勝利をもぎ取った第三部隊の三人は警邏という名の出歯亀をする2
ノア視点の続きです。
副団長と少女が向かったのは、椅子やテーブルが至る所に置かれている休憩専用の広場だった。
その中の一つの席に副団長のエスコートで少女が座り、それが済むや副団長がその場を離れる。
私たちはその様子を、広場をぐるりと囲む植え込みに隠れてじっと窺っていた。
当初私とフィンは副団長の後を追うつもりだったが、それに隊長が難色を示したため、三人で相談し合った結果その場待機となった。
何れ副団長はここに戻ってくるだろうし、何より彼を尾行するのは危険だと判断したからだ。
そんなわけでこの場に留まって少女を見ていると、彼女が不意に立ち上がりそのまま明後日の方向へと歩き出した。
一体何をするつもりなのだろうか。
そう疑問に思っていたら、隣にいた隊長が急に焦り出した。
「あ、やばっ。あんたたち逃げるわよ」
隊長は小声で私たちを急き立てる。
それを受けて私とフィンは首を傾げた。
少女は全然違う場所にいるし、周りを見ても副団長の姿は窺えなかったからである。
「え、なんで?別に見つかったわけじゃないだろう?彼女向こう側歩いているし」
「確かに。見つかったようには見えませんが」
フィンが疑問を呈しそれに私が同意すると、隊長は少しばかり声量を上げて、悲鳴じみた声音で話し出した。
「甘いっ!あれは幻覚!もう見つかってんのよ!ほら、早く行くわ……」
『楽しそうね?私も混ぜてもらえないかしら?』
「「「!?」」」
隊長の言葉は途中で鈴を転がしたような愛らしい声に遮られた。
同時に、皆一斉に顔を上げて声のした方を見る。
視線の先には、天女もかくやあらんと言わんばかりの美しい少女が、素晴らしい笑みを湛えてこちらを見下ろしていた。
間違えようもない。今まで見ていた少女である。
そしてそうだと認識した瞬間、私の中で緊張が走った。
(まずい!)
どうしてここにとか、幻覚とは何だとか聞きたいことは多々あるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
尾行していた対象に見つかったのだ。早くこの場を収めて逃げなければ、副団長にも見つかってしまう。
焦りを覚えつつ改めて少女に目を遣れば、少女は隊長と話をしていた。
その口調は隊長を咎めるようなもので、表情も大分厳しいものである。まあ、尾行なんてされていたのだから当然の反応とも言えよう。
だから彼女には何を言われても仕方がないのだと覚悟をしていたら、割合に少女はすぐに折れ、私とフィンも一緒に昼食にしようと誘ってくれた。
だが、そこで事件が起きる。
フィンが調子に乗ってティナと名乗った少女を口説き始めたのだ。
いつものフィンと言えばそうなのだが、さすがにこれは私も頭を抱えた。
(何をやってるんだこの人は!)
すぐさまフィンを制止しようと口を開きかけるも、時すでに遅し。『今度、何だって?』という、どすの利いた声に遮られた。その場の温度が一気に下がったのは言うまでもない。
ただ、ティナ嬢――そう呼ばせてもらう――だけは気付いていないようで「まあ、リディおかえりなさい」と言いながら、笑顔で声の主を迎えていた。……ある意味凄いな、この子。
一方、ティナ嬢の笑顔をもってしても声の主の怒りは収まらないようで、フィンへの追及の手を更に強めていた。
……そろそろ声の主と呼ぶのも限界だな。
本当は見たくないが見ざるを得ない状況のため、決死の覚悟で声の主に目を向ける。
そこにはやはりというか、当然というか、大層お冠中の副団長の姿があった。
その副団長が、こちらに向かって歩いてきている。
それを見た瞬間、私は咄嗟にフィンから離れた。
制止が間に合わなかった時点で私のとるべき道など決まっている。
とばっちりを食らわないように無関係を装う、この一択だ。
これがもしフィンに落ち度がなく、そう見えてしまっただけの誤解ならば、無理にでも首を突っ込んで副団長に進言していただろう。
が、今回のこれは明らかにフィンの落ち度である。
副団長の怒りは尤もだし、彼の怒りが収まるのならばフィンを人身御供として差し出すのに吝かではない。
だが、副団長はティナ嬢をその背にさっと隠して、彼女に注意を促しただけだった。とは言っても、鋭い視線は相変わらずだったが。
でもそれで済んだのだからフィンは不幸中の幸いだったのではなかろうか。
そのように思っていたら、隊長が副団長に加勢した。
これにはフィンもたじたじである。
まあ、それはそうだろう。副団長と隊長のタッグだ。敵うわけがない。
ゆえに私の頭の中では、大袈裟かもしれないが、相棒との思い出が走馬灯のように流れていた。
そんな中、ティナ嬢が副団長の服の裾を引っ張って、副団長の意識を自分の方へと向け、ついでに話も逸らしてくれた。
この状況を見兼ねたのかどうかはわからないが、救いの手を差し伸べてくれたのは確かである。
