公爵令嬢デートをする3
「うわぁ。すごい!」
目の前の光景に心が躍る。
きっと私は目を爛々と輝かせているだろう。
ここは職人街の南に位置する市。
国内随一と謳われるこの市は一日では回りきれないくらい広大で、その広さは広場がある中心部から王都の南端にまで及ぶ。
当然お店は無数にあり、店構えもちゃんとしたものから、足元に布を敷いただけのものまで様々だ。
また、扱う品も様々で、国内の物は勿論異国の物もそれなりに揃っており、ここで手に入らないのならこの国では入手できない、と言われる程品揃えが豊富となっている。
ただ、その分人でごった返しているので、目的の物を探すのは中々に骨が折れそうだ。
とは言え、見る分には何の問題もないし、見て回るだけなら何度訪れたとしても飽きることはないだろう。
何せここは国内最大の市。
今からそこを見て回ると思うと楽しみでならない。
そんなわくわくを抑えきれずに周りに目を向けていると、ぎゅっと私の手を握る力が強まった。
それゆえ、つっとそちらに顔を向ける。
「喜んでもらえたようで何よりだ」
そう言って目を細めながら微笑むのは言わずもがなリオン。その笑みはいつもとは違い穏やかで優しい。
だからか、間近で見ていた私は何だか居た堪れなくなり、ばっと目線を逸らしてしまった。
すると隣からくつくつと笑う声がして、反射的に空いている方の手でぺしりとリオンの腕を叩く。
でもリオンは私がじゃれているとでも思っているのか、視線を戻した今でもにこにことしたままだ。
まあ、強ち間違いではないため「もう!」としか言えないのが悔しいところだが。
それはともかく、いつまでも突っ立っているわけにはいかないので、リオンの手に引かれていろんなお店を見て回る。
賑わいを見せる市は活気があって見ているだけでも楽しい。
欲しい物があるわけではないのでじっくりとは見ていないが、ちらっと見るだけでも市の雰囲気は伝わってくる。
ただその一方で、今もなお繋がれた手が私を完全には市に集中させてくれない。
確かに、これだけ人がいるとはぐれた時に捜すのが大変だ。そういう点で言えば手を繋ぐのは一番手っ取り早い防止策と言えよう。
だがそうは言えども、気持ちは一筋縄ではいかない。気恥ずかしい思いがあるのも確かだ。
事実ふとした瞬間に手元を意識してしまい、その都度隠れたくなる。全く困ったものだ。
そんな気持ちを覚えながらもそっと手元を見る。
剣だこのある、大きくてごつごつとした男らしい手だ。
きっと小さい頃からずっと剣を握ってきたのだろう。ただ只管剣技を磨いて、騎士となるために。
しかし、皮肉なことに彼は家を継がなければならなくなった。
彼の兄弟はクラウス様のほかにいないため、彼は何れ聖騎士を辞めて侯爵家の仕事に専念することになるだろう。
兄を失い、聖騎士を辞めるのはどんなに辛いだろうか……。
そう思うと繋いだ手に力が入りそうになったけれど、幸か不幸かそれは未遂に終わった。
リオンが「どこか気になる店はあるか?」と私の顔を覗き込んで尋ねてきたからだ。
ゆえに目に留まった店を示す。
「あのお店を見てみたいんだけど」
「わかった、行こう」
リオンは一つ頷くと私の手を引いて、私が行きたいと言ったお店に連れて行ってくれた。
***
「あ、これ可愛い!」
リオンの手に引かれてやって来たのは万年筆のお店。
商品である万年筆が台の上に所狭しと並べられており、基本のもの、キャップ付きのもの、インク内蔵型のものなど色々と取り揃えられている。
その中で目に入った一つの万年筆を取る。
ピンクの花柄が可愛らしい女性向けの万年筆だ。
でも、いいなとは思うものの購入はしない。ルディの姿が多い私には宝の持ち腐れだからだ。
ではほかに何かないかと万年筆を戻しながら隣に目を向け、そして目が釘付けになった。
それは一対の万年筆。
空色に白い雲と太陽が描かれたものと、夜空色に数多の星と三日月が描かれたもので、併せると月が太陽を見上げるよう絶妙に配置されている。
その絵の筆致は実に繊細で、職人というよりかは画家が手掛けたもののように思えた。
そんな芸術品のような万年筆を食い入るように見る。
するとリオンが私の視線を追ったのだろう。声をかけてきた。
「へぇ、良い物だな」
「だ……そうよね。万年筆自体とても良い物みたい」
危なかった。隣にいるのがリオンなので、ちょっと油断してルディが顔を出してしまった。
ただ幸い気付かれてはいないらしい。
ほっとして万年筆に意識を戻すと、頭上から「おや?」と声がして顔を上げた。
「騎士様じゃないか。今日は見回りじゃないのかい?」
声の主はこの店の主だ。
顎と口周りに髭を蓄え人好きのする笑みを浮かべる店主は、お父様よりも大分年上に見えた。
「今日は非番だよ。見回りなら他の奴らがしているさ」
「そうかい。非番で彼女とデートとは騎士様もやるねぇ。お嬢さん、その万年筆は対になっていてね。わしも気に入っているから、ちと高いが対で大事にしてくれる人に売ろうと思っているんだよ。騎士様、そちらのお嬢さんが気に入っているようなら二人でどうだい?」
何気ない会話から早速商売の話に持ってくるとは、何とも商魂たくましい。
内心感心しつつ値段に目を遣る。
インク内蔵型――当然キャップ付き――のため値は張るが、私でも何とか買えそうだ。今日の記念に購入しようかな。
「さすが玄人、乗せるのが上手いな。いいだろう、買った!俺が払う」
「そう来なくっちゃな!まいどあり!」
「リディ!?」
目を丸くしてリオンを見れば、リオンがこちらに気付いてにっと笑う。
そして私の手を離したかと思うと、すぐさま懐から財布を取り出し、私が止める間もなく支払いを済ませてしまった。
そのまま箱に入れられた万年筆がすっと私の前に差し出される。
「華やかな君には明るい空色を」
「えっ、あの……」
「お嬢さん、こういう時は『ありがとう』と言って受け取ればいいんだよ。騎士様も嬉しいし、こっちも嬉しいからね」
ほかのものよりも遥かに高価な代物だったので受け取りを躊躇っていたら、店主が片目を瞑って私を促した。
更に追い打ちをかけるように「俺が二つ持っていても仕方がないだろう?」とリオンが私の前に箱を差し出したままの姿勢で言う。
それでもなお遠慮しようとしたのだが、これ以上は逆に失礼にあたると考え直し、素直に受け取ることにした。
「ありがとう、リディ」
「ああ、今日の記念だと思ってもらえると嬉しい」
「ええ。大事にするわね」
万年筆の入った箱を受け取るとにっこりと微笑んで礼を述べる。
そうして受け取った箱を肩掛けのバッグの中にしまうと、そのままお店を後にした。
さて、この後はどこへ行こうか。
二人で話しながら、あちらこちらの商店を眺める。
気が付けば再びリオンと手を繋いでいた。
気になるお店があれば立ち寄り、商品を眺めては次へ。
それを幾度か繰り返しながら歩く。
空を見れば、まだ昇っている最中だと思っていた太陽は、もう少しで真上というところまできていた。
そろそろお昼か。そう思うとなんだかお腹が空いてくる。何とも都合の良いお腹だ。
とは言えここは市のど真ん中。周りは露店ばかりで食堂のようなものは何一つない。
お昼はどうするのかと思いながら歩いていると、目の前に先程いた広場よりも小さい広場が見えてきた。
そこは簡易の休憩所となっているようで、丸テーブルがそこかしこと置かれており、人が思い思いに座っている。
空いている席を見つけ、リオンのエスコートで席の脇に行く。すると、即座にリオンが椅子を引いてその上にハンカチを敷いてくれた。
その姿に、知らない誰かといるような奇妙な感覚を覚え戸惑う。
それでも表情は崩さずに、お礼を述べて着席した。
「お腹空いただろう?今何か買ってくる。食べたいものはあるか?」
「ううん。嫌いなものはないから、リディと同じものでいいわ」
席に着くや否や、食べたいものを尋ねられたので素直に答える。
ギルドにいたこともあって、庶民の食べ物に抵抗はないのよね。
「わかった。すぐに戻ってくるから何かあったら大声で助けを求めてくれ」
「ええ、わかったわ」
私が首肯するとリオンが小さく頷き返し、「じゃあ行ってくる」と言って人混みの中に消えていった。
それを見送るとすくっと立ち上がる。
(さて、と。私の方も動きますか)
先ず席を確保しておくためにハンカチに盗難防止の魔法をかけて――と言っても風圧をかけただけだが――席を離れる。
次に幻影魔法を使い自分の姿を作り出すと、目的の場所とは違う方向へ歩かせた。
一方、私は認識阻害の魔法をかけ、遠回りをしながらある一画に向かう。
この広場には周囲をぐるりと囲むように腰の丈程の木が植えられている。
木と木の感覚は等間隔ではあるが、枝が四方八方に分かれており、びっしりと葉が生い茂っているために向こう側が見えない。
そのため植え込みに身を隠してしまえば、上から覗くか、裏側に回らない限り見つかることはないのだ……私のような人以外には。
『あ、やばっ。あんたたち逃げるわよ』
『え、なんで?別に見つかったわけじゃないだろう?彼女向こう側歩いているし』
『確かに。見つかったようには見えませんが』
『甘いっ!あれは幻覚!もう見つかってんのよ!ほら、早く行くわ……』
「楽しそうね?私も混ぜてもらえないかしら?」
ひそひそ声が聞こえる中、植え込みの切れ目からひょいっと顔を覗かせて見れば、見知った顔が三つあった。
そのため認識阻害の魔法を解き、口角を上げつつ三人の会話に混ざる。
すると、私の声に反応して三人がばっとこちらに顔を向けた。
実は先程の広場から、ずっと玄人程手慣れたものではなく、素人程下手でもない尾行が続いていることに気が付いていた。
悪意も感じられなかったので当初は無視しようと思っていたのだが、さすがに長時間見られるのは気になるというもの。
だからリオンがいなくなった隙に、その視線の主たちを見てみようと思い至ったのだ。
勿論、危険だと感じた場合はすぐにその場を離れるつもりだった。
でも耳を澄ませば聞き覚えのある声。それゆえ、ひょっこりと顔を出してみたという次第だ。
「ティ、ティナ様ご機嫌よう」
「何が『ご機嫌よう』よ!アマリー、あなたずっと私たちのこと見ていたでしょう?」
「な、何のことかしら?」
「…………はぁ。もういいわ。それよりあちらに行きましょう。私たちの隣が空いているわ。後ろの騎士様たちも一緒に昼食にしませんか?」
前半はアマーリエに、後半は彼女の後ろにいる二人――フィンとノアの方に目を向けて言う。
すると、女性受けしそうな笑みを湛えたフィンが私の前に一歩踏み出し、私の諸手をすっと掬い上げるように取った。
「それは嬉しい提案だね、美しいお嬢さん。私はフィン、こっちがノア。よろしくね」
「ティナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「美しいあなたにぴったりなお名前ですね。それであの、もし良かったら今度……」
『今度、何だって?』
突如私の背後から地を這うような、それはそれは低い声が聞こえ無意識裡に振り返る。
そこには飲み物を手にして仁王立ちするリオンの姿があった。
剣がお友達のエリオットにデートプランを立てるなどという高等技術は無理な話です。
女性に人気の場所や食べ物をリサーチするだなんて夢のまた夢。
マルティナも同類なので気にしていません。




