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公爵令嬢の従兄

ハルトヴィヒ視点です。

上を見上げればどこまでも広がる鮮やかな青。その青の一部を覆うように、白と鉛の二色が漂う。

二色は鉛色の比重を増やしながら天を目指して上へ上へと伸び、立体的な形となってこちらに向かってきている。所謂入道雲と呼ばれるものだ。

ああ、これはうかうかとしていられない。あっという間にここら辺も土砂降りになるだろう。そうなる前に辿り着かねば。

目的の建物は見えているのに、そこまではもう少しかかるのが実にじれったい。


更にじれったいというか、恨めしいのがこの暑さだ。

まだ夏の初めだというのに太陽が張り切ってしまい、暑くて敵わない。

だから陽射しを避けて馬車に乗ったのだが、馬車の中は外とはまた違った暑さで、窓という窓を開けていなければ、たちまち茹で上がってしまう。いや、蒸し上がると言った方がいいか。

まあ、双方暑いことには変わりないので、正直茹ででも蒸しでもどちらでもいいが。




暑さとの我慢比べをすること一週間余り。

北の地(クルネール)から王都にあるレーネ公爵邸(伯父の邸)まで、護衛たちとともに馬を飛ばして来た。

そしてそこで一人馬車に乗り換えて、眼前に見える城に向かっている。


ただ、いくら公爵邸が城の隣だとは言え、それなりに時間はかかる。先程城門を抜けたところなのでもう暫くかかるだろう。

行儀が悪いのは重々承知だが、窓枠に腕を載せると一面に広がる緑の庭を眺めた。


この庭は貴人たちが立ち寄るようなものではない。勿論手入れはされているものの、あくまで馬車から眺めるためだけの庭だ。

鑑賞したりお茶会を開くのは城の側にある庭園で行われる。

従妹もよくそこでお茶会を開いていたようで、王妃教育の一環だと言っていた。なんとも難儀なものである。


「ハルトヴィヒ様、到着いたしました」


馭者の声に意識を戻す。いつの間にか着いていたようだ。

馬車から降りると軽く顔を上げて、城の一画を仰ぎ見る。


今回私は殿下に喚ばれてここに来た。何かをやらかしたつもりはないが、何を言われるかわからない。

そのためすぐに前に向き直ると、気を引き締めるように姿勢を正して目の前の階段に足をかけた。


「クルネール辺境伯ご子息ハルトヴィヒ様ですね。お待ち申し上げておりました、どうぞこちらでございます」


王城入り口アプローチの階段を上りきったところで、一人の男性が丁寧に腰を折って挨拶をしてきた。殿下の侍従である。

彼は私を案内するために待ち構えていたようで、私についてくるように言うとそのまま歩き出した。よって彼の後に続く。

それから暫く歩き、やがて殿下がいる部屋に着くと中へと通された。


通されたのは執務室のようである。

部屋の主は執務机に向かい、一心不乱に書類に捺印していた。その様子からとても忙しいことが窺い知れたが、だからと言って自分にできることは何もない。

とりあえず殿下に挨拶することにした。


「殿下、ご無沙汰しております。召喚にお応えいたしまして、クルネールより馳せ参じました」

「ああ、ハルトヴィヒ殿。どうぞそちらに掛けてください」


私の挨拶に気付いた殿下が顔を上げ、にこやかな表情を浮かべて側にあるソファを勧めてきた。

断る理由もないので言われるがままにソファに腰掛ける。

殿下も仕事の手を止めて執務机から私の向かい側へ移動してきた。


「久方振りですね、ハルトヴィヒ殿。急に呼び立ててしまい申し訳ありません」

「とんでもないことにございます。殿下の許へならばいつでも馳せ参じましょう。尤も、昨年の夜会以来殿下にお会いしておりませんので、説得力に欠けますが」

「しかしそれは、あなた方が隣国の脅威から我々を守ってくれているがゆえ。感謝の言葉もありません。クルネール卿にもそのように伝えてください」

