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公爵令嬢の紹介


団長室に戻ると、そこには第二、第三師団の師団長と副師団長に加え、第一から第三師団までの部隊長といった錚々(そうそう)たる顔触れが揃っていた。

どうやら私とハルト兄様が物置部屋にいる間に、ここに集結していたようだ。

彼らは私が入室した時からずっとこちらに顔を向けており、私の動向を窺っている。


そんな彼らを不躾にならない程度にぐるりと見回す。

すると、師団長や部隊長の中にフィンとノアがいるのを見つけた。ハルト兄様の言葉を受けて居座ったのだろう。副部隊長のフィンはともかく、ノアの方はよく団長が許したものだ。

更に視線を動かすと、団長の右後方に立つリオンと目が合った。


「ルディ、ご苦労だったな」

「うん、ただいま……ってそれはいいんだけど、皆勢揃いでどうしたの?」


私の問いにリオンではなく団長が口を開く。


「それは後で話す。……では各師団それぞれのタイミングで周知してくれ。但し、なるべく早くに周知するように。以上解散!」

『はっ!』


師団長たちが右の指を真っ直ぐ伸ばし、蟀谷(こめかみ)の辺りに構えてびしっと敬礼すれば、すぐさま団長が答礼をした。

それが済むと彼らはこちらに向きを変え、扉の方にやって来る。

ゆえに、邪魔にならないよう扉の脇にさっと避け、彼らが退出するのを見送った。



師団長たちが去った後、その場に残ったのは部屋の主である団長と、リオン、アマーリエ、フィン、ノア、そして私の六人だった。

私はとりあえず団長たちの方へ行き、団長とリオンにハルト兄様をちゃんと(?)見送った旨を報告する。すると、二人から労いの言葉を受けた。


「……で、絶世の美少女だって聞いたんだけど、見つけたら口説いてもいいですか?」

「何であなたはすぐに口説こうとするのよ!ダメに決まってるでしょ?相手は公爵令嬢なのよ!?」


私たちの会話が終了したためアマーリエたちの方に顔を向けると、フィンの質問にアマーリエが呆れ顔で答えているところだった。

その前の会話は聞いていなかったのでよくわからないが、察するに私の話だと思う。公爵令嬢とか言っていたし。

団長とリオンもそう思ったらしく、二人の会話にさらりと交ざる。


「お?フィンは見たことないのか。私は何度か挨拶する機会があったから件の公爵令嬢に会ったことがあるが、確かに有り得ないくらいの美しさだったな」

「俺も会ったことないな。だが、兄上の話だとすごく可憐で美しいらしい」


(……っ!)


目の前で交わされる会話が面映ゆい。

つい表情が崩れそうになるのを顔を背けることで何とか堪え、視線の先にいるフィンに尋ねる。


「何の話ですか?」

「お前は聞いてないんだっけか?殿下が人捜しを俺たちに命令したんだよ」

「命令?軍全体に?」

「いや、聖騎士団だけだってさ。なんでも邪な感情を持つ者が多いから、貴族出身者が多い近衛や魔法師団には話を通していないらしい。勿論これも他言無用だ」


邪な感情?何だろう?

確かに殿下の婚約者だった頃は命を狙われることもあったが、それは殿下の婚約者だったからだ。

今はもう殿下の婚約者ではないのだから、ただの公爵令嬢を害する必要はないはず。

それなのに私に邪な感情を抱くの?

……うーん、謎だ。何かされそうになったら即刻叩き潰すからいいけれど。

あ。謎と言えばもう一つ。


丁度良い機会なので疑問を口にしてみる。


「それにしても聖騎士団に命令って……。殿下なら影を放てばすぐに見つかるんじゃないんですか?」


そう、この国には『影』と呼ばれる、隠密部隊が存在する。

その仕事は多岐に亘り、あまりよろしくないことも平気で行う。

彼らは貴族家や王家――正確にはその家の当代とそれに準ずる者――に代々仕え、一度仕えたら裏切ることも別の家に鞍替えすることも許されない。

そしてそれは、この国の者はおろか隣国の者ですら知っている話だ。


「俺もそう思ったんだけど、手掛かりすら見つからないんだとさ」

「見つからない?一体誰を捜しているの?」


あれ?わざとらしかったかな?アマーリエが苦笑しているわ。


「知ってるか?数か月程前にある令嬢が婚約者に浮気され、その上濡れ衣を着せられそうになって姿を消したんだ。その後令嬢不在のまま婚約は白紙となったらしいが、令嬢が戻ることはなかったらしい。

