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旅立ち

ユリアーナ刑執行時の話(閑話)で、ユリアーナ視点です。

「時間です、起きなさい」


その声にはっとして目を覚ます。朝食の後つい眠ってしまったようだ。

何となく聞き覚えのある声に反応して慌てて起き上がると、鉄格子から離れるように距離をとった。


そこにいたのはブルネットの真っ直ぐな髪を一つに束ね、聖騎士団の制服に身を包んだ一人の少女。

見覚えのある顔だ。そう認識した瞬間咄嗟に身構えた。


「なっ!?あなた、どう、し……」

「『どうしてあなたがここにいるの?』そう言いたいのかしら?」


言いたいことを先に言われたため、首を縦に振って肯定するだけに止めておく。

彼女は何の表情も浮かべずその場に直立したままこちらを見ていた。だが、突如口角を上げる。


「あら、そんなに怯えなくてもいいのよ?何もする気はないわ。あなたは私の顔に見覚えがあるのでしょうけれど、私は初めてあなたと会うのだから」

「どういう意味よ」

「そのままの意味よ。確かに私はローエンシュタイン侯爵令嬢だけど、あなたが思っている人物じゃないわ」

「はあ?何よそれ」


目の前の少女は貴族らしい回りくどい話し方をする。

それが少し癪に障るものの、なんとか堪えて彼女を見る。

すると彼女は「自己紹介がまだだったわね」と言ってこちらに騎士の礼をしてきた。


「本当なら令嬢らしい挨拶をしたいところだけどこれで我慢して?

 私は、アマーリエ・ラウラ・ローエンシュタイン。エミーリエ・パウラ・ローエンシュタインの双子の妹よ」

「いっ妹!?聞いてないわよ!」

「今言ったわ。それに、私たちが双子なのは世間に知れ渡っていることだからあなたも知っているかと……え?まさか?」

「知らないわよ!」


彼女の言い方にイラッとして思わず怒鳴ってしまったら、彼女が困った子を見るような目でこちらを見てきた。

本気で腹が立つ。あの令嬢と双子なだけあって言い方までそっくりだ。いや、寧ろ本人なのでは……?

そう思いまじまじと彼女を見ると、彼女と目が合った。

彼女はわざとらしく私から目線を外し、気怠そうにため息をつく。


「そんなことより、時間よ。早くこちらへ来なさい」

「そっ!?……あなたいい性格してるわね」

「あら、お褒めに預かり……」

「褒めてないわよっ!」


埒が明かない。嫌味を言っても糠に釘だし、一人怒っているのが馬鹿みたいだ。

これ以上何を言っても無駄だと思った私は抵抗を諦め、枕元に置いていた物を持って彼女のところに行き、彼女の指示に従って牢を出た。

そしてすぐさま持っていた物を彼女に差し出す。


「これをルディ君に返してもらえない?この間借りたんだけど返しそびれちゃって。洗濯はしてもらってるからそこそこ綺麗よ」


私が手にしていたのはルディという少年から借り受けた一枚のハンカチ。

彼が去ってから返していないことに気付き、折を見て返そうと、見回りに来た騎士にお願いしてハンカチを洗濯してもらっていたのである。


本当は直接本人に返したかったが、彼が再びここを訪れることはなかったので彼女に頼んだ。

ところが、彼女は私が差し出したハンカチを一瞥するだけで、受け取ろうとはしなかった。そればかりか私の手をそっと押し戻したのである。

そのあまりの出来事に思わず眉根を寄せ、抗議のつもりで彼女を見れば、こちらを見据える彼女と目が合った。


「ルディ様からの伝言です。『ハンカチはそのままお持ちください。餞別にはなりえないでしょうけれど、あなたに持っていてもらいたいのです』だそうです。折角だしいただいておいてはいかがですか?」

