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公爵令嬢デートをする4

話の最後に第三者視点入ります。

「フィン。何、お前人の相手を口説いてる」


そう言いながらリオンがこちらに向かって歩いて来る。

その視線は逸らされることなく真っ直ぐフィンに注がれていた。


「じょ……冗談だよ、冗談!」


焦りをにじませた声でフィンが言う。

その声がやや掠れている気がして向き直れば、フィンが私の後方に目を向け、数歩程後退りながら、前に突き出した両手を小刻みに振っていた。その顔色は真っ青である。


(……?)


不思議に思い顔だけ振り返ってみる。だが、認識できたのは無表情のリオンがこちらに歩いて来る姿だけだった。


何故フィンはそんなに青褪めているのだろう。リオンの表情を見る限り然程怒っているようには見えないのだけれど……。


疑問を残しつつもう一度フィンに目を戻すと、すっと視界が遮られた。

リオンが私とフィンの間に割って入ってきたのだ。


「ルティナ、こいつに近づいてはだめだ」

「そうですよ。絶対に近づいちゃだめです」


リオンが背を向けたまま顔のみをこちらに向けて、私に注意を促す。

続くようにアマーリエがリオンに同意した。


「あ、ひでぇ隊長まで!」


フィンが眉間に皺を寄せ、不満を顕わにする。

その様子に一瞬フィンの肩を持とうとして、すぐにやめた。

リオンが怒るのも無理からぬことだと思い直したからだ。


とは言え、このままでは埒が明かない。

ちょいちょいとリオンの服の裾を軽く引っ張り、フィンに向かっていた彼の意識をこちらに惹き付けた。

するとリオンが上半身を僅かに捻って私の方に振り返る。


「どうした?」

「ねえ、リディ。少しの間だと思ってハンカチを置いてきてしまったの。そろそろ戻らないと心配だわ。お話は向こうでしましょう?」

「ハンカチなら別になくなっても構わないが……そうだな。ルティナが望むならそうしよう」


リオンがこちらの意を汲んでくれたので「ありがとう」と伝える代わりににっこりと微笑む。

それに対し、リオンも微笑みながら軽く頷いた。


「なあ、俺たち邪魔者じゃないか?」


フィンがぽつりと呟く。姿が見えないのでその表情まではわからない。


「だとしても、今更引けないでしょう。それにティナ様と一緒にいられるのよ。私は引かないわ」

「相変わらずブレませんね隊長。いっそ清々しいです。まあでも、そうですね。そろそろお昼ですし私たちも何か食べましょう」

「あっ!ノア抜け駆けずるいぞ!」

「そうよ!ティナ様の隣は私よ!」


先程の席に戻る私たちの後ろで、アマーリエたちがわいわいと騒ぐ。

警邏の時はいつもこんな感じなのだろうか。随分と楽しそうだ。


「どうした、ルティナ?」

「え?あ、うん。みんな楽しそうだなって」


そう答えながら先程のテーブルに戻り、こっそりと魔法を解除してハンカチが置いてある椅子に腰かける。

ハンカチは触れられた形跡もなく無事だった。さすがに騎士がいる中で盗みを働くような間が抜けた者はいなかったようだ。


「君はどう?」

「え?」


突如振られた言葉に理解が及ばず聞き返すと、リオンが心なしか不安げな表情で私の顔を覗き込んできた。


「楽しい?」


その言葉で漸く意味を理解した私は、リオンを安心させようと満面の笑みを浮かべ力強く頷く。


「ええ、もちろん!」


私がきっぱりと言い切ると、リオンが一瞬目を瞠った後破顔した。


「それは良かった」


「あ……」


リオンの笑顔を見た瞬間、胸の辺りに『疼く』とは少し違う形容し難い痛みとともに、心が満たされるような思いが生じた。

そしてそれは私の心をじわじわと支配し、息もできないくらいに締め付ける。


いやだわ。重篤な病気かしら……。

これは明日お医者様に診てもらった方がいいかも。


そんなことを考える私の耳にフィンたちの声が届く。


「甘い、甘すぎる。今なら砂糖が吐けるかもしれない」

「よく言うよフィン。自分だって甘いセリフいっぱい言ってるくせに」

「うるさいぞノア」

「はいはーい。テーブルくっつけますよ。お二人ともそろそろ現実に戻って来てくださいね」


アマーリエの言葉にはっと我に返る。

何気なくリオンを見れば、ばっちりと目が合った。


「「!?」」


刹那物凄い勢いで互いに顔を逸らす。


(何よこれ……とても恥ずかしいわ)


