公爵令嬢と魔法師団師団長と2
お兄様は、小さいながらも魔法師団の区画に研究員としての部屋を与えられている。
そこで実験やら製作やらいろんなことをしている……らしい。
その部屋にお兄様は勿論、私とヴェルフ、それから師団長の四人が集まった。
まあ、集まったと言っても私は強制的にだったし、ヴェルフは言わずもがなだし、師団長は……好奇心からなので無理矢理ではないわね。それはともかく。
お兄様に促されるままに、部屋の隅っこに置かれた応接用のソファに腰かける。
私の隣にお兄様が、テーブルを挟んで向かいに師団長が座った。
ヴェルフはそそくさとお茶を淹れに行く。……逃げたわね。
「ティナ、腕を見せて。ああ、少し赤くなってるね。どっかの誰かが馬鹿力だったから痛かっただろう?今治してあげるよ」
私の方を向いたお兄様が即座に私の手を取って、師団長に掴まれた辺りに手を翳す。
するとお兄様の手から淡い光が発せられ、じんわりとした温もりが伝わってきた。回復魔法だ。
やがて光が収まり痛みも引くと、お兄様が私の治療した手とは反対の手を取って、そっと自分の目の高さまで持ち上げた。
「ああ、やっぱり。ティナ、魔力切れを起こしただろう?腕輪の効力が失われている」
その言葉に私の目が、すばしっこい魚の如く高速で泳いだ。
心当たりが無いわけではない。いや、寧ろ大いにある。
これでもかというくらい魔法をぶっ放し、魔力切れを起こして一日近く眠ったのも記憶に新しい。
それをお兄様に正直に言おうとして……止めた。言ったら最後、確実に怒られるからだ。
そのため、何も答えられずに視線を彷徨わせていると、向かいの師団長が口を開いた。
「ルー、彼は本当に君の妹なのですか?」
「だからさっきからそう言っているだろう?」
ああ、何故お兄様はそんなに簡単に私の正体をばらしてしまうのだろうか。
私がこの格好をしている理由なんてお兄様ならすぐにわかるだろうに。
そう思ってお兄様にこっそりと尋ねたら、お兄様は「え?そろそろ逃げ道を塞いで帰宅させようかと」としれっととんでもない返しをしてきた。
悪魔だ……悪魔がここにいる!
心の中でそう叫んだ私は、今確実に死んだ目をしているだろう。
自分では見られないために実際にはわからないが、半眼でお兄様を見ているのは確かである。
そして、そんな私に救いの手……はなく、更なる追い打ち――最早止めだと思う――をかけられた。
「成程。それならあの桁違いの魔力は頷ける。
実は彼……いや、彼女は数か月前のスタンピードで魔物の群れをほぼ一人で一掃し、魔力切れを起こして気を失っております」
ちょっ、師団長何ばらしてるの!?
ほら、ほらぁ!お兄様が目を眇めてこっちを見てきたじゃないのよ!
「あ、あのっ、お兄様!私が魔法を使わなかったら聖騎第一の皆が危険だったのです!それで……」
「それで家出中の公爵令嬢が命の危険を顧みず、全魔力を使い切って気を失った、と?」
「うぐぅっ!」
ああ、言い返せない。
内容が内容だけに、お兄様は物凄く怒っている。
でもそれは尤もだ。
だって、お母様は次元が違うので別としても、お父様やお兄様がそんな無謀なことをしたら私だって怒るに決まっているもの。
とは言え、私は何一つ後悔なんてしていない。
確かに、お兄様に対して申し訳ないという思いはあるものの、再び同じようなことが起これば、私は迷わずこの力を揮うだろう。断言する。
けれどもそれは、お兄様にまた心配をかけてしまうことにほかならない。
だから私が今からするのは、これまでの行いについて且つこれからのことに対してのものであり、そして単なる自己満足である。
「……ティナ?」
お兄様が怒りの表情から一変、不思議そうな表情でこちらを見てきた。
それを無視してお兄様の目をじっと見る。
それから静かに頭を下げて、今一番言わなければならないたった一つの言葉を口にする。
「お兄様、ごめんなさい……」
そう言って頭を上げると、お兄様が何かを堪えるようにきつく眉根を寄せて、目を瞑っていた。