「……なら彼に『ありがとう』と伝えてもらえる?」


一瞬逡巡したものの、すぐに思い直してそう答えれば、彼女は声を発することなく頷いた。



それからすぐ彼女――アマーリエに連れられて移動する。

牢屋を出て向かった先は、整地もされていないただ馬車が停まっているだけの場所だった。

馬車は小さく、家紋も何もない質素なもので、所々痛んでいる。

中も相当酷かったが気にせず席に着くと、アマーリエが私に声をかけてきた。


「私の役目はここまでよ。後は別の騎士が引き継ぐわ」

「そう、ありがとう」

「私は自分の役目を果たしただけ。礼を言われても困るわね」

「あなた本当いい性格だわ」

「褒め言葉と受け取るわ」

「勝手にすれば?」


吐き捨てるように言った後、口角を上げて不敵に笑って見せれば、彼女も私と同じように笑い返してきた。

だがその余韻に浸る間もないまま、すぐさま彼女の手で扉が閉められ鍵をかけられる。

彼女はそのまま扉から離れ、少しおいて馬車が動き出した。




それから暫く経って、格子が填められた窓から外を見る。

馬車は既に王都を離れており、辺りは一面平原だ。

これからこの道を延々と進み、数日かけて東の国境へと向かうのである。


私の処遇が決まったあの日『希望の国はあるか』と訊かれて、迷わず東隣の国ネイフォートに行きたいと答えた。

その希望が叶って今私はネイフォートに向かっている。

ネイフォートを選んだのは、お母様の生まれ育った地に行ってみたかったからで、特に深い意味はない。

お母様の実家にお世話になるつもりもないので、向こうに行ったら何とか仕事を見つけて庶民として静かに暮らしていこうと思っている。


ふと後ろを見れば、王城は大分小さくなっていて、そこで漸く戻れないのだと実感した。


今でもクリス様のことは好き。でも以前程ではない。だから大丈夫、ちゃんと前を向いてやっていける。

そう己を鼓舞し、しっかりと前を見据えた。


それから数日後、馬車は無事国境に着いたのだった。






***

「着きました、降りてください」


壮年騎士の言葉に従い馬車を降りると、辺りを見回す。

国境と思しき辺りには門があり、見張りの騎士が数名立っていた。奥のネイフォート側にも騎士が立っている。

更にきょろきょろと見回していると、壮年騎士が話しかけてきた。


「これより一度でも国境を越えたら、再びこの地に足を踏み入れることはできません。もし足を踏み入れた場合、即斬り捨てられると思ってください」

「わかったわ。ここまでありがとう」


そう言うと彼が小さく頷いた。

それを見るやすぐさま向きを変え、国境の門まで移動して門を仰ぐ。


これで終わりだ。この門をくぐれば全てが終わり、そして始まる。

無論犯した罪は消えないが、それを背負って生きていこう。


そう決意してネイフォートの地に足を踏み入れる。

もう戻れないとわかっているのに、不思議と何の感情も湧いてこなかった。

でもそのお陰で私は、何もない平原を振り返らずに黙々と歩くことができたのだった。




それからどのくらい経っただろう。

只々広い平原を歩くのにも疲れた頃、少し先の方に一頭の馬とその脇に佇む人の姿が見えた。

近づくにつれてその人物が男性であることに気付く。私の方を向いたまま道に佇んでいて、まるで私を待っているかのようだ。


更に近づき顔が見える距離まで行く。男性は二十五、六歳くらいの青年だった。

髪の色は濡羽色というのだったか。光の具合で深い青色にも見える短髪と、透き通った紫紺の瞳がとても綺麗だ。

顔立ちは端整で身なりが良く、優雅にお辞儀をする様は貴族のように思えた。


「ユリアーナ嬢ですね」


青年に呼び掛けられ、少しだけ距離を置いて立ち止まる。


「……あなたは?」

「これは申し遅れました。私はヴェルフと申します。ある方の使いであなたをお待ちしておりました。あなたがここを訪れたら渡すようにといろいろと預かって参りましたもので」