 その令嬢というのが殿下の捜している人物で、『月の妖精』と称される殿下の元婚約者の公爵令嬢だそうだ。

 今回の失踪は『月の妖精』の名に因んで『妖精の雲隠れ』って言われてるらしいぞ」


はぁ?何それ。ただ家出しただけなのに、変な名称がつけらているわ……。


一瞬呆気にとられ顔が崩れかけたが、すぐに取り繕ってフィンを見る。


「それってレーネ公爵家のマルティナ嬢だよね?」

「公爵家のお姫様の名前なんてよく知ってたな?俺たちには程遠い、雲の上の人物だっていうのに」

「まあね(だって本人だもの)。確か特徴は……」

「世にも珍しいプラチナブロンドに、アメジストを彷彿とさせる紫色の瞳、肌は陶器の如く白く滑らかで、妖精のように美しい。風が吹けばそのまま飛ばされてしまいそうな儚い姿で、常に殿下の半歩後ろを歩き、殿下を立てる謙虚さを持つ物静かな令嬢、だとさ。いやぁ、そんな奥ゆかしい美少女一目会ってみたいわ」

「そうですね。凄く可憐で、でも芯が強くてしっかりした方だと伺っております」


……誰よそれは。


殿下の隣を歩くと、嫉妬や敵愾心剥き出しの視線をもろに浴びて厄介だったので、半歩後ろを歩くようにしただけなのに、一体どこでそんな捻じ曲がった話になったのか。フィンとノアの話は突っ込みどころが多くていけない。


二人の言葉に内心呆れながら視線をずらせば、事情を知っているアマーリエが、口元に手を当てて笑いを堪えている。

その姿に少々腹立たしさを覚え、一睨(いちげい)で彼女を黙らせ溜飲を下げてから口を開く。


「でもさ、そんな可憐な令嬢が、数か月前にいなくなったまま影でさえ見つけられないって絶望的じゃない?

 普通令嬢が姿を晦ましたら数日以内に見つかるか、誰かに拐かされて痕跡しか見つからないかのどちらかだと思う。稀有な例は別としてね。

 で、もしマルティナ嬢が後者なら、娼館に売られる、慰み者としてどこかに幽閉される、この国じゃ禁止されてるけど奴隷として国内外に売られる……この辺りが攫われた後の事として考えられる。でもそれならまだいい。もう既に亡くなっている可能性もあるからね」


あり得る可能性を指摘すれば、部屋の中がしんと静まり返る。

だがすぐにフィンがその沈黙を破り、こちらに強張った表情を向けてきた。


「お、恐ろしいこと言うなよ」

「いや、可能性としては確かにあり得る。覚悟しておくに越したことはないな」

「団長までそんなこと言うのかよ……」


フィンがますます渋面になる。眉間に皺を寄せすぎて眉と眉が今にもくっつきそうだ。


「そうは言うけど意外とよく聞く話だよ?それに、そんなび、美少女……が、一人でそこら辺を歩いていたら即座に攫われると思うよ?もしそうなら、その可能性を視野に入れておいても損はないはずだよね」


捜索の手が及ばないように少しだけ別方向に誘導してみる。上手くいったかな?