「……はぁ。あの時それを渡せて良かったよ。その腕輪が機能したから気を失っただけで済んだと考えることもできるからね」
言い終えるなりお兄様はゆっくりと目を開けて、『仕方ないなぁ』とでも言うかのように苦笑いを浮かべた。
「ルー、その腕輪は一体何の腕輪なんです?あの時彼女は、通常の速度以上の速さで魔力を回復していたと記憶しておりますが」
「……」
お兄様は私との会話に割り込んできた師団長を一瞥すると、すぐに立ち上がり近くのチェストからある物を取り出して戻って来た。
そしてそれを目の前のテーブルにことりと置く。
それは、唐草の模様が緻密に彫り込まれた、品のある銀の腕輪だった。
私が今身に着けている腕輪とは違い、完全に女性向きのそれを師団長が手に取り無言で見つめる。
「ルー、あなたの魔力が込められていますね。あの腕輪と同じですか?」
師団長は暫く腕輪を見た後、お兄様の方を向いてそう尋ねた。
その問いにお兄様が小さく頷く。
「妹のために作った腕輪ですよ。爆撃魔法を得意とする妹のためのね」
「そういうことでしたか。だとしたら素晴らしい発明ですね」
「お兄様っ!」
確かにお兄様の発明は素晴らしい。
けれども、その腕輪はほかの人に見られてはならない。お兄様の身が危うくなるから。
それなのに、お兄様はあっさりと師団長に話をした。
その行動に驚いて慌ててお兄様に顔を向ければ、お兄様が私の肩にそっと手を乗せにこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、ティナ。このへ……人に言っても世間には広まらない。寧ろ言わないといつまでも解放してもらえないからね」
「でもお兄様……」
「それよりもティナ。この話が済んだらお前にはしっかりと話をしてもらうからね」
「っ!?」
なおも食い下がろうとしたら、お兄様が私の言葉を遮って先手を打ってきた。
藪をつつこうとしたら、つつく前に大蛇が出てきたような気分だ。
そのばつの悪さから、お兄様に向けていた視線をついっと逸らしてしまった。
視線の先ではヴェルフが口を真一文字に引き結んで、必死に笑いを押し殺している。
もう!覚えておきなさいよ……って、その前にお茶はどうしたのよ!
恨みを込めてぐぬぬとヴェルフを睨みつけていると、隣からフッと声が零れ落ちた。
それを聞いて、反射的にお兄様を見上げる。
だが、てっきりこちらを向いていると思っていたお兄様は、私ではなく師団長の方を向いていた。
「その腕輪はそれで一応完成です。作り方は全て私の頭の中に入っておりますので、書き溜めたものは全て処分しました。それ以上作るつもりもありません。
それに、それは魔力の波長が合う者の間でしかやり取りができません。ですから、私と妹……父も可能ですね、とにかく研究対象としては不向きかと思います」
「……そうですか。それは残念です。ええ、実に残念」
そう言って師団長が眺めていた腕輪をテーブルの上にそっと置く。
お兄様はその腕輪を取りつつ、もう片方の手で私の手を取り、今まで私が填めていた腕輪とそれを挿げ替えた。
「おにい、さま?」
目を一回ぱちりと瞬かせた後、お兄様を見る。
するとお兄様は、にこりと微笑んで口を開いた。
「言っただろう?ティナのために作ったって。だからこれはお前のだよ、ティナ」
「これをいただいてもいいの?」
「勿論。お前に似合うように細工も施してあるから、受け取ってもらえないと困ってしまうな」
そう言ってわざと困った表情を浮かべるお兄様に、私の口角が上がった。
「まあ、お兄様ったら。でしたら何かお礼をしないといけませんわね」
「だったら家を出る時から今に至るまでの話を全部聞きたいな。こう見えてもその姿にかなりの衝撃を受けているんだよ?」
その瞬間、私の表情筋が笑顔のままぴしりと固まり、それからあちこちでぴくぴくと痙攣し始めた。
「ティナ器用だね。目元と口元が同時に震えてるよ」
「お兄様がそうさせたんじゃないですか!」
「だっていなくなった家族にやっと会えたんだよ。そんな状況になったら誰だってその間の経緯を訊くだろう?」
