背中を護る者2
「悪いが手加減しねぇぞ」
そう言うなり男は勢いよく斬りかかってきた。
その剣を正確に捉えて鉄の棒で軌道を逸らすと、すぐさま後ろに飛び退いて再び鉄の棒を構える。
本当はもっとうまく男の攻撃を往なしてやりたかったのだけれど、襲いくる睡魔と倦怠感がそれを許してはくれなかった。さっさと片を付けてリオンの許に行きたいのに……。
「ルティナ!!」
「っ!? 大丈夫よ、この男は任せて!」
どうやら知らないうちに焦っていたらしい。
意識が目の前の男から逸れていたようで、リオンに名を呼ばれて漸くそのことに気付いた。
(まったくこの人は……いつでも私を救ってくれる)
あり余る程の感謝の気持ちと愛おしさを胸に抱きながら、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
そうして気持ちを落ち着かせて改めて眼前の男に集中すると、今度は私から男に向かっていった。
右、左、左、薙ぎ……ああ、そうだ。この感覚だ。
いつもの感覚が蘇ってきたのか考えるよりも先に体が反応し、男に攻撃を加えていく。
多少武器が短くて感覚が狂い気味ではあるものの、目の前の男に後れを取るつもりはない。
寧ろ気持ちが昂っている分、不調を差っ引いても普段より動きが冴えわたっている気がする。それを証拠に、ほら、もう終わりだ。
「はっ!?しまっ……が、はっ……」
皆まで言わせることなく鉄の棒を振るって、男の鳩尾に強力な一撃を食らわせる。
すると男の体がぐらりと傾いた。よって、止めとして鉄の棒を項部に叩き込む。
男は崩れるように両膝を床に付けると、お腹を抱くようにしながら床に突っ伏し、そのまま静かになった。
「ふぅ……」
まずは一人。次はリオンと戦っている者たちだ。
そう思い視線をすっとリオンに向ければ、彼の背後でこそりと動く影があった。
それを見て、慌ててリオンの許へと走り出す。
その影――男は、リオンが前面の敵に意識を囚われている隙にリオンの真後ろにやって来て、さっと己の得物を振りかぶる。
だが、男が得物を振り下ろす寸前。私は走る速度をそのままに、全体重を鉄の棒に乗せてぶつかるように男の体側を突いた。チャージ攻撃だ。
「ぐぁっ……!!」
助走の勢いと全体重を乗せた攻撃に、男はいとも容易く弾き飛ばされる。
ぶつかったのは鉄の棒なので、男の体に接した面は極僅か。だからこそ余計に破壊力が増す。これで暫く男が起き上がることはないはずだ。
そうして男が吹っ飛んでいなくなったのをいいことに、私は男が陣取っていた場所にさも当然のようにすっと収まり、リオンとは逆の方を向いた。所謂背中合わせというやつだ。
「やるな、ルティナ。君が戦えるとは思わなかった。助かった!」
背後からリオンの声。
彼は会話の最中もならず者たちと剣戟を交えていたようで、始終金属同士のぶつかり合う音がしていた。
私はそんな彼の方にできるだけ顔を向けて、忘れないうちにある話をする。
「リディ、彼らはグラティア卿とイーデ男爵よ!多分、一連の事件の犯人だわ!」
「なっ!?くそっ!」
私の言葉にグラティア卿が顔を歪めてこちらを見てきた。その目は言わずもがな憎々しげだ。
「でかした、ルティナ!今聖騎士団がこちらに向かってきているはずだ。それまで持ち堪えられるか?」
背中合わせのためどんなに頑張っても、顔を真後ろに向けることはできない。
それでも、見える範囲内において彼が私の方に顔を向けていて、更にその口元が上がっているのがわかった。
それから想像するに、彼はいつものようににっと笑っているのだろう。実にリオンらしい。
そう思えばこそ、私の口角も自然と上がった。
「勿論よ!だって私の背中はあなたが護ってくれるのでしょう?」
「ああ、当然だ。ありとあらゆるものから君を護り抜こう」
軽口を叩くように言った私の言葉に、軽口のようでいて軽口ではない、リオンの本気の言葉が返ってきた。
その言葉に胸が高鳴る。
とは言え、この状況下だ。ロマンチックな雰囲気に包まれている場合ではない。
とりあえずこの胸の高鳴り――不調からくる動悸かもしれないが――を落ち着けるために、思い切り深呼吸をする。
すると、乙女チックな高揚感が次第に臨戦時の高揚感に変わってきた。