顔に熱を帯び、視線が彷徨う。


そんな私を余所に、アマーリエがテーブルを持ってきて私たちのテーブルにくっつける。そしてそこにフィンとノアがさっと椅子を置いた。


椅子は私の隣にも置かれ、そこにアマーリエが鼻歌でも歌いそうな勢いで座る。

その隣にはフィン、フィンの隣にはノア、そして最後にリオンといった並びで、リオンと私はほぼ向かい合わせだ。言わば放物線を描く形である。

フィンはその真ん中の、全体が見渡せる特等席だ。ちゃっかりしているわ。


「んじゃ、何か買ってくるか。隊長は何が食べたい?」


席に座らず立ったままだったフィンがアマーリエに尋ねる。


「私?んー、あなたたちと同じ物でいいわ。ああ、それと……」

「俺も買いに行ってくる。ルティナ、ここでアマーリエ隊長と待っていてくれ」

「はい」


フィンとアマーリエが話をしている最中、リオンが私の方に顔を近づけてそう言ったので、それに短く返事をする。

するとリオンは満足そうに小さく頷いて、話を終えたフィンたちとともに買い出しに行った。



三人の姿が人込みに紛れて見えなくなる。

それと同時に、アマーリエがこちらを向いた。その表情はどこか怒っているような……?


「な、何?」

「ティナ様。何故『ルティナ』と名乗ったのですか?そのまんまじゃないですか」

「だってまさかリディがあんなにぐいぐい来るだなんて思わなくて……その、うっかり……」

「先程から思っていたんですが『リディ』ってなんですか!?もー、あの人、私のティナ様に!」


今にもハンカチの端を咥えて、ぐぬぬと言い出しそうな勢いのアマーリエを慌てて(たしな)める。


「ちょ、アマリー!?リディはあなたの上官でしょう?」

「私の大事なティナ様のお心をかき乱すなど、仮令副団長と言えども許せません!」


そう言いながらアマーリエが両手を握りしめてテーブルにドンッ!と叩きつけた。

その衝撃でリオンが買ってくれた飲み物が僅かに真上に跳ね上がる。


「いや、ちょっと落ち着いて、ね?私は大丈夫だから!」


アマーリエの怒りの方向性が多少別の方向に向かっている気もするが、この際それは無視して懸命にアマーリエを宥める。

その甲斐あってか、アマーリエの勢いが弱まった。


「はっ!?そうでした。私としたことが……。

 とにかく私が危惧しているのは、あの三人のうちの誰かがティナ様の正体に気付いて殿下に報告してしまうのではないか、ということです。次回会った時に殿下が一緒だったりしたらどうするんですか」

「大丈夫よ。彼らはきっと報告しないわ。それに、殿下が会いに来たところで、この姿では私だと気付かないはずよ。断言できるわ」

「そんな悠長な……」

「ふふ、殿下は絶対に気付かないわ。私にはわかるもの。だから安心して、ね?」


私が自信をもって言い切ると、アマーリエは心ならずも聞き入れてくれた。


ただ、そうは言っても本当のところはわからない。私だってその考えがなかったわけではないもの。それどころか、いつばれてしまうかと今もひやひやしている。

アマーリエにああ言ったのは、自分を安心させるためでもあったのだ。残念なことに気休めにもならなかったが。


「「「ただいま」」」


いつの間にか時間が経っていたようで、三人が料理を沢山持って戻ってきた。

それを私とアマーリエが笑顔で迎える。


「おかえりなさい」

「早かったわね」

「お嬢様方をお待たせするわけにはいきませんからね」


アマーリエの言葉にそう返し、右手を左胸の前に持ってきてわざとらしくお辞儀をするノア。

あれ、ノアってこんなキャラだっけ?その気障な言動はフィンの専売特許では?


