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公爵令嬢と従兄2

「……さて、と。それじゃ、用も済んだことだしそろそろ私はお暇しますね」


私に気を遣ってくれたのか、はたまた私を揶揄ってすっきりしたのか――絶対に後者だろうな――ハルトヴィヒ兄様は私たちに暇を告げた。

そこを団長が「もうちょっとゆっくりして行ったらどうだ?」と引き止めにかかる。


いやいや団長、本人は帰ると言っているのだから、余計なことはせずに本人の意思を尊重してあげてください!


そう団長に突っ込みそうになるのを必死に堪える。だって言ったら最後、兄様に何をされるかわからないもの。


ハルトヴィヒ兄様はああ見えて策士だ。腹黒いとも言……ごめんなさい、何でもないです兄様。

慌てて満面に笑みを張り付け、その場をやり過ごす。危なかったわ……。


まさか内心に思っただけで兄様がこちらを向くとは思わなかった。

しかも、目が合ったなと思ったら途端に目を眇めてきたのだ。タイミングが良すぎるどころの騒ぎではない。まるで全てを見透かされているみたいだ。


幸いハルトヴィヒ兄様は、すぐに表情を穏やかなものに戻して団長たちの方に向き直ったため事無きを得た。ほっと胸を撫で下ろす。


「団長の言葉はありがたいのですが、やることが沢山あって、すぐにでも領に戻らなくてはならないのです」


ハルトヴィヒ兄様が申し訳なさそうな声音で言う。


どうやら兄様は領地を継ぐために頑張っているようだ。

それに比べて私はどうだろう。

このような生活を続けていることに、なんだか申し訳ない気持ちが湧いてくる。

やはり私も現実に戻らないといけないのだろうな。まあ、もう少ししたら嫌でも戻るのだけれども。


「おいルディ、折角だからハルを下まで送り届けてくれ」


物思いに耽っていたら、突如頭上からリオンの声が降って来た。

一瞬何を言われたのかわからず、二回程ぱちぱちと目を瞬かせる。

だがすぐに彼の言葉を理解し、「えっ!?」と素っ頓狂な声を上げてリオンを見た。

そんな私に、リオンが「どうした?」と言いつつ軽く首を傾げる。


何が、『どうした?』だ。どうしたもこうしたもないわ。問題大ありよ!

確かに、後でこっそりハルトヴィヒ兄様に連絡しようとは思っていたけれど、でもこんな形でではない。兄様と二人きりってどんな罰よ。


「一人で帰れるんだけど……まあ、こんな可愛い子と話をするのもいいかもしれないですね。弟ができたみたいで新鮮です。では、ルディ君よろしく」


ハルトヴィヒ兄様はこちらを向くと、とても良い笑みを満面に湛えた。送られる気満々だ。


(あーあ。どうなっても知らないわよ。最悪の事態になったらリオンを怨んでやる!)


