表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/127

或る見習い騎士の憧憬

とある見習い騎士視点のお話(閑話)です。

僕はグレンディア国軍聖騎士団第三師団第二部隊所属の見習い騎士だ。

幼い頃から聖騎士(ハイリガーリッター)に憧れていた僕は、騎士養成学校を経て、先月念願の聖騎士団に入団した。

騎士になれた時は嬉しくてちょっぴり泣いてしまったけれど、誰かに見られていたなんてことはないよね?

……って早速話が逸れちゃった。元に戻そう。


見習い騎士の仕事はとにかく覚えて慣れることである。武器の手入れや備品発注などの雑務を覚えるのは勿論、基礎訓練や体力づくりも重要な仕事だ。

僕はまだ配属されて数週間しか経っていないひよっこなので基礎訓練だけでくたくたになってしまうけれど、先輩たちはそれをものともせずに更なる高みを目指して日々鍛錬に明け暮れている。

凄いな、僕も早く先輩たちに追いつきたい。それにはやっぱり基礎訓練と体力づくりが必要なんだよね。

よっし、頑張るぞ!




さて、そんな僕には憧れの人が二人いる。

一人はこの聖騎士団の団長で、第一師団の師団長も兼任している、エリーアス・デュナー様だ。

数多くの武官を輩出しているデュナー伯爵家の出だそうで、その名に恥じない剣の使い手である。

特に団長の堅実な剣捌きは素晴らしく、僕の憧れだ。


そしてもう一人。

エリオット・ディーター・イストゥール様。

実はそのエリオット様が今僕のすぐ近くにいて、感動のあまり打ち震えています。

炎のように真っ赤な短髪と、明るい黄色の瞳はまるで太陽のよう。端正な顔立ちに浮かぶのは、風のように爽やかな笑みだ。


そうそう、聞いた話によるとエリオット様は次の侯爵なんだとか。

その上、聖騎士団の副団長兼第一師団の副師団長でもある。その名の通りとても強くて、僕が副団長に憧れる所以が正にそこなんだよね。

更に副団長のお父さん、つまり侯爵様は僕たちを束ねる将軍の座に就いている。

でも副団長は、驕ることも鼻にかけることもしないとても気さくな人で、見習い騎士の僕にも分け隔てなく対等に接してくれる。……聖人かな?


まあ、冗談はさておき。その副団長が何故ここにいるのかというと、それは至って簡単。ここが訓練場で副団長が体を動かしに来たからだ。

事実副団長は近くにいた騎士に一言二言話しかけると、模擬用の刃先の潰れた剣を手に取り、真剣な表情で素振りを始めた。

先輩たち曰く、『訓練用の模擬剣と言えど一振り一振り違う』のだとか。軽く素振りをしてその癖を知り、手に馴染みやすくするのが良いらしい。

僕にはどれも同じように感じるんだけどな……ってあれ?副団長は?


ぐるりと辺りを見回すと、副団長は第二師団第一部隊の部隊長と手合わせを始めるみたいで、訓練場の真ん中あたりで部隊長と礼をしていた。

そのため、訓練の手を止めて副団長たちに注目する。

強い人の手合わせは見ているだけでも勉強になるので、この手合いを見ない手はない。

先輩たちも手を休めて見学するようだ。


手合わせと言っても穏やかな雰囲気で、当の本人たちも楽しそうに構えている。だが不真面目というわけではなく、対峙する際に感じるピリッとした特有の緊張感は微かに感じられた。


「始め!」


審判役の騎士の合図とともに、どちらともなく駆け出し剣を交える。

互いに出方を窺っているようで、まだ本気を出してはいないようだ。

とは言え、二人とも小気味よい金属音を響かせていて、実に楽しそうである。


するとそれに触発されたのか、周りの騎士たちがわーわーと騒ぎ始めた。

喧騒は更に過熱していき、それに比例して副団長たちの打ち合いも苛烈を極める。


それでも二人に変化は見られず、応酬はこのまま続くかに思われた。その矢先である。


(あ……)


