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公爵令嬢仕立て屋に行く

貴族御用達の店は先程の広場の北側、広場から目と鼻の先くらいの距離にある。

前回行った(マルクト)とは全く違い、通りに沿って建ち並ぶ建物はどこもかしこも一様に立派だ。

当然通りは建物に見合うように道幅が広く、馬車がすれ違っても余裕がある造りとなっている。


私たちはその通りを脇に寄って、手を繋いで歩いていた。

初めは手を繋がれる度に慌てふためいていた私だけれど、少しだけ慣れた気がする。

恥ずかしいという思いはあるものの、嬉しい気がするのも確かだ。


とは言え、浮かれてばかりもいられない。

先程の男たちの事をリオンに話さなくては。


「あの、リディ」


話しかけながらリオンの顔を見る。するとリオンがこちらに顔を向けた。


「うん?どうした、ルティナ?」

「えっと……」


(ほら、早く口にしなくちゃ!)


話そうと口を開くも、言葉が出てこない。

言えばリオンを心配させてしまう……いや、違う。私があの男たちに触れられたと彼に言いたくなかったのだ。

でも、私が口にしなければあの男たちはまた別の女性を狙うかもしれない。

だから、私の気持ちは無視して言わなければならないのだけれど……。


「……ううん、改めて見たら素敵なところだなって思ったの。いつも馬車から見るだけだったから。それにこうして歩くのも新鮮ね」


結局言えなかった。


今まで言いたいことは殿下相手でもきちんと口にしてきた。

それなのに、リオンが相手だとどうしても上手くいかない。そればかりか失敗ばかりしてしまう。

どうして言えないのだろう。酷くもどかしい。


それでも表情を崩さずに笑顔でいると、リオンが嬉しそうに目を細めた。


「喜んでもらえて何よりだ。それより、君の家が贔屓にしている仕立て屋ってある?」

「え? ええ、あるわ。『エーデルブルーメ』っていうお店よ」


リオンに尋ねられ、贔屓にしているお店を素直に答える。

すると、リオンが驚いたように軽く目を見開いた。


「それって物凄く有名な店じゃないか」

「あら、知ってるの?」

「ああ。母がいつもそこで仕立ててるし、あちこちで耳にするから……」


そう言えばリオンの母親であるイストゥール侯爵夫人は、あのお店の服をいたく気に入っていると以前話した時に言っていたっけ。

正確にはそこの女主人であるフラウテレーゼの服が。


それを思い出し、笑みを更に深くする。


「そうだったわね。イストゥール侯爵夫人は、フラウテレーゼの服を愛用なさっているものね」

「母に会ったことが?」

「え? あっ……ま、まあ何度か」


そこまで言って言葉を濁す。


やってしまった。

私の正体についてはもう少しあとで話をしようと思っていたのに……。


思わず顔を顰めそうになるのを何とか堪え、リオンの次の言葉を身構えて待つ。

だが、リオンはそれ以上この話に突っ込んでくることはなく、建ち並ぶ店の方に顔を向けて口を開いた。


「ふぅん……。あ、その店ならあそこだな」


リオンが話を流してくれたことにほっとしつつ、彼の視線を辿る。

そこには、蔓と葉を模った看板掛けに『エーデルブルーメ』と書かれた看板が掛けられているお店があった。


そのお店の前まで行くと、一度立ち止まりお店を見る。

そこは周りのお店よりも格段にあか抜けていて、別世界の様相を呈していた。


白い外壁の所々には薔薇や小花のモチーフが浮き上がるように彫り込まれており、さり気なく置かれた水瓶などのオブジェは、外観の良い引き立て役となっている。

そのオブジェ自体も一級品で、目に映る範囲に於いて、どこにも手を抜いたところは見受けられない。

そして、それらをお店として括って見てみると、更に品格が上がるのだから驚きだ。さながら、一つの芸術品がそこにあるかのようである。


しかしながら、ここまで芸術を極めていてもお店は全く悪目立ちしていない。

ここの主のセンスは本当に素晴らしいもので、格別の外観であっても上手い具合に周りと調和している。芸術とは中々奥が深い。


「まあ、素敵なお店ね。早く中に入りましょう!」


いくらお忍びとは言え、これから入るのは一流のお店だ。

一応それらしく見えるように、リオンの腕に己の手を添えてお店の中に入った。



お店の中は、色とりどりのドレスを纏った人型の置物がそこかしこに置かれていて、まるで私たちを出迎えているかのようだった。

デザインも、プリンセスライン、マーメードライン、エンパイアラインと様々で、見ていて本当に飽きない。

ただ、私はそうでもリオンは得意ではないだろう。手短に済ませようと早々に決意する。


「いらっしゃいませ」


私たちが入るとすぐに、物腰が柔らかそうな女性が店の奥から顔を出した。

恐らく三十代と思われるその女性は、私たちの方を向くなり美しい所作でお辞儀をする。


「この店の主、フラウテレーゼにございます。本日はどの様な物をお探しでしょうか?」

「彼女のドレスを幾つか注文したい」

「リディ!?」


リオンの言葉に驚いて顔を上げると、リオンが私を見て微笑する。


「今度のパーティーのドレスはもう注文した?」


リオンの口調が急に変わって目をぱちりと瞬かせる。

ああ、そうか。ここでは貴族らしくということね。


リオンの意図を理解してにこりと微笑み返す。


「お母様がある程度デザインを指定しているはずなのだけれど、生地や色はまだのはずよ?採寸もまだですもの」

「なら今日はそのドレスの話を進めよう。あと、別の日に行く予定の観劇用のドレスも」

「そんな……。採寸だけでも時間がかかってしまうのよ?あなたに悪いわ……。それに、多分パーティー用のドレスは我が家で仕立てるはずよ。だから気を遣わなくてもいいわ」

「時間がかかるくらいどうってことないさ。あとパーティー用のドレスだが、無理にとは言わない。ただ、以降は俺に贈らせてもらえると嬉しい。これからも会ってくれるんだろう?」