つい睨みそうになるのを堪えながらリオンを一瞥するも、すぐに視線をハルトヴィヒ兄様へと戻す。

すると兄様と目が合い、即座に兄様が先程とは違う笑みを浮かべてきた。なんか嫌な予感がするのだけれど……。


「……では、行きましょうか」


気を取り直し、余所行きの笑みを顔面に貼り付けながらハルトヴィヒ兄様に声をかけると、兄様とともに団長室を後にした。




四階の団長室から一階の軍本部入り口まではそれなりに距離がある。

最初は黙々と歩いていたが、ずっと沈黙しているわけにもいかない。当たり障りのない会話を振って何とか間を繋ごうと試みる。


「ハルトヴィヒ様はクルネールと名乗っておられましたけれど、クルネール辺境伯家の方なのですか?」

「はい、そうです。さすがにわかりますよね。君はマーレと名乗っていたようだけど?」


うっ!藪蛇だったわ。

予想外の質問に内心で動揺する。



私が先程名乗った『マーレ』という姓は、実在していた家名である。確かマーレ伯爵家だったかな。

後継者がおらず三十年程前に断絶となり、今はもうその名を名乗る者はいないとされている。


と言っても三十年程前の話なので、老若にかかわらず知る者は多い。直接会った者然り、上の世代から聞かされた者然り。

かく言う私もお妃教育で習ったため知っている。そして習った際に『これは何かに使える』と思い、頭の片隅にとどめていたのだ。

尤もその時の私は、それが実際に役立つとは夢にも思っていなかったけれど。


まあ、それはともかく。私はギルドの登録にあたり、熟考した上でマーレと名乗ることにした。

マーレの名は未だに知れ渡っている。そんな中、私がマーレの名を名乗ればどうなるか。

皆不審に思いいろいろと調べるだろう。知らなかったとしても、マーレ伯爵家に辿り着くことができれば、その辺りを重点的に調べるはずである。存在するはずのないマーレ()を。

もしマーレの名に関して直接尋ねられたら、曖昧に微笑めばいい。そうすれば相手が勝手に推測して撹乱の効果が跳ね上がる。

その隙に私は逃げればいい。そのためにマーレとしたのだ。


ただ、目の前の人物には通用しない。もう既に私の正体を知っているからだ。


「あ、えっと。その……」

「あれ?フィンとノアじゃないか」


しどろもどろになっていると、フィンとノアが丁度近くを通った。そこを兄様が呼び止める。


「「ハル!」」


二人は兄様に気付くと笑顔でこちらにやって来て、その場で兄様と会話を始めた。


ハルトヴィヒ兄様は十七歳から二年間聖騎士団に所属し、数か月程前に退団している。そのため、殆どの者と面識があった。

私は兄様と入れ替わるようにここに来たので、兄様が聖騎士団にいた頃のことは何も知らない。でも皆の反応から察するに、かなり慕われていたのではなかろうか。

現に、先程団長が兄様を引き止めていたし、現在兄様と話し込んでいるフィンとノアの声は、いつにも増して弾んでいる。



その所為か、三人の会話は尽きることなく長い間に亘って花を咲かせていた。

その間私のしたことと言えば、会話の邪魔をしないよう壁際に移動し、その様子を眺めていただけである。

本当はこのままこの場を離れたかったのだけれど、いろいろと考慮して――と言っても後が怖かっただけなのだが――おとなしくその場に留まっていたのだ。


「二人とも、この後団長から指令が下るだろうから団長室に行ってみるといいですよ」

「指令?なら今から行ってみるか。それじゃハル、またな!」

「ハル、また話をしてくださいね」


漸く会話が終了し、二人はハルトヴィヒ兄様に会釈をすると、私たちの脇を通って団長室の方へと去って行った。

それを見送っていたハルトヴィヒ兄様が、少ししてこちらに向き直る。


「お待たせ、行こうか」

「はい」


急いでハルトヴィヒ兄様のところに行くと彼の隣に並ぶ。

そしてさっと足を一歩踏み出した、次の瞬間。



――!?



突如腕を掴まれたかと思うと、ぐいっと真横に引っ張られた。

不意の出来事に頭が追い付かず、勢いあまって踏鞴を踏む。



何とか踏み止まり一息ついた後に辺りを見回すと、そこは薄暗い空間だった。

所々にガラクタらしき物が埃をかぶって放置され、使わなくなった資料と思しき物が、箱に無造作に入れられて置かれてある。

目を落とせば、暫く人が訪れていないのか床が一面真っ白だ。


(ここは……物置?)