副団長が一瞬にして部隊長の攻撃を躱し、攻撃へと転じる。

それに対し、やや反応が遅れた部隊長が副団長の一撃を無理に躱そうとしてバランスを崩した。

そこをすかさず副団長の追撃が入る。

それで勝敗が決した。


「勝者、副団長!」


審判役の声とともに周りの歓声が一際大きくなる。

その声の中、副団長たちは互いに礼をして最後に握手を交わした。


ああ、やっぱり凄いや。動きを追うだけで精一杯だったよ。

惜しみない拍手をして周りの人たちと感動を分かち合う。


(いつかああなれたらなぁ)


僕は副団長を見て心底そう思った。そんな時である。




「こんなところにいたんだ?探しちゃったよ~」




副団長の剣技に酔いしれ、余韻に浸ろうとしたら、訓練場に突如高めの声音が響いた。

それは各々が騒ぎ立てて遠くの音が聞こえ難いこの状況であっても、耳まで届く凛とした声である。


その声の主に目を遣ると、そこにいたのは癖のある琥珀色の髪を無造作にアレンジし、紫水晶のような瞳と中性的な美貌を持った小柄な少年だった。

彼はルディという名の、少し前に臨時で入った事務員君だ。副団長補佐官という大層な肩書で、年齢は十五歳と僕よりも若い。


噂によると、彼は第一師団の英雄らしい。でも第三師団所属の僕はいまいちぴんと来ないし、先輩の中には信じていない人もいる。『いつまで経っても表彰されないのがいい証拠だ』って先輩は言っていたっけ。


そんなことを思い出しながら改めてルディ君を見ると、ルディ君は全身に冷気を纏わせて訓練場の入り口に佇んでいた。

その表情はにこやかで、されど目は微塵も笑っていない。そればかりか、怒気すら感じられる。笑いながら怒るってすごい芸当だなぁ。


一方声をかけられた相手――副団長は、後ろから声をかけられたこともあって、ゼンマイ仕掛けの人形のようにギギギ……と徐に振り返る。

なんでそんな恐ろしいものと遭遇したかのような反応なんだろう?


「ル、ルディ……」

「資料を探しに行って、戻ってきたら君がいないんだもん、どこ行ったのか捜しちゃったよ。でも心配して来てみれば存外楽しそうじゃない? で、リオン。言い分を聞こうか?」

「ままままま、まて、話せば、わかるっ!」

「だからこうして訊いているんじゃないか。さあ、遠慮しないで言っていいんだよ?それとも、言い分なんてないのかな?」


副団長の声が震えている。明らかに年上であるはずの副団長が、年下の少年補佐官に狼狽えていて吃驚だ。なんか弱みでも握られているんだろうか?


「う、……ああ」


あ、認めた。


……ってうわっ!絶対零度じゃなかったんだ、あれ。すごいなぁ、更に温度が下がったよ。

それと同時に手に何かが……こう、ぶわっと纏わりついているような。


ん?ルディ君が構えた、かと思ったらそのまま地面を蹴って……って、えぇぇぇ?何このスピード!?すげぇ速すぎ。

あ、副団長を捉えた。






――――ドゴォッ!!







………………は?



何今の音……地面が抉れてるんですけど!?

副団長が上手く躱したから良かったものの、躱さなかったら……ひぇ。

ルディ君って事務じゃないの?補佐官って戦えなきゃダメなの?

あれっ?もしかしてそこら辺にいる騎士たちより遥かに強いんじゃ?

うーわー、自信なくすわー。年下の臨時事務員に劣るって結構きついんだけど。


因みに訓練場にいた人たちは、今の攻撃で皆一斉に壁際に移動し、自分の体を抱きしめるようにして震え上がっている。

わかる、怖いよね。勿論僕も移動したよ。

だって素手で地面を抉るなんて人間業とは思えない。ルディ君って一体何者なの?