それは、女性的な観点からすればなんとも残念なものだと言わざるを得ない。
だが、これが私だ。今更変えられない。
「ふふ、頼もしいわね。だったら私も負けていられないわ。あなたの後ろの敵は全て叩き伏せるから私に任せて?」
「やはり君はただ黙って護られているだけの女性ではないな。よくわかった。俺の背中を君に預けよう!」
そう言ってリオンが身動ぎする。その動きから彼が剣を構え直したのがわかった。
よって私も様にはならないが、鉄の棒を構えて正面を見据える。
「何故……何故お前がここにいる!手足を縛っていたし、魔法も使えなかっただろうが!」
突如グラティア卿が怒声を発した。恐らく私に向かって言ったのだろう。
だが、彼はリオンに剣を向けているため、既に正面を向いていた私には彼の様子を窺い知ることはできなかった。
そのため、くるりと向きを変えてグラティア卿の方を向く。
「まあ、確かに派手な魔法は使えなかったわね。でも縄を切るくらいならなんとかなったわ。あなたたちが使用している装置、壊れているのではなくて?」
小首を傾げながらそう言ってやったら、途端にグラティア卿たちが異形なものを見るような目で私を見てきた。
同時に、怒声だった声が震えたものになる。
「ば……化け物っ!!」
「まあ、失礼しちゃうわね!私は至って普通の女の子よ!」
「……普通?」
驚愕の色を満面に浮かべてリオンが私を見る。いや、こっちが驚愕だわ。
「なんでそこでリディが『いや嘘だろ、おい……』みたいな顔すんのよ!?」
「悪い、君がこの男とばかり話をしているからつい」
「はいっ!?」
こんなところで突然そんなことを言うのはやめてほしい。恥ずかしさのあまり緊張感が吹っ飛ぶではないか。
……もう吹っ飛んでいる気がしないでもないけれど。
「ルティナ?」
「…………ああ、もうっ! さっさと片付けるわよ、リディ!」
あまりにも居たたまれなくなりばっと勢いよく向き直ると、締まりがなくなった雰囲気を強引に変えて、再び鉄の棒を構えた。
それを合図と捉えたのか、次々とならず者たちが斬りかかってくる。
私は鉛のように重い体に鞭打って、その者たちを一人ずつあしらっていく。無論、リオンには指一本触れさせない。
いくら体が動かなくたって私は私だ。『クルネールの戦乙女』の娘で『この国一の魔術師(一部の魔術師談)』の娘。そう簡単にやられはしない。
一方のリオンも、怪我など大したことではないかのような動きを見せている。
背中合わせだから直接彼の動きを見ているわけではないけれど、彼の相棒をやっていれば彼の動きを読むことなど造作もない。
まあ、彼の動きに合わせて男たちの不明瞭なうめき声が聞こえてくるから、何が起こったのか察しやすいというのもあるのだけれどね。
そんなわけで、私は何も気負うことなく前面の敵に集中していた。
……いや、その言い方は正しくないのではっきりと言おう。後ろをリオンに委ねて目の前のならず者たちを倒していくこの行為が心底楽しくて仕方がなかったので、これ幸いと相手を殴っていた。
今まで気付かなかったが、意外とグラティア卿とのやり取りにストレスが溜まっていたみたい。鉄の棒でならず者たちを殴るのが楽しいのなんの。
それに、彼の戦い方を知っているからどのように動けばいいのかがわかるし、彼も私の動きをちゃんと見てくれているらしくて戦いやすい。一人で戦うより楽しいだなんて初めてだ。
(このままずっとこうしていられたらいいのに……)
いつかは終わりがくるこの状況を前に、そんな願いが頭をもたげる。
けれど、それは永遠に叶わぬ願い。彼はきっと彼女の許に行ってしまうから。
でも、今だけは……。
(……ううん、だめよ。あの子を悲しませたくないもの)
小さく頭を振ってその思いを払拭すると、私は鉄の棒に力を込めて容赦なく振るっていった。
やがて、リオンを相手にするのは分が悪いと判断したのか、グラティア卿たちが私の方に狙いを定めてきた。
だが、甘い。リオンがある程度の戦力を削いでいてくれたので、不調の私がまとめて相手をしても倒せる者たちしか残っていなかった。
一番強かったあの男は、現在のびているしね。
ゆえに、リオンの優しさに甘えるように男たちを殴っていく。
――ドコ、ドコッ、ドカッ!