「まぁ、そうだけどよ……。だが、聞けば聞くほど興味が湧くな。生きているなら一度でいいから会ってみたいぜ。んで、できるなら彼女にしたい!副団長もそう思うだろう?」

「何で俺に振るんだよ」


突然話を振られてギョッとした顔でフィンを見るリオン。

そう言えばこの手の話ってリオンから聞かないな。女性関係よりも剣を振るう方が楽しいって印象だわ。


「あ、副団長はそれよりもパートナーだっけ?」

「パートナー?」

「どうしても出席しなければならないパーティーに参加するんだけど、パートナーが見つからないんだとよ」


何だ、パートナーがいないのは私だけではなかったのか。ちょっと安心した。


……ってあれ?この流れ、何とか利用できないかな?


例えば、私が殿下に見つかり婚約を迫られたとして。

『既にリオンがいるからお応えできません』と私が殿下の申し出を断るとする。それを聞いた殿下が『仕方がないですね』と引き下がってくれたりはしないだろうか。


……いや、ないな。


私に興味がない殿下だとしても、そう簡単に引き下がるとは思えない。

とは言え、やってみなくてはわからない事柄ではある。恋愛関係の話なんてしたことがなかったから、殿下の出方など全くわからないし。


そこまで考えて隣のリオンの顔をじっと見つめる。別にフィンでもノアでもいい。


ただ、フィンは軽薄すぎてちょっと……。

唯一の女性が現れたら良い方に豹変するタイプとみるが、私が唯一になる可能性はなさそうだ。


ノアは穏やかだし、優しい。堅実的にいくなら彼が一番だろう。

だがしかし、殿下の出方次第では彼が一番被害を被りそうな気がする。


その点リオンならば聖騎士団副団長の肩書と、公爵令嬢である私に釣り合うだけの身分があるので、殿下も下手に手を出せないはずだ。


この際偽装でも……ううん、偽装でいい。殿下がほかの人を婚約者に据えたら解消しても構わない。だから、どうか――。


「ん?何だ、ルディ?」


私の視線に気付いたのか、リオンがこちらに顔を向ける。言うなら今だ。


「……リオン。もし、僕がパートナーを紹介するって言ったらどうする?」

「はぁ?何だ急に」

「いいから!で、どうなの?」


不思議そうな顔のリオンを急かして彼の意見を問う。


「まあ、そうだな。紹介してもらえれば探さないで済むが……」

「んじゃ、そのパートナーと婚約できるとしたら?」

「ルディ様?」


アマーリエが困惑の表情を浮かべながら私の名を呼ぶが、それを無視して気付かぬ振りをする。


「婚約?あー……だがいつかは結婚しなくちゃならないしな。親が何も言わないから自分で見つけるつもりだったし」

「まあ、副団長。私てっきり剣が恋人なのかと思っていました」


リオンの返事に即座にアマーリエの突っ込みが入る。

私も同じことを思っていたので「うんうん」と力強く頷いてしまった。

そんな私たちの反応が面白くなかったのか、リオンがムッとした顔をする。


「んなわけあるか。俺だって男だぞ!」

「へぇ、成る程。リオンも彼女の一人や二人欲しいと?」

「二人もいらん!一人で十分だろうが」

「まあまあ、言葉の綾だってば」


そう言って軽くリオンを宥める。


どうやらリオンは浮気をしないタイプのようだ。ならば俄然やる気が出てきた。よって一気に畳みかける。


「それじゃリオン。女の子を紹介してもいい?」

「……そうだな、会ってみてもいいがどういう風の吹き回しだ?」

「秘密」


左手の人差し指を一本立ててそれを口元に添えると、にこりと微笑む。

その仕種をした瞬間、リオンの肩がびくりと跳ねたが気にしない。


「俺には紹介してくれないのかよ!」

「だってフィンさんに紹介したらその子泣かせるでしょうが!」

「またまた言われてるね、フィン」

「うるさいぞ、ノア」


フィンが何故自分ではないのかと不貞腐れているが、そんな彼に鏡を突き付けてやりたい。

団長に至っては面白そうに私たちの会話を傍観しているだけで、話に入ってくる気はなさそうだ。

そのためそのまま話を進める。


「リオン、五日後非番で用事はないって言っていたよね?なら職人街の広場に十時に待ち合わせっていうのはどう?僕もその子に話しておくから!」

「お前が紹介してくれる子だったらまあいいか。わかった。五日後の十時広場にな」

「うん。とびきり元気な子を紹介してあげるから楽しみにしてて!それとリオン、女の子と出掛けるんだからちゃんと()()()()の恰好してくるんだよ?でも職人街だってことも忘れないでね」

