言って安心させるための嘘を言っても仕方がない。正直に彼女の現状を伝える。
「ああ。詳しく診てもらわないとわからないが、気を失っているだけだと思う」
「そっか。何ともないといいな。あ、そうだ。副団長、団長からの指示があるぞ。第一師団の第二、第三部隊の指揮を、第一師団の副師団長である副団長に一任するってよ。だから彼女のことは俺に任せて、ちゃっちゃと指揮しちゃっていいぜ。んじゃ、彼女をお迎えに……って、うわっ!?なんだここ!」
フィンが建物内に一歩入るや否や、飄々とした態度を一変させて驚愕の表情を浮かべた。そしてすぐさま元の位置に飛び戻る。一体どうしたというのか。
「どうした、フィン?」
「ふ、副団長、気付かないのか!?魔力ガンガン抜かれてるぞ!彼女を連れて急いでここから出た方がいい!」
……は?魔力が抜かれている?それじゃ、彼女が気を失ったのって……。ま、まずい!急いでここを出なくては!
彼女を横抱きにしたまま慌てて入り口に行く。
飛び出すように外に出ると、そこには聖騎士団の第二師団と第一師団の第二、第三部隊、そして魔法騎士隊の魔騎士たちがいた。
どうやら団長はここの制圧に相当気合いを入れたようだ。
少し離れたところでは、前傾姿勢で建物に向かおうとしているアマーリエと、彼女の背後からそのお腹に腕を回して、微妙に引き摺られながらも必死に彼女の動きを制しているノアの姿があった。
これは……触らぬ女神に祟りなしだな。
二人を見なかったことにしてフィンの方に顔を戻す。
「助かった、フィン。それにしてもよく気付いたな」
「あー、俺一応魔法が使えるから。建物に入った瞬間、一気に魔力が抜けていったから何事かと焦ったわ」
「あ、おっしゃるとおりですね。魔道具ではここまでの威力は出せないでしょうから、おそらく建物の中に魔法陣と術者がいるはずです」
「!? あ、あんたは……!」
俺とフィンの会話に突如割って入ってきた人物を見る。
仄暗い場の中、更に闇を纏ったかのような髪色の男が建物の中に足を一歩踏み入れてそう言った。……が、すぐに向きを変えてこちらに戻ってくる。
その男の顔を見て俺は目を瞠った。見知った顔だったからだ。
男は俺たちの前でぴたりと足を止め、以前とは別人ではないかと思える程優雅な仕種でお辞儀をしてきた。
「リオン様、ご無沙汰しております」
「あんた、確かイェル村の時の……」
「はい、ヴェルフ・グルリットでございます」
やはり彼はあのイェル村の事件で賊たちに雇われていた魔術師か。
ルディの話によれば、彼はルディの伝手でとある家の専属魔術師になったらしい。
だがその専属魔術師となった彼が、何故魔法騎士隊に交じってここにいるのだろうか?