そんな僕の疑問を余所に未だに追いかけっこは続いている。

なんか副団長が年下の少年に追い回されるってすごい絵面。

あ、よく見たらあちこち抉れてるじゃん。もうやだ、ルディ君めっちゃ怖い……。


「ちょ、待った!悪かった、俺が悪かったから落ち着いてくれ」

「やだなあ。僕はちゃ~んと落ち着いているよ。ただ、オイタ(・・・)をした副団長に優しく諭してあげてるだけだよ」

「一方的な殺戮だろうが!」

「問答無用!!」


ルディ君が再び殴りかかる。

当たれば即命に直結するため副団長は避けるのに必死だ。


「誰か、団長を呼んできてくれ!早く!」


誰かが叫び、それに反応した一人がすぐさま駆けて行く。

うん、正しい判断だよね。このままだと建物が崩壊しちゃうもんね。

ただ、団長が来るまで持てばいいけど……建物も副団長も。


などと不穏なことを考えていたら、団長が来てくれた。


「んで、一体どういう状況だ?」


団長はとりあえず呼ばれたから来た、といった体で状況を理解していないようだ。二人の攻防を眺め、頬を掻きながら誰とはなしに尋ねている。

そのため側にいた騎士が事の顛末を説明した。

それを一通り聞くなり、団長は頭痛でも起きたかのように額に左手を当てて、頭を左右に振る。


「あー、それはお前が悪いな。エリオット、一発殴られてやれ」

「適当なこと言うんじゃねぇ!この威力だぞ!頭ぐちゃぐちゃになるわっ!」


肩を竦めて「一発殴られてやれ」と言う団長に副団長の全力の突っ込みが入る。

詳しい理由はわからないけれど話から察するに、副団長は内務の仕事を放り出してここに来たようだ。それでルディ君が捜しに来てこうなった、と。

そりゃ副団長が悪いわ。殴られても仕方がない。あ、殴られたら即死だった。


「はぁ、仕方がない。ルディ!頼む、君の気持ちは痛い程わかるが、とりあえず攻撃をやめてくれ」

「団長も彼の被害者ですか?なら一度徹底的に腹を割って話さないとだめですよ」

「腹割ってねぇよ!お前のそれは物理だ!物理で腹を割るつもりかっ!」

「あーあー聞こえなーい」


そう言ってルディ君がジャンプし副団長を捉える。そのまま拳が振り下ろされるも、狙いが僅かに逸れた。

いや、狙いが逸れたんじゃない。副団長が間一髪で躱したんだ。

一方、ルディ君の拳は副団長を掠めつつ地面へ。

そして、地面に接触したか否かのところで土が激しく舞い上がり視界を遮る。


やがて視界が晴れ辺りを見回すと、二人は先程とは違う場所にいた。

団長はというと、ルディ君を止めるでもなく、顎に手を添えて何かを思案している。


「ルディの肩を持ちたいが……貴重な人材が減るのは困るし悩ましいところだな」

「何さらっと本音言ってんだ!俺の味方はいないのかよっ!」


無理。副団長の味方なんぞした日には命が幾つあっても足りないもん。

僕はそんな無謀なことをして早死にしたくない。我が身は可愛いからね。


それにしても突っ込みキレッキレですね、副団長。テンポもいいし。もしこの状況が穏やかだったら漫才みたいですっごく笑えますよ!『状況が穏やか』なら、ね。


「味方が欲しいなら真面目に仕事しなよ」

「ちょっとくらい羽を伸ばしたっていいだろうが」

「えぇ……ここで反省の言葉なんじゃないの?