「ルティナ、お待たせ。二人で何の話をしていたんだ?やけに仲がよさそうだったが」


買ってきた料理を置きながらリオンが言う。

その言葉に思わずアマーリエと顔を見合わせたが、すぐに向き直り笑顔で「秘密よ」と答えた。

リオンはそんな私たちに苦笑していたけれど、こんなところで話せるような内容ではないので仕方がない。


「なあ、それよりもさっさと食べようぜ!午後の見廻りの時間になるぞ」

「よく言うよな。お前ら全員さぼって俺たちの尾行していたくせに」

「あら、おほほほ。何のことかしら~?」

「もう、アマリーったら」


フィンの一言で皆それぞれ席に着き、賑々しくお喋りをしながら昼食を摂った。






***

その後三人と別れ――と言ってもリオンが無理矢理追い払ったのだが――私たちは再び市を見て回った。


市は通りが一本違うだけで趣ががらりと変わるため、見て回るのが本当に楽しい。時間の許す限り見ていたいくらいだ。


とは言え、時は正しく流れる。

気付けば真上にあった太陽は大分傾き、空が茜色に染まりかけていた。

そのため、名残惜しくも別れを切り出す。


「リディ、私そろそろ帰らないと……」


宿で着替えてから戻るとなると、城に着く頃には夜になってしまう。これは急いだ方が良いだろう。

そう考えて少し焦っていると、リオンが話しかけてきた。


「ルティナ、家まで送ろう」

「え?ああ、大丈夫よ。近くに侍女を待たせているの。だから気にしないで」

「だが……」


心配そうにやや眉尻を下げてこちらを見るリオン。

一瞬絆されそうになったけれど、今日はまだ正体をばらしたくない。

ゆえに、失礼だと思いつつもリオンの会話を遮る。


「今日はどうもありがとう。とっても楽しかった」

「ああ、俺もだ。……ルティナ、また近いうちに会えないか?」


次のデートの話を振られるとは思わず、また振られてもルディを介してだと思っていた私は、彼の言葉にぱちりと目を瞬かせる。

そんな私の反応に何の勘違いをしたのか、リオンが悲しそうにこちらを見てきた。


「ダメか?」

「そっそんなこと!ただちょっと、リディから次の話が出て吃驚しただけよ。本当よ?」


リオンのそんな表情を見たのは初めてだ。

なんかぐっとくるものがあったし悲しそうな表情をさせたくなくて、即座にリオンの右手を諸手で掬い取り、彼の顔を見つめた。


「なら……」

「ええ。リディの都合の良い日をルディに言ってもらえたら日程を調整するわ。それじゃ、次も楽しみにしてるわね!」

「ああ、わかった。俺も楽しみにしてる。それとルティナ、やはりそこまででも送って」

「ううん、本当にすぐそこなの。だから大丈夫よ。またね、リディ」


リオンの手を離すとたっと走り、彼の手の届かない場所まで行って振り返る。

そして、にこやかな笑みで高く上げた手を大きく振れば、リオンがそれに応えて手を振り返してくれた。


「ルティナ、気を付けて!」

「ええ、リディもね!」


そう言うとすぐにリオンに背を向け、そのまま軽やかに走ってイルマの待つ宿屋へと向かった。
















******



同国某所――――


「父上!御足労いただき……」

「ここでは父と呼ぶなと何度言ったらわかる。で、どうした」

「も、申し訳ありません。実は今日職人街の方でお忍びと思われる令嬢を見かけまして。かなりの上玉ですので向こうも喜ぶかと思い、それでそろそろ許可を頂きたく……」

「ああ、あれから大分経ったからな。いいだろう、許可する。但し、くれぐれも用心するように」

「はっ!」


息子と思しき男が一礼をすると、父親と思しき男が無言でその場を去る。

そうして、二人の会話は以前と同じく誰にも聞かれることのないまま終了となった。

宿屋で着替えている時のマルティナとイルマの会話です。


マ「ルティナってつい名乗っちゃったのだけれど、アマリー以外誰も気付いている風には見えないのよね」

イ「それはティナ様が『月の妖精』のお姿とかけ離れた、髪色や髪質、そしてお顔をなさっているからではないでしょうか」

マ「そんなものかしら?」

イ「そんなものです」

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