「ああ、わかった」


リオンが頷きながら返事をする。

軍の制服かギルド用の服装しか知らないからやや不安ではあるものの、一応彼も侯爵家の子息だしそこら辺は大丈夫よね?……うん、不安だ。


「ルディ様!」

「わっ!?」


不意に袖を引っ張られてよろめく。

なんとか堪えて顔を向けると、そこには不満気な顔のアマーリエがいた。


「どうしたのアマリー?」

「いいからちょっとこっちに来てください!」


そのまま皆から離されて部屋の端っこに行く。皆に聞かれてはまずい話のようだ。

ゆえに声を落として話しかける。


「どうしたのよ?」

「どうしたもこうしたもないです。どういう事ですか?」


アマーリエは物凄い勢いで私に詰め寄ってくる。勿論小声でだ。


「だからリオンに彼女を紹介してあげようかと」

「その彼女って誰のことです?まさかエミィじゃないでしょうね?」

「まさか。ここにいるじゃないの、相手がいない女の子」

「え?私?」


私の言葉に目をぱちくりと瞬かせてアマーリエが呟く。残念、アマーリエではない。


「いいえ、もう一人ここにいるでしょう?」

「まさかティナ様、ご自身を!?」

「そうよ。だって上手くいけば殿下から逃れられそうなんだもの」


そう言ってアマーリエに先程の考えを軽く説明する。

すると私の説明を聞いたアマーリエは、多少釈然としない様子ながらも「ああ、そうかもしれないですね」と言って、私の話を無理矢理理解してくれたようだった。


「それにしても、副団長を巻き込んで良かったんですか?」

「ええ。彼満更でもなさそうだったじゃない?いい思いをする代わりに尊い犠牲になってもらおうかなって。うふふ……」


そう言ってアマーリエ以外には見えない角度でニヤリと笑うと、それを見たアマーリエがぶるりと体を震わせた。

そんな彼女を後目にリオンたちの方に顔を向ける。


「それじゃ僕は早速彼女に連絡してくるね!……あ、とその前に。リオン書類持っててくれてありがとう。

 団長、この書類なんですけど……」


リオンに預かってもらっていた書類を受け取ると、団長に指示を乞う。

そうして当初の目的を果たした私は、団長たちに挨拶をしてその場を後にした。




宛がわれた部屋に戻ると早速私付きの侍女、イルマに手紙を書く。それはもうあの時同様事細かに指示を出しながら。

その手紙を書き終えると、今度はお父様宛ての手紙を認める。イルマだけに送るとお父様が拗ねてしまうからだ。

ただ、『今度デートをする』と馬鹿正直に書いたら職人街が物騒になる。そのため、そこは伏せて送ることにした。



その後手紙は、レーネ公爵邸の侍女イルマの許に速やかに届けられたのだった。

ブクマ、評価、誤字脱字報告などいつもありがとうございます。


『拙い(まずい)』という字につきまして。

『具合が悪い』といった意味で使っていた『拙い(まずい)』ですが、今回改めて調べてみたところ、『下手』という意味はあっても『具合が悪い』という意味はありませんでした。

従って、そのような意味で使っていた箇所を全て平仮名に変更いたしました。


なお、今後正しい意味での『拙い(まずい)』に関しましてはルビを振り、『拙い(つたない)』と読む場合にはあえて何も付記せずそのままにしようと思います。


以下補足です。


一般的に師団長と言えば魔術師団の師団長を指しますが、今回の話で出てくる『師団長』は聖騎士団の師団長であり、普段は第二師団長、第三師団長と呼ばれております。

今回は複数いたので『師団長たち』といたしました。また、第一師団の師団長は団長のため第二師団の師団長からとなっております。

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