 団長!副団長はもうちょっと教育が必要みたいです」

「よし、許す!」


団長は満面の笑みで右手の親指をぐっと立てる。


「許すなっ!」

「ならエリオット、お前もうちょっと真面目に書類と向き合え」

「ちゃんとやることやってるだろう!」

「「…………」」


まさかの無反応。なんか副団長の執務風景がわかっちゃった……。


「……何で無反応なんだよ!ああ、もうわかったよ!」

「お?漸く素直になったな。というわけだ、ルディ。悪いがその矛を収めてくれないか?」

「仕方ないなぁ……」


そう言うなりルディ君の動きがピタリと止む。同時に彼を包んでいたぶわっとした何かが霧散した。

あれは魔法?身体強化以外で見るのは初めてだ。凄いなぁ。

そう思いながら再び二人に目を向ける。


副団長とルディ君は軽く息を切らせて互いを見ていた。

でもすぐにルディ君が、視線を下げ不満気な顔でぼそりと呟く。


「……もう、仕事抜け出しちゃだめだからね、リオン」


(う……わ)


ルディ君の表情が物憂げで、且つ、とても美しくて思わずドキッとした。な、なんでルディ君相手にドキドキするんだ?

慌ててルディ君から顔を逸らし視線を彷徨わせる。

周りを見れば、ほかの騎士たちも僕と同じ心境だったらしく、目をしぱしぱさせて動揺していた。

これはヤバいな。


ルディ君は中性的で美しい。頭では彼が男性だとわかっているのに、ふとした瞬間それを忘れてしまう。

そんな時にあの表情だ。皆たちまち心を持って行かれてこの様である。

辛うじて堪えてる人もいるみたいだけど、これは結構な数落ちたね。皆にあっちの趣味がないことを祈るばかりだ。

そんな中、よく見れば何故か副団長だけは青褪めていた。


「さ、リオン。体を動かしてスッキリしたでしょ?戻って内務をこなそうね~」

「スッキリどころか命のやり合いでもうへとへとなんだが」


えっ!?ルディ君が軽い物でも持つかのように、ズルズルと副団長を片手で引き摺ってる!

もう何が起きても驚かないと思ったのに、これには吃驚して二度見しちゃったよ。


そうこうしているうちに項垂れていた副団長が、ルディ君の手を制して何かを言った後、自分で歩き始めた。

ルディ君は素直に副団長を離すとおとなしく副団長の後ろを歩く。その表情はなんだか嬉しそうだ。副団長は、ルディ君がご機嫌になる言葉を言ったみたい。

こうしてみれば普通の上官と部下の関係なんだけどな……。


「皆、迷惑をかけたな。引き続き訓練を続けてくれ。そこら辺の穴は……うん、良い実戦経験になるだろう!」


あ、団長が現実から逃げた。

確かに実戦は平面な土地だけではない。それはわかるけど、団長はただ単に余計な出費を抑えたかっただけなのではないだろうか。

上ともなるといろいろ大変だろうしね……。


僕は哀愁を漂わせて去って行く団長の後姿を見てそう思った。





今回のことを通して気付いたことがある。

それはあの二人に幻想的な憧れを抱いていたということだ。

団長も副団長も蓋を開けてみれば僕たちと何ら変わらない普通の人たちだった。

だからこれからは目標を語るにしても、もうちょっと足が地についた目標を語りたい思う。

まずはルディ君のように強くなりたいな。


よし、これからも鍛錬を頑張るぞ!

というわけでまったく足が地に着いていない見習い君でした。

なお、聖騎士団の訓練場では暫くの間、地面を殴りつける騎士の姿がちらほら見受けられたとか。



以下補足です。


聖騎士団団長と副団長は、第一師団の師団長と副師団長を兼任しており、内務は団長が聖騎士団の方を、副団長であるエリオットが第一師団の方を担当しております。場合によっては団長の仕事を副団長が手伝うことも。

それから、リオンはてんぱると口調がとっても荒くなるようです。


余談ですが今回の話は、第27話『公爵令嬢と噂話』の『油を売っていたエリオットを、怒ったマルティナが追いかけ回した』という件のお話です。

誰の視点で進めようかと考えて、第三者視点が一番面白いかな、と思いその視点で進めてみました。

少しでも笑っていただけたのなら本望です!


次回は再び本編に戻ります。いよいよ殿下始動します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