消えた公爵令嬢
短めですが兄のルートヴィヒ視点です。
予め謝罪しておきます。済みません、我慢できずにギャグに走りました。
「ルートヴィヒ様、大変でございます。お嬢様が行方不明になられたそうです」
この男は表情筋と言うものが存在しないのか…。
大変だと言いながら、相も変わらずの無表情で告げる私の侍従だが、そんな彼も多少は動揺しているらしい。声が少し掠れていたからだ。
私はその声に反応して集中するのをやめた。今聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
あと外が騒がしく、なんか雄叫びのような悲鳴のような、如何とも言い難い声も聞こえる気がする。気の所為であってほしいものだ。
「ティナが行方不明?素手でグレートベアすら倒せそうなあの妹が?」
「私は冗談でこんなことを申したりはいたしません。それにお嬢様なら確実に素手でグレートベアを倒せます。ではなく…つい先ほどお嬢様付き侍女のイルマが血相を変えて、旦那様の執務室へ突撃し、そう申しておりました」
「……詳しく教えてくれ」
多少どころか相当混乱している様だが、この際無視する方向でいく。
侍従の話によるとティナは私と話をした後、入浴を済ませ一人になって休みたい、と侍女を下がらせたそうだ。
そして一人になったティナは、侍女が夕食の用意が整ったと呼びに来るまでの間に忽然として消え失せていたらしい。
彼女の部屋は争った形跡もなく、盗まれたものもないようで、自分から出て行ったと考えるのが妥当なのだが、書置きもない上に、門兵もその他の警備兵も誰一人ティナを見ていないのだと言う。だとしたらこの邸の中にいるはずなのだが、いくら探しても見つからないと言うのだ。
ティナは、レーネ公爵嫡男である私、ルートヴィヒ・ザシャ・レーネの3歳ほど年の離れた妹だ。
本名はマルティナ・レラ・レーネ。私はティナが生まれた時、言葉では言い表せられないくらい嬉しくてたまらなかったのを、今でもはっきりと覚えている。そして幼いながらも『彼女を絶対守る』と固く誓ったものだ。その誓いは今でも密かに守られている。大きくなるにつれて彼女は私よりも強くなり「守らなくてもいいんじゃないか?」と思うことも多々あるけど…。
ティナは父様譲りの、ふわりと波打つ、艶のある柔らかいプラチナブロンドに、透き通るアメジストのような輝きを放つ綺麗な瞳をしている。だが、母様譲りのキッとつり上がった目と、美麗な線を描く鼻梁、赤くふっくらとした形の良い唇の比率がいい具合に取れすぎていて、見る人にきつい印象を与えてしまう。まあ、きつい印象ではあるけれど、両親の良いとこ取りの容貌は美人であることには変わりない。欲目ではなく一般的に見ても、絶世の美女とは彼女のような女性なのだろうと思う。
そういえば、以前本人に同じようなことを言ったのだがティナは驕ることもせず「家族の贔屓目よ。私よりも綺麗な人はもっといっぱいいるわ」と、謙虚な姿勢を終ぞ崩すことはなかった。
美人で性格が良いってうちの妹最高か?最高だな?…あ、ヤバい。思考が脱線してしまった。
これだけならまだ、どこにでもいる令嬢とそう変わりはない、と言えるだろう。
だが、ティナは他の令嬢と決定的に違うことがあった。それは、彼女に剣を持たせると騎士顔負けの腕を発揮するということだ。
母様は辺境伯家の出地で、実際どうなのかはわからないけれど、剣の腕ならこの国一と称されている。『クルネールの戦乙女(ヴァルキューリ フォン クルネール)』とは彼女のことだと周りの大人は言うけれど、私にはいまいちピンとこない。話が逸れた。元に戻そう。
とにもかくにもそんな母様ゆえ、小さい頃は私も公爵家嫡男として、みっちり扱かれたものだ。
まあ、私は剣よりも魔法の方が性に合っていたし、それを母様もわかっていたので、それなりの歳になってからは鍛えられることもなくなっていた。
けれどティナは違う。彼女は魔法も得意だが剣技が何よりも好きだった。そしてめちゃくちゃ好戦的である。母様に今でも指導してもらっていたようだし、時折クルネールへ行って対複数人戦を行っていたり、更に時間があれば男装して街に行き、冒険者ギルドの依頼を受けて魔物と戦っていたり、と、正直どこから突っ込んだらいいかわからない。
公爵令嬢、しかも未来の国母となる令嬢が、男装して冒険者ギルドで魔物退治とか本気で勘弁してほしい。あと現在進行形で廊下にこだまする悲鳴も。
でもそんな妹でも可愛くて仕方がない、と思う私もどうかしているのだと思う。
侍従の「いかがなされますか?」と言う呼びかけで現実に引き戻される。
そこで一番可能性的に有り得ると思った、とある可能性を指摘した。
「またいつものようにギルドに遊びに行っているんじゃないか?」
「私もそうは思いましたが、本日はいつものように馬車を使っていらっしゃいません。その可能性は低いと思われます」
「父上は何て?」
「時期も時期ですので秘密裏に捜索の手を回されたようです」
「妥当だな。万が一と言うこともあり得る、が、…少し様子を見てみよう。明日は学院の卒業パーティーだ。それまでにふらっと戻ってくる可能性もあるからね」
「かしこまりました」と侍従が腰を折り綺麗なお辞儀をして後ろに下がる。
私はもう一度深く椅子に腰かけると顎に指をかけた。
心配しないわけがない。ティナなら大丈夫だと思う反面、心のどこかでトラブルに巻き込まれていないかと憂懼している自分がいるのも確かだ。せめて一言告げてくれたら安心したのに。
先程顔を合わせた時は、話しぶりも様子も何もかも普段と変わりなかった。いや、彼女はお妃教育を受けている。自分の感情を他人に悟らせないようにすることくらい造作もないことだろう。
だが何故今?明日は卒業パーティーで、それが終われば卒業となる。そう言えばもう卒業の証明書をもらったとか言っていなかったか?
つまり、もう学院に行っても行かなくても変わりはない。けれどパーティーと言うことは王太子殿下も参加する。パートナーは当然ティナだ。参加しないわけにはいかないだろう。
だがそれまでに戻らなければ?寧ろそれを見越しているのだとすれば?
(殿下との間に一体何が起きている?それとも王太子の婚約者を狙った第三者の介入か?)
まだ何の手掛かりもないこの状況下で答えが見つかるはずもない。やはり一先ず様子を見るしかなさそうだ。
考えようとすればするほど、だいぶ離れた執務室からなのにはっきりと廊下に響き渡る、父様の悲鳴のような絶叫が集中させてはくれない。
(父様はティナを溺愛してるからなぁ)
勿論父様はティナだけではなく私のことも期待し、愛してくれている。それはわかっているが、ティナは一人娘と言うこともあって目に入れても痛くない程溺愛しているのだ。
それはそれで別に構わない。ティナが可愛いのは元からだし、私だってティナを溺愛してることは認めよう。だが、ティナが見つからず、あれが長々と続くとなれば話は別だ。とりあえず暫く黙っていてもらおうか。何か良い発明品はなかったかな…。
席を立ち発明品をしまってある抽斗を開ける。
(あ、これなんか良さそうじゃないか…って死んじゃうなコレ。ならこっちはどうだろう…)
あれこれ引っ張り出して良さそうなものを見繕う。自分で言うのもなんだが碌な発明してないな。我が邸で使えそうだと態々研究室から持って帰ってきたのに、いざという時に役に立たないなんて。これはもう少し開発の方向性を変える必要があるな。
…また話が逸れた。
そう言えば父様、殿下との婚約の時なんて死ぬほど嫌がっていたな、と思い出す。確か国母なんて重責をティナに押し付けるなんてできない、と最後まで婚約を反対していたっけ。
父様はティナに普通の恋愛結婚をさせてあげたかったようで、貴族の義務としての結婚を、しかも国母と言うこの国で一番苦労が目に見えてわかる役職に就かせたくなかったのであろう。だから渋々承諾することになった時にとある条件をねじ込んだ。それが何なのかは私にはわからないが、ティナが不利になる条件ではないことは確かだ。
向こうは無理やり話を捻じ込んだ挙句、辛うじて承諾してもらえた形なので、条件についても、この婚約についても強く口出しすることができないらしい。
元々父様と陛下はそれなりに言い合える仲だったし、婚約の件については向こうが下手と言うこともあり、仮にティナが全てを放棄しても然程軋轢が生まれる事態は起きないだろう。
そうそう、確かあの婚約の後すぐにティナが別人みたいになった時も一悶着あったな。あれは私もかなり頭に来たけど、父様が怒っているのを見たら逆に冷静になれた。
殿下はあまりその時のことを覚えていないみたいだし、ティナが最初からあの顔だと思っているようだ。だけどそんなことあるわけがない。うちの家族の誰にも似てなかったら普通気づくはずだが、殿下はあまりティナに興味がなかったのか今まで気づくこともなかった。
だから結局それは今も続いていて、父様の殿下に対する信頼はほぼゼロだ。何かあれば喜んで婚約解消に乗り出すと見てまず間違いない。そしてその際には労力を惜しむことなく、全力で事に当たるだろう。
(親ばかだなぁ。どんだけティナ大好きなんだよ)
なんてのほほんと考えていたが、この時の私は、後にティナがいなくなった理由を知った父様が、今まで見たこともない怒りの形相で、城に殴り込みに行くなんてことを知る由もなかった。
因みに父様を黙らせるための良い発明品は見つからず、結局父様の絶叫は夜中まで続き、我慢の限界で苛立った母様に物理的に黙らせられたことは言うまでもない。
これから他の人の視点話をちょいちょい……いえ、たくさん入れていきたいと思いますが、本編よりギャグが多めかもしれません。
次回はエミーリエ視点ですがこれはギャグではないです。気になるあの話をしたいと思います。
※追記『ヴァルキューリ デス クルネーレス』を『ヴァルキューリ フォン クルネール』と変更いたしました。




