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公爵令嬢デートをする1


朝もまだ早い時間、いつものように小鳥たちの囀る声で目を覚ます。

もう数か月もこのような生活を続けている所為か、休みの日であっても同じ時間に目が覚めてしまう。慣れとは恐ろしい。


ここはグレンディア国軍本部の聖騎士団区画にある客室の一つ。現在私が使用している部屋だ。

客室の中で一番小さいこの部屋は、ここのほかに浴室と不浄場しかないけれど、不便は一切感じていない。



ふと窓に目を向けると、太陽の光がカーテンの隙間から射し込んできており、天気が良いことが窺える。

これはもう絶好のデート日和と言えよう。

そう、何を隠そう今日が約束のデートの日なのである。


あの時、『女の子を紹介する』だなんて我ながら何を言っているのかと呆れたものだ。

ただ、その話をした時のリオンの反応は中々だったし、昨日帰る間際に時間と場所を何度も確認していたことから、割に彼は楽しみなのかもしれないと思った。

そうなると話をしたのは強ち間違いではなかったのかも。


かく言う私も何が起こるかとわくわくしている。ダンジョン探索の前のような感じと言えばいいだろうか。

でもそれってデートと言わないような……ま、細かいことは気にしない。



何はさておき、身支度をしようとベッドから起き出す。

まだ『ルディ』の姿のままでいいので支度は簡単だ。

だが、その前に湯あみをしようと思う。

向こう(・・・)で湯あみができるかわからないしね。

そうと決まればいざ準備。


聖騎士団区画の共同浴場は二階の仮眠室脇にあり、訓練で汗をかいた者や、寝泊りする者などがよく利用している。

一方私は、浴室のバスタブを遠慮なく使わせてもらっている。女性だとばれる心配もないので大助かりだ。


但し、安心の代償として毎回メイドにお湯を用意してもらわねばならず、それだけは毎度申し訳なく思っていた。

だからと言って、毎日濡れタオルで体を拭くだけなど到底受け入れられるものではない。私にだって一応乙女の矜持はある。できるものなら湯あみはしたい。


そこで私は魔法でお湯を出すことにした。

魔法でお湯を作り出すのに、危険もなければ負担もない。

寧ろ魔力が飽和状態になる前に放出できるのだから願ったり叶ったりだ。


なお、その発想に至るまでに数日を要した。

普段用意してもらっていた私には、その発想が全くなかったのだ。何と情けない……。

まあそれでも、何の気兼ねもなく毎日湯あみができるようになったのだから、とりあえずは良しとしよう。



さて、今日も今日とてバスタブの前でちょちょいと魔力操作する。

あっという間にバスタブにお湯が張られ、そこに手を入れて一つ頷く。うん、今日も絶好調だ。


半ば強引にイルマに手渡されたハーブオイルをバスタブの中に数滴たらし、お湯が冷めないうちに湯あみをする。

この薔薇の匂いのするハーブオイルは個人的にとても気に入っているが、女性的な香りであるために休みの日に人目を忍んででしか使用できない。

でも今日は特別だ。


ハーブの香りを存分に楽しみながら体と髪を洗い、元の髪色に一旦戻す。

本当はこのままの方が髪を傷めずに済むのだろうけれど、この色で出歩くわけにはいかない。

ゆえに魔法で髪を乾かし、再び琥珀色に染め直した。


湯あみが終わると、上半身に布を巻きつけて胸を平らにする。

その上にいつもの服を纏えば、瞬く間にルディの完成だ。


それから簡単に朝食を摂り、全ての用意を終わらせると、イルマと待ち合わせをしている場所に向かった。






***

青い空に白い雲。よく詩集で見かける言葉である。

今日の空はその言葉通りで実に晴れやかだ。

澄んだ濃い青は目一杯視界に広がり、その青を所々覆うもくもくとした白い雲が太陽の光を受けている。その光がとても眩しくて、思わず目を細めてしまう。


待ち合わせの場所は職人街のとある宿屋。既にイルマの名前で予約を入れてある。

今日は非番なので残念ながらティーナでは行けず、そこへは徒歩と乗合馬車で行く。


城を出て暫く歩いていると、誰かの視線がこちらに向けられているのに気付いた。

向けられる視線に害意はないし、毎度のことだから慣れたものではあるものの、あれこれ探られるのはやはり不快である。

よって、いつものように相手を撒く算段をする。


さて、今日はどうやって撒こうかな。

とりあえず乗合馬車に乗って撒いてみますか。


……などと思っていたのに、結局視線の主と一緒に来てしまった。優秀な影か何かだったのかな?