お陰で場の雰囲気が一気に和やかなものになり、そのまま席に戻って昼食を摂ろうということで落ち着いた。
副団長たちの席まで行くと、二人がいちゃついているのも構わず、ティナ嬢の言葉に甘えて隣に席を構える。
隊長は宣言通り上機嫌でティナ嬢の隣に座った。それはもう満面の笑みを浮かべてである。
それを見ていたフィンが僅かに体を震わせつつも、何事もないかのように取り繕って口を開いた。
「んじゃ、何か買ってくるか。隊長は何が食べたい?」
「私?んー、あなたたちと同じ物でいいわ。ああ、それとお金は後で払うわね」
「あ、いい。俺が払うから」
「え?私お金持ってるわよ?」
フィンが隊長に少しでもいいところを見せようとして、隊長本人に阻まれた。
彼女はフィンの意図に全く気付いていないようで、的外れな返答をしている。
その光景を目にしたらフィンが段々可哀想になってきた。鈍いにも程がある。
仕方がないので芽吹き始めた思いに蓋をして、フィンに助け舟を出すことにした。
「隊長、フィンに奢らせてやってください。彼はほかの人にそのポジションを譲りたくないんですよ。たとえそれが隊長自身だったとしても、ね」
「はい?えっと、よくわからないけどあなたたちがそう言うなら……フィン、ありがとう」
「へへっ!役得!」
笑顔で礼を述べる隊長にフィンが嬉しそうに笑い返した。
その隣では副団長たちが楽しそうに会話をしている。
……あれ、なんか私だけ溢れていないか?……まさか、ええ?
気付いたら悲しくなるので気の所為だと思いたい。
というかもうほぼ気付いてしまったのだけれど……。
ともあれ、いつまでも落ち込んでいられないので、とりあえず気を取り直して副団長とフィンと一緒に昼食を買いに行った。
休憩所となっている広場の周りには食べ物関連のお店が連なっている。
その中で、女性が喜びそうなものを中心に料理を選ぶ。二人とも気に入ってくれればいいのだけれど。
ふと隣の方を見ると、そちらでは副団長がフィンに「ルティナに手を出すなよ!」と本日五度目の釘を刺していた。
副団長はティナ嬢を余程好ましく思っているのだろう。ただ、少し執着心が強いようにも感じる。
一方、フィンは副団長の言葉にうんざりした顔で返事をしていた。
その態度が何度も釘を刺される原因ではなかろうかとは思ったけれど、それを指摘して同意されるならまだしも、副団長の矛先が何かの拍子にこちらに向いてしまっても困るため、あえて口を噤んだ。
でもその所為で、更に数回程同じ話を耳にする破目になったが。
なお、買い出しの最中、我々は副団長のお小言だけではなくティナ嬢の素性についても話をした。
と言っても、ルディ君の血縁者かそれに近しい者ではなかろうかという予想が付いたくらいで、結局彼女が何者なのかはわからなかったが。
それから程なくして、抱えきれない程の料理を手に、隊長たちが待つ広場へと戻る。
隊長たちがいる辺りを見れば、二人が仲良くお喋りをしていた。
そう言えば二人は知り合いだったな。隊長はそれについて話を逸らしていたけれど……って、あ、まずい。
ぼんやりと考えていたら、ふと脳裏にあの時の隊長の顔が浮かんできてしまい、思わず両肩が上がりそうになった。それと同時に表情も崩れかけ、慌てて繕う。
だが、そんなことを知る由もない隊長が「早かったわね」と微笑みながら言うものだから、再び顔がにやけそうになって困った。
更に困ったのは、それを誤魔化そうとしたら何故か言動がフィンのようになってしまったことである。
これには内心首を傾げたし、隊長とティナ嬢も不思議な顔をしていた。
「なあ、それよりもさっさと食べようぜ!」
フィンの呼びかけで、話もそこそこに各自席に着き、食事を始める。
こうして皆とわいわい話をしながら食事をするのも悪くない。
ただ副団長にとってはいい迷惑だったようで、食事が済むと「さぼっていないで仕事に戻れ」と早々に私たちを追い払いにきたのだけれども。
まあそんなわけで、我々は仕方なく仕事に戻ることとなった。
でも名誉のため言っておくが、我々は決して仕事をさぼってなどいない。私たちの代わりに真面目に警邏するチームも特別編成されていたからである。
それもこれも全て団長の提案だった。そして、その提案があったからこそ、周りもより一層やる気だったのかもしれない。
……というか団長何してるの。
そんなこんなでいろいろとあったものの、私たちは今日一日『警邏』という名の『尾行』を満喫した。
とは言っても、途中から尾行ではなくなったし、その都度表に出てくる隊長の意外な表情の数々にすっかり中てられてしまい、気が漫ろだった気もするけれど……。
後日勝利をもぎ取れなかった者たちに副団長たちはどうだったかと尋ねられたが、私もフィンも副団長たちのデートの様子を思い浮かべては、合間合間に浮かんでくるあの時の隊長の姿に「隊長が可愛過ぎてツライ……」としか答えられなかった。
次回本編に戻ります。