「……」
相変わらず締りが悪いが、仕方がない。後ろでリオンが「ぶはっ!」と噴き出しているのもあえて無視をする(勿論あとでお説教だけれど)。
そうして、黙々とならず者たちを殴っていった結果、残るはグラティア卿とイーデ男爵のみとなった。
「えっ?えっ?」
「……くそっ!!」
イーデ男爵が周りを見回して困惑の表情を浮かべ、グラティア卿が悪態をつく。
「もうあなたたちしかいないみたいね。どうする?おとなしく降参する?それとも、破れかぶれで私を攻撃する?私は構わないわよ。あなたたちの力量ならどうってことないし」
「言わせておけばっ!!」
軽く挑発してみたらグラティア卿があっさりと乗り、剣で攻撃してきた。それを鉄の棒で受け止める。
とは言っても、力は当然グラティア卿の方が上だ。彼もそれをわかっているので力任せで押し切ろうとしてくる。
そこでさっと真横にずれ、鉄の棒に込めていた力を抜いてその状態を打破した。
「うおっ!?」
「やぁっ!」
勢いあまってグラティア卿が前につんのめったところで、背中に強い一撃を加える。
「ぐ……」
グラティア卿は受け身の姿勢をとりながらどさっと地面に倒れ込み、そのまま動かなくなった。このくらいでは死なないはずなので多分気を失ったのだろう。
彼はこれでいいとして。さて次は、と。
「わっ、待って!降参します。お願い、殴らないで!」
イーデ男爵の方に顔を向けると、彼は両手のひらをこちらに向け、顔の脇まで上げて降参の姿勢を取った。
そのため、一応警戒はしながらも構えていた鉄の棒を脇の方へと下ろす。
すると私の動きに合わせてイーデ男爵がほっとしたような表情を浮かべた。
だが――
「あ……」
「がっ……!」
リオンは容赦する気がなかったらしい。イーデ男爵の後ろに回ったなと思ったら、私が制止をする間もなく、剣の柄で彼の後ろ頸部を思い切り叩いた。
その攻撃は見事に決まり、イーデ男爵は派手な音を立ててその場に倒れた。
「もう、リディったら」
「念のため、な」
リオンがにぃっと笑いながら言う。
そんなリオンを見ると怒るに怒れず、私は苦笑いを浮かべた。その瞬間。
(……あれ?)
気が抜けたのだろうか。くらっと眩暈がした。
同時に意識していなかった体のだるさが一気にぶり返してくる。
「……ルティナ?」
私のちょっとした変化に気付いたのか、リオンが心配そうな表情を浮かべ、こちらに寄ってきた。
「大丈夫よ。ちょっと……疲れたみ、た……」
「え、おい。ルティナ!」
リオンを安心させようと思ったのに物凄い勢いで眠気が襲ってきて、最後の方は言葉にならなかった。
この感覚はどこかで体験したような……。どこだっけ?
いや、それよりもこれ以上目を開けていられない。必死に抵抗しているのに遂には瞼を閉じてしまった。
それとともに体の力がふっと抜け、前に傾く。
ああ、だめだ。このままでは顔を殴打してしまう。けれど、もう体が動かない。
仕方なく衝撃に備えていたら、激しい衝撃ではなく、とん、と少しだけ硬くて弾力のある何かに顔をぶつけた。
直後、温かいものに包まれる。
温かい……このまま眠ってもいいかしら……。
「おい、ルティナ!」
……聞こえているわ、リディ。でも、もう声も出せないの……。
意識は辛うじてあるものの、返事をすることがかなわず、真っ暗闇の中で私の名を呼ぶリオンの声を聞く。
それはとても近い場所から……そう、私の頬に触れる温かい何かから伝わってきているようにも思える。
私はそれを子守歌のように感じながら、私を夢へと誘う睡魔に己の意識を完全に委ねたのだった。