「勿体ないお言葉、父も喜びましょう。ですが殿下、此度私を召喚なさったのは、その話をなさるためではないのでございましょう?」


私の言葉に殿下は目を細め、僅かに口角を上げて一つ頷いた。殿下にしては珍しい表情だ。


「実はあなたの従妹のことなのですが……」

「ティナ……いえ、マルティナ嬢のことでございますか?でしたら直接レーネ公爵にお尋ねになられた方が宜しいかと」

「訊いてはいるのですがこれといった回答も得られず、あなたなら何か知っているのではないかと」


成程、そういうことか。それならば私の答えは一つである。


「私も殿下と同じく何も伺っておりません。抑々情報がないらしく、公爵としても話しようがないのだと思います。彼女の従兄であり、且つ婚約直前までいった私相手でも、公爵の対応は変わらないでしょう」

「……婚約直前だったって誰と誰が?」


おや?殿下は聞いていないのだろうか。

表情にこそ表れていないものの、言葉遣いに乱れが生じており、少なからず驚いているようである。

別に婚約のことを隠していたわけではないのだが。


「殿下はご存知なかったのですね。実は十年以上前、レーネ公爵家とクルネール辺境伯家の間で、私とマルティナ嬢の婚約話が進められていたのです。ですが突如王家が彼女を殿下の婚約者にと望み、こちらの婚約話は立ち消えとなったのです」

「初めて、聞きました」

「特段隠していたわけではないのですが……」

「私が彼女を知らな過ぎるのです。それより婚約話があったとのことですが、あなたはティナをどのように……」


僅かに視線を右下の方に落としながら殿下が口ごもる。いやはや、可愛らしいところもあるものだ。

殿下は今までずっとマルティナに無関心だったはずである。それが一転してこれだ。心境の変化でもあったのだろうか。

昔からずっとこうだったのならば婚約白紙となることもなかっただろうに。


さて、それよりも殿下には何と答えようか。

本当のことを言っても構わない。ただ、もう少し痛い目に遭ってもらわなくては、マルティナの受けた数々の苦難が報われない気がする。

少し焦らしてみようか……。


「ティナに対する想いですか?従妹ですのでそれはございます。ですが、殿下の思われているような感情ではありません。私はティナを実の妹のように可愛がって参りましたし、ティナも私をもう一人の兄だと言って慕ってくれております。私たちの間にある感情はそういった類いのものです。ただ……」


一旦言葉を区切り、続きを躊躇う振りをする。

ちらりと殿下を窺えば、次の言葉を待っているようで、こちらをじいと見据えていた。

頃合いか。


「ただ、私の父に至っては別です。婚約したからと言って即座にティナが結婚するわけではありませんでしたし、何かあって婚約が解消しないとも限りませんでしたので、私たちの婚約話が立ち消えになってもなお、父はティナを次期辺境伯夫人に望んでいたのです。……いえ、今もそうですね」

「クルネール卿が?もしそうなら、ティナがクルネールにいる可能性はありませんか?」

「それはないかと。先程も申し上げました通り、ティナは私をもう一人の兄だとしか思っておりません。裏を返せば私と結婚する気がないのです。

 そんな彼女が、毎日私との結婚を乞われるとわかっていて、態々父の保護下に入るとは考え難く、彼女がクルネールを候補から外すのは至極当然のことではないかと存じます」


私の言葉に殿下が、顎に右手を添え「困りましたね」と呟く。

だがそれも少しの間だけで、殿下はすぐに真剣な眼差しをこちらに向けた。


「実はティナには、今度の王家主催のパーティーで私のパートナーになってもらいたいのです」

「殿下、それは……」


言葉に詰まる。それはつまり、殿下が再び彼女と婚約を結ぼうとしていることにほかならない。


「ええ。クルネール卿には申し訳ないのですが、私は彼女以外の者を妃にするつもりはありません。そしてそれを国内外に知らしめるためには、今度のパーティーで彼女を同伴する必要があるのです」