疑問に思いながらも言葉を返す。
「……随分と見違えたな」
「雇われた先でみっちりと扱かれましたので」
そう言って彼が苦笑する。
その表情から、所作などを徹底的に叩き込まれたのだと窺い知った。この短期間でよくまあここまで矯正できたものだ。
そんなどうでもいいことを考えていると、ヴェルフが再び口を開いた。
「それよりも、早く中の魔法陣を壊した方がよろしいかと。ただ、魔力が多い者ですと命に係わりますので、魔力がないか若しくは魔力が少ない者が適任だと思います」
「ならば自分が行こう」
そう名乗りを上げたのは、第二師団長だった。彼なら魔術師相手でも遅れをとることはないだろう。
「頼む、第二師団長」
俺がそう言うと第二師団長は力強く頷いて慎重に建物の中に入っていった。
彼ならば安心して任せられる。ゆえに俺は、とりあえず疑問だった事柄を目の前の魔術師に尋ねてみることにした。
「それにしても、どうしてあんたがここに?」
「はい、ある方のお供で王城に行った帰りに、慌てた様子で馬を駆る魔法騎士隊と遭遇し、その折に私の主が魔法騎士隊の隊長と話をいたしまして、私が現場に派遣される次第となったのでございます」
「魔法騎士隊隊長までいるのか……。いや、だがあんたは魔騎士じゃないだろ?」
先程も触れたが、彼はどこかの家の専属魔術師になったはずだ。いくら彼の主人が話をつけたからといっても、相手はヴェローニカだぞ?線引きはしっかりする彼女がそう簡単に頷くとも思えないが……。
「ええ。そうなのですが、実は私は補助魔法や魔力の流れに関してかなり特化しており、それを魔法騎士隊隊長もご存知でしたので……」
「成程、そういうことか。なら、あんたに一つ訊きたいんだが、ル……彼女の状態はわかるか?」
城に戻ったら魔法師団師団長にルティナの様子を診てもらおうと思っていた。
だが、師団長に頼むより眼前の人物に診てもらう方が早いし、何より安心して彼女を任せられる気がする。そう思ってヴェルフに尋ねてみた。
すると彼は、彼女の顔を見るなり優しく微笑んだ。
「お嬢様は大丈夫です。魔力はほぼ底をついておりますが、護りの腕輪を身に着けていらっしゃいますので、命の心配はございません」
「護りの腕輪?これは……魔道具か?」
改めて彼女の手元を見れば、彼女の手首に細やかな模様が施された銀の腕輪が嵌められており、それが淡い光を放っていた。
「ええ、発動しているようですね。光が強いというわけではありませんが、興味の対象となっても困りますので、念のためにこちらの光を隠蔽しておきましょう。魔騎士と言えど、習性的には魔術機関の方々とさして大差はないですから……」
そう言うなりヴェルフが彼女の腕輪のあたりに手を翳す。すると、腕輪の光が一瞬にして消えた。
「これで大丈夫でしょう。それより、早くお嬢様をどこか落ち着ける場所で休ませた方がよろしいかと」
「ああ。そうさせてもらう」
「あ、副団長。それなら俺が代わりに彼女を……」
ヴェルフの言葉に俺が同意すると、すかさずフィンがルティナに手を伸ばしてきた。それをさっと躱す。
「触るな。男どもの手には絶対に触れさせない。アマーリエ隊……いや、あれもだめだった」
ルティナを崇拝していてもおかしくないアマーリエが、彼女の容態を知れば怒り狂うだろう。下手をすれば誘拐犯らが死ぬ。比喩ではない。本気でだ。
また、よしんばアマーリエの怒りを静めるのに成功したとしても、ルティナにつき纏って離れないのは目に見えている。安心してルティナを任せるには些か心許ない。
しかし、時既に遅し。俺が彼女の名前を呼ぼうとして顔を向けたのがまずかった。
呼ばれたと勘違いしたのか、アマーリエが嬉々としてこちらに向かってきたのだ。
ノアもノアで、俺が顔を向けたのを『許可が下りた』と勘違いしたらしく、ぱっとアマーリエのお腹に回した手を離してしまった。当然彼女は自由だ。
「!?」
枷を失ったアマーリエが物凄い勢いで走ってくる。何故だか鬼気迫る勢いだ。
そのあまりの勢いに俺は反射的に逃げそうになったが、ルティナを抱く俺よりもアマーリエの方が足が速い。
結果、逃げる間もなく俺たちの許にアマーリエが到達した。
いつもご覧いただきありがとうございます。
以下、補足という名の裏話です。
ヴェルフはあえて語りませんでしたが、ルートヴィヒとヴェルフは公爵家からマルティナが誘拐されたとの報せを受けて、公爵邸に急いで戻っている最中でした。
その際に魔法騎士隊と遭遇。
ルートヴィヒとしては、無理をしてでも魔法騎士隊について行きたかったのですが、自分が動いた場合のリスクを考えて泣く泣く諦めました。
その代わり、善意の申し出を装ってヴェルフの派遣をヴェローニカに進言しております。
エリオット(リオン)の話はあと二話続きます。早めに終わらせられるよう頑張ります。