「え?それは……そうね……」
お兄様の言葉にひどく納得して口を閉ざす。
もし私がお兄様の立場なら確実に経緯を訊くわ。
「随分と素直だね」
「ええ、まあ……」
お兄様と同意見では反論のしようもない。
気が重いけれどここはおとなしく説明しますか。
……あ、でもその前に。
漸く出された紅茶を一口いただいてから、お兄様に話しかける。
「お兄様、この話は多くの耳に入れるようなものではありませんわ」
「あ、いえ。私のことはお構いなく。いないものとして扱ってください」
「あの、そういうことではないのですが……」
師団長に席を外してもらいたかったがために言った言葉なのだが、逆に師団長が居座る構えを見せてきた。困惑以外の何物でもない。
そんな私に、お兄様が申し訳なさそうな顔をしながら話しかけてきた。
「ティナ、諦めてもらえないかな?これはどうすることもできないんだ。無理に席を外させても、なんやかんやと理由をつけて乱入してくる。そういう生き物だ」
「ええ、当然です。その腕輪を研究できないのは非常に残念ですが、私の研究対象はもう一つありますからね。あなたの話を聴けるのは実に興味深い」
「やっぱり却下」
お兄様が渋面を浮かべて師団長を見る。
一方師団長は、何を考えているのかわからない笑みでもってお兄様を見ていた。
……意外と仲が良いわね、この二人。
それはともかく、私としてはお兄様とヴェルフになら話をしてもいいと思っている。
ただ、師団長の口から話が漏れるのは避けたかった。
けれど、お兄様は師団長をどうすることもできないと言う。
ゆえに少々困ってしまい、どうしたものかと師団長を見ればばちりと目が合った。
瞬時に師団長が、お兄様に向けていた笑みとは別の種類の笑みを満面に湛える。
「大丈夫ですよ。これは私の探究心によるものですのでほかの誰にも言いませんし、何なら魔法の誓約書を交わしてもいいですよ」
「……」
なんだろう。師団長は魔法の誓約書の話を持ち出してまで他言無用を約束してくれているのに、『探究心から』と言われるとどうしても素直に喜べない。
そんな何とも言えない気持ちで師団長を見ていたら、お兄様に「凄い顔になってるよ」と突っ込まれてしまった。慌てて顔に神経を注ぐ。
因みに魔法の誓約書というのは、誓約を交わした者たちが交わした内容を違えることのないよう、誓約書に魔法をかけて誓約の遵守を強制するものである。
もし約束事を違えたら、即座に魔法が発動して違えた者を攻撃する仕組みになっている。
その攻撃力は相当なもので、場合によっては命を失うこともあるため、おいそれとは使えない。
それゆえ、一般ではあまり使われることのない代物なのだが、国と国との交渉の場では時折使用されている。
そして、それを師団長が使用してもいいと言っているのだ。
そこまで言うのだから、彼は本当に他人に言うつもりはないのだろう。
ならば態々魔法の誓約書を交わす必要はないのかもしれない。
とは言え、万全を期するのは悪いことではない。
よって、余所行きの笑みを顔に張り付けて師団長に釘を刺す。
「……その必要はないですわ。わたくしはあなたを信じます。ね?『グレンディア国軍魔法師団師団長様』?」
「ふふ、話が早くてとても助かります。『レーネ公爵令嬢マルティナ様』」
私の言葉に師団長がわざとらしい笑みで返してきたのだが、これは喧嘩を売っているのだろうか?それとも、ただ単に私を真似て返しただけなのだろうか。
際どいところだ。
「……お前たち、こんな時くらい腹芸をやめたらどうだい?」
お兄様が呆れ顔で言う。その言葉に、はっと我に返った。
いけない。こういった場に来るとつい公爵令嬢の顔が出てしまう。
今は身分も性別も隠しているのだ。気を付けなければ。
そう自分を戒めながら、この場にいる全員に事の顛末を話し始めた。
ブクマや評価、誤字脱字報告などいつもありがとうございます。
話の中にありました、聖騎第一とは聖騎士団第一師団の略です。
また、ここでのチェストは貴重品などを入れる蓋付きの箱のことを指しております。




