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公爵令嬢ナンパされる


お兄様たちとの邂逅から三日。

私はリオンとデートをするために職人街の例の宿屋に来ていた。

そしてそこで、公爵邸から呼び寄せたイルマに手伝ってもらい着替えをしている。


服は前回とほぼ同じだ。

但し、スカートの色が菜の花色に、素材がシフォンに変わっていた。

それに気付いて暫くスカートとにらめっこをする。


ねえ、これ絶対私の相手がリオンだってわかっていて用意しているわよね?

だって今回はスカートまでもがリオンの瞳の色で、まるで彼の色を纏っているみたい……って前回も同じことを思ったわね。



とは言え、それが後押しをしてもらえているようで、私としてはありがたい。

実は今日、リオンに大事な話をしようと思っているのだ。


正直なところ、それを話すのに躊躇いはある。

だが、前回のデートから一週間以上が経っており、時間的に余裕がなくなってきた。ゆえに、今日こそは絶対にリオンに告げなければならないのである。

何をって?それは勿論、私の本名や姿よ。


パートナーを組むからには、リオンに公爵邸まで迎えに来てもらう必要がある。

それには、私がどこの誰なのかを伝えなくてはならない。


但し、私がルディだと告げるかは未だに悩んでいる。

そこを伝えなくても話は通じるし、リオンを混乱させずに済む。

それに、この先の仕事に影響を及ぼすことはなるべくなら避けたい。

ただ、そうしてルディだと告げずに振舞い続け、後に何かの拍子に露見してしまったら、その時は今以上にややこしいことになるだろう。それが怖い。


そんなわけで、未だに考えあぐねているのだ。

本当は、前回の失敗もあるからもっときちんと決めて今日を迎えたかったのだが、結果はこれだ。

自分は意外と優柔不断なのだなと思い知った。


まあ、そんなことを思い知ったところで今日を迎えてしまったのだから仕方がない。もう残された時間は然程ないのだ。


それと言うのも、王家主催のパーティーまであと一か月となっており、ドレスを仕立てる点に於いて、超特急で仕立てても完成するかどうかの危うい状況だったからである。

時間的に余裕がないとしたのはそういう意味でだ。


お父様の話だと、お母様が率先してドレスの製作に当たっているらしいのだが、如何せん採寸をしないと始まらない。

また、婚約者がいる場合は、相手の髪色や瞳の色のドレスを身に纏うのが一般的である。

リオンと婚約を結ぶとなった場合、それが仮の婚約であっても黄色や赤のドレスにしておいた方が無難なのだ。そうでないと周りに何を言われるかわからない。


よって、今日はそのあたりをリオンに告げて、はっきりとさせなくてはならなかった。

そして色よい返事をもらったら、その足でお母様が予約している仕立て屋に乗り込んで採寸をしてもらうつもりだ。

ならばより一層気合を入れなくてはね!


(よし、目指せ婚約!そして殿下の手から逃れて幸せになるわよ!おーっ!)


いつの間にか変装が完了していた私は、心の中で拳を突き上げ己を鼓舞すると、スキップでもするかのように部屋を後にした。

後ろの方でイルマの怒声が聞こえたような気がしたけれど、気にしない、気にしない。



宿屋を出ると真っ直ぐ待ち合わせの広場に向かう。

今回はスカートが軽い所為か、前回よりも足取りが軽やかだ。広場まで走って向かいたくなる。

だが、それは寸でのところで堪えた。

今回もイルマに跳ね回るなと釘を刺されたからだ。

ゆえに、おとなしく歩く。


宿屋から広場までの距離は割に短い。大通りの端の方に宿屋が、通りの突き当りに広場がある。

だから真っ直ぐ進めば問題なく数分で広場に着く……はずだったのだが……。


「っ!?」


歩いていたら突如右真横から誰かにドンッと押され、ぐらりと体が傾いた。

思ってもいなかった事態に思考が追い付かず、無意識裡に体のバランスをとろうと手が宙を泳ぐ。

すると、宙を掻いていた左手の手首を何者かにがしっと掴まれ、そのままぐいっと斜め前方へと引っ張り上げられた。それにより、跳ねるように数歩斜め前に進む。


しかし、それで終わりかと思いきや、勢いが収まらぬうちに今度は後方に引っ張られた。

そして、手の甲を壁と思われるものに強く押し当てられ、数秒遅れで背中がダンッと同じものにぶつかった。


(痛っ!もう、何なのよ!?)


一連の出来事に一瞬混乱したものの即座に気持ちを切り替え、辺りを窺う。


どうやらここは大通りに繋がる細い脇道のようだ。少し先に大通りが見える。

にもかかわらず、人通りは全くと言っていい程ない。


そこまで確認して視線を近くに戻せば、私の側に二十代後半とみられる二人の男がいた。私を押した男と引っ張った男か。


一人は中肉中背で、短めの髪を真ん中で分けている。私の手首を掴んでるのは彼だ。

もう一人は長身で、肩より少し長いストレートの髪を無造作に下ろしている。

二人とも生成りのシャツにベストとトラウザーズといった格好で、庶民らしい服装だ。


それを見て、はて?と首を傾げる。

私が知っている庶民の知り合いの中に、彼らのような人たちはいないはずだ。記憶を辿っても、該当する人物は思い浮かばない。

だというのに、知らない人だと済ませるには、二人の顔に見覚えがありすぎた。


ただ、そうは言っても、どこで会ったのかが思い出せない。既視感を抱くくらいだからどこかで会っていると思うのだが……。


そう思いまじまじと男たちを見ていると、何となく彼らの所作が綺麗なことに気付いた。

もしかして、彼らは貴族か商人なのだろうか?