青年――名前を覚えても二度と会わないだろうから青年と呼ぶことにする――はそう言って、馬の背に括りつけられた荷物を下ろしにかかる。

その様子を見て、何とお節介なことかと思わず苦笑した。


「敵に塩を送るとかあなたの主人は何を考えてるの?私はあの人の婚約者を奪ったのよ?憎まれて当然だと思うけど」

「敵?どなたのことを仰っているのかは存じ上げませんが、少なくともあの方はあなたを敵とは思っておられませんよ」

「……ふぅん」


彼はあくまで白を切るつもりのようだ。

でも、私はある程度確信している。彼の言う『ある方』とは間違いなくあの人のことだと。



少し前、私の牢屋を訪ねて来たあの少年。

最初こそ少年だと思っていたけれど、すぐに少女だと気付いた。


気付いたのは、あの人が食事を専用の窓に入れようとした時だ。

そのままでは開けるのが難しかったのか、片方だけ革の手袋を外したのだ。その手を見て、彼が彼女だと気付いた。

が、気付いたところでやはり心当たりがない。

不思議には思ったものの敵意が感じられなかったことから、結局いつもの対応をすることにした。


だがそれがいけなかった。彼女は適確に私の心情を言い当てたのだ。

取り繕おうと必死に演じたのにそれすらも見抜かれて……。


それからはどうでもよくなり素の自分に戻ることにした。そしてそれが功を奏す。

この際だと胸の内も全部吐露したら、そこで彼女がぽろりと本音を……謝罪を述べたのである。


それにより彼女があの人――レーネ公爵令嬢だと気付いた。それは多分間違っていないと思う。

ただ一方で、腑に落ちないことが一つだけあった。彼女の顔が全くの別人だったことだ。

確かにどちらの彼女も美しかったが、それにしたって限度というものがある。

だから同一人物だと思っていても、他言できる程の確信は持てずにいた。


「ユリアーナ嬢、こちらをお受け取りください」


その声に意識を戻される。見れば青年が、馬から下ろした荷物を私の前に差し出していた。


「あの人の施しなんて受けないわよ」

「ご存知ですか?次の村までは歩いて一日くらいかかります。それまでの間、家らしい家は一切ない上に、近くに森も川もありません。更にここら辺は盗賊も出るとのこと。食料も身を守れるものもない中、その姿で無事に村まで辿り着けるとお思いですか?大体、囚人服のまま歩かれるなど『自分は犯罪者』だと触れ回っているようなものですよ」

「……」


彼の言っていることが正論であるため、返す言葉がない。

聞かなかった私も悪いが、最初の村まで一日もかかるなんて知らなかった。

恐らく罪人を王都まで辿り着かせないようにするための仕組みだろう。

だとしたら、彼の申し出をありがたく受け入れた方が得策か。


「……あなたの言うことは尤もだわ。但し、それが本当ならね」

「仮に私があなたを謀ろうとしたとして、ここで待つことに何の利がありましょう?奴隷にするならば疾うに攫っているはずですし、殺すならば疾うにそうしております」

「それはそうだけど……」


青年の言葉を受けてあれこれ考えてみるが、彼の利になるようなことは何一つ思い浮かばなかった。

あの人がお人好しだからという理由なら、思わず頷いてしまうくらい納得できるんだけど。

そんなことを考えてくすりとしていたら、青年が私の名を口にした。そのため、彼の方に顔を向ける。


「こちらの中には食料や衣類など必要な物が揃っております。信じる信じないは自由ですが、生きていくためにも素直に受け取ることをお勧めいたします」

「はぁ。この調子だと受け取るまで延々と押し問答が続きそうだわ……。いいわ、受け取ってあげる。でも勘違いしないでね?あなたたちが勝手に私に押し付けたのよ?私はお礼なんてしないんだから」


