公爵令嬢と魔法師団師団長と3
「……はあ。ティナも相当だが、殿下もかなり……」
「それ以上は不敬ですわよ、お兄様」
全てを話し終えた後、お兄様がぐったりとしながら呟いた。
その途中で慌てて、けれども平静を装って口を挟む。
私たちだけならまだしも、この部屋には師団長もいるのだ。迂闊な発言は命取りにもなるので、是非とも気を付けてもらいたいものである。
「そうは言うけどね、ティナ。なるべくしてなったとしか言えないよ?その顔のこと然り、お前と殿下はもう少し二人で話し合うべきだったんだ。互いに無関心であったがゆえの会話不足、それがこの結果だ。
尤も、私や父上としては、ティナが好きでもない男と結婚せずに済んだのだから嬉しい限りだけどね」
「ですからお兄様、不敬です。まあ、私と殿下の会話不足は認めますけれど……」
確かにお兄様の言う通り私たちは会話不足だった。
と言っても、政務などの仕事に関しては十分に話し合っていたと思う。
だからここで言う会話不足とは、自分たちのことに関しての話だ。
そして、その最たる例が『月の妖精』である。
詳らかにするつもりはないので話を端折るが、あの顔は殿下の要望に副ってできたものだ。そこに私らしさはない。
ゆえに、ストレスが溜まるのは当然のことだった。
とは言え、その間に何もしなかったわけではない。何度も殿下に真実を告げようとはしたのだ。
けれども、その度に要らぬことを考えてしまい、最終的に私が我慢すればいいと口を噤んでしまった。
でも、もし殿下に『元の顔に戻したい』ときちんと告げていたのなら。
また、子供じみた思いだからと言えずにいた、『期待をかけくれるのは嬉しいけれど、たまには褒めてほしい』という言葉を素直に殿下に告げていたのなら。
そうしたら私たちの関係は、多少なりとも変わっていたのかもしれない。
まあ、所詮『たら』『れば』の話なのだが。
「ところで気になったのですが、レーネ嬢のそのお顔は素なのですか?」
師団長の言葉に現実に引き戻される。
ああ、そうだった。お兄様もヴェルフもこっちが素顔だと知っているから、その前提で話をしていたわ。
「ええ、そうですわ。師団長様にはもう一つの顔でお会いしておりましたわね」
「ええ。とてもおとなしい方だと思っていたのですが、こちらが本当のレーネ嬢でしたか」
そう言って、師団長がいつもよりも深い笑みでこちらを見る。その言動が妙に引っかかった。
彼は一体何が言いたいのだろう?
不審に思いながら師団長を見ていると、次の瞬間、師団長がとんでもないことを口にした。
「しかし、レーネ公爵令嬢ともあろうお方が、そのようなお姿でこんなところにいらしたとは驚きですね」
「「なっ!?」」
師団長の言葉に、私とお兄様が声を上げる。
同時に、この部屋の空気が一気に張り詰めたものになった。
迂闊だったわ。師団長の名を冠しているのだから一筋縄ではいかないとわかっていたのに、彼を信じて判断を誤ってしまった。その結果がこれだ。
「おい、何を企んでいる?」
私が先程竦み上がりそうになった恐ろしい声音で、お兄様が師団長に問う。
だが師団長は、そんなものどこ吹く風だといった体で、涼しい顔――というか普段の笑みなのだけれど――をしていた。
「企むだなんてとんでもないです。私はただ、レーネ嬢にご協力いただきたいと思っているだけで、他意なんてとてもとても」
「……妹はあなたに協力しませんよ。私が許しません」
「そこを何とか。彼女の力は興味深いので是非とも協力してほしいのです。でなければ……ね?私の性格は知っているでしょう、ルー?」
ちょっとこれ完全に脅しでしょう!?
驚きのあまり頭が真っ白になり、口が動いているか否かくらいの僅かな開閉を繰り返す。
でも、すぐにそんな場合ではないと思い返して、意識を無理矢理現実に繋ぎ止めた。
とは言え、それで状況が良くなるはずもなく。主導権は依然として師団長が握ったままだ。
何とかその主導権をこちらに引き戻し、師団長を牽制したいところだが、困ったことに何も案が浮かばない。
さて、どうしたものか……。
そう思案していると、突如背中が温かくなった。
何事かと見れば、お兄様が私の背中に手を当てて優しく微笑んでいる。
「成程……」
こちらを見ながらそう言ったお兄様は、次に師団長に顔を向けて口を開いた。
「『好奇心は猫を殺す』って言うけれど、それは本当かもねぇ……コーネリウス・ヴァーグナー!貴様、余程我が公爵家を敵に回したいと見えるな!!」
最初は抑えているようだったお兄様の声がどんどんと大きくなり、遂には怒声となった。
それに驚いて肩がびくりと上がる。
怖いなんてものではない。あまりに恐ろしくて泣いてしまいそうだ……いや、泣かないけれど。
「ルー、何をそんなにむきになっているのです?私は別に公爵家に喧嘩を売っているわけではありませんよ」
「明らかに脅しておいて何を言っているのやら。言っておくが妹にこれ以上何かしようとしたら、貴様とその家がどうなっても知らないぞ?」
お兄様!それも脅しですよ!?