そこまで考えるも、やはり心当たりがない。


いや、心当たりがない、ではない。

あんなにお妃教育を頑張ったのだ。殿下の婚約者だった時はすらすらと名前が出てきたではないか。思い出せ自分!





……。





…………?





………………!








「……どなたですか?」


――はい終了。


思い出そうと頑張ったものの、結局わからないことがわかった。

こういう時は素直に尋ねた方が時間の無駄にならなくて良い。


「ああ、そんなに考え込まなくても僕たちは知り合いじゃないよ。ただ、僕たちと一緒にお茶をしないかと思ってね」


短髪の方の男が言う。

そっか。思った通り知り合いではなかったか。ならばそこまで気を遣う必要もないだろう。


「残念ですが、先約があるのでお断りします」

「こっちを優先してくれると嬉しいな」


きっぱり断ったのに、なおも食らい付いてきたのは長髪の男。

はっきり言って面倒くさい。断っているのだから遠慮してくれればいいのに。


「お断りします。別の方をお誘いください」


拒絶の言葉を紡ぎながら、男の手を外そうともがく。

そう言えば、つい先日も同じことをした気がする。まさかとは思うけれど、最近の流行りなの?


「そうつれないこと言わないでよ」

「嫌です、離してください」

「離さないと言ったら?」


そう言った短髪の男の目に、ぎらぎらとした光が宿った気がした。


あ、これもうやっちゃっていいよね?


穏便に済ませようと思ったが、向こうがその気ならば仕方がない。こちらも手荒くいくとしよう。


即座に体内の魔力を操ると、矢じりよりも鋭利な氷の(すい)を幾つか生み出し、狙いを定めて放つ。

放たれた錐は、それぞれの頬を掠めながら勢いよく飛んでいき、彼らの後ろにある建物に突き刺さった。


「「……?」」


あまりの速さに、風を切る音しか聞こえなかったのだろう。

二人は動きを止めた後、一呼吸置いて徐に自らの後ろを振り返った。

それから数秒程して、漸く壁に突き刺さった氷の錐に気付いたのか、ぐりんと勢いよくこちらに向き直る。

その際に頬の違和感に気付いたのだろう。二人は向き直るなりそっと頬に手を添え、その手を見て目を見開いた。


「はっ!?」

「なんだこれっ!?あ、お前!」


彼らの手には赤い液体が付着していた。その頬には一筋の赤い線。

それを互いの顔にも見つけ、お行儀悪くも指をさし合っている。


そんな二人を無視して私は口を開いた。


「『離さない』と言われたら先手必勝、()られる前に()るだけよ!」


目を細め口角を上げながら、自分の周りに無数の氷の礫を生み出す。

すると私の手を掴む力が僅かに弱まった。


――今だ!


思い切り手を引き抜くと、手首を掴んでいた男を突き飛ばしてもう一人の男に体当たりさせた。そして、魔法を解除して大通りに向かって必死に走りだす。

後ろで「待て!」とか、「逃げるな!」とか怒鳴り声が聞こえたが、一切無視だ。誰が待つものですか!


すぐに大通りに出ると、そのまま一気に広場まで走る。

人目の多い広場ならあの男たちも下手な真似はできないし、リオンがいるなら彼が対処してくれるはずだ。



「はぁ、はぁ……」


ここまでくればもう大丈夫だろう。

息を整えてリオンに気付かれないようにしてから、この間と同じ辺りへ向かう。

リオンは既に待っていた。


「こんにちは、リディ」

「やあ、ルティナ。今日も綺麗だね」


こちらに背を向けているリオンに声をかけると、彼が振り返って笑顔でそう言ってきた。

リオンの人誑しの才はなおも健在のようだ。


「まあ。ありがとう、嬉しいわ。でもリディ、そうやっていろんな女性に声をかけているの?」

「まさか!ほかの女性を褒める機会だってないのにそんなことできるわけがないだろう?」

「本当かしら……」


目をすっと細めてリオンを見る。

すると見る見るうちにリオンの眉が下がり、情けない顔になった。でも、すぐに彼の目つきが恨めしそうなものに変わる。


「ルティナ……」

「ふふ、冗談よ。それより今日はどこへ?」


少し可哀想になったので話題を変えてあげると、彼の顔がぱっと明るくなった。現金ねぇ。


「本当は観劇にでもと思ったんだが、この格好だろう?ドレスコードがある観劇には行けない。だから今回は次のデートの時用に君のドレスを見ようと思ったんだがどうだ?」

「それってつまり仕立て屋に行くってことよね?私、ドレスを仕立てるのも買い物するのも全部お店の人に来てもらっていたから、とっても新鮮だわ!」

「なら、決まりだな。ではルティナ嬢、お手をどうぞ」

「ふふ、ありがとうございます」


リオンがわざと恭しい態度で手を差し伸べてきたので、あえてそれに乗っかり手を添える。

そのままリオンのエスコートで、貴族御用達の店が並ぶ通りへと向かった。

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