――厄介だな。

段々近づいてくる雷鳴を耳にしながら、目の前の人物をじっと見る。


マルティナは徹頭徹尾『国母になりたいわけではない』と言っていた。

ゆえに国母になる必要がなくなった今の状況は、彼女にとってさぞかし嬉しいものだろう。

その彼女が復縁に頷くとは到底思えない。寧ろそんなことになったら、全力で回避するはずだ。


一方伯父上も、己の娘が心から愛する人と結ばれるのを望んでいる。

ほかの者たちも、殿下と彼女が再び婚約を結ぶとは微塵も思っていない。あんなことがあったのだから当然だろう。


だが、殿下は違った。マルティナ以外を正妃にするつもりはないと言う。

殿下からしてみれば彼女程素晴らしい人材はいない。仮令彼女を裏切った後ろめたさがあったとしても、彼女を手放すつもりはない、ということか。


それは為政者としては正しい判断である。しかし、人として大切なものが欠如していると言わざるを得ない。

これではまたマルティナが国にとらわれ、悲しい思いをするだけではないか。


確かに、これ以上王家のごたごたを他国に知られるわけにはいかない。

国内外に二人の仲を知らしめるには、王家主催のパーティーはうってつけだろう。但し、殿下とマルティナがパートナーを組むことが絶対条件である。

そのため、殿下は何としてでも彼女を探し出す必要があった。それこそどんな手を使ってでも。だからこうして私を召喚したのだ。


使える駒は何でも使う。大した人だ。無論影も使って彼女を捜索しただろう。それでも未だに見つからないということは……。


(素の顔で行動しているな。ならば私はそっちの方向で彼女を探してみるか)


だがその前に――。


「恐れながら殿下。そこに彼女の意思は何一つ反映されていないように存じます」

「ええ、ですが彼女ならば理解してくれるはずです。彼女は国母となるべく教育されてきたのですから。彼女は国に必要なのです」

「ですが彼女の気持ちを軽視なさっては……いえ、失礼いたしました」

「構いません。ハルトヴィヒ殿の言うことは尤もです。ですから、ティナが戻って来てくれた際には、彼女との距離を詰めて大切にしようと心に決めています」

「……」


何も言えず、口を噤む。


単なる恋心ならば黙って見守ろうと思っていた。

だが、結婚ともなれば話は別だ。目の前の男に大切な従妹()を任せたくない。


ただ、国のためと言われると途端に強く出られなくなってしまう。何せ私は辺境伯家の者だ。国を守る意思は他の貴族よりも強い。

殿下もそれを見越して言ってきたのだ。私を落とすために。


「ハルトヴィヒ殿、私は手を尽くしてティナを捜してきました。しかし、手掛かり一つ掴むことはできませんでした。

 もう、さして猶予はありません。今までは秘密裏に捜してきましたが、これからは公に彼女を捜したいと思います。と言っても、ほかの貴族などに知られて彼女が危険な目に遭うといけませんので、王都を警邏する聖騎士団に依頼し、彼らのみに伝えるつもりです」

「それが宜しいでしょう。しかし人海戦術とは思い切られましたね」

「平たく言われると身も蓋もありませんね」


そう言って苦笑した殿下はすぐに真顔になって私を見据えた。


「これから直ぐに書状を認めたいと思うのですが、宜しければ聖騎士団団長を訪ねてはもらえませんか?」

「畏まりました。元々軍本部に顔を出す予定でしたので、何の問題もございません。必ずや殿下の命を聖騎士団団長にお届けいたしましょう」

「感謝します、ハルトヴィヒ殿」


殿下は執務机へと戻ると書状を書き始める。

さらさらとペンを走らせ、最後に、タン!と捺印をすれば、殿下の命が記された書状が出来上がった。手慣れたものである。

それを受け取り懐へしまうと、殿下の執務室を辞して軍本部に向かった。




先程から降り出した雨は今や土砂降りとなっている。

聖騎士団の区画がある軍本部へは、城内を通って行けるため濡れずに済むものの、迂回する恰好なので多少距離と時間がかかる。

それでも、久しぶりに聖騎士団の皆(旧友たち)に会えると思うと嬉しくて、私の足取りはとても軽やかだった。

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