言われてどきりとした。

まさかリオンの方から話をしてくるとは思わなかったからだ。


とは言え、これは良い流れではないだろうか。

だってリオンは私と婚約する気があるから話を振ってきたはず。

と言うことは、私が真実を告げても変わらず側にいてくれる確率が高い。


ただ、フラウテレーゼがいるこの場で告げるのは考えものである。

私の正体が知られるのが問題だからではない。私が聖騎士団にとって捜索対象者であることが問題なのだ。しかも極秘の。

もし、何かの拍子に私たちの口からぽろっとその話が出てしまったら、フラウテレーゼに迷惑がかかる。

その点、私たちだけならうっかり口を滑らせても問題ないだろう。何せ私はルディだからね。


よってそれらを踏まえると、ここで話をするよりもどこか個室のあるお店で二人きりで話をした方が良さそうである。

ならば今は何も告げず、リオンの問いに頷くだけで良いだろう。


そこまで考えると、無意識に下げていた視線を戻し、リオンの目をしっかりと見て力強く首を縦に振った。


「ええ、勿論よ」

「なら決まりだな。では頼む」


リオンが目を細めて私に微笑んだあと、フラウテレーゼの方に顔を向けて一つ頷いた。

すると、彼女が軽く腰を折る。


「かしこまりました。では先ず採寸をさせていただきますので、お嬢様はこちらにどうぞ。その間お連れの方はそちらの席でお寛ぎください」


その言葉に従い、カウンターの奥にある部屋に入る。

そこは試着をしたり採寸をする部屋のようだった。

一人掛け用のソファ二台とテーブルが壁際に置かれているだけで、それ以外はほぼ何もない。


その部屋の中央まで行くと、すぐに採寸に入った。

部屋の奥の扉から女性店員が数名現れ、皆で私の服を脱がしにかかる。


正直、公爵邸にいる時もできることは自分でやっていたため、誰かに服を脱がされるのは恥ずかしい。

だが、おしゃれを前にした女性たちを相手に抵抗は無駄だと身をもって知っているので、されるがままにする。


そうしてあれよあれよと服を脱がされて、胸元の布が姿を現した。同時に女性店員やフラウテレーゼが目を見開く。


「お嬢様……」

「ごめんなさい、訳があってこの姿なの。布は取っても構わないわ。じゃないと正確に測れないでしょう?」

「かしこまりました。では失礼いたします」


フラウテレーゼが私の布をゆっくりと解いていく。

その間に彼女に本名を告げることにした。


「あの、フラウテレーゼ」

「はい、何でございましょうか、マルティナ様」


私が声をかけると、下を向いていたフラウテレーゼが顔を上げ、さも当たり前かのように私の名を呼んだ。

それに驚いて目を瞠る。


「……知ってたの?」


今の私は変装をしている。それに、彼女の前ではいつも『月の妖精』の姿だった。

だと言うのに、どうして彼女は私がマルティナだとわかったのだろうか。


「たった今お姿を拝見して気付きました。長年この仕事をやっておりますと、お姿を拝見するだけで何故かわかってしまうのです。最初は自信がありませんでしたが、こちらの布を解いて確信に至りました」