その疑問に答えるようにハルトヴィヒ兄様が口を開く。


「ここはね、今は使われていない物置部屋だよ」

「な、んで……」

「何でってそんなの決まっているだろう?誰にも見られずに話ができるからね」

「あなたと話をすることなんて……っ!?」


「話をすることなんてない」と言おうとして、ハルトヴィヒ兄様の鋭い視線に遮られ、口を噤む。


「『ない』なんて言わせないよ、ティナ。それともティナじゃないって白を切る?君の本当の姿を知っている私に?」


ああ、もうここまでね……。


「……ハルト兄様」


掠れた上に消え入りそうな声でそう呟けば、ハルトヴィ……ううん、ハルト兄様はにっこり微笑んで頷いた。


「うん、久し振りだねティナ。団長の話を聞いてまさかとは思ったけれど、本当に君がいるとは驚いたよ。

 しかもここで『聖騎士団の英雄』なんて立派な二つ名を付けてもらったんだって?良かったね。私は恥ずかしいから死んでも要らないけど」


「……」


ハルト兄様が私の急所――と言っても精神的なものだけれど――を狙って的確に抉ってくる。ツライ……。

私だって好き好んで付けてもらったわけではない。気付いたら名付けられていたのだから仕方がないではないか。

ただそう言ったところで、私を弄る気満々の兄様が精神攻撃をやめるとは思えないが。


「しかし数か月もこんなところにいたとは、盲点だったな。殿下にしてみればまさに灯台下暗しだが……でも私は嘘は言っていないし、聖騎士じゃないから報告の義務もないし、伝える必要はないかな……」

「あ、あのハルト兄様?」


途中から真顔になり、明後日の方に顔を向けて独り言ち始めたハルト兄様に、おずおずと声をかける。

すると、ハルト兄様は再びこちらを向いてにこりと微笑んだ。


「ああ、ごめん、ごめん。とにかく息災そうで何よりだね、ティナ。事情は聞いていたし伯父上が許可していることも知っているけれど、それでも皆心配していたんだよ?」


ハルト兄様が私の頭をそっと撫でてきた。

リオンとは違い、とても優しい手つきである。まるで本当の兄のようだ。

そんな彼に心配をかけてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ごめんなさい、兄様」


謝罪の言葉が自然と口から零れていた。


「私だけじゃなく伯父上たちにも言わなくちゃね。

 ……で、その髪は誰に切られたの?」

「ひぇっ!?」


突如周りに冷気が漂う。


あ、これやばいやつだ。たとえ自分で切ったと言っても怒られるやつ。

でも言わなければ延々とこの圧に耐えねばならない。そんなの無理だ。


観念して恐る恐る口を開く。


「じ、自分で……切りました」

「誰かに切られたわけじゃないんだね?」

「はい」

「ならいいんだ。いや、良くはないけどそれは後にしよう。とりあえずその髪を切った経緯と、ここに来ることになった経緯と……とにかく全部話してもらおうかな」


当然そうなるわね。

結局私はハルト兄様に、一から十まで説明する破目になった。


「……成程。伯父上に伺っていたからあらましは知っていたけれど、改めて聞いても酷い話だね。

 やっぱり殿下に協力するのはやめるか。書状をちゃんと渡したんだから十分貢献したはずだし」

「え?ハルト兄様?」


なんだかよくわからないことを言っているハルト兄様を見て、首を傾げる。一体何の話だろう。

そう不思議に思っていたら直後に兄様が、とんでもないことを口にした。


「ティナ、一つ情報を流してあげる。先程団長にある書状を渡してきたんだ。書状にはね、殿下直々の命が書かれてあるんだが、その内容というのが『君を聖騎士団で捜してほしい』っていうものなんだ」


驚き目を瞠った私に、ハルト兄様は一呼吸置いて言葉を紡いだ。



「ティナ、殿下が君を何としても捜し出そうと、あちこちに手を回している」



その瞬間私の時間が止まった。

ブクマ、評価、誤字脱字報告などありがとうございます。

幾度となく見直していても、気付かずにスルーすることもあり、ご指摘は本当にありがたく思っております。


以下はハルトヴィヒに関する執筆裏話を少々。

普段は父親に似て温厚だが、剣を握れば豹変する。そんな性格にしたはずのハルトヴィヒですが、話に手を加えて行く度に勝手に歩き出してしまい、気付いたら腹黒キャラになっていて、言葉を失いました。

おかしいですね、マルティナに甘々な優しいお兄さんを目指したはずでしたのに……。

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