そう言って差し出された荷物を受け取る。

すると彼が懐から中身の入っている布袋と、一通の手紙を取り出した。


「こちらもお受け取りください。あの方からの手紙と貨幣……お金です。お金はあの方が稼がれたもので、殆どが銀貨と銅貨だそうです」

「待って!手紙は受け取るけどお金は受け取らないわよ!?これ以上の施しなんて……」

「施しではありません。こちらは、あの方から庶民として生きて行くあなたへの餞別でございます」

「でも、これが私の罰なのよ?」

「いいえ。あなたは既に国外追放という刑罰を受けられました。現在はただの庶民でございましょう?」


ああ、全くもって敵わない。

彼女は全てを見越した上で、グレンディア国が干渉できないこの地に彼を待機させ、更に私が断ると予想して施しを『庶民への餞別』と称した。

餞別は『無事を祈る』という意味合いもある。なれば、受け取らないわけにはいかないではないか。


「はぁ、ほんと敵わない。仕方ないわね。それも受け取ってあげるわ。

 代わりにあの人に『ごめんなさい』って伝えてもらえる?本当はこの間謝罪するつもりだったんだけど、本人の前じゃ言い難くて……」

「畏まりました。必ずやお伝えいたします。それではこちらをお受け取りください。手紙は落ち着いた時に読んでほしいとのことです」

「わかったわ」


小さく頷いて青年から手紙と硬貨の入った袋を受け取る。

それをリュックにしまいつつ、中からローブを取り出して羽織った。


「それじゃ、そろそろ行くわね」

「お待ちください」


リュックを背負おうとしたところで呼び止められて動きを止める。

どうしたのかと顔を向ければ、彼が優しく微笑んだ。


「何?これで全部じゃないの?」

「ええ。私は単にそれらを渡すためだけに使わされたのではありません。あなたに守りの魔法をかけるべく使わされたのです」


彼の言葉に口がぱかりと開いた。至れり尽くせりか!

あまりのお節介に私は、彼女がいるだろう王都の方角を向いて、引き攣った笑みを浮かべた。


「では、今から魔法をかけますね。体が光りますが心配はいりません」


その言葉にこくりと頷くと、いつの間にか淡く光っていた彼の手が、すっとこちらに向けられた。

途端に私の体が光り出し、数秒程輝いて収束する。


「今のは……?」

「相手が害意を持ってあなたに触れると発動する魔法です。王都に着く頃に効果がきれるよう調整いたしましたので、なるべく寄り道はお控えください」

「そう、わかったわ。……それじゃ、今度こそ行くわね」

「どうかお気を付けて」

「ありがとう、じゃあね」


リュックを背負い、彼に背を向けて歩き出す。

すると、少しして後ろから馬の嘶く声と大地を駆ける蹄の音がした。


それは段々小さくなっていく。

その音を耳にしながら、一歩一歩着実に前に向かって歩を進めたのだった。

今回この話を入れるかどうかでかなり悩みましたが、前回と今回の間の話も端折っているので、結局こちらは入れることにしました。

これをもってユリアーナ編は終了です。次回もう一話だけ閑話を差し挟みたいなと思っているので、このままお付き合いいただけたら幸いです。



以下は今回の補足です。


アマーリエの所属する第一師団第三部隊は、団長によくお使いに出され留守にしがちなため、ユリアーナの食事当番が回ってくることはありませんでした。そのため、アマーリエとユリアーナが顔を合わせたのは今回が初めてとなります。

アマーリエが今回の任務に立候補したことにより初めて叶った対面だったりもします。


更に補足すると、アマーリエは敬愛するマルティナを陥れようとしたユリアーナに対してとても怒っているので、あのような意地悪な態度となりました。ただ、彼女は騎士なのでぐっと我慢してあのくらいで済んでおります。

一方ユリアーナはそんなことわからないので、アマーリエに絡まれた~!と思っています。


因みにユリアーナはあの後無事に村に辿り着きました。

宿屋の部屋でマルティナからの手紙を読んで「はぁ、やっぱり敵わないわ」と独り言ちたとか。


誤字脱字報告ありがとうございます。

「使わされる」という字ですが、私も最初は「遣わされる」だと思っておりました。でも実際はどちらでもよく、いろいろと考慮した結果「使」の方にしました。

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