本人はさらっと言っているが、一朝一夕で身につくような芸当ではない。

職人とは凄いものだ。


だが、のんきに感心している場合ではない。本来言うべきだった話を、忘れないうちに彼女にしなければ。


「さすがフラウテレーゼね。そんなあなたを見込んでお願いがあるのだけれど、聞いてもらえないかしら?」

「わたくしにできることでしたら」


そう言ってフラウテレーゼが目を伏せ、僅かに頭を下げる。


「そう畏まらないで。簡単なことだから。お願いというのは、今日私がここに来たことをお母様以外に内緒にしてほしいの」

「勿論でございます。守秘義務に当たりますので、従業員一同口が裂けても他言いたしません」


顔を上げたフラウテレーゼは、真っ直ぐ私の目を見てしっかりとした口調でそう言った。それでこそこの店の主だ。


「ありがとう。では、何か書くものを。お母様宛てにドレスの件で一筆認めるから、打ち合わせをする際にそれを渡してもらえないかしら?支払いの件もそちらで進めておいて構わないわ。

 ああ、あとドレスの色は、向こうにいる彼の瞳か髪色でお願いするわね」

「それでしたらご安心ください。レーネ公爵夫人が赤の布地を選んでいらしたので、その布地でお仕立てしている最中にございます」

「え?」


フラウテレーゼの言葉に目を瞬かせる。

私がリオンとデートをしたのは今回で二度目だ。しかも極々最近のことである。

勿論、デートをしたと誰かに話した覚えもない。知っているのは精々アマーリエくらいである。

それにもかかわらず、もう既に彼の髪色でドレスを製作中だと彼女は言う。


疑問に思ったので採寸されながら訊いてみた。


「どうしてお母様は赤い布地を選んだのかしら?」

「公爵夫人が、『今までずっと殿下の瞳の色ばかりだったから青色ではなく反対の色にしたいわ』と仰いましたので、お嬢様に合う赤色をご提案した次第でございます」

「でも、採寸はまだだったのよ?」

「それも公爵夫人が、『あとで微調整すればいいので前回の採寸で作り始めるように』と仰いまして、その指示に従い進めておりました。わたくしが拝見する限り、お嬢様にそこまでの変化はございませんので、今回の採寸を踏まえつつ最後にお嬢様にお召しになっていただき、最終的な調整をさせていただきます」

「そう。わかったわ、ありがとう」


フラウテレーゼにお礼を言ったところで、女性店員が紙とペンを持ってきた。

既に採寸はし終わっていた――当然着替えも終わっている――のでそれを受け取り、お父様たちに文を認める。

そうして、認めたものをフラウテレーゼに渡すと、彼女は大仰にお辞儀をして受け取った。


「はい、確かに承りました」

「よろしくねフラウテレーゼ」


これでドレスの心配はなくなった。あとは最終調整をするだけでいい。


心配事が減ってすっかり上機嫌になった私は、リオンの許に戻ると必要な話をさっさと詰めて店をあとにした。

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