職人街に着くと待ち合わせ場所である宿屋を探す。

すぐに『グリューンヴィント』と書かれた看板を見つけ、迷わず扉を開けて中に入る。


そこは庶民向けかと思いきや、庶民は勿論貴族もお忍びで来そうな、そこそこ大きな宿だった。

入って即目に飛び込んできたのは洗練されたロビーで、この宿の品の良さを如実に物語っている。

よく見れば柱の一本一本にまで緻密な細工が施されており、その美しさにほぅ、と一つ感嘆のため息をつく。


そうして辺りに見入っていると、物腰の柔らかい年配の男性がこちらにやってきて、丁寧に腰を折った。


「いらっしゃいませ」

「二〇二号室の『ジル』に会いたいのですが」

「別の者がご案内いたします。どうぞこちらへ」


どうやらイルマはもう既に来ているようだ。

先程の男性と交代でやって来たページボーイに案内されて、イルマが待つ部屋へと向かう。


部屋の前まで来るとページボーイが部屋の中にいるだろうイルマに声をかける。

即座に扉が開いたので、彼に礼を述べて中に入った。


因みに視線の主は、私がイルマの部屋に向かうのと同時について来たようだ。

大体の位置はわかるが、上手く隠れているのかその姿は視認できない。


よって部屋に防音の魔法をかけて盗聴を防止しようと構えを取る。

だがすぐにやられっぱなしは癪だと考え直し、相手の行動を逆手にとって相手に偽の情報を掴ませることにした。


先ず自分の口に人差し指を当てて、イルマに静かにしているよう指示を出す。

イルマは何事かと言わんばかりの表情を浮かべつつも、小さくこくりと頷いた。

それを確認してから余所行きの高い声を発する。


『まぁ、ルディ様!ようこそいらっしゃいました』

『お嬢様、お久し振りです。イルマも久し振りだね』

『はい、お久しゅうございます、ルディ様』

『ねえルディ様、折角早くいらして下さったのですもの、是非一緒にお茶を飲んで行ってくださいまし』

『では、お言葉に甘えまして』


側で見ればとても滑稽な光景だ。何しろ一人二役を演じているのだから。

だと言うのにイルマはすぐに理解をし、私が話を振ると即座に返答して茶番に乗ってくれた。


これで聞き耳を立てていた人物はこの中に最低三人はいると思っただろう。

十分に目的を果たしたので防音魔法を展開し、音が外に漏れないようにしてから、改めてイルマの方を向く。


「もういいわ。付き合わせてごめんね、イルマ」

「ティナ様、まだ付け回されていらっしゃるのですか?」


イルマが眉根を寄せながら言う。


「ええ。でも本当に嫌になったら直接本人に掛け合うから気にしなくてもいいわ」

「誰が調べているのかご存知なのですか?」

「それはわからないけど、私の後を付けてくる本人に直接言えばいいじゃないの」

「危険でございます。おやめください」


慌ててイルマが私を止める。

まあ、普通はそういう反応よね。

だって相手はその道の玄人なのだから。


だが、生憎私は普通の人間ではない。

お母様直伝『気配を読む感覚』が研ぎ澄まされているため、気配を消しているのにわかってしまうのだ。……うん、私結構おかしいわ。

でも、それを言ってもイルマにはぴんと来ないだろうから、ここは一つ黙っておくことにする。


「ねえ、それよりヴェルフの様子はどう?」


少々強引に話を変えると、まだ何か言いたげだったイルマが渋々といった体で口を開く。


「彼は公爵家に大分慣れたようです。ハンネス様と私が数か月みっちり作法を叩き込みましたので、所作も言葉遣いも見違える程良くなりました。

 ティナ様がいらっしゃらない今はルートヴィヒ様に付き従って王城へ行っております。どうやらルートヴィヒ様とは馬が合うようでして、食事も忘れて会話に花を咲かせており、皆ドン引きしております」

「ふふ、やっぱり予想通りだわ。お兄様とは気が合うのではないかと思っていたのよ。私の勘は間違ってはいなかったようね」

「はい。不思議な発明品が邸に増えたと奥様がぼやいておられました」


イルマが少しだけ遠い目になる。それ程ヴェルフとお兄様の組み合わせは強烈なのだろう。

ヴェルフをお兄様に預けたことに対して後悔はないけれど、お母様には悪いことをしたかな、とちょっとだけ反省した。




そうこうしているうちに時間となったので、いよいよ本来の目的である変装の準備に取り掛かる。


イルマが鞄から取り出したのは、洋服と鬘と化粧道具。

今回は、緩く波打つ榛色の鬘に、白い丸襟のブラウス、砂色のベストだ。

スカートは胸元のリボンと同じ若苗色で、丈は踝よりも少し短い。それゆえ、肌を隠すための小鹿色の編み上げブーツが用意されていた。


女性が素足を見せるのははしたないとされているため、暑い夏であってもこのような格好になってしまう。

とは言え、毎年のことなので慣れたものだし、何より普段着ない色合いの服を着るとあって、暑さよりもときめきの方が勝っていた。


そんな上昇した気分のまま、いよいよ着付けに入る。

先ず胸の布を緩く巻き付け直し、ささやかながらに胸の形をきちんと出す。

ルディだとばれないよう、大きすぎず小さすぎずの程よい大きさだ。


その上に用意された服を着る。

ドレスではないので着るのも簡単で、ものの数分で街娘の格好となった。



次に髪を整える。

動いても邪魔にならず鬘がずれないような髪型と指定すれば、しっかりと固定された上でサイドを残しつつ編み込まれた。

仕上げに菜の花色のリボンを結ぶ。


菜の花色はまるでリオンの瞳のようである。あたかも彼の色を纏っているような……って深い意味はないわよ?



髪も終わったので最後は化粧だ。

目の位置が平均的になるように指示をする。


つり上がった素の顔ではどうしてもルディを連想してしまうし、『月の妖精』はイェル村での姿を彷彿とさせてしまう。

特に『月の妖精』の姿は王都では危険すぎる。だから平均的な位置というわけだ。


イルマはそんな私の要望も取り入れて、てきぱきと化粧を施していく。

その結果、また新しいタイプの少女が完成してしまった。イルマの腕凄すぎる。


「さすがティナ様。やはり素が素晴らしいのでどんな姿も似合いになられます」

「まあ、褒めても何も出ないわよ?」


わざと大袈裟に困った表情をすれば、イルマが「それは残念です……」と眉尻を下げて返してきた。

それがおかしくて二人同時に噴き出し、笑い合う。


そうしてお腹がよじれるくらい笑った後、イルマを部屋に残して待ち合わせの広場へと向かった。

デートの前の身支度ってドキドキワクワクするよね?というお話でした。


なお、話の中に出てきたページボーイはホテルの案内(ほかの雑用もする)係のことで、欧州のホテルにいるそうです。米国だとベルマンがそれに近い仕事をするようです。

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