「やれやれ、穏やかじゃないですね。ですが、我が家を潰そうとしても無駄ですよ?公爵家よりも家格が低いとは言え、魔法の名門であるヴァーグナー家がそう簡単に傾くとは思えません。
それにもし、裏で手を回すのに飽き足らずそちらが実力行使に及んだとしても、こちらは数で対抗するので何ら問題はありません。何せ我が家は魔術師の系譜ですからね」
「へぇ、そこまで話を広げるんだ?面白い。だがまあ、そうだな……その仮の話に私はこう答えよう。『数で対抗と言っても所詮魔術師の集まり。物理攻撃を受けたら一溜りもないだろうね』と」
「それはそちらも同じだと思いますけれどね」
「くっ……ふはははははっ!」
お兄様!それは最早魔王の笑い方です!!
お兄様は嘲るような表情を師団長に向け、力強い笑い声を上げる。
「実に面白いことを言う。私たちの母親……公爵夫人の存在をお忘れか?」
「公爵夫人?確か夫人は……」
そこまで言った途端、師団長が急に目を見開いた。どうやら気付いたようだ。
「そう、母はクルネールの出。しかもその血は妹に受け継がれている。更に言えば妹の魔力はそちらよりも遥かに上。仮に強固な防御壁を用意しても、妹があっさりと防御壁を破壊して、そちらの喉元に剣を突きつけるだろう。魔術師だけだったらそれで良かったのだろうが、残念、元から勝ち目はなかったね」
お兄様はそう言いながら長い脚を組むと、太腿の上に左肘を付けて、その手の甲に顎を乗せた。そして、優雅な仕種で師団長の方に右手を向けて不敵に笑う。
その姿は嫌になるくらいとても様になっていた。そう、恰も魔王のよう……何でもないですお兄様。
一方師団長は、いつもの笑みを消してお兄様を見ていた。
笑顔が常の師団長にしては珍しい光景だ。だからと言ってまた見たいとは思わないが。
「わかっただろう?下手な真似はせずに妹から手を引くことだ。妹を危険な目に合わせたらレーネの者だけでなく、クルネールもそちらに牙を剥くぞ?」
「……はぁ。敵いませんね。仕方がありません。レーネ嬢のことは諦めましょう」
「最初からそうしていればいいんだよ。……ということだ、ティナ」
どういうことよ。いえ、わかっているけれども……。
それにしてもさすがお兄様。ちょっとどうかと思うところはあったにせよ、上手く話を纏めてしまった。私ではこう上手くはいかない。
きっとお兄様ならお父様から家督を引き継いでも、何の問題もなくやっていけるだろう。
「守ってくださりありがとうございます、お兄様」
私を師団長の魔の手から救ってくれたお兄様に、屈託のない笑顔を向ける。
するとお兄様は私の頭に手を乗せて、ぽんぽんと軽く叩いた。
「これは私が勝手にやったことだ。気にしなくていいよ。それよりそろそろ戻らなくていいのかい?」
「え?あっ!!」
時計を見れば既に半刻近くが経っていた。これはやばい。
すぐに帰ると言った私がいつまで経っても帰って来なかったら、皆心配するだろう。特に過保護なリオン。彼が騒ぎ出したら大変だ。
(急いで戻らなくちゃ!)
慌てて立ち上がると勢いよくお兄様を見る。
「お兄様、私行きますね。あ、お兄様。私のことはお父様には……」
「え?もうばれていると思うけど……」
「……は?」
今不穏な言葉があった気がする。
「じょ、冗談……ですよね?」
「逆に訊くけど、どうして冗談だと思うの?父上だよ?スタンピードの件で私ももしかしたらと思っていたぐらいなんだから、父上が気付かないわけないよね?
あ、でも父上のことだから、男どもが犇めく聖騎士団にティナがいると思いたくなくて、気付かない振りをしている可能性もあるな……」
「うえぇ……」
その話は聞きたくなかった。上手くお父様を躱していると思っていたのに……。
もう、やだ。帰ろう。
「……とりあえず戻りますね」
「ああ。偶にはここに遊びにおいで。いつでも待っているよ」
「はい。ではお兄様、師団長様、ヴェルフ。私はここで失礼しますわね」
三人に向かってぺこりとお辞儀をする。本当は淑女の礼をしたかったのだが、生憎この姿だったので仕方なくお辞儀に止めた。
「レーネ嬢、また楽しいお話をお待ちしておりますよ」
「あなたは懲りませんね」
お兄様が目を眇めて師団長を見るが、それを無視して師団長が話を続ける。
「大丈夫ですよ、ただ単にお茶をしましょうと言っているだけですから。何せ彼女は現在フリーですからね」
「却下!」
目を眇めていたお兄様の目がキッとつり上がる。
そこからまた二人の言い合いが始まった。
(本当に仲良しさんねぇ……)
そんなことを思いつつ二人を静観していると、突如「あっ」という声が聞こえた。
見れば、ヴェルフが何かを言いたそうにこちらを見ている。
「どうしたの、ヴェルフ?」
「お嬢様、次はあまり面倒な用事を押し付けないでくださいね」
「ああ、忘れていたわ。ヴェルフ、この間は国境までお使いありがとう。また何かあったらよろしくね」
私が有無を言わせぬ笑顔でそう言うと、ヴェルフがたっぷりと間を置いてから諦念に至ったかのような表情で「……はい」と返事をした。
その声はどことなく切なげだ。私は彼に何かしただろうか?
……まあいいわ。そろそろ聖騎士団に戻りましょう。
そうして私は、二人が言い合う中その場を後にし、急いで聖騎士団に戻